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第五章
ドラゴンの卵
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僕とルーファウスがアランの過去を一通り聞き終えて揃って王城に戻ると、王城ではちょっとした問題が持ち上がっていた。
僕達の帰還と同時に連れて行かれたのは大広間、そしてそこには茉莉達聖女様御一行とオロチ、ロイドや小太郎も集合していたのだが、どうにも小太郎の顔色がすぐれない。まだ体調が本調子じゃないのかもしれないな。無理はさせないようにしないと。
そんな事を考えながら僕が部屋の中を見渡せばどうやらそこにはこの国のお偉いさん達もいるようで、僕達の方を見て渋い顔をしつつもぺこりと頭を下げた。自己紹介された気もするけれど、誰だったかな?
僕もそんな彼らにぺこりと頭を下げつつ視線をオロチ達に向けると、何やらそこには見慣れない物体が……
「あの、これ何ですか?」
僕達の目の前にででんと鎮座していたのは大きな卵(?)だった。いやそれは本当に卵なのだろうか? サイズは僕が両腕を回してやっと抱えられるくらいに大きいし、色は角度によって色が変わるので何色と断言できないオーロラ色だ。
ピカピカと発光しているようにも見えるその不思議な色の卵の傍らに居るのはオロチと茉莉、なんだかどうにも嫌な予感しかしない。
「んふふ、あたしが産みました!」
「!?」
片手を腰に当て、もう片手はピースサインで堂々と言い切った茉莉に、僕は二の句がつげないのだけれど、同時に嫌な予感は的中したなと諦めにも似たような気持ちになった。
「産んだって、どうやって? そもそも今日の今日でなんでそんな事に?」
今日の朝、オロチとのデートに出かけた茉莉に妊娠の兆候など全くなかった。いや、そもそもお付き合いする事は認めたけれど、まだそういう大人のあれやこれやを茉莉が行うには早過ぎると交際自体僕達大人の目の届く範囲でさせていたというのに、なんで? どうして?
今日だってデートと言いつつも王子がにこやかに同伴していたはずなのに、オロチと茉莉の二人の間に一体何があったというんだ?
「オロチ、これはどういう事?」
努めて冷静を装い僕がオロチに問うと、オロチもオロチでケロッとした表情のまま『だから俺様とマツリの卵だと言っているだろう?』と返されてしまった。
卵がそこに在るのは僕だって見れば分かるよ! それはどういう事だってこっちは聞いてるの!
「そもそもこんな大きな卵、一体どうやって産んだっていうのさ! しかもドラゴンの卵ってのはこんなに簡単に産まれるもんなの!?」
『ふむ、俺様とマツリはとりわけ相性が良いと爺さんに言われたな。マツリの魔力量は並の人間より多くてな、良い卵が産まれた』
僕の翻訳機能はきっちりオロチの言っている言葉を翻訳してくれているはずなのに内容が全く理解できない。
そもそも魔力量云々が卵の出産に関係するなんて話、僕、聞いてませんけど!?
全く理解が追い付いていかないのだけど、ドラゴンの妊娠出産が人とは全く違うという事だけは理解した僕は、順序だてて二人に説明を求める。
するとどうやらオロチは楽園へ戻ると茉莉を嫁であると古老のドラゴンの元へ連れて行き、それに歓喜した古老のドラゴンがあれよあれよという間に話を進めてしまって卵が誕生したという事らしい。
『俺様は爺さんにやれば出来るという所を見せたかっただけなのだが、爺さんがえらくマツリを気に入ってしまってな、そのまま聖樹に連れて行かれて婚礼の儀を行ったんだ。そうしたら聖樹も俺様達を認めたのだろう、無事に卵が産まれたという訳だ』
ほう……なんか分かったような分からないような……
要するにドラゴンの卵って言うのは聖樹から与えられるものって事でいいのだろうか? 卵は実際に茉莉が産んだ訳ではないんだな?
「あの光景はなかなか神秘的なものだったよ、ドラゴンの卵というのはああやって産まれてくるのだねぇ」
なんて、呑気に語るのはレオンハルト王子だ。当然のように王子もその場に居たんだね。自分の許嫁を豪語している相手が目の前で別の男(?)と結婚しようとしているのを止めもせず、きっとキラキラした瞳で見守っていたのだろうな。
『とはいえ、卵が孵るかどうかはこれからの俺様達次第なのだがな』
「え? どういう事?」
『俺様達ドラゴン族に限らず魔物の身体の大部分は魔力で出来ている、だから一般的に魔力量の多い者の方がドラゴンとして格が高い』
ほうほう。それは人の身体のほとんどが水分で出来ているのと同じようなことなのかな?
ドラゴンの中にも格による序列的なものがあるのだろうか? そういえば前にオロチはダンジョン核を前にして核を食べれば格が上がるようなこと言っていたな。
『それでその魔力量というのがこの卵の時点で八割決まる』
「え? そうなの?」
オロチは頷き『だから親である俺様達が無事に孵化するまでこの卵に魔力を注ぎ続けなければならない』とそう言った。
『俺様はそんな卵の時分に親と生き別れてしまったから孵化するまでに時間がかかったし、魔力量が不足していて孵化してからも貧弱であったからできれば我が子には俺様のような思いはさせたくない』
ああ、そういえば古老のドラゴンと会った時、幼いオロチを保護し育てたような事を言っていたのを確かに聞いたな。
「うん、それは良いんじゃないかな。子供を育てるのは親の責務だし」
『という訳で、俺様との従魔契約はここで一旦解消させてもらいたい』
「え……」
『せっかく子を授かったのだ、大事に育ててやりたい。だから従魔契約は一旦終了だ』
おっと、これは困ったぞ。
どのみちオロチとの従魔契約は一年間の期限付きだったから従魔契約解除自体は問題ないけれど、今のこの国の現状を鑑みるにとりあえず魔物の大暴走を抑えるためにはオロチの協力は必要不可欠。にもかかわらずこんな土壇場で戦線離脱宣言をされてしまっては、僕はともかく周りが納得しないだろう。
「えっと、それは従魔契約したままだと卵の抱卵は出来ないってこと?」
『それはそうだろう、卵が孵化するまでの数年間、俺様達は卵から離れる訳にはいかないのだからお前等と共に危険な旅になど出られない』
数年!? ドラゴンの卵って孵化するまで年単位でかかるのか! しかも「俺様達」と複数形で言ったからにはオロチだけじゃなく茉莉も卵から離れられないってこと?
「それって別の人が温めるんじゃ駄目なの、かな?」
『卵は温めるんじゃない、魔力を注ぐんだ』
あ、そうか、そうだった。
『確かに他の奴が注いだ魔力でも卵は孵る。だが聖樹に祈りを捧げた両親の魔力が卵にとっては一番の栄養になる。俺様は卵の頃に爺さんに保護されて爺さんの魔力で孵化したが、さっきも言ったが孵化するまでに時間がかかったし、親以外の魔力は馴染みが悪い。俺様がここまで力を蓄えるのに一体どれだけ苦労したと思っている』
なるほど、ドラゴンの卵は親ドラゴンが抱えて魔力を注ぐことで初めて真っ当に孵化するのか。そう思うとオロチって意外と苦労して大きくなったんだな、偉いな。
『という訳でな、俺様は子に同じ苦労は味合わせたくはない、だから従魔契約は一旦終了だ』
そっか~……オロチって意外と子煩悩だったな。
世の中にはせっかく子供を授かっても育てもせずに放置する親だっているというのに、その真摯な姿勢には脱帽だ。
俺様気質なオロチはどちらかと言えば亭主関白な父親になりそうだと思っていただけに良い意味で裏切られたな。
「タケル、オロチは何と言っているのですか? 何やら良からぬ気配がするのですが――」
「う~ん、そうだねぇ」
僕は皆にどう説明しようかと思案する。というか、オロチの言葉は茉莉にも聞こえているはずなのだが、何も言わないな。
「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど茉莉ちゃんはそれでいいの? この間まで魔王討伐に行く気満々だったと思うんだけど、このままオロチと……」
「問題ナッシング! というか、この子に聖女の力根こそぎ持ってかれたから今のあたしにはどのみち聖女の力残ってないし、アハハ~」
「……え?」
なんか今、物凄い問題発言が飛び出した気がするのだけど僕の気のせいだったかな? いやいや、そんな馬鹿な。え? 嘘だよね?
「茉莉ちゃん、聖女の力がなくなったって……」
「うん、今のあたしは正真正銘一般人でっす!」
何故か誇らしげに胸を張る茉莉。いやいやいや待って! それって凄く困るのでは!?
僕が周りを見渡すと何だか疲れたような表情を浮かべたおじさん達がこちらに助けを求めるような視線を向けてくる。ああ、これ僕達が帰ってくる前に既に一悶着あった顔だ。
そしてそんなおじさん達の表情とは対照的に相変らずレオンハルト王子はニコニコしているけど、この状況分かってる!?
そして帰ってきた時からずっと小太郎が浮かない顔をしているなと思っていたのだが、その理由が分かった気がした。
「あの、聖女の力がなくなったって、具体的にどういう事か説明してもらえる?」
「ん? だからそのまんま、能力が卵に引き継がれた状態だけど? あたしの聖女としてのスキル諸々がこの子にいったの。だからこの子は聖龍になるんですって! そうは言ってもあたしはまだ四属性魔法も使えるし、不便はしてないんだけどね~」
「聖龍……」
『一般的にドラゴンの特性は両親から引き継がれる、俺様自身は聖龍ではないのだが先祖の何処かに聖龍が居たようでうまい具合に結びついた。そういう意味でも俺様と茉莉とは相性が良かったようだな。なにせ火龍や水龍なんかの四属性ドラゴンよりも聖龍は格が高い! 俺様も鼻が高いというものだ』
はっはっはっ~と高笑いのオロチ。一口にドラゴンと言っても色々いるんだねぇ。属性によって格も違うのか、勉強になるな。
「ん? あれ? でもだとするとオロチって元々何龍なんだ?」
僕の何気ない問いにオロチが不自然に視線を逸らした。これはあまり言いたくない感じか?
「ねぇ、オロチ?」
逸らされた視線に合わせるように顔を覗き込んだらまた逸らされた。これは絶対何か隠してる!
『お、俺様の事などどうでもいいだろうが! まぁ、そういう訳だから、俺様とマツリは楽園の方へと引っ込む事にしたからな!』
「え、ちょっと待ってよ!」
困る困る、それは困る! 魔力溜まりに集う魔物達を薙ぎ払う為には龍の咆哮が必要だと言っているのに、そんな簡単に一抜けされても困る!
ぶっちゃけ茉莉の代えの聖女はいたとしてもドラゴンの代えはきかないのだ、なにせドラゴンなんて目の前にいるオロチくらいしか居ない。ここでオロチに抜けられるの本当に困る!
「事情は一通り分かってもらえたと思うのだけど」
そんな中、口火を切ったのは今の現状が分かっているのかいないのか分からないレオンハルト王子。相変らずのにこにこ笑顔で胡散臭さMAXだ。
「ここで私からオロチ君に提案がある」
『あ?』
王子にはオロチの言葉が分らないはずなのだが、これでいて王子はちゃんとオロチの言わんとしている事を理解しているのか言葉を続けた。
「そのドラゴンの卵を孵化させるためには魔力が必要、そして魔力は多ければ多い程素晴らしいドラゴンが産まれてくる。私の認識はそうなのだけど、どこか間違っているかな?」
『あ? ああ、まあそうだな』
オロチが王子の言葉に頷くので僕がそれをそのまま王子に伝えると、王子の口角がニヤリと上がる。
「だったら簡単な話、その卵、魔力溜まりに浸けてみたら最強のドラゴンが産まれると思わないかい?」
瞬間オロチの瞳が見開かれた。
「君達が我が子を愛おしいと思う気持ちは分かる、そして君はそんな我が子をより強く逞しく育てたい、そうなんだろう?」
『…………』
「だったら、魔力の源泉である魔力溜まりにある膨大な魔力、全部使ってしまえばいい」
なんか王子様がとんでもない事言い出した! さすがにそれはダメだろう!? 魔力溜まりに卵を浸けるだなんてそんな……
『それは良い考えかもしれないな』
「嘘でしょ!?」
オロチが笑みを浮かべてその提案に頷いた。
「ちょっと待って落ち着いてオロチ! 何言ってるか分かってる? 魔力溜まりだよ!? 近付いたら自分だって暴走しかねないって前にオロチ自身が言ってた場所だよ!? そんな所に子供を浸けるとか正気の沙汰じゃないからね!?」
『確かに俺様の魔力上限を超えて魔力を取り込んでしまえば俺様は暴走しかねない。だがこの子はまだ孵化すらしていない。孵化する為の魔力は幾らあっても困る事はないし、上質な魔力を大量に取り込み孵化すればより格の高いドラゴンが産まれるだろう』
えええ……
『全くもって今まで考えもしていなかったが、うむ、これは良い案だ。さっそくその魔力溜まりに行ってみようではないか、主よ』
完全に乗り気になったオロチの鼻息が荒い。確かに僕達は元々その魔力溜まりに行く予定ではあったけど、向かう理由は全く別で事態は想定外の方向に進んでいる。
「どうやらオロチ君はその気になってくれたようだね」
『ああ、良い提案に感謝する』
会話のできないはずの二人の会話が成立している。だけど、これは良い事なのかどうなのか、僕は頭を抱えてしまった。
僕達の帰還と同時に連れて行かれたのは大広間、そしてそこには茉莉達聖女様御一行とオロチ、ロイドや小太郎も集合していたのだが、どうにも小太郎の顔色がすぐれない。まだ体調が本調子じゃないのかもしれないな。無理はさせないようにしないと。
そんな事を考えながら僕が部屋の中を見渡せばどうやらそこにはこの国のお偉いさん達もいるようで、僕達の方を見て渋い顔をしつつもぺこりと頭を下げた。自己紹介された気もするけれど、誰だったかな?
僕もそんな彼らにぺこりと頭を下げつつ視線をオロチ達に向けると、何やらそこには見慣れない物体が……
「あの、これ何ですか?」
僕達の目の前にででんと鎮座していたのは大きな卵(?)だった。いやそれは本当に卵なのだろうか? サイズは僕が両腕を回してやっと抱えられるくらいに大きいし、色は角度によって色が変わるので何色と断言できないオーロラ色だ。
ピカピカと発光しているようにも見えるその不思議な色の卵の傍らに居るのはオロチと茉莉、なんだかどうにも嫌な予感しかしない。
「んふふ、あたしが産みました!」
「!?」
片手を腰に当て、もう片手はピースサインで堂々と言い切った茉莉に、僕は二の句がつげないのだけれど、同時に嫌な予感は的中したなと諦めにも似たような気持ちになった。
「産んだって、どうやって? そもそも今日の今日でなんでそんな事に?」
今日の朝、オロチとのデートに出かけた茉莉に妊娠の兆候など全くなかった。いや、そもそもお付き合いする事は認めたけれど、まだそういう大人のあれやこれやを茉莉が行うには早過ぎると交際自体僕達大人の目の届く範囲でさせていたというのに、なんで? どうして?
今日だってデートと言いつつも王子がにこやかに同伴していたはずなのに、オロチと茉莉の二人の間に一体何があったというんだ?
「オロチ、これはどういう事?」
努めて冷静を装い僕がオロチに問うと、オロチもオロチでケロッとした表情のまま『だから俺様とマツリの卵だと言っているだろう?』と返されてしまった。
卵がそこに在るのは僕だって見れば分かるよ! それはどういう事だってこっちは聞いてるの!
「そもそもこんな大きな卵、一体どうやって産んだっていうのさ! しかもドラゴンの卵ってのはこんなに簡単に産まれるもんなの!?」
『ふむ、俺様とマツリはとりわけ相性が良いと爺さんに言われたな。マツリの魔力量は並の人間より多くてな、良い卵が産まれた』
僕の翻訳機能はきっちりオロチの言っている言葉を翻訳してくれているはずなのに内容が全く理解できない。
そもそも魔力量云々が卵の出産に関係するなんて話、僕、聞いてませんけど!?
全く理解が追い付いていかないのだけど、ドラゴンの妊娠出産が人とは全く違うという事だけは理解した僕は、順序だてて二人に説明を求める。
するとどうやらオロチは楽園へ戻ると茉莉を嫁であると古老のドラゴンの元へ連れて行き、それに歓喜した古老のドラゴンがあれよあれよという間に話を進めてしまって卵が誕生したという事らしい。
『俺様は爺さんにやれば出来るという所を見せたかっただけなのだが、爺さんがえらくマツリを気に入ってしまってな、そのまま聖樹に連れて行かれて婚礼の儀を行ったんだ。そうしたら聖樹も俺様達を認めたのだろう、無事に卵が産まれたという訳だ』
ほう……なんか分かったような分からないような……
要するにドラゴンの卵って言うのは聖樹から与えられるものって事でいいのだろうか? 卵は実際に茉莉が産んだ訳ではないんだな?
「あの光景はなかなか神秘的なものだったよ、ドラゴンの卵というのはああやって産まれてくるのだねぇ」
なんて、呑気に語るのはレオンハルト王子だ。当然のように王子もその場に居たんだね。自分の許嫁を豪語している相手が目の前で別の男(?)と結婚しようとしているのを止めもせず、きっとキラキラした瞳で見守っていたのだろうな。
『とはいえ、卵が孵るかどうかはこれからの俺様達次第なのだがな』
「え? どういう事?」
『俺様達ドラゴン族に限らず魔物の身体の大部分は魔力で出来ている、だから一般的に魔力量の多い者の方がドラゴンとして格が高い』
ほうほう。それは人の身体のほとんどが水分で出来ているのと同じようなことなのかな?
ドラゴンの中にも格による序列的なものがあるのだろうか? そういえば前にオロチはダンジョン核を前にして核を食べれば格が上がるようなこと言っていたな。
『それでその魔力量というのがこの卵の時点で八割決まる』
「え? そうなの?」
オロチは頷き『だから親である俺様達が無事に孵化するまでこの卵に魔力を注ぎ続けなければならない』とそう言った。
『俺様はそんな卵の時分に親と生き別れてしまったから孵化するまでに時間がかかったし、魔力量が不足していて孵化してからも貧弱であったからできれば我が子には俺様のような思いはさせたくない』
ああ、そういえば古老のドラゴンと会った時、幼いオロチを保護し育てたような事を言っていたのを確かに聞いたな。
「うん、それは良いんじゃないかな。子供を育てるのは親の責務だし」
『という訳で、俺様との従魔契約はここで一旦解消させてもらいたい』
「え……」
『せっかく子を授かったのだ、大事に育ててやりたい。だから従魔契約は一旦終了だ』
おっと、これは困ったぞ。
どのみちオロチとの従魔契約は一年間の期限付きだったから従魔契約解除自体は問題ないけれど、今のこの国の現状を鑑みるにとりあえず魔物の大暴走を抑えるためにはオロチの協力は必要不可欠。にもかかわらずこんな土壇場で戦線離脱宣言をされてしまっては、僕はともかく周りが納得しないだろう。
「えっと、それは従魔契約したままだと卵の抱卵は出来ないってこと?」
『それはそうだろう、卵が孵化するまでの数年間、俺様達は卵から離れる訳にはいかないのだからお前等と共に危険な旅になど出られない』
数年!? ドラゴンの卵って孵化するまで年単位でかかるのか! しかも「俺様達」と複数形で言ったからにはオロチだけじゃなく茉莉も卵から離れられないってこと?
「それって別の人が温めるんじゃ駄目なの、かな?」
『卵は温めるんじゃない、魔力を注ぐんだ』
あ、そうか、そうだった。
『確かに他の奴が注いだ魔力でも卵は孵る。だが聖樹に祈りを捧げた両親の魔力が卵にとっては一番の栄養になる。俺様は卵の頃に爺さんに保護されて爺さんの魔力で孵化したが、さっきも言ったが孵化するまでに時間がかかったし、親以外の魔力は馴染みが悪い。俺様がここまで力を蓄えるのに一体どれだけ苦労したと思っている』
なるほど、ドラゴンの卵は親ドラゴンが抱えて魔力を注ぐことで初めて真っ当に孵化するのか。そう思うとオロチって意外と苦労して大きくなったんだな、偉いな。
『という訳でな、俺様は子に同じ苦労は味合わせたくはない、だから従魔契約は一旦終了だ』
そっか~……オロチって意外と子煩悩だったな。
世の中にはせっかく子供を授かっても育てもせずに放置する親だっているというのに、その真摯な姿勢には脱帽だ。
俺様気質なオロチはどちらかと言えば亭主関白な父親になりそうだと思っていただけに良い意味で裏切られたな。
「タケル、オロチは何と言っているのですか? 何やら良からぬ気配がするのですが――」
「う~ん、そうだねぇ」
僕は皆にどう説明しようかと思案する。というか、オロチの言葉は茉莉にも聞こえているはずなのだが、何も言わないな。
「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど茉莉ちゃんはそれでいいの? この間まで魔王討伐に行く気満々だったと思うんだけど、このままオロチと……」
「問題ナッシング! というか、この子に聖女の力根こそぎ持ってかれたから今のあたしにはどのみち聖女の力残ってないし、アハハ~」
「……え?」
なんか今、物凄い問題発言が飛び出した気がするのだけど僕の気のせいだったかな? いやいや、そんな馬鹿な。え? 嘘だよね?
「茉莉ちゃん、聖女の力がなくなったって……」
「うん、今のあたしは正真正銘一般人でっす!」
何故か誇らしげに胸を張る茉莉。いやいやいや待って! それって凄く困るのでは!?
僕が周りを見渡すと何だか疲れたような表情を浮かべたおじさん達がこちらに助けを求めるような視線を向けてくる。ああ、これ僕達が帰ってくる前に既に一悶着あった顔だ。
そしてそんなおじさん達の表情とは対照的に相変らずレオンハルト王子はニコニコしているけど、この状況分かってる!?
そして帰ってきた時からずっと小太郎が浮かない顔をしているなと思っていたのだが、その理由が分かった気がした。
「あの、聖女の力がなくなったって、具体的にどういう事か説明してもらえる?」
「ん? だからそのまんま、能力が卵に引き継がれた状態だけど? あたしの聖女としてのスキル諸々がこの子にいったの。だからこの子は聖龍になるんですって! そうは言ってもあたしはまだ四属性魔法も使えるし、不便はしてないんだけどね~」
「聖龍……」
『一般的にドラゴンの特性は両親から引き継がれる、俺様自身は聖龍ではないのだが先祖の何処かに聖龍が居たようでうまい具合に結びついた。そういう意味でも俺様と茉莉とは相性が良かったようだな。なにせ火龍や水龍なんかの四属性ドラゴンよりも聖龍は格が高い! 俺様も鼻が高いというものだ』
はっはっはっ~と高笑いのオロチ。一口にドラゴンと言っても色々いるんだねぇ。属性によって格も違うのか、勉強になるな。
「ん? あれ? でもだとするとオロチって元々何龍なんだ?」
僕の何気ない問いにオロチが不自然に視線を逸らした。これはあまり言いたくない感じか?
「ねぇ、オロチ?」
逸らされた視線に合わせるように顔を覗き込んだらまた逸らされた。これは絶対何か隠してる!
『お、俺様の事などどうでもいいだろうが! まぁ、そういう訳だから、俺様とマツリは楽園の方へと引っ込む事にしたからな!』
「え、ちょっと待ってよ!」
困る困る、それは困る! 魔力溜まりに集う魔物達を薙ぎ払う為には龍の咆哮が必要だと言っているのに、そんな簡単に一抜けされても困る!
ぶっちゃけ茉莉の代えの聖女はいたとしてもドラゴンの代えはきかないのだ、なにせドラゴンなんて目の前にいるオロチくらいしか居ない。ここでオロチに抜けられるの本当に困る!
「事情は一通り分かってもらえたと思うのだけど」
そんな中、口火を切ったのは今の現状が分かっているのかいないのか分からないレオンハルト王子。相変らずのにこにこ笑顔で胡散臭さMAXだ。
「ここで私からオロチ君に提案がある」
『あ?』
王子にはオロチの言葉が分らないはずなのだが、これでいて王子はちゃんとオロチの言わんとしている事を理解しているのか言葉を続けた。
「そのドラゴンの卵を孵化させるためには魔力が必要、そして魔力は多ければ多い程素晴らしいドラゴンが産まれてくる。私の認識はそうなのだけど、どこか間違っているかな?」
『あ? ああ、まあそうだな』
オロチが王子の言葉に頷くので僕がそれをそのまま王子に伝えると、王子の口角がニヤリと上がる。
「だったら簡単な話、その卵、魔力溜まりに浸けてみたら最強のドラゴンが産まれると思わないかい?」
瞬間オロチの瞳が見開かれた。
「君達が我が子を愛おしいと思う気持ちは分かる、そして君はそんな我が子をより強く逞しく育てたい、そうなんだろう?」
『…………』
「だったら、魔力の源泉である魔力溜まりにある膨大な魔力、全部使ってしまえばいい」
なんか王子様がとんでもない事言い出した! さすがにそれはダメだろう!? 魔力溜まりに卵を浸けるだなんてそんな……
『それは良い考えかもしれないな』
「嘘でしょ!?」
オロチが笑みを浮かべてその提案に頷いた。
「ちょっと待って落ち着いてオロチ! 何言ってるか分かってる? 魔力溜まりだよ!? 近付いたら自分だって暴走しかねないって前にオロチ自身が言ってた場所だよ!? そんな所に子供を浸けるとか正気の沙汰じゃないからね!?」
『確かに俺様の魔力上限を超えて魔力を取り込んでしまえば俺様は暴走しかねない。だがこの子はまだ孵化すらしていない。孵化する為の魔力は幾らあっても困る事はないし、上質な魔力を大量に取り込み孵化すればより格の高いドラゴンが産まれるだろう』
えええ……
『全くもって今まで考えもしていなかったが、うむ、これは良い案だ。さっそくその魔力溜まりに行ってみようではないか、主よ』
完全に乗り気になったオロチの鼻息が荒い。確かに僕達は元々その魔力溜まりに行く予定ではあったけど、向かう理由は全く別で事態は想定外の方向に進んでいる。
「どうやらオロチ君はその気になってくれたようだね」
『ああ、良い提案に感謝する』
会話のできないはずの二人の会話が成立している。だけど、これは良い事なのかどうなのか、僕は頭を抱えてしまった。
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