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第五章

それは如何にして起こったのか

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「最初に前提として時を飛ぶと言っても俺と小太郎とでは決定的に違っている事がある」

 そう言って話し始めたアラン。僕とルーファウスは黙って耳を傾ける。

「小太郎は異世界人で、この世界に来てすぐに3年の月日を飛んだと言っていたが、俺は異世界人なんかではないし、元々この世界の生まれなのは間違いない。そして俺の場合は小太郎のように未来に飛んだ訳じゃなく、過去へ飛んだ」
「え……」
「ある事件をきっかけに俺は10年前の自分に戻った、それが正しい」

 とても真面目な表情でアランが語りだした話は予想していた方向とは少し違っていて僕は驚く。

「えっと、ちょっと待ってください、それじゃあアランは過去の人じゃなくて未来人? という事ですか?」
「10年前ならそうなるな。だが過去に戻って間もなく10年、俺は過去に戻る前と同じ時を今は生きている」

 確かにアランの言う通りなら今のアランは未来を知っている未来人ではなく、過去から元の人生に戻っただけのただのアランという事か。
 というか過去に戻るきっかけとなった『ある事件』ってのが、気になるな。アランにとっては10年前の事件だけど、そこから10年経った今なら、その事件は今まさに起ころうとしている事件という事になるのでは?

「アランには過去に戻る能力がある……?」

 ルーファウスの呟きにアランは「それはないな」ときっぱり否定する。

「ですが、もしそうだと仮定するのであれば先程の彼アレンの説明がつきますよ。彼は未来のあなた自身で、再び過去に……」
「それは俺も考えた、だけど違う。俺は前回の事件の時には過去の自分の中に精神だけが戻ったんだ。つまり過去に俺が二人存在する事はあり得ない。もし同じようにあいつが過去に戻った未来の俺だと仮定するのならば、今の俺はあいつでなければならない訳で、俺自身の存在が矛盾する」

 ん~……難しいな。今目の前にいるアランは二度の人生を同じ体で繰り返したという事か。人生のやり直し? これはタイムリープ?

「その辺あの人アレンは何と言っていたのですか?」

 ルーファウスの問いにアランは黙って首を横に振った。どうやらアレンはアランには何も語っていないらしい。

「ただひとつ『お前がするべきはあの事件現場へお前達を連れていく事だ』と、それだけだ」
「事件現場へ? それが『任せた』という事ですか?」

 アランはその質問に対しては頷いて「だが俺はそれを言われただけで、詳しい事は何も話してもらえなかった。元々俺はお前達をあの事件現場に連れて行くつもりで居たんだが、まるでそれすらも見透かされているようで……」と言葉を濁した。

「その事件現場というのは一体何処なのですか?」
「……魔王領」
「!」
「あの時、俺は何も知らなかった。Aランク冒険者たちには魔王討伐の強制依頼が出ていて、それには莫大な報奨金がかかっていた。だから俺は他のAランク冒険者たちと共に魔王領へと赴いたんだ」
「あれ? アランがAランク?」
「ああ、その時はな。色々と面倒くさかったから二回目はそこまでランクを上げなかった」

 確かにルーファウスはアランはわざとランクを上げずにいるような事を前に話していた事がある気がする。
 Aランク冒険者になると、それこそドラゴンが出れば強制的に討伐依頼に参加させられるし、あまり良い事ばかりじゃなさそうだものな。

「それこそ魔王討伐なんて毎年の恒例行事みたいなものだと思っていたし、俺はその魔王討伐派兵に軽い気持ちで参加したんだ。だが、今なら分かる、あれはそんな軽い気持ちで受けるような依頼じゃなかった。魔物の大暴走スタンピードの話しも俺を含め冒険者達には何ひとつ聞かされていなかった。ただ、俺はその当時荒んだ生活をしていてな、死ぬなら死ぬでそれでもいいと思っていたのも事実だ」
「え……」

 アランは少し苦笑するように「俺が死ねばその依頼料は僅かでも家族に届くように手配してあった、だから俺は死んでもいいと思っていたんだ」と瞳を伏せた。
 そうか、その当時アランは仲間を傷付けた事件から王都を出ていたんだな。そこはアランが今まで語ってくれた話で相違はないのか。
 魔物の大暴走スタンピード、それは魔力の供給過多による魔物の暴走で通常簡単に倒せる魔物ですらその時の魔物達はダンジョンボス並に強かったとアランは続ける。
 死に物狂いで戦い続け、魔王領のずいぶん奥まで踏み込んだ僅かな精鋭達、その中にアランは居た。

「そんでもって、その中にはお前も居たんだよルーファウス」
「私……ですか?」

 まるでキツネにつままれたような表情を見せるルーファウス。それもそうだ、そんな記憶がルーファウスにある訳がない、何故ならそれはこれから起こるはずだった未来の話だ。

「お前は強かった、一人で何体もの魔物を相手に怯む事なく戦っていた。世の中にはこんな魔術師もいるのかと俺は心底驚いた。なんせ俺は肉弾戦重視の戦闘バカだし、それまで組んだ仲間もそんな奴等ばかりだった。時には魔術師と組む事もあったが、そいつ等は言ってしまえば回復係で後衛でサポートするくらいしか能がなかった……というか、そういう奴しかそれまで仲間にしてこなかったんだよな、何せ俺の戦闘スタイルは防御度外視の肉弾戦だからな」

 ルーファウスはその場にいた冒険者の誰よりも戦闘力が高かった、けれど彼には仲間のような連れ合いは誰一人としていなかった。
 誰よりも強いルーファウスは次々に魔物を倒していったが、周りの冒険者たちとの連携はまるで取れていなかった。むしろお前達は邪魔だと言わんばかりの戦闘スタイルにアランは勿体ないなと思ったのだそうだ。

「他の奴等ときっちり連携を取れていたら、戦闘はもっと楽に進んでいたと思う、それはどちらかと言えば足の引っ張り合いのような感じで周りの冒険者も苛立ち始めていた、だがお前はどこ吹く風で一匹狼のまま戦闘に突き進んでいってたよ。それはまるで死に場所を探しているみたいにな」

 まるで自分を見ているみたいだとそう思った、とアランはまたしても苦笑する。

「死に場所……ですか。ふふ、言い得て妙ですね。確かに私は生きながら死んでいるようなものでした。エルフの長い生に私は疲弊していた。けれど自ら命を絶つ勇気もなく惰性で冒険者を続けていましたし、もしそれがあなたやタケルと巡り合っていない私の未来なのだとしたら、私がそんな風だったとしても不思議ではありませんね。あなたは出会った当初から強引で、私を振り回しましたが、それでも私はそんなあなたに救われていた部分もありますので」
「そう言ってもらえると、わざわざ探し出してつるんでたかいもあるってもんだ」

 現在のアランとルーファウスの間には僕の知らない時間があって、そこには目に見えない信頼関係が出来上がっている。
 けれど、アランの一度目の人生では二人は出会ってすらいなかったのか……なんか意外だ。
 僕が初めて出会った時からこの二人は一緒に居た、だから僕の中で二人はコンビで、そうではなかったという話しが俄かには信じられないのだ。
 そしてアランは二回目の人生ではわざわざルーファウスを探し出しコンビを組んでいたというその事実に僕は驚く。

「事件現場ってのは、もう察しがついてるかもしれないが魔力が無限に湧いて出てくる魔力溜まりだ。それは魔王城の地下ダンジョンに隠されている。俺は戦闘中に魔力溜まりに落ちた、そんで目が覚めたら10年前に戻ってたんだ」
「え? それだけ? 何かきっかけとか、何かが起こったとか……」
「その時はずっと戦闘続きで俺もかなり疲弊していた、何せもう10年前の記憶だし、あの時の記憶は曖昧で俺もはっきりとは覚えていないんだ。ただルーファウス、お前はその魔力溜まりで途中戦闘を放棄して何処かへ消えた」
「え……」
「俺にはなんでお前がそうしたのか分からない、仲間……お前にとってはそうでもなかったのかもしれないが、皆を見捨てて一人で逃げたのかとあの時は思いもしたが、たぶんお前は見付けたんじゃないかと思うんだ」

 ルーファウスは怪訝な表情でアランの言葉の続きを待つ。でも、見付けたって一体何を……ああ、もしかして――

「タロウさん?」
「今まで色々な情報を集めてきて、そうなんじゃないかっていう俺の予想だが、そこに誰かが居たのは間違いない。確かに魔力溜まりの魔力を覆うように結界を張っていた人物を俺も見た気がする。そんでもって、そいつを護るようにそこにいた魔物はドラゴンだった」

 戦闘は苛烈を極めたらしい、アランの戦闘スタイルは狂戦士バーサーカーだ、理性をかなぐり捨てて戦闘に没頭し、そして気付いたら足を滑らせ魔力溜まりに転落、それがアランの最後の記憶だったそうだ。

「気付いたら俺はタキシードを着て、隣にはウェディングドレス姿の嫁さんが立っていた。これがいわゆる死ぬ前に見る走馬灯ってやつかと思ったな。何せその瞬間が俺の人生の中で一番幸せな時だったのは間違いなかったから」

 けれど、そんな走馬灯はいつまで経っても終わりを迎える事がなかった。
 最初は夢かと思い、きっとそのうち覚めてしまう幸福な時間を懐かしんでいたアランだったのだが、さすがにいつまでも続くその日常におかしいと気付いた。

「毎日が幸せだった、戻りたいと思っていたその時に俺は戻ったんだからな。だが繰り返される同じ時、このままじゃまた同じ悲劇が繰り返されると俺は悟った」

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