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第四章

襲撃は突然に

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 薬屋で熱さましの薬を購入し足早にホテルへと帰る道すがら、すれ違った冒険者達の話し声が聞こえた。

「ギルドに出てたSS依頼の、アレ、どうやらこの街にあるらしいぜ」
「アレって、もしかして聖剣グランバルトか? それどこ情報だよ?」
「何でも昨夜どっかの定食屋で返せとかなんとか騒いでいた奴等が居たらしい。仲間割れなのか何なのか分からんが、どうやら今は黒髪の子供が持ってるらしいって……あれ?」

 思わず耳をそばだててしまった僕の瞳と男の瞳がばちりと合った。

「ん? どうした?」
「なんかそこに黒髪の子供がいる」
「は? そんな上手い話がある訳ねぇだ、ろ?」

 連れの男もこちらを向いた所で僕はばっと瞳を逸らす。違いますよ、だって僕の髪は黒髪ではない、限りなく黒に近い藍色ですから!
 でもヤバいな、今のって完全に小太郎の事ではないか、まさか定食屋で騒いでいたあの一件がこんなに早く情報として出回るだなんて思わなかった。

「なぁ、おい、そこの坊主……」
「うちの子に何か用か?」

 念の為、という感じで声をかけてきた冒険者の前にアランがどーんと立ち塞がる。アランは体格のいい冒険者達の中でも飛び抜けて体格がいい方なので、目の前に立つだけでもかなりの威圧感がある。声をかけてきた二人の冒険者はそんなアランを前にして「いえ、なんでも……」と、すごすごと引き下がった。

「これはあまり良くありませんね。王子に言って、さっさとギルドの依頼を引き下げてもらった方が良さそうです。金に目の眩んだ人間ほど厄介なものはありません」
「だな。タケルもそうだがコタローも聖女様も黒髪の子供だ、この調子で冒険者たちに目を付けられては面倒ごとになりかねん」

 僕達は足早にホテルへと足を向ける。僕達が宿泊したあのホテルはこの辺でも最高級のホテルだ。セキュリティ面は完璧なはずだが、聖剣の本当の持ち主である小太郎とロイドの身の安全が気にかかる。
 こんな事になるなら部屋にスライム結界でも張って出掛ければ良かった。
 このホテルの正式な宿泊者は僕達ではなく王子様と聖女様の御一行だ。僕達はあくまでその部屋の主の客人扱いなので部屋を出るにも戻るにも必ず受付を通さなければならないのだが、ホテルに戻り僕達が受付に顔を覗かせると、受付係に少し小首を傾げられてしまった。

「すみません、お客さま方、先程一度受付を通られましたよね?」
「え? えっと、出て行く時には通りましたけど……」
「出掛けてから一度も戻られていない?」
「はい、戻ってません」
「失礼ですが、身分証の提示をお願いしてもよろしいですか?」

 僕達が受付係に言われるままに身分証を提示すると、受付係は何やら台帳をチェックしている。そして「申し訳ございません、少々お待ちを!」と一言告げると、受付の奥へと引っ込んで誰かの名を呼ぶ声が聞こえた。

「何かあったのかな?」
「この感じ、嫌な予感しかしませんね。少し探索サーチをかけさせていただいて宜しいでしょうか」
「うん、お願い」

 僕が了承を口にすると同時にルーファウスの魔力の波動が僕の体を突き抜けてホテルの宿泊部屋へと向かって行く。
 魔力感知が得意な人じゃないとこの魔力の波動は感じられないらしいけど、なんだか不思議な感覚だ。

「コタローを寝かせていた部屋に人の気配がありません、王子達の部屋……っっ!」
「どうした?」
探索サーチを跳ね返されました」

 ルーファウスが苦々しげに舌を打つ。

探索サーチを妨害をしたのが、王子または聖女様であれば良いのですが、病人が部屋に居ないのは不自然です。行きましょう、受付なんて待っていられない」
「え、さすがにそれはマズいんじゃ……」
「こちらは身分証も提示しています、もし王子たちに何かあればそれはホテル側の落ち度、とやかく言われる筋合いはありません」

 そう言うが早いかルーファウスは身を翻し姿を消した。恐らくいち早く転移で部屋へと飛んだのだろう。

「アラン、僕達も行こう」
「お、おう!」

 僕達は受付が居ないのをいい事に勝手に王子達の居室へと足早に駆ける。高級ホテルで入場時のセキュリティがしっかりしているはずだからこそ逆に一度侵入されてしまうと人の目に付きにくいというのはこのホテルの弱点なのかもしれないな。
 僕達が部屋の扉を開けると、部屋の中は見事に荒らされていた。高級な調度品の一部は見る影もなく破壊され、ふかふかの絨毯の上には複数の足跡が付いている。ここで何かしらの争いがあったのは一目瞭然だ。

「ルーファウス!」
「タケル、こちらです」

 部屋の奥、場にそぐわぬほど冷静なルーファウスの声が答えた。僕とアランがその声のする方へ向かうと、その部屋では王子と茉莉、そして女騎士のマリーが床に転がる幾人かの男達を見下ろしていた。

「無事だったんですね、良かった」

 ホッと息を吐く僕に「それはどうだろう」と告げたのはレオンハルト王子だった。
 王子は「私達はこの通り無事だったのだけれど、大変申し訳ないのだが君のご友人は先程こいつ等の仲間に……」と、視線を落とし男達を見やる。どういう事かと問いかけると、どうやら侵入者は他にも複数人いたようで執拗に小太郎と茉莉を狙っていたらしい。
 当然ながら王子は茉莉を守る事を優先し、小太郎の事はロイドが守ろうとしていたようなのだが、侵入者の中に転移魔法を使える魔術師が居たようでそのまま2人纏めて連れて行かれてしまったというのだ。

「一体何処に……」
「それを今からこいつ等に吐かせよう、という所です。あ、タケルは聖女様と共に向こうの部屋でお待ちいただければ結構ですよ」
「え……」
「うん、そうだね。マツリは向こうで待っておいで。マリーはマツリとタケルに最高級のお茶と菓子の準備を。あと、ホテルの支配人にどういう事か説明を求めると伝言をお願いするよ」

 なんか王子様も静かにキレてる……のかな? だけど安心して寛げるはずのホテルの中でこれじゃあね。安全を金で買っているようなものなのに、これだけの人数の侵入者を許してしまったホテル側の過失もそれ相応にありそうだよな。
 こうしてルーファウス、レオンハルト王子そしてアランの三人で犯人達を締め上げた結果、分かった事はホテル従業員の中に犯人侵入の手引きをした者が居たという事、狙われたのはやはり街で噂になってしまっていた聖剣グランバルトであった事。ついでに王子と茉莉の身代金目的の誘拐も計画の中にあったらしい。
 王子様御一行はホテルに宿泊する際も素性を明かしていなかったので、犯人達は彼等を何処かの金持ちの道楽息子、道楽娘だと思っていたらしい。それがこの国の王子様とその婚約者の聖女様だったんだから、犯人達の今後の人生なんてもう終わったも同然だろう。
 聖剣グランバルトには白金貨10枚の報奨金がかけられている、それを山分けにするという契約で結ばれただけの悪人共はあっさり仲間の事も計画も白状した。

「たかだか白金貨10枚程度で人生を棒にふる選択をするだなんて、底が浅い者達は哀れですね。この人数で襲撃したら自分の取り分なんて雀の涙程度でしょうに。ああ、頭の足りない烏合の衆には簡単な割り算もできないのでしょうね。それとも自分はその程度の金額すらもまともに稼ぎだす事ができない無能だと吹聴して回りたいお馬鹿さんなのでしょうか」

 ここまで短絡的で杜撰な計画を聞いてしまってはルーファウスの毒舌のキレも冴えるというものだ。

「それでルーファウス、ロイド君と小太郎君の行方は分かりそう?」
「それが二人を攫った魔術師はこの辺では見かけない顔だったようで、あいつ等も知っているのは名前だけ、そしてそれも恐らく偽名だと思われます。行方を特定しようとしても情報が少なすぎる。ただ、その魔術師が複数人を抱えて転移魔法を使っている事を考えると、腑に落ちない事もあるのです」
「腑に落ちない事?」
「転移魔法を使える魔術師というのは元々然程数が多くないのです。陣も組まずに転移したという事は時空魔法のレベルは私と同程度。私の探索サーチを跳ね返した事からも魔術師としては相当良い腕を持っていると思われるのです。ですが、だとすればこんなチンピラ共と手を組んで犯罪に手を染めずとも己のスキルで幾らでも食べていく事は可能なはず。なのにそんな人物がこんなちんけな犯罪に手を染めている事を考えると、その魔術師はまともな職には就けない前科者、もしくは背後にもっと金払いの良い雇い主がいるかのどちらかなのではないかと」

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