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第四章

謎の紋印

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「小太郎君はさ、これからどうしたい? 何がしたい? やっぱり元の世界に帰りたい?」

 一通り小太郎のステータスを確認して僕は問う。そんな僕の問いかけに、小太郎は僅かに俯き「帰りたい……けど」と呟き、バスタブの中で膝を抱える。

「けど?」
「家には帰りたい、両親が心配してると思うし、だけど、どっちの世界でもあんまり変わらないんですよね……」
「? 変わらないって、何が?」
「ボク、性格こんななんで、よく学校でもいじめられてて、学校あんまり行けてなくて、正直どっちの世界にも居場所がないって言うか……」
「………………」

 小太郎がぽつりぽつりと語る事には、彼は元来の気の弱さから学校ではいじめを受けていたらしい。不登校一歩手前で保健室登校のような形で学校には通っていたらしいのだが、帰れば両親は安心するだろうけど居場所がない事には変わりないと小太郎は言った。
 小太郎の年齢は14歳、まだ中学2年生だ。社会は家と学校にしかなくて、その片方に居場所がないとなると悲観的になる気持ちは分からなくもない。

「ボク、どこに行っても本当に駄目で、緊張すると言葉も出てこないし、頭悪いし要領悪いし、容姿も運動神経も平凡で、良いとこなんて全然なくて、だから、勇者だなんて本当に意味が分からない。だけど、この世界ならこんなボクなんかでもまともに生きていけますかね?」
「自分のこと『ボクなんか』なんて言っちゃダメだよ。小太郎君には小太郎君の良い所があるし、魚だって上手に捌いてたじゃないか。あれだって充分凄い特技だからね!」
「そう、ですかね?」
「そうだよ! 小太郎君はもっと自分に自信を持って!」

 励ましの言葉をかける僕に小太郎は「頑張ってみます」と、遠慮がちに答えてよこしたけど、性格なんてそう簡単に変えられるものではない。これはゆっくりと自信を付けさせていくしかないかもな。

「それにしても、なんでボクが勇者なんですかね、ボクなんかより茉莉まつりちゃんの方がよっぽど勇者向きなのに」
「? まつりちゃん?」
「ボクと一緒にこっちの世界に来た囃子田茉莉はやしだまつりですよ、今は聖女様なんでしたっけ?」

 ああ! そうそう! ハヤシダさん! あれ? でも、まつりちゃん? もしかして二人って仲良いの?
 疑問に思って小太郎に問うてみたら、どうやら二人は保育園の頃からの幼馴染であるらしい。

「茉莉ちゃんはボクと真逆の性格で、ボクはいつも泣かされてばっかりだったんです。だから正直あまり彼女に関わりたくないんですけど、何故かずっとクラスが一緒で、出席番号が蓮見はすみ囃子田はやしだの並びで大体前後になっちゃうから関わらない訳にいかなくて……」

 ああ、なるほど。いわゆる腐れ縁的なやつか。僕にはそういう幼馴染はいなかったからちょっと羨ましいな。いや、でも関わりたくない相手との腐れ縁は歓迎できないものかもしれないけれど。 
 そんな事を思いながら、ふと小太郎の方を見やったら「さすがにもう逆上せそうなのであがりますね」と、小太郎がこちらに背を向け立ち上がった。その背中に僕はある物を見付けて瞳を凝らす。

「小太郎君、それって……」
「え? なんですか?」

 それは小太郎の背中、腰骨辺り、まるで描いたように赤い線で華のような柄が浮かび上がっている。

「それって、生まれつきの痣……?」
「え? 何がですか? ボクの背中に何かあるんですか!?」

 その痣はどうやら小太郎にも心当たりがないものだったようで、若干パニック気味の小太郎は、その痣のようなものを見ようと身体を捻った。けれどはっきりとは視認できないようで戸惑い脅える。
 それは恐らく僕の背中に刻まれた守護印と似たようなものであると思うのだが、何故そんな紋印が小太郎の背中に刻まれているのかが分からない。

「大丈夫! 大丈夫だから落ち着いて!」
「でも……」

 痣を消そうとでもするように小太郎がその紋印を掌で擦るが、当然ながらそんな事で紋印が消えるはずもなく、肌が赤くなっただけで紋印には何の反応も見られない。

「タケルさん! これ何ですか!?」
「それに関しては僕もまだ勉強中で詳しい事までは分からないけど悪いものではないと思う。僕にもあるんだ、ほら見て」

 僕は小太郎を安心させる為に髪を片側に寄せ、上着を半分脱ぐようにしてルーファウスに刻まれたうなじから背中に描かれた守護印を小太郎に見せる。

「これって、刺青……?」
「ううん、これは紋印って言って僕のこれは守護の紋印、魔法の力で僕を護ってくれてるんだ」
「守護の……じゃあ、ボクのこれも?」
「似たようなものだと思う」

 僕が断言するように言い切ると、ようやくホッとしたのか小太郎はもう一度バスタブに身を沈めた。

「僕のこれさ、ルーファウスが描いてくれた守護印なんだけど、小太郎君はそれを描いた人に心当たりはある?」
「そんなのある訳…………あ……」
「心当たりあるの?」
「はっきりとは断言できないですけど、こっちの世界に来た時、僕にあのナイフを渡した人がこの辺を撫でたんです。その時、ちょっと静電気みたいにパチッとして、しかも触り方が嫌らしかったから、嫌だなって思ったの思い出しました」
「その人って、どんな人?」
「えっと……髪の長いおじさんです。なんかこう耳が長くて、そういえばルーファウスさんに少し似てたかも。ボク、第一印象からルーファウスさんのこと怖いなって思ってたんですけど、もしかしたらそのせいかもしれないです」

 髪が長い……それは魔術師の特徴と言ってもいいだろう、そして耳が長いとなるとエルフの可能性は高い。
 エルフは長命な分、絶対数は少ないそうだし、もしかするとルーファウスの親類縁者の可能性もあるのか……? これはルーファウスに話を聞いた方が良いかもしれないな。

「あの、タケルさんのその守護印、触ってみてもいいですか?」
「? 別にいいけど」

 バスタブから顔を覗かせた小太郎が、興味深そうに僕の守護印を見ている。

「なんで色が違うんですかね? 何か意味があるのかな? タケルさんのそれ、白くて凄く綺れ、い……っ!?」
「っっ……!」

 小太郎が僕のその守護紋に触れた瞬間バチっとうなじに軽い痛みが走った。恐らくそれは小太郎も同じだったのだろう、慌てたように手を引っ込める。けれどそんな痛みから一分も経たない刹那、僕の目の前は真っ暗になっていた。
 一瞬何が起こっているのかまるで分からなかった、頭を強引に何かに押し付けられて息が詰まる。

「お前、タケルに何をした!!」
「ひっ!」

 響いた声はルーファウスのもの、僕はその声で自分は転移ですっ飛んできたルーファウスに抱き込まれているのだとようやく理解した。
 続いて上がる小太郎の悲鳴、完全に目隠し状態で何が起こっているのか分からないけど、確実に穏便な感じではない事だけは僕にも分かる。

「待って、待って待って! 僕は何もされてない!」
「そんな訳がない! 守護印に魔力の干渉がありました、それは即ち攻撃です!!」
「ないないない!! 一旦落ち着いて、ルーファウス!!」

 抱き込まれたまま周りが何も見えない状態の僕は、これは良くないと判断し、逆にルーファウスに抱きつき抑えると「小太郎君、一旦外に出てて!」と小太郎を部屋の外へと逃がした。
 扉の向こう側からは慌てたようなロイドとアランの声も微かに聞こえるから、たぶん小太郎は大丈夫だろう。

「タケル! 何故あいつを庇うのですか! 貴方は攻撃されたのですよ!!」
「だからされてないって言ってるだろ! ルーファウスのその早とちり、本当にどうにかした方がいいよ! 前だってそれで自分が死にかけた事だってあっただろう!!」

 それはまだシュルクに暮らしていた頃、ライムのスライム結界を初めて知った日、スライム結界に閉じ込められた僕を助けようとして自分の魔術を自分で食らい、ルーファウス自身が死にかけたのを忘れたなんて言わさないからな!

「それ、は……」
「今の僕の姿を見てみてよ! 僕、どこか怪我でもしてる!? してないだろう!?」

 少しだけルーファウスの腕が緩んだので、僕は腕を突っ張るようにしてルーファウスの身体から身を離す。そうやって見上げたルーファウスの表情は戸惑い混乱したような険しい表情で、僕は大きく溜息を吐いた。

「よく見て、どこか僕の身体に傷でもついてる? ルーファウスは大袈裟過ぎるんだよ!」
「戦場では一瞬の判断ミスが死を招く、これは大袈裟な話なんかではない」
「ここは戦場じゃない」
「同じですよ! 昨日まで平穏の中で普通に暮らしていた人間が突然に命を落とす、それは酷く簡単で零れ落ちた命は戻らない! 私はそんな光景を今まで何度も見てきました! 大袈裟なんかじゃない、これは大袈裟な話なんかじゃない!」

 どうもルーファウスの様子がおかしい。元々神経質な所があるルーファウスだけど、これはちょっと度を超えている。

「ルーファウスは何にそんなに怯えているの? それに万に一つ本当に僕が小太郎君に襲われたんだとして、僕が彼を退けられないと本気で思うの? 僕はルーファウスにとって未だにそんなに頼りない存在なのかな?」
「それは……」
「言っては何だけど、僕はもうルーファウスと出会ったばかりの頃の僕とは違うよ、まだ学ぶべき事はたくさんあるけど、右も左も分からなかった何も知らない子供じゃない」

 ルーファウスの僕を抱き込む力が急激に弱まって、絶望したようにルーファウスはその場に立ち尽くした。
 一体これはどうしたものか、僕は彼にそんなに酷いことを言ったつもりはないし、事実だけを理性的に述べたつもりなのに、こんな風に傷付きましたと言わんばかりの顔をされると、まるで僕が悪人みたいだ。
 ルーファウスが僕の身を案じてくれるのはとても嬉しいのだけど、それによって周りの人達が嫌な思いをするのは僕の本意ではない。

「私は確かにあの瞬間、闇の魔力を感じました。それは絶対に間違いじゃない」
「ルーファウス、いい加減に……」

 言いかけた僕の言葉を遮るようにルーファウスが僕の腕を掴む。

「私は間違った事は言っていない」

 ルーファウスの瞳は僕を見ているようでいて、まるで遠くを見ているようだ。それはルーファウスの過去の景色か、それとも僕に重なるあの人の……

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