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第三章

異世界から来た聖女様

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 完全に注目の的となってしまった僕達は冒険者ギルドの応接室へと場所を移す事になり移動する。
 応接室には机を挟んで長椅子がふたつ、その片方に僕とルーファウスが座り、もう片方には聖女様と枢機卿。椅子に座りきれないアランとロイド、そしてマチルダさんは、それぞれの仲間の後ろから立ったまま僕達の話を見守る姿勢だ。
 冒険者ギルドのギルドマスターであるスラッパーは中立の立場で長椅子に挟まれたお誕生日席の一人掛けに座っているのだが、何だかソワソワと落ち着かない様子。
 まぁ、どう見ても穏便に話が進むという感じではないし、僕の所在を隠していたという点で教会側に後ろ暗い所がある彼が落ち着かないのも仕方がない。彼だってまさか聖女様自らここまで出向いてくるなど考えてもいなかっただろうからな。
 枢機卿は苛々とした様子を隠さない。それにしても、この人は一体どういう立場の人なのだろうか? 少なくともエリシア様より地位が下である事は間違いないのだろうけど。

「改めまして、お久しぶりです、エリシア様」
「はい、お久しぶりでございます。タケル様はずいぶん立派にご成長されて私は嬉しく思います」

 何から話し始めればいいのか分からなかった僕達は他愛もない挨拶から会話を始めた。

「エリシア様はあまり変わられていませんね」
「ふふ、そうでしょうか……そうだと良いのですけれど……」

 何故か少しだけエリシア様が瞳を伏せる。

「一体何からお話しをさせていただけば良いのか……タケル様は王家と教会の確執のお話はご存じですか?」
「ああ、はい。あまり詳しくは知りませんけれど現在関係があまり良くないという話は聞いています」
「その事の発端の出来事は?」

 「いえ」と僕が首を振ると聖女様はまずは事の発端の出来事から僕に話をしてくれた。
 話はおよそ三年前に遡る、それは僕がこの世界へとやって来る少し前、不思議な少女が王都へと現れた所から始まった。その少女の素性も正体もまるで分からず、ただ少女はそこへ現れた。彼女は自分の事を「異世界からやって来た」とそう言ったのだそうだ。
 エリシア様の話す出来事に僕は驚く、まさかそんな所に恐らく僕と同じような境遇の少女の話が出てくるなんて思いもよらなかったからだ。

「彼女の名前はマツリ・ハヤシダ、当時14歳の少女でした」

 おおお、ハヤシダさんか、完全に日本人名! ちょっと親近感湧くぞ!

「彼女はある日突然やって来て、王家の人間に取り入りました。どのようにやって来て、どのように王家に取り入ったのかその時にはこちらは全く把握しておりませんでした、ただ、私の婚約者であった第一王子が彼女こそが本物の聖女であり、我が妻となる女性だと言って一方的に私との婚約を破棄してきたのです」

 おお? それは聖女様としては理不尽極まりない話だな。突然現れた何処の馬の骨とも分からない女性に婚約者を奪われたのか、それは心中お察しするよ。
 三年前、ルーファウスがドラゴン討伐の為に呼び出しを受けた時、王子の傍らに居たのは聖女様ではなく別の女性だったと言っていた事があったが、それが件のハヤシダさんだったのだろう。

「私としては婚約破棄は王子が望むのであればとやかく言う立場でもございませんので、そのお話を受け入れたのですが、個人の感情はともかくとして教会側としてはそれでは納得がいかず問題が大きくなってしまったのです。昔から王家の妃となる者は聖女の資質のある者でなければならないという決まりがグランバルト王家にはございます。ですから教会としては彼女の聖女としての資質を問うたのです。その結果、彼女には能力的には充分すぎる程の聖女としての資質があったのですが、少しだけ問題が……」

 そう言って、エリシア様は溜息を零す。

「問題、というのは?」
「確かに彼女には聖女としての資質はあるのです、けれど妃としての資質がないといいますか、その、女性としての慎みというのですか、そう言ったものが一切なくてですね……」

 ………………えっと、そうか! ハヤシダさんは14歳、言ってしまえば普通の女子中学生、目の前の聖女様は恐らく幼い頃から妃としての教育を受けてきたであろうエリート聖女様だが、そんな彼女と比べてしまえば現代からぽんっと現れた女子中学生が妃としての資質を問われても、それに応えられるほどの資質を持ち合わせるのは難しかった、とそういう事なのだろう。

「これには現王妃である先代聖女様も頭を抱えてしまわれて、けれど当の本人とその婚約者である第一王子はどこ吹く風で、ついに王妃様がその娘を嫁にする気なのなら王子を廃嫡、勘当すると宣言されたのです」

 おおお、大変だ。
 あれ? でもそういう話なら王家と教会の対立という話にはならないよな? それはあくまで王家の中のごたごたであって、教会は関係なくないか? 僕がそんな事を考えていると、エリシア様はさらに続ける。

「教会側は大変面白くはなかったのですが、聖女としての資質が彼女にあるのならば結婚を認めようと話が纏まりかけていた時分の王妃様のその発言、私は幼い頃より王妃様とは懇意にさせていただいておりましたので、私の事を慮っての発言でもあったと思うのですが、それがどうも国王様の逆鱗に触れてしまったようでして……」
「………………」
「元々、言ってしまえば国王陛下と王妃様もしきたりに乗っ取ただけの婚姻でしたので、それはどうなのか? と国王陛下はたいそうお怒りになってしまったようなのです。彼女にはまごう事なき聖女の資質があるにも関わらず、そんな彼女の資質も見ずに息子を勘当、廃嫡とはどういう了見なのか、そもそも王妃にそのような権限などない、と。政略結婚に近い婚姻関係とはいえ、お互いお子様には深い愛情を持っておられるお二人です、息子の想う相手と添い遂げさせてやりたい国王陛下と、国母として国を支えていく資質がない者に聖女としての資質だけで王妃は務まらないと言い切る王妃様の意見で騒ぎはより大きくなっていきました」

 これはあれか、盛大な夫婦喧嘩の話なのか? そう言われると、元聖女である王妃様の後ろ盾は恐らく教会になるのだろうから、教会が巻き込まれるのは必然で……

「そんな喧々諤々とした話し合いの最中、国王陛下がふと、そもそも何故王家の人間は聖女を娶らなければならないのか、そのしきたり自体がおかしいのではないかと疑問を呈します。けれどそのしきたりは初代国王陛下の時代から連綿と受け継がれてきた歴史でもあり、王家が力を持ち過ぎない為の抑止力でもあるのです。王家と教会は対等な立場でなければならない、それは初代国王陛下自ら宣言したお言葉でした。グランバルト王国が建国される以前にこの地にあった国は一人の独善的な国王が治める独裁国家でした、そんな王様を見てきたグランバルト初代国王陛下はもし自分達が何か過ちを犯しそうになった時にそれを止める役目として教会を設立したと聞いております、それ以来王家と教会は常にお互いが力をつけすぎないように抑制する間柄でもあったのですが、それはおかしいのではないかと、国王陛下は仰ったのです」

 国王陛下は国を運営しているのは王家で、教会は神を称え祈りを捧げるだけで何もしていないのに対等だと言い張るその言葉が既におかしい、と、完全に教会に背を向けてしまう。
 代々王妃は聖女の中から選ばれるという事もあり、教会には有力貴族の娘が何人も聖女として暮らしており教会には潤沢な金があった。それも国王陛下は気に入らなかった。
 第一王子が選んだ娘は聖女でありながら教会とも貴族とも縁もゆかりもない異世界からの住人、それが気に入らないのは教会が王家をいいように動かしたいが為ではないのか? と疑念を持った国王陛下はハヤシダさんとの婚約を早々に進めてしまう。

「けれど、そこで予想外の行動に出たのは問題の聖女であるマツリ・ハヤシダ様でした」

 ハヤシダさんは婚約、そして結婚話に『ぶっちゃけ王子の顔面は気に入ってるけど結婚とかムリ。そもそも、あたしまだ14歳なんだけど結婚なんて早くない? この世界をなんにも楽しまないまま結婚とかマジ卍、ムリよりのムリなんですけどぉ』と、勝手に城を飛び出して行ってしまったらしい。
 ちなみに今の台詞、エリシア様が真顔で本当にそのまま言った。あんまりに唐突な若者言葉、そしてハヤシダさんの行動に僕はぽかんとしてしまう。

「え、今のは……?」
「マツリ様のお言葉そのままですわ。マツリ様のお言葉は私には少し難解で、ある程度意味は理解できていると思うのですが、もし違っているといけないので、そのままお伝えさせていただきました」

 あは、あはは……なんか今の一言で色々な事が一気に理解できてしまったぞ。エリシア様は先程ハヤシダさんの事を女性としての慎みがないと困ったように言ったけれど、もしかすると彼女はいわゆるギャルと呼ばれる人種なのではないだろうか?
 ギャルを一概に全て駄目だと決めつける訳ではないけれど、その言動から我が強そうな印象は受ける、ましてやギャルが王妃に就任とか、現王妃が頭を抱えるのもなんとなく頷ける。

「マツリ様は多少破天荒な所はございますが、悪人ではない事はこちらも分かるのです、ただ、何というかその破天荒さが余計に問題をややこしくしていると言いますか……」

 エリシア様が大きく溜息を吐いた。そんな彼女の横で枢機卿も相変らずの不機嫌顔で「そもそも、エリシア様を差し置いて王妃に選ばれた聖女がアレでは教会の品位に関わるのです。認められる訳がない」と怒りを隠さない。
 けれど、その怒りを僕にぶつけられるのは全くのお門違いと言わざるを得ないのだけどな。

「それで彼女は?」
「現在は護衛と共に国中を漫遊しておられますわ。そして第一王子もそんな彼女を追ってただいま家出中です」

 漫遊って、楽しそうで何よりだな。しかも王子も一緒か……大丈夫か? この国。

「事情は分かりました、この国が現在とても大変な事になっているのは分りましたし心中お察し致しますけれど、それと僕とは何も関係ないですよね? 王家と教会の確執は国王夫妻でどうにかして欲しいですし、ハヤシダさんと王子の話も僕には一切関係ない、それとも何か関係があるのでしょうか?」
「タケル様は『勇者召喚』という古から伝わる召喚術をご存じではございませんか?」

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