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第三章

壁画に描かれた謎の紋様

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 ダンジョンに潜って数日後、僕達はまだその島に留まっていた。それというのも、ルーファウス曰く、その階層のダンジョンボスを倒せば自動的に次の階層への道が開かれるはずだと言うのだが、その肝心の道がない。
 だとしたら、あのリヴァイアサンはダンジョンボスではなかったのではないかと僕は思うのだが、それはないとルーファウスは言う。

「恐らくリヴァイアサンを倒した時に何か鍵になるようなアイテムが現れたはずなのですが……」

 そんな事を言ってオロチをちらりと見やるルーファウス。オロチはそれまで話し合いには我関せずだったのだが、その言葉を聞いて『そういえば何かキラキラした物が海に落ちたな』と、しれっと言った。

「オロチ! それ、たぶん重要アイテム!」
『俺はそんな事は知らなかったからな、何処にあるかも分からんぞ』

 と、オロチはふいっとそっぽを向いた。そこからは僕達の海底探索が始まったのだけど、この広大な海に落ちたアイテムを探す、しかもそのアイテムが何かも分からずになんて、砂浜の上に塩を一粒落として、それを探せと言うのと同義で途方もない。
 僕の探索魔法はアイテムを感知する事も出来るはずなのだが、風魔法である探索サーチは水の中までは探れない。僕達は何処までも続く広い海を前に途方にくれた。

「こうなったらもう一度、私達でリヴァイアサンを倒すしかありませんね」

 そうルーファウスが言ったのは探索も三日目になった頃だった。もう一度とはどういう事かと首を傾げたら、ダンジョンボスというのは、ある一定時間をおくと復活するとルーファウスは言う。

「これもダンジョンの謎のひとつなのですが、ダンジョン内の魔物はいくら倒してもダンジョン核を破壊しない限り何度でも復活します。魔物の種類によって復活にかかる時間は異なりますが、恐らく数日内にリヴァイアサンはまた復活するでしょう」

 あの巨大な海蛇が復活……あまり考えたくはないな。
 前回はオロチが倒してくれたけれど、正直あんな化け物と自発的に戦いたいとは思わない。

「まぁ、この海からアイテムを探し出すよりかは、そっちの方が早そうだよな。楽な戦闘ではないだろうが一度は倒した相手だ、今回もオロチが加勢してくれるのならこちらの勝ちは確定だろう」
『なんだ、またあいつを倒すのか。俺はあの肉が気に入ったから構わんがな』

 アランとオロチがルーファウスの言葉に賛同する。2人はあんな化け物相手にも関わらず戦う気満々で若干引く。唯一ロイドだけが「マジか……」と呟いていて、僕と同じ感覚の人が一人でも居て良かったなと僕は思った。

「そうと決まれば、リヴァイアサンが復活するまでの時間を無駄にするわけにはいきません、他にも何かこの階層から抜け出す方法がないか島の探索を致しましょう。意外とそのアイテムがなくとも何処かに道が開けている可能性もありますしね」
「ん……あぁ、そういえば、俺の閉じ込められてた洞窟の中に変な壁画があったんだよ。もしかしたら何かこのダンジョンの手掛かりになるような事が描かれていたかもしれんな」

 不意に思い出したと言わんばかりにアランがそんな事を言う。
 それにしても壁画かぁ……不思議な事もあるものだ。だって壁画があるという事はその壁に絵を描いた人物がいないとおかしい、このダンジョンには人なんて住んでいないはずなのに、変な部屋はあるし、壁画はあるし、明らかに人の手が加わった形跡がある、これは一体どういう事なのだろう?
 ゲームなんかではこういう謎解きクエスト的なものにワクワクしたものだけど、実際目の前に用意されてみると、誰が、何の目的で? と疑問ばかりが浮かんで仕方がない。
 まぁ、ダンジョンというものはそういうものだと言われてしまったらそれまでなのだが。

「タケル、何か考え事ですか?」
「え、あ、何でもないです!」

 僕は疑問を振り払う。だってここは元々僕が暮らしていた世界とは違う、不思議現象と魔物が飛び交うファンタジーな異世界なのだ、メタな事を考えてはいけない。
 僕は慌てて首を振り、洞窟へ行ってみようと提案してみた。

 ※ ※ ※

 洞窟の中はあちこち岩壁が崩れていて、少しでも触れたら崩落してきそうでドキドキする。そんな洞窟内部を見やって「これは少し補強が必要ですね」とルーファウスが土魔法で壁を固めてくれて、土魔法にはこんな使い方もあるのかと勉強になった。
 僕達は松明を掲げ、薄暗い洞窟の中へと進んでいく。ちなみにオロチも亜人の姿で同行してくれている。なにせオロチはドラゴンなので、オロチがいるだけでほとんどの魔物がその気配を感じて逃げて行く。なのでオロチはちょとした魔除けのような存在なのだ。

『この辺は雑魚ばかりなのだな、せっかくの冒険だ、もっと俺様の活躍の場があってもいいと思うのだが』
「やめてよ、オロチが暴れたらまた島の地形が変わるだろ」

 僕はリヴァイアサンとオロチの戦闘で津波が起こり島の地形が変わった事を忘れてないから! 数日経って水はずいぶん引いたけど、島の中心部に向けて広がっていたはずの森林は無残にも海水にやられて萎れてしまったのだ。

『別にこんな誰も住んでいない島の地形のひとつやふたつ変わろうがどうと言う事もないだろう?』
「それでもダメ! それにこんな狭い洞窟内で暴れられた危ないだろ、僕がいいって言うまでは大人しくしててください」

 不満そうにオロチは「ちっ」と舌打ちを打ったが、それでも大人しくついて来てくれているのは一年縛りとはいえ従魔契約をしているからなのかな。最初は滅茶苦茶反発していたのに律義だよな。

「お、あったあった、コレだよコレ」

 アランが松明を壁にかざすと、そこには何やらぼおっと絵が浮かび上がる。それは壁に石で刻んだような簡素なものだが、絵の中心に描かれているのは恐らくこの島だと思う。いや、正しく言えば島に巻き付くようにとぐろを巻く巨大な海蛇、リヴァイアサンだ。

「この絵、島の中央に何か祠みたいなのがあるな」

 アランが壁画をなぞるようにして指を伸ばした先、確かにそこには何か建物が描かれている。

「こっちの穴はこの洞穴か、だとするとこの祠は島のもう少し東側だな」
「ん……ちょっと待ってください、この紋様……」

 ルーファウスが注目したのは祠の下に描かれた紋様だ。松明を近付けてルーファウスはまじまじとその紋様を見つめ、何かに気付いたように「あ!」と声を上げた。

「この紋様、何処かで見た覚えがあると思ったら、このダンジョン城に元々暮らしていた貴族の紋様ですよ」

 ああ、そういえば完全に忘れていたがこのダンジョンはメイズの中心にある城の地下に形成されたダンジョンなのである。ある有力者が住んでいたこの城の地下にダンジョンが出現したため城は放棄され、この地の領主がそのダンジョンを商売のタネにしてしまったのだ。

「お前はその貴族の事を知っているのか?」
「直接交流した事はありませんが、名は確か『ベルウッド』だったかと」

 ベル、ウッド? え、あれ?

「お前んとこのホーリーウッドと名が似てるな、親戚か?」
「覚えていたんですか、ホーリーウッドの事は忘れてください。それにホーリーウッドとベルウッドに縁戚はありません。そもそも種族が違います。ベルウッドは人族のはずですよ。とはいえ、そのベルウッド家も跡継ぎがおらず既に家としては途絶えている」
「へぇ、もう消えた家系の紋様か」

 感心したように絵を照らし続けるアラン、だけど僕はそれよりも気になっている事がある。それはベルウッドというその名前だ。
 僕のチート能力で僕には自動翻訳機能が付いている、だから僕の話す言葉は日本語だろうが英語だろうがすべてこちらの世界の言語に自動で変わる、けれど僕にだけは分かるのだ、ベルウッドはベルウッド、それは即ち『鈴木』姓。
 これは僕の気のせいかもしれない、だけどもしかしたらこのベルウッド家というのは聖者タロウ・スズキと関りが有るのではないだろうか? それこそタロウさんは僕と同じ異世界人、だからこそ、そんな気がしてならないのだ。
 でも、だとしたら僕に与えられたあの部屋も、もしかしたらタロウさんに関係あったりするのだろうか?

「ルーファウス、もしかしてあの丘の上の転移魔法陣にも、この紋様入ってたりしました?」
「あの魔法陣には製作者の手がかりとなるような紋様は何も入っていませんでしたね、恐らく魔法陣が体系化される前に設置された物だと思います。その証拠にあの魔法陣には魔石が組み込まれていませんので、一度稼働してしまうと陣自体に自然魔力が溜まるまで使えなくなってしまうのです。要するに不完全なのですよ」

 確かにあの転移魔法陣は僕が一度使用してからその後何度触っても誰が触れてもうんともすんとも言わなかった。
 ルーファウスはそれを見て、魔力切れだとそう言ったのだが本来なら陣の中に魔石を組み込み陣を組むのが正しい方法なのだそうだ。いわばあの魔法陣は現在電池切れの状態で、自然の魔力が陣に溜まるまで稼働しないとそういう事。
 それに魔法陣の中に名を刻むように紋様を入れるようになったのは魔法陣が体系化された後、という事はそれ以前は紋様など入れなくても陣が組めたという事だ。そもそもこの世界に魔術を広く学問として広げたのはタロウさん。そんな彼なら、もしかしたらそんな体系化された陣ではない魔法陣だって描けた可能性はある。

「何か気になる事でも?」
「いえ……」

 確かに僕は気になっている。もしかしたらこのダンジョンは聖者タロウさんに所縁のある場所なのかもしれないと僕の勘が囁いている。だけど僕には確証がない。
 僕は何でもないと首を横に振る。
 ここでタロウさんの名前を出せば恐らくルーファウスは食いついてくるだろう、だけどそれは何だか嫌だな、と僕は思ったのだ。
 タロウさんはどうしたって過去の人だ、そんな過去にいつまでも囚われていても仕方がない。

「とりあえず、この祠に行ってみませんか?」
「そうだな、もしかしたら意外と既にこの場所に次の階層への道が開けてるかもしれんしな」

 僕はもう一度壁画に刻まれた紋様を見やる。幾何学文様で描かれた鳥が中央に配置され、その周りを蔦を這わすように丸く囲んだその紋様はどことなく僕の家の家紋に似ている気がした。

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