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第一章

選ばれたって何ですか!?

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 昨今都会では「30歳を過ぎて童貞だと魔法使いになれるらしい」という都市伝説があると聞く。まぁ、そんな都市伝説なんていつまでも童貞でいる男性を揶揄うもので嘘である事など百も承知なのだが、結婚してもいない、彼女いない歴=年齢の男性が童貞な事の何がいけないのだろうか?
 そんなモノはさっさとお水の女性で捨ててしまえとも言われるが、女性の身体をそんな物のように扱う商売に懐疑的な僕は……いや、正直に言おう、そういう店に通い続けた同僚が性病にかかり奥さんに移して修羅場になったのを見て以来一応まだ結婚を諦めていない僕は身綺麗なままでいようと日々童貞歴を更新し続け、間もなく40の壁を超えようとしている。
 30で魔法使いになれるのならば40では一体何になれるのだろうか? 魔法使いの上位職の賢者か? 賢者になったら何ができるのかな~と僕の唯一の恋人である右手との逢瀬を終えた賢者タイムの僕はくしゃりと丸めたティッシュをゴミ箱に捨てて苦笑した。
 僕の名前は鈴木武流すずきたける、あと数時間、日付を超えたら40の誕生日を迎えるおっさんだ。
 この年齢まで童貞を貫いてきた程度にはモテない中肉中背の中年男性。だが、僕だってこれまでの人生まるでそういう機会に恵まれなかった訳ではない。理由は色々とあるのだが、その理由を語った所で楽しくもないだろうし誰も聞きたくもないと思うのであまり周りに話した事はない。
 けれど世間の目というのは厳しいもので、この歳まで独身を貫いていると、勝手な憶測である事ない事噂され、人間性の否定をされる事も増えてきて少々うんざりもしている。
 僕だって自分の人生を諦めた訳ではない。最近は平均寿命も伸びてきているし僕の人生はまだこれから! ……とは思っているのだけど、よる年波には勝てない訳で、最近ではこの調子でぼんやり生きて行けたらそれでいいかと、思う時もあったりする。
 職場の後輩などには定年退職間際のお爺ちゃんみたいな考え方ですねと笑われるが、否定もしづらい所だ。
 今から寝て、起きたら40の大台か……長いようであっという間の人生だったな。そんな事を考えながら眠りについたら変な夢を見た。


 そこは真っ白な空間だった。周りは全て真っ白な世界、上を向いても下を向いても周りを見回しても白一色。境目がどこにもないので、自分が立っているという感覚すら曖昧で、ああ、これは夢なんだなとすぐに分かった。
 何の気なしに一歩を踏み出してみたら、床を踏む感覚もあまりなく、何かふわんとした浮遊感に身体が軽くなった気がした。

 ここは何なんだ……?

 もう一度周りを見回して考えた瞬間、高らかなファンファーレの音が頭上から鳴り響き、僕はビクッと身を竦ませた。
 え、え、え、何?! 何が起こった!??

「おめでとうございます! あなたは選ばれました!!」

 まるで詐欺メールのような文言で明るく響いた声に僕は戸惑い辺りを見回すのだが、そこはやはり真っ白な空間で何も見えない。

「選ばれたってなに? ここ何処?」

 まるで意味が分からないので取り敢えずおずおずと声に出すと「ここは神域です!」と元気な声が返事をした。
 神域……? 神様のいる……場所? え? なに? 僕死んだの?

「あなたは死んでないですよ!」

 元気な声が僕の考えを読んだように返事を返して寄越して、僕はまたビクッと身を震わせた。

「ああ、ごめん、驚かせたかな? ここでは意思そのものが言語だから君の考える事は僕達には筒抜けなんだ」

 は? え? 僕……達?

「そう、僕達! 僕達は言ってしまえば神様だよ!」

 神様……

「そしてあなたは僕達に選ばれました!」

 ………………

「あれ? なんか反応薄くない? 最近そっちではこういうの流行りでしょ?」
「えっと……そんな流行りは僕、知りませんけど……」
「えええ、遅れてる~ 君、アニメとか漫画とかあまり見ない人?」
「嫌いではないですが、最近のものより少し前の時代のモノが僕は好きですね。最近の作品は似たような話が多いので、何を見ても同じに思えてしまって……」
「君、それ老化だよ」

 ぐさっ。
 思わぬところで心にクリーンヒット、僕は思わず胸を掴んだ。

「ああ、ごめんごめん。ここは精神体の世界だから心の傷は直接身体に響くんだ、傷付けるような事言ってごめんね」
「いえ……」

 そうか、ここは神域という名の精神世界なのか。そういうのは何となく分かる気がする。
 僕はあまり社交的な方ではないのでインドアな趣味として漫画やアニメは見ている方だと思う、そういえば最近巷では「異世界転生もの」が流行っているようだというのを何となく肌で感じていた、自分はあまり興味がないので咄嗟に頭の中で結びつかなかったのだけれどこれもそういった類のモノなのか……?

「あの、僕が選ばれたっていうのは一体……」
「ああ、そうそうそれだよ! 君は僕達に選ばれた! だから君には新しい人生をプレゼントだ!」
「新しい……人生?」
「君の過去を覗いてみたけど、君、今までなかなか不自由な生活を送ってたみたいじゃないか。だから清らかなる君に僕達からささやかなプレゼント! 君には新しい世界で新たな人生を謳歌してもらおうと思っているよ」

 一気にまくし立てる自称神様。けれど僕はそんな神様の言葉を聞くにつけ、胡散臭いとしか感じなくなってきた。

「あの、これ……新手の宗教勧誘ですか? 僕、お金なんて持ってませんよ」
「え?」
「決まった神様を信仰はしてないですし、これからもそういうのは……」
「いやいやいや! なんでそういう話になるの!? ここは異世界転生で新たな人生! ひゃっほう! チートで無双でハーレムだっ!! って喜ぶところだよ!?」
「すみません、僕、そういうのあまり興味ないんで」

 物語を読むのは好きだ。昨今そういう「俺つえぇぇ!」系で無双する物語が増えているのは知っていたが僕は敢えてそういう物語は避けていた。僕はどちらかと言えば昔ながらのコツコツと自分の能力を伸ばしていく努力と根性の話の方が好きだったので最近の物語は僕の趣味とは相容れないなと常々思っていたのだ。全く読まない訳じゃないけどな。

「君、そういう方が好きなの? 嘘でしょ、マゾなの?」

 またしても心の中を読まれたのかそんな事を言う神様。でもマゾって、失礼にも程がある。

「僕はどこか得体の知れない力を突然与えられて周りをビックリさせる事より、コツコツ積み重ねていく事が好きなだけです。それにマゾじゃない!」
「あ、じゃあ作業系ゲームみたいなのが好きなのかな?」
「作業系ゲーム……?」
「自分の農場作ってお嫁さんを迎えて農場を大きくしてく、みたいな」

 ああ、あれか。某牧場系シミュレーションゲーム。
 確かに同じ作業をルーティンで繰り返すという意味では僕向きではある、最近はスマホで手軽にできるゲームも増えているから時々やったりするのだけど、ああいうのは飽きも早いんだよな。
 なにせああいうゲームは終わりがない。終着点を見付けるのは自分自身で、同じ事を繰り返すばかりのゲームは次第に楽しめなくなってくる。やる事が義務みたいになってきたら、飽き始めた証拠で大体もって一ヵ月という所だ。
 自分で常に目標を決めて楽しめる人間ならいいのだろうが、僕は自分で自分の目標を決めるというのがあまり得意ではない。だからああいうゲームも嫌いではないが大好きというほどではない。

「君、意外と面倒くさいね」

 またしても心を読んだのだろう神様に呆れられた。そんな呆れられても困るのだけど……

「じゃあ、恋愛シミュレーションみたいなのは? モテモテのハーレム世界」
「あ、僕、ハーレム物好きじゃないんで」

 愛する人には誠実でありたい、僕はこの人と決めたらその一人だけを愛しぬきたい派なので複数人を相手に鼻の下を伸ばすようなゲームもお話も好きではない。
 ただ恋愛には興味がある、ここまであんまり経験なかったからな。

「ふむふむ、恋愛には興味あり、と」
「なんの聞き取り調査ですか、って言うか、いい加減帰して欲しいんですけど」
「あ、それは無理」
「なんで!?」
「さっき君は死んでないって言ったけど、それは魂の話でね、君、元の世界では心筋梗塞で死んだからもう元の世界には帰れません」

 なんだってー! 確かに最近少しばかり身体が重いとは思っていた。そういえば要再検査という診断の出ていた健康診断の結果も無視して病院行ってなかったな……でも心筋梗塞か……たぶん寝ている間に死んだのだろうけど、身体が腐る前に見付けてもらえるかそれが心配だ。
 一人で暮らす小さなアパート、大家さんとはそれなりに話はするけどご近所付き合いはそこまでしていない。職場の人間も友人と呼べる程に親しい訳ではないし、家を知っている人間もいないのだ、さすがに無断欠勤が続けば誰かが様子を見に来てくれるだろうか?

「誕生日に死亡とか笑えないな……いや、いっそ笑い話にはなるのかな……」
「あれ? 君、今日誕生日なの?」
「ええ、まぁ。ついに40の大台ですよ」

 ある意味この神様との邂逅は天から与えられた誕生日プレゼントなのかもなんて思ったけれど、そういう事でもないらしい。だったら僕は魔法使いにも賢者にもなれないな。

「なに? 君は魔法に興味があるの?」

 また心読まれた……

「仕方ないだろう、君の心の声は口に出してるのと同じように僕達には聞こえてくるんだから。それよりも、君は魔法使いになりたいの? それとも賢者?」
「え……別にどっちでも。魔法には少し興味ありますし」
「ふむふむ、魔法には興味あり。ちなみにそれで勇者になって魔王討伐とか興味ある?」

 なんかテンプレきた――!

「勇者とか魔王討伐とか世界を背負って戦うのとか僕には荷が重いです!」
「あ、そう。じゃあ、それはなしで」

 あ、あっさり意見が通った。

「そりゃそうでしょ、僕達は君の新しい人生を応援しているんだから、君の意見はある程度通すよ。でも今から君がいく世界に魔王がいないって訳ではないんだけどね」
「え……」
「いや、僕達だってそんなにたくさんの世界を紹介できる訳じゃないし、今回の担当僕だし、僕の世界には魔王がいるんだからそこは仕方ないよ。でも魔王にはあんまり関わらないように設定するから安心して」

 設定できるんだ!

「まぁ、魔王城から一番遠い場所に転移させるくらいの事しかできないけど、元々わりと平和な世界だから大丈夫だよ。魔王城から離れると統率の取れてない魔物が増えたりもするんだけど、そこは君のスキルでなんとかなるように調整しとくから安心して」
「安心できる要素がひとつもねぇ……しかもスキルってなに?」
「あ、気になる? 気になっちゃう?」

 自称神様が何故だか嬉しそうな声を上げた。なんなんだろう、そこ喰い付くとこだったかな?

「んふふ~とりあえず君『ステータス・オープン!』って言ってみて」
「え……」

 なんかそれ、最近アニメなんかでもよくあるよな。ゲーム世界に迷い込んじゃったりすると出てくるアレだよな。

「それって口に出して言わなきゃ駄目なの……?」
「ん? 別に心の中で唱えるだけでもいいけど、最初はこう『ステータス・オープン!』って格好つけて叫びたくならない? 今までの子達は皆嬉しそうにやってたけど」
「すみません、僕、そこまで若くないんで……」

 確かに中高生の頃ならテンションマックスで叫んだかもしれないけど、さすがにこの歳でそれをやるのは勇気がいるよ。でも心で唱えるだけならまぁ、許容範囲かなぁ。
 だけど、ステータス……ステータスかぁぁぁぁ……

「君、なんでそんなにステータスに不服そうな顔してるの?」
「いえ、なにか分からないんですけど、こう、もやっとするというか……人の能力が視覚化されるのに違和感があるというか、ゲームなら別にいいんですよ、だけど、現実の生活でステータスってなんか変な感じしません? うまく言えないんですけど」
「君、意外と年寄みたいなこと言うね」

 ぐさっ。
 またしても何かが心に刺さった音が聞こえる。はいはい、どうせ僕は年寄りくさいですよ!

「まぁいいや、じゃあその辺はこっちで適当に補正しとくから、見たくなったら見ればいいよ」

 そう言ってから神様はしばらく僕を無視して「こっちはこうで、これはこのくらい……年齢も今のままじゃアレだし、考慮しとくね」とかぶつぶつ言ってる。
 完全放置で数十分後「できた!」の声と共にただでさえ真っ白だった空間が発光するかのようにキラキラと輝きだした。

「わっ! え? なにっ!?」
「いよいよ旅立ちの時だよ。新しい人生は悔いのないように、楽しんでおいで」

 そんな声と共に僕の周りの景色は一変した。

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