上 下
101 / 107
番外編:橘大樹の受難は続く

そんな話は聞いてない!

しおりを挟む
 昴の旦那のシロウが何か指示を飛ばして回っている。そんな彼の指示に従って、恐らくこの街の治安維持部隊と思われる獣人達が右へ左へと駆けて行く。俺と昴は保護された人間達の所へ連れて行かれて、現在待機中。

「そういえば昴、お前耳と尻尾はどうしたんだ?」
「え? あ……忘れてた。ちょっとした目くらましの術なんだけど……」

 そう言って昴が指を振ると、そこには普通に耳と尻尾が現れて、どうやら見えないようにされていただけで消えてなくなっていた訳ではなかったらしい。

「それにしてもさっきの人達、格好良かったなぁ」
「だよね! 悪者をなぎ倒してく姿、めちゃくちゃ格好良かった!」

 どうやら、囚われていたのは俺たちだけではなかったようで、あちこちで救出された人間達は自分達を助けてくれた者達を口々に褒め称える。その中にはたぶんうちのロウヤも入っているのだろうと思うと、何故だか妙に鼻が高い。

「僕はあの白い狼が綺麗で好きだな」

 背後で呟かれた言葉に昴の耳がぴくりと反応して、そちらを向いたのが面白い。昴の尻尾がそわそわと揺れて、その表情は嬉しそうでもあり、不安そうでもある。

「私は、私を連れ出してくれた銀灰色の狼だな。ああいう獣人ヒトが番相手だったらいいのに。きっと可愛い子が生まれる」

 あちこちで、私はこの人、僕はあの人と品定めが始まって、最初は鼻が高いと思っていたのだが、どうにも落ち着かなくなった。自分の旦那がよその奴等に品定めされるのってなんか落ち着かない。

「シロさんは僕のなのに……」

 昴の言葉がまさに俺の心を代弁してくれる、これは嫉妬か……俺もずいぶんロウヤに惚れこんだものだな。それにしても、ここに居る者達は全員獣人の子を孕める奴等ばかりで、俺だけが異質で俺だけがこの世界に溶け込めない。

「大樹さん、大丈夫? 顔色悪いよ?」
「俺さぁ、ロウヤの嫁、やってていいのかな?」

 昴が心配そうに俺の顔を覗き込んだ。

「? どうしたの、突然? ロウヤさんと喧嘩でもした?」
「喧嘩はしてない、けど……俺はどう頑張ってもあいつの子供は産んでやれないし、なんかそういうの考えると俺はあいつの嫁でいる資格はないんじゃないかって……」
「子供……って、大樹さんが産みたくなったんなら産めば良くない?」
「!!? 昴、お前までそういう事言うのか!!? 無理に決まってんだろぉぉ!!!」

 まさかの昴にまでさらっと言われて、俺は動揺が隠せない。お前は、お前だけは俺と常識を分かち合ってると思ってたのに!!

「え……だって、その為にパパに話し通してあるんじゃないの?」
「へ……?」
「あれ? もしかして大樹さん聞いてない?」

 何をだ? 昴は一体何を言っている??

「僕は大樹さんがまだこっちの世界に慣れてないから、子作りはもう少し時間を置いてって聞いてたんだけど、それってもしかして大樹さん通した話じゃなかったんだ?」
「何の話だが全く分からんのだが!!?」

 困惑顔の昴、けれど混乱してるのは俺も同じだ。

「うちの母さんって元々医者だし人体の造りには精通してるんだよね、それで、パパはわりと何でもできちゃう魔術師だから、2人の知識を総動員すれば子供ができるように大樹さんの胎内を創りかえる事は可能だろうって話……聞いてない?」
「全然まったく一ミリも聞いてねぇ!!!」
「ロウヤさんには話、通ってるはずなんだけどな……っていうか、ロウヤさんがシロさんとパパに相談持ち掛けて、そういう話しになったって僕は聞いてたんだけど」

 それで『できるかできないかで言われたら、できる』だったのか……でもロウヤ、あの野郎どういう了見だ!? 俺はそんな話ちっとも聞いてねぇ。俺がこの1年どれだけそれで悩んでたと思ってんだよっ! そういう大事な話は俺をちゃんと通しやがれっ! というか、産むのは俺なんだからそういう事を勝手にお前が決めてんじゃねぇぇ!!
 ふつふつと怒りを募らせる俺と困り顔の昴、だけど事これに関して俺は怒ってもいいはずだ。
 そもそもあいつはいつでも俺を置いて自分勝手に物事を進めようとする、結婚式の時もそうだった。別に今更別れようとは思わないが、あの時も俺1人が蚊帳の外で勝手に式を挙げられたのだ。あれは義母のコテツさんが暴走した結果でもあるのだろうが、あの親子の暴走癖はどうにかしないといけないなと妙な使命感が湧いてきた。
 しばらくすると大体の後処理を終えたのだろう、ロウヤ達がこちらへとやって来る。すると、それに群がるように周りで待機していた人々が彼等に寄っていく。

「あのっ! もし良かったら私とお付き合いしてくれませんか!」
「ああ、抜け駆け! それより僕と結婚前提でお付き合いしませんか!?」

 そう言って彼等は口々にお目当ての獣人達に言い寄っていく。おいおい、お前等積極的だな……いや、でもそういえばこんな光景前にも見たぞ、それは大賢者ヨセフとの決闘の直前、中央管理棟での事だ。あの時も人は独身であろう獣人達に群がって自分を選べと迫っていた。

「悪いが私にはすでに妻がいる、スバル」

 真っ白な狼獣人のシロウがこちらに腕を伸ばすと、スバルはぱっと笑みを見せてその腕の中に飛び込んだ。くそっ、お前等仲良いな!

「だったら……」
「悪いが俺も妻子持ちだ」

 別の奴がさくりと顔色も変えずに言い切ると、人々はあからさまに不満顔を見せる。お前等そういうところだぞ!

「ここに独身はいないの?」
「グレイ、どうやらよりどりみどりのようだぞ? この中から番相手を選んだらどうだ?」

 シロウが腕の中に昴を抱いたまま自分の背後に立つ一際大きな銀灰色の狼獣人に声をかけると、そいつは一言「ミオが泣くぞ」と返事を返した。

「ミオはやらんと何度も言っている」
「それはミオが決める事だ」

 ぐぬぬと苦虫を噛み潰したような表情のシロウ、昴は苦笑している。みおって昴のとこの子の名前だよな? まだ年端もいかない子供のはずなのに既にお手付きなのか? ってか、この大きな獣人が相手って犯罪もいい所だろ? 大丈夫なのか?

「じゃあ……」

 人々の向かう視線の先、そこには腕を組んでロウヤが立っている。視線はこちらを向いているが、シロウのように腕を伸ばす事も名を呼ぶ事すらしやしない。ただ黙って俺の方を向くロウヤは俺の動きを窺っていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!

夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ) 安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると めちゃめちゃ強かった! 気軽に読めるので、暇つぶしに是非! 涙あり、笑いあり シリアスなおとぼけ冒険譚! 異世界ラブ冒険ファンタジー!

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

処理中です...