運命に花束を

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運命に祝福を

おまけ:君の歌を聞かせて

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 オレの半生はあまり楽しいものではなかった。幼少期に両親を事故で亡くし、身体の弱い姉と二人、生活の安定を求め国境を越えた。けれど辿り着いたそこは望んだ理想郷などではなく、地獄そのものだった。
 身寄りのないオレと姉には頼れる人もなく、優しくされては騙されて、家も金も食べる物もなく、それでも姉と二人身を寄せ合って生きていた。
 そんなオレ達の生活に変化があったのはある男との出会いからだった。姉とその男は恋に落ち、姉はその男の子供を身籠った。
 けれどオレ達とその男の間にはどうにもならない差別という名の壁があった。姉は子供を身籠りながらも男の為に身を引いて、子供を産んで死んでしまった。
 オレに残されたのは姉の忘れ形見ただ一人、オレはその子を懸命に育てたが極度の栄養不足とかかった流行り病により姪は光を失った。
 オレはとても無力で、ただ一人の身内である姪を守ってやる事も出来ず一度は離れた姪の父親に頼ってしまった。
 その男はある程度地位のある男であった、言ってしまえば私生児である姪の事など気にかけてくれるとは思わなかった。けれどオレにはもうその男に縋るしか姪を助ける術がなかったのだ。
 オレは考えていた、もしそいつが姪を拒絶するのならば、お前達が蔑んでいる赤髪の娘がお前の娘なのだと世間に言いふらしてやろうと。
 脅迫でも恫喝でも何でもしてやろうと思っていたのだ、地位のある男ならば自分の名誉に傷がつく事を恐れ金を引き出せるとオレは考えていた。
 オレがそいつの前に現れると男は驚いたような表情を見せ、脅迫まがいに事情を説明したら「何故もっと早くに俺を頼らなかった!」と逆に怒られてしまった。
 予想外の反応にオレは戸惑う。
 男は娘を引き取るとまで言い出して、オレはそれには拒絶の態度を示した。
 そもそも姪は彼の与り知らぬところで生まれた子供だ、男に知らぬ存ぜぬで通されたとしても姪が男の子供である明確な証拠を提示する事も出来ない。引き取るなどと甘言を吐いて証拠隠滅とばかりにあっさりと捨てられる可能性だって否定はできなかった。
 なのに男はオレのそんな穿った考え方を全否定するように「気付いてやれなくてすまなかった」と頭を下げてオレと姪に住居と金を用立ててくれたのだ。
 そこからの生活はそれまでの生活とはうって変わって穏やかなものとなった。オレも出来る仕事は請け負い多少は金を稼いでいたが、裕福に暮らせるほどの稼ぎは期待できない。一方で男はある程度裕福な家に育ち、金を持っていた。
 何度も何度も男はオレと姪に同居の申し入れをしてきたが、オレはそれを拒否し続けた。男には財産がある事は分っていた、けれどそれを知りながら彼の家に転がり込む事はオレの良心が許さなかった。
 姉の愛した男は、それほどまでに誠実で真面目な男だったのだ。
 男は姪だけではなくオレの事も「弟」だと言ってくれた。オレは口では男に憎まれ口を叩いていたが、その言葉にどれ程救われたか知れない。
 そんな彼との再会から数年、ちょっとした事件をきっかけにオレと姪は彼の家に同居する事になる。彼の両親は彼に似てとても優しい人で、オレの事をまるで息子のように扱ってくれた。
 過ぎた幸福、それまでの生活が悲惨極まりないのものだったのも相余ってオレは怖くなった。
 オレは姪の生活が安定した頃、姪を男に託し家を出ようとしたのだが、それは男によって阻止されてしまう。
 この家はお前の家で出ていく必要はないと言い募る男に、オレはそれならせめて使用人として雇って欲しいと言い、男は渋々ながらそれを了承した。
 そしてそれからまた数年が経ち、姉の忘れ形見である姪が嫁にいった。
 まだまだ先の話だと思っていたのに姪の結婚話はオレの予想より遥かに速いスピードで纏まり、愛する人に望まれてリリーは隣国へと嫁いでいった。
 姉の時には叶わなかった幸せな花嫁姿にオレは涙が止まらなかった。オレ一人では彼女をこんな満面の笑みで嫁がせてやる事は出来なかったと思う。こんな風にリリーを幸せへと導けたのは男のお陰だ。
 とても幸せだ。リリーはオレの生きがいだった、リリーの結婚は祝福されて当然でそれは叶い、そして彼女はオレの手から旅立っていった。
 オレはとても幸せだ、なのに何故なのか、オレの心にはぽっかりと穴が開いてしまった。
 オレは姪の嫁入り後も男の家で使用人として働き続けた。重労働を押し付けられる事も無く自由時間も多いその仕事、それでいて給金だけはしっかりと支払われて、それもそれで何だか心苦しい。
 けれど彼の家族は皆揃って「とても助かる」と笑みを零すので、数少ない仕事をオレは全力でこなし働いた。
 月日は流れ、彼の年老いた両親が立て続けに亡くなると、デルクマン家はまるで火を落としたように寂しくなった。

「お前、結婚する気ねぇの?」

 ある時オレが男にそう尋ねると「何をやぶから棒に、俺の唯一の番はリリスだけだ、娘も嫁に出した、再婚なんぞする気はない」と返された。

 姉リリスとは結局子をもうけはしても正式な結婚をしていない彼は、未だ世間一般には『未婚』の扱いだと思うのだが、彼はそんな事を言って伴侶を娶る気はないように見える。

「別にあんたに新しい番ができても姉ちゃん怒らないと思うけど? このままじゃ、このデルクマン家も寂れてく一方だろ、せっかく広い家なのに使ってない部屋がほとんどだ」

 彼の両親が健在だった頃は親族が多い事もあり宴が催される事も多かったのだが、元来そういう催しが苦手な現在の当主のお陰で無駄に広い屋敷はすっかり寂しくなってしまった。

「もう若いとは言い難いけど、その肩書きが有れば若い嫁のきてだってあるだろう?」
「だから再婚はしないと言っているだろう、ふむ……だが、確かに俺達2人にはこの家は広すぎるかもな。うむ、よし、引っ越すか」
「…………は?」

 突然の彼の言葉にオレは驚き言葉が出ない。

「この家は弟妹の誰かが有効に使ってくれるだろう」
「ちょ……お前! デルクマン家の跡取りとしてそれはどうなんだ!?」
「どのみち俺の跡継ぎは誰もいない訳で、そっちも誰かが継いでくれるだろうさ」
「な……」

 彼の両親には本当に良くしてもらったのに、こんな風に簡単に家を捨てるなんてあんまりだ! オレは幼い頃に家を奪われ追い出された経験もあるから余計に、そんな簡単に生まれた家を手放せる感覚が理解出来ない。

「どうしたリアン?」
「なんで……」

 ぐっと込み上げるものに、オレは瞳を伏せる。

「なんでって、お前が言ったんだろう? 確かにこの家に2人じゃ広すぎる。昔は兄弟も親戚も多かったし、ちょうど良かったんだが、さすがにな……」

 オレは自分の心が分からない。そもそもここはオレの家ではない、家主はあくまでデルクマン家の人間で、オレは雇われているだけの使用人。そんなオレが口出しをする事ではないと分かっているのに、この家で穏やかに暮らさせてもらった記憶が頭を過ぎるのだ。
 オレの人生の中で一番幸せな時だったと思う、そんな思い出の場所を簡単に捨ててしまおうとする彼がオレには理解出来ないのだ。

「リアン、お前はなんで泣く?」
「泣いて……ないっ!」
「俺はお前に泣かれるのには弱いんだよ……」
「だからっ、泣いてないってば……!」

 「そうか?」と、彼の手が頬に触れて、びくりと身を竦ませた。

「そんなに恐がるな、俺は未だにそんなに怖いか?」
「そんな事、思ってない」
「そのわりにはお前は俺が近付くといつもそうだ、最初からずっと。きゃんきゃんと吠え立てていてもいつでも怯えたような顔をしている」
「オレを犬みたいに言うな。それにオレはあんたなんか恐くない」

 「本当に……?」と彼の顔が近付いてきて、オレは思わず飛び退いた。

「ほら、やっぱりだ」
「これは……」

 心臓がばくばくと鼓動を早める。そんな風に近寄られた事がなかったので、どう反応を返していいのかも分からない。

「しょうがないだろ! お前は最初から強者でオレは弱者、その関係はどこまでいっても変わらない。お前の気分ひとつでオレの人生は左右されるんだ、怖くないわけないだろう!」
「今のお前はもう自由だ。給金だって充分に渡しているはずだし、その金で暮らす事だってできたはずだろう? お前は受け取った金をろくすっぽ使わずに貯め込んでいるのも俺は知っているぞ」
「そりゃ、いつ追い出されてもいいように蓄えは必要だし……」
「なんで俺がお前を追い出すと思うんだ?」

 さも当然のように彼は言うが、だったら逆に何故追い出されないと思えるほど強気になれると思うのだろうか? オレは使用人、相手は主人、いつでも首を切って追い出せる間柄じゃないか!
 確かに彼にとってオレは弟のようなものらしいが、それにしたって赤の他人だ、そんな強気でいられる訳がない。

「リアン、これは墓まで持っていこうと思っていた話がひとつあるんだが、聞く気はあるか?」
「なに……?」
「この話を聞いたらお前は俺を軽蔑するかもしれない話で、リリスの為にも一生言わないでおこうと思っていたんだが……」

 真剣な面持ちの彼の表情はいつも以上の恐面だ。その辺の子供が見たら泣き出すこと受け合いの表情だが、オレはそんな彼の表情の中に微かな躊躇いを感じる。

「それはオレにとって良い話じゃないって事?」
「場合によっては」

 聞きたいと思う気持ちと、聞かない方がいいんじゃないか? という気持ちが頭の中で拮抗する。けれど、最終的にその話を聞きたいという好奇心にオレは負けてしまった。

「聞くよ、なに?」

 彼は微かに瞳を逸らし、息を吐く。

「俺がリリスに最初に惚れたのは歌声だったんだ……」
「…………それで?」
「それだけだ」

 頭の中に疑問符が飛び交う、それが一体何の秘密だと言うのか? 別に歌声に惹かれて何が悪い……? オレは心でそう思うのだが、ある一点の疑惑が頭を掠める。

「それって、もしかして……?」
「たぶん間違いなく……」

 彼は掌で顔を覆うようにして、そっぽを向いた。

「それ、姉ちゃんに言ってないだろうな!」
「墓まで持っていくつもりだったと言っただろう! そもそもお前は俺の前では一度だって歌ってくれた事はなかっただろうが! それに、その事に気が付いたのはもうずいぶん後になってからの話だ」

 歌は姉よりオレの方が上手かった。姉はどちらかと言えば父譲りのピアノの腕前で、そんな技能も使い所がなければ生かせる場所もなかったのだ。彼の前でオレは歌う事をしなかった、リリーに歌って聞かせはしても、彼に聞かせる気は一切なかったからだ。

「でも、だからと言って軽蔑って……? それにそれのどこがオレにとって悪い話になるのか分からないんだけど?」
「分からないか? 俺は、最初はお前に惚れたんだよ。男の俺なんかに惚れられるなんて、お前だって嫌だろう?」

 言われてみれば確かにその通りだ、けれどオレはその事実に別に嫌悪の感情を抱いたりはしなかった。むしろ、それに嬉しいとすら思っている自分の感情に戸惑ってしまう。

「俺はお前の歌声が聞きたいんだ」
「それは未だにオレの歌声が好きだって事? あの頃はまだ声変わりする前で、確かに姉ちゃんと声も似ていたかもしれないけど、今はもうあんな声は出ないよ」
「そんな事は分かっている、それでも俺はお前の歌が聞きたいんだ、リアン」
「そんな事、今まで一度だって言った事なかっただろうが」
「言った所でお前は俺の為に歌ってはくれないだろう? お前は今まで俺の前では決してその歌声を聞かせてはくれなかった」
「それは……姉ちゃんとの約束だから」

 それは彼と姉が結ばれた直後の事だ、姉は困ったような表情で『ねぇ、リアン、ひとつだけ聞いて欲しいお願いがあるの』そう言って、姉がオレに告げたお願いは、彼の前では決して歌わないでほしいという一言で、こいつはオレの歌声がそこまで気に入らないのか……と、そう思ったのだ。
 自慢ではないが歌には自信があった、けれど姉伝いにそんな風に言われてしまうほど嫌がられているのかと思ったらオレは口を閉ざすしかなかったのだ。
 けれど今までの話を聞いて、何故姉がそんな事を言い出したのか理由が分かってしまった。

「リリスが? 何故……?」
「オレが知るかよ、でももしかしたら、あんたのそれ、知ってたのかもな」
「リリスにはバレていたという事か?」
「どうなのかな……」

 今となっては真相は闇の中、オレはずっとこいつにオレの歌声は嫌われているものだと思っていたのに、まさかそんな風に焦がれたように告白されるとは思わなかった。

「でも何で今になってその話をしようと思ったんだ?」
「お前が泣くからだろう、俺にとってはお前も大事な人間なんだと俺は何度も言っているはずなんだがな」

 困ったような、照れたような、けれどそれはそのままその恐面を更に恐ろしくするだけで、傍目には怒っているようにしか見えない。けれど、オレはそんな彼の微妙な態度の機微すら既に把握できてしまっている。

「そっか……はぁ、そうかぁ……あはは、だったらオレも言っちゃおうかな……」
「ん?」

 眉間に皺を刻んだ恐い顔、でも決して恐くない。

「オレ、あんたが好きだよ」

 言った言葉が聞こえているのかいないのか、彼は固まる。

「オレ、あんたになら姉ちゃん任せられると思ってた、あんたなら姉ちゃんを幸せに出来るってそう思ってた、だけど姉ちゃんあんたの足を引っ張りたくないってそう言って、あんたから逃げ出したんだ。姉ちゃんお腹に子供がいる事もたぶん分かってたんだ、だけど望まれた子じゃない事も分かってた……」
「馬鹿な事を……」
「でもあんただって最初はオレ達を迷惑だって思っていただろう?」

 図星を突かれたのだろう、彼は気まずげに瞳を逸らす。

「姉ちゃんもあんたの事が好きだった、だから子供だけで満足するつもりだったんだ。でも、まさか出産があんなに大変なものだと思わなくて、姉ちゃん身体弱いし、そのまま衰弱して……分かっていたら、出産なんて意地でも止めてた、でも姉ちゃんはリリーを生みたかったんだ。本当はあんたを憎みたかった、姉ちゃんを奪ったあんたが憎くて憎くて、だけど、それ以上にオレはあんたが好きだったんだ……」
「リアン……」
「姉ちゃんとあんたの子は、本当に可愛くて、望まれない子だなんてリリーに悟らせたくなかった、だけどオレはあの子を守りきれなかった……」
「リアン、リリーはちゃんと大きくなって、自分で選んだ相手に嫁いでいった。リリーは幸せな子だ、そんなあの子を可哀想な子と呼んでくれるな」
「でも、オレが意地を張らなければ、リリーの瞳は光を失いやしなかった! あの子は自分の旦那の顔も、子供の顔も見る事ができないんだ、それは全部オレのせいだ」
「リアン……」

 分かっている、過ぎた事はもう取り返しがつかない。今現在彼女は望まれて愛する男と結ばれている、それでもオレの中に燻ぶり続ける後悔は消える事がない。

「オレ、あんたが好きだよ。でも言っちゃ駄目だって思ってた。あんたがオレを大事にしてくれればくれるほど、オレの心は苦しくなる。その愛情は姉ちゃんのもので、リリーのものだ、オレにそれを受け取る資格なんてない!」
「リアン、それは間違っている」
「間違ってなんかない! オレさえいなければ、姉ちゃんだってリリーだってもっと幸せになれたんだ!」

『リアン、お姉ちゃんね、貴方がいればそれでいいの。お姉ちゃんは誰よりもリアンの事が大好きだから』

 綺麗に微笑む姉の顔、だけど姉は結局こんな穏やかな生活を経験する事もなくこの世を去ってしまった。オレの今いる場所は、本来なら姉のいるはずだった場所で、オレはそれがどうしても許せないのだ。
 オレは自分自身が許せない。例えこいつがオレを許して愛してくれても、オレはそれに耐えられない

「あんたがオレを大事にしてくれるのは嬉しいけど、それは死んだ姉ちゃんへの裏切りだ、オレはそれを許容出来ない」
「お前……さっきと言っている事が矛盾しているぞ、リリスは例え再婚しても俺を許してくれると言ったのはお前だぞ?」
「それは相手がオレじゃなかった場合だろうが!」

 またしても彼は頭を抱え、大きな大きな溜息を零す。

「リリスは誰よりお前の幸せを願っているはずだ、そして彼女が俺の幸せも願ってくれるというのなら、俺とお前の2人で幸せになれたら、それが一番のはずだろうが! 家を手放したらこんな生活も終わると思ったか? 生憎だが俺はお前を手離す気はないからな、意地でもお前を幸せにしてやるから覚えておけ!」
「なに、それ……」
「俺にだって後悔はいくらもあるんだよ、リリスが死んだのも、リリーの目が見えなくなったのもお前だけのせいじゃない、半分は俺の責任だ。俺はリリスを幸せにはしてやれなかった、だから代わりにお前が幸せになれ、俺にはお前を幸せにする義務と責任がある、だからお前はずっと俺と一緒にいればいいんだよ!」

 オレが唖然とした顔で彼を見やると、彼はまたしても気まずげな表情で瞳を逸らした。

「まぁ、お前が他に好きな奴がいて、出て行きたい、結婚したいとか言うなら、それはそれでもいいんだが、お前、そんな気配微塵もないしな……」
「それ、お互い様じゃないか?」
「俺はいいんだよ、番相手はリリスだけだと何度も言っているだろう、だがお前は今までそんな浮いた話、一度もなかったしな……」
「だからオレも言っただろ、オレはあんたが好きだって」

 怪訝な顔で彼は片眉を上げる。

「それはどういう意味で?」
「さっきの、どういう意味だと思ったんだよ」
「姉の旦那として、家族として好かれているのかと……違うのか?」
「そういうの全部込み込みで惚れてるって言ってるんだろ……あんた鈍いな」
「…………」
「別にだからと言ってあんたに何かを求めている訳じゃないから、オレは今のままで充分幸せだし満足している……し……?」

 急に目の前が暗くなって、顔を上げたら彼の顔が目の前で、オレはまた慌てて飛び退った。

「何故逃げる?」
「何故って、そっちこそ何でだよ!」
「今、お前は俺を好きだと言っただろう? 俺もそれに関してはやぶさかではない」
「やぶさかではない、って……」
「嫌じゃないと言ってるんだろう? それともお前のさっきの言葉は嘘なのか?」
「嘘じゃねぇし!」
「だったら何故逃げる?」

 何故と言われても……何故だろう?

「急にこんな事されても……それに、そもそもお前のそれは家族愛で、こういう愛情じゃなかったはずだろ!」

 彼は「まぁ、確かにそうなんだが……」と言葉を濁しつつも「それも悪くないと思ったんだから仕方がない」と開き直った。

「本気で言ってんの?」
「俺がお前に嘘を吐いた事があったか?」

 確かに彼は今までオレに嘘を吐いた事は一度もない。けれどオレはこんな降って湧いたような出来事に頭が混乱して言葉が出てこない。

「俺はお前の歌う歌が聞きたいんだ、だから、これからも俺の傍にいてくれ、リアン」
「……なんだよ、それ、プロポーズかよ……」

 顔が熱い。本来ならその台詞は姉の為に紡がれるはずだった言葉だと思うのに、オレはその言葉が嬉しくて仕方がないのだ。

「オレの歌声は安くないぞ」

 真っ赤に染まる顔を隠すようにそっぽを向いて憎まれ口を叩いたオレの言葉に、彼は「金、とるのかよ」と苦笑する。
 けれど、「まぁ、お前の歌にはそれくらい価値があるからな」と、またいつものようにポンとオレの頭を撫でてくれた。

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