運命に花束を

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運命に祝福を

最後の審判 ②

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 この一年間は俺にとっては長ったような短かったような一年間だった。二度目の家出の末に俺が目にしたのは焼け落ちるメルクードの街と、それでも懸命に生きようとする逞しい人々の姿。
 ランティス王国の首都であるメルクードは災禍のなか立ち上がり、あの最悪の出来事から一年が経とうとしている今、街は平穏を取り戻しつつある。メルクードに戻った俺はそんな人々の逞しい姿にホッとする。
 この一年間で、この世界は大きく変わった。傷だらけのランティス王国に新しく立った王様はとても立派な人であるらしく、先代の王様の葬儀の際の演説は語り草になっている。
 「この国は強い、そして何者にも屈しない」その言葉はまるで合言葉のように国民の間に浸透して、皆前を向いて歩き出した。そしてあれから一年、間もなく新国王陛下の婚礼が執り行われる。
 スランのアギト率いる襲撃者達は俺達が襲われたあの渓谷の一件からずいぶん大人しくなっている。それは三国が同盟を結び連携を取り、犯人たちを追い込んでいるのも勿論あるのだろうが、恐らくこの婚礼に焦点を定め、水面下で動いているのではないかとじいちゃんは言った。
 彼等には現在資金がほぼない。それはあの渓谷での一件からも明白で、資金源を断たれた彼等は派手に動き回る事が恐らくできないのだ。
 新しい国王陛下の戴冠式は既に何か月も前に終えている。その儀式の際にも襲撃は予想されていたのだが、その日奴等の襲撃はなかった。
 それは戴冠式を大々的にではなく身内だけで済ませてしまった事も大きかったと思う。国王の代替わりが国王陛下暗殺と共にだった事もあり自粛ムードも続いていて、そこまで華々しく戴冠式を執り行う雰囲気ではなかったのだ。
 けれど間もなく行われる新国王陛下の婚礼はその比ではない。
 前国王陛下の喪が明けたら、新国王陛下の新しい時代が始まるのだ、それを象徴するかのように婚礼は華々しく執り行われる事となっている。
 婚礼には各国の国王陛下も招かれて、メルクードはその新時代の到来に浮足立っている、けれど、もしその婚礼が失敗したらどうなるか……そんなものは誰に聞かなくとも分かる事で、そんな好機を奴らは逃す事はないだろう。
 この一年間でランティスのみならずファルスやメリアでも薬物の売人や人身売買、それに伴う戸籍の不正売買等の摘発が何件も続いている。
 その中の何件かにはスランのアギトに繋がる案件があって、奴らに対する包囲網は着実に奴らを追い詰めている。
 そんな追い詰められた彼らにとってこの婚礼は王家を襲撃するという意味ではこれ以上ない好機のはずで、奴らは必ずこの式典に現れると予想されている。そしてその場にはきっと彼も……
 もういっそ忘れられたらどれだけいいか。これは不毛な恋だ、何処までいっても俺一人の空回り。それでも彼を忘れる事ができない俺は大きな溜息を零した。


  ※  ※  ※


 今日は朝から曇り空だ。新国王陛下の婚礼という晴れの日には似つかわしくない曇天で、だけど天気なんて人間がどうこうできるものでもないし、仕方がないと俺は思う。
 もし雨が降ってきたらお披露目のパレードがなくなるくらいで、むしろそれは警備をする上では好都合だった。

「ノエル、お前に聞いておきたい事がある」
「ん? なに?」

 じいちゃんが神妙な顔でこちらを見やり息を吐く。

「もし、お前の前にあの人が現れたら、お前はどうする?」
「……今、それ聞いちゃうんだ……」
「聞いておかなければ、いざという時対処に困る。もし万が一お前があの人を追いかけて向こうにつく気でいるのなら……」
「はは、そんなのあり得ないよ」

 俺がユリ兄について敵方に回るって? ないない、それはないよ。俺は確かに彼のことが好きだけど物の道理は分かっているつもりだ。好きだというその感情だけで、向こう側につくほど馬鹿じゃない。
 もし向こう側に寝返るのなら、それ相応の理由が必要で、彼がその理由を提示するなら迷いはするかもしれないけど、それでも俺は彼らのやり方は間違っているとユリウスを説得する方向でたぶん動くと思う。

「俺、ユリ兄が好きだよ。だからこそユリ兄を止めなきゃいけないってそう思ってる」
「…………」
「人を好きになる事は止められない。だけど、じいちゃんに迷惑はかけないつもり。もし目の前にユリ兄が現れたとしても俺は庇ったりはしない。ユリ兄はちゃんと罪を償わないといけない、それは俺も分かってる。俺の目的はこれ以上あの人に罪を犯させないように止める事。できるかどうかは分からないけど」

 じいちゃんが何も言わずに俺の頭を撫でた。頭を撫でられたのなんて何年ぶりだろうか?
 少し驚いてじいちゃんを見やると、じいちゃんは「お前は誰に似たのでしょうねぇ」と、苦笑した。

「目の前の現実から逃げ出してもいいのですよ? お前はまだ自分が思っているより子供なのですから」
「逃げた所で現実は変わらない。逃げるより行動しろって俺に叩き込んだのはじいちゃんだよ」
「それは目の前に勝算があってこそですよ」
「なに、じいちゃん? 今度のこれには勝算がないとでも思ってるの?」
「そんな訳はない。だが人は時に凡人の想像を遥かに超えた行動を起こす事もあるのだと、私は知っていますからね」

 俺がもう一度「大丈夫だよ」とじいちゃんを見やると、じいちゃんは少し瞳を伏せて頷いた。


  ※  ※  ※


 この教会はメルクードで一番歴史の古い教会だと聞いている。歴代の王族たちは皆この教会で婚礼の儀式を行うのだと聞いて訪れた教会はとても大きく、そして厳かな雰囲気の場所だった。
 窓はステンドグラスになっており、その光は教会内部にまで差し込んでいてとても美しかったのだが、今日はあいにくの曇天で、その輝きはあまり効力を発揮してはいない。
 俺はその曇天を不安な気持ちで見上げている。もし何事か起きるのであればここはあの渓谷の時と同じように嵐になるだろう。それはもう俺の中では予感などではなく確信だった。
 結局王家に反目する人間達の言う『神様』というのが何の宗教のどんな神様であるのか俺達には分からなかった。それというのも、その言葉を口にする人々はそのほとんどが自分勝手に自分の都合のいい『神様』を信仰しているだけで、その明確な姿や実体を知る者は誰もいないという事が分かったからだ。
 その言葉を口にする者は薬物に侵されている者がほとんどで、それは言ってしまえば集団ヒステリーのようなものであると結論付けられた。
 けれど、だからと言って『神様』が存在しないという話にはならない、何故ならこの一連の事件にはあまりにも不可思議な事象が多すぎるのだ。
 事件が起こる時はどれだけ晴れ間が出ていても、急に雲が湧き立ち嵐になる。これはもう紛れもない事実なのだ。
 そんなものは偶然だと言い張る者は勿論多い。人には天気を操る術などないのだから当然だ。けれど、あの時ユリウスはまるでその事象を自分が操っているかのように言い、その言葉通りに雷は落ち嵐は吹き荒れた。
 式典は粛々と進んでいく。会場には各国の王家の人間が参列しているのだが、俺とじいちゃんは式には参列せずに式の警備をしている人達と恙なく式が進行するのを見守っている。
 すぐ近くにはユリウスの母親のグノーやリク騎士団長も待機していて空気はとても重々しい。ナダール騎士団長はブラック国王陛下と共に警護も兼ねて式に参列しておりここにはいないのだが、グノーさんは険しい表情で窓の外を黙って睨みつけていた。
 婚姻の儀式が終了し披露宴に移ろうかという辺りで、曇天からまだ雫は落ちてこないものの少し強い風が吹いた。そんな風に煽られるように俺が空を見上げると、上空に大きな鳥が飛んでいるのに気が付く。
 しかもそれは一羽ではなく、隊列を組むように複数で飛んでいる。それに不自然さを感じて、俺は首を傾げ目を凝らした。

「あれ、何だろう?」

 大きさからすると鷹? それとも鷲だろうか? それにしても鷲は群れをなして飛ぶ事もないだろうにと瞳を凝らしてそれが鳥などではない事に気が付いた。

「じいちゃん、来たっ!」
「!?」

 俺が指さす先、それは鳥なんかではない、あれは『飛翼』と呼ばれる黒の騎士団の秘密兵器。俺も一度だけユマさんと共に利用させてもらった事がある、アレは人が空を飛ぶ事のできる特別な道具だ。
 俺の声にグノーさんもその飛翼に気が付いたのだろう、険しい表情はそのままに、無言で部屋を飛び出して行った。

「奥さん! 全くあの人はいつでも後先を考えない……それにしてもまさかアレを使われるとは」
「じいちゃん、そんな呑気なこと言ってる場合じゃないよ! 周りはともかく空の警備なんて誰もしてやしない!」

 飛翼の数は10機程度、飛翼には2人乗れると考えれば襲撃者は20人程だろうか? 真正面から来るのであればさほどの人数ではないが、建物上部など誰も警戒などしていない。ましてやあんな物が存在する事を知らない者達は、アレがなんであるのかすらまだ気づいていないだろう。

「リク騎士団長、すぐに上階へ警備の者を向かわせてください! 早く!」

 慌てたようにリク騎士団長は周りの部下へと指示を飛ばす。飛翼はすでにすぐそこまで迫っている、そう思った次の瞬間その飛翼から何かが落下した。え? と、思った時にはその落下地点から爆音が響き、それが爆弾である事に気が付いた。
 落下地点に居た者達は何も気付いていなかったのだろう、慌てふためいたように逃げ惑い始める。

「まんまとしてやられましたね……」

 じいちゃんが、建物の上部に飛来した者達を睨みつけ「私達も行きますよ!」と剣を握った。

「数はそこまで多くない。式場には決して近付けないようにするのです、逆に言えば奴らに逃げ場はないはずです。降りてくる階段さえ封じてしまえば奴らは式場には近づけない!」

 「だが……」と、じいちゃんは小さく続けた。けれど、その後の言葉は飲み込んで、じいちゃんはきっと前を向いた。

「ノエル! お前は式場に向かい、皆の避難誘導を!」
「え……でも……」
「式場の者達はまだ事態を把握していない可能性がある、お前は現在何が起こっているか全て把握しているはずです!」

 敵が上空から飛来するなどと予想できる人間は確かに少ない。俺は頷き進路を変える。式場の方へと向かうと案の定、何が起こったのか理解していない者たちが手を取り合い震えていた。
 すぐにでも外へ逃げ出そうとしている者達を外は危険だと警備の人間がなだめている。警備の者達の判断は正しい、むやみに建物から飛び出せば教会の屋根の上から狙い撃ちにされる可能性を否定できない。

「敵襲! 現在敵は教会屋上、人数は恐らく20人程度、落ち着いて避難してください! 屋根のない場所は危険です、奴らは爆発物を所持している!」

 俺の声に何人かが反応してこちらを向いた。

「教会屋上ってどういう事だ!?」
「奴ら、空を飛んで上から来たんですよ!」

 俄かに理解のできない者、すぐに理解を示した者、反応は様々だったが共通して現れた表情は「やはり来たか」というような諦めの表情。

「むやみに外に出るのは逆に危険、か」
「恐らく、とりあえず今は控室に避難を……」

 そこまで言った所で、がしゃん! と派手な音を立ててステンドグラスが割れた。え? と思った瞬間に俺は爆風に吹き飛ばされていた。
 どこかで悲鳴が上がるのだが状況がうまく理解できない。

「ごほっ、奴ら爆弾を投げ入れやがった……」

 周りには爆発自体に巻き込まれた者、爆発に伴い割れたステンドグラスで怪我を負った者様々だったが、ぱっと見た感じで死人は出ていない。それでも大怪我に呻く者は何人もいて、俺はきっと上を見やる。
 割れたステンドグラス、そしてそこに映る人影。

「ユリ兄……」

 人影は一人ではない、けれど彼のそのなびく金色の髪は誰よりもステンドグラスに栄えて、神々しく光り輝いて見えたのだ。
 教会の天井は高い、数十メートルはあろうかというその高さから何の道具も準備もなく飛び降りる事は不可能だと思われた、けれど彼は身軽にひらりとその高さを落下してきた。
 もちろんそんな高さから人が落ちてきたら頭に浮かぶのは「死」だ。その落下を目撃した者はその惨事を予想して悲鳴を上げたが、彼の周りには突如風が巻き起こり、床に激突する事もなく彼は何事もなかったかのようにふわりと床に降り立った。
 それはまるで背中に羽でも生えているかのような華麗な着地に誰もが言葉を失い彼を見ていた。
 彼に続いて、彼の仲間だと思われる者達は次々に縄を伝っておりてくる。やはりあの高さを飛び降りるなどという人間離れした事をやってのける者は他にはいない。
 悲鳴を上げた者たちが三々五々に逃げ出して、式場は大パニックに陥った。



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