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運命に祝福を
事件の裏側 ①
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「わっ!?……驚いた……」
街行く人を何とはなしに眺めていた俺の耳に響いた大きな雷鳴。天気は決していいとは言えない曇り空だったが、それでも雷が落ちるようなそんな天気ではなかったはずなのにと俺は眉を顰めた。
この街に戻ってきた日もそうだった、あの日も酷い嵐の日で、そんな中で事件は起きた。
「……ノエル殿?」
名前を呼ばれて振り向いた、向こうも驚いたのだろう目を大きく開いて俺を見やる。
「ダニエルさん……どうしてここに?」
「ノエル殿を探しに来たのですよ。いや、そればかりではありませぬが、ようやく見付け申した」
「俺、帰りませんよ」
ダニエルさんを見据えて俺は言い切る。まだ何もできていない、俺の探し人は見付からない。俺はまだルーンへは帰れない。
「む……まぁ、それは承知しております。ノエル殿の事だから何も解決していなければそう言うだろうとお爺様も仰っておられましたしな」
「もしかして、じいちゃんも来てるの……?」
「ええ、それは。今は少し席を外しておりますが、そのうち戻って……って、ノエル殿、何処へ行かれるのですか!?」
俺が踵を返して歩き出すと、慌てたようにダニエルさんが追いかけて来た。
「だ・か・ら、俺は帰らないって言ってるんですよ。どうせ連れ戻しに来たんでしょう? だったら俺はさっさと逃げるに限る」
「何をそんなに意固地になっておられる? 別にお爺様はノエル殿を無理矢理連れ戻しに来た訳ではござりませぬ!」
「だったら俺の事は放っておいて、用事が済んだら帰ってください」
「いや、そういう訳には……そもそも私は王子を守る為にやって来た訳でして、お爺様とはここへやって来た理由も違うのです。帰れと言われて帰る訳にはいかぬでござるよ」
あぁ、そういえばそうだった。ダニエルさんはツキノの護衛だった。
「ツキノだったら、お城ですよ」
「そのようでござるなぁ……」
「知ってるんですね。あぁ、黒の騎士団の人達か……」
祖父コリーは田舎のただの隠居老人だが、ファルス王国では不思議な権力を駆使している事がある。ルーンに暮らしていた黒の騎士団の人達とも勿論顔見知りで、そんな彼等が今はここメルクードにいるのだ、そのくらいの情報はすぐに手に入っただろう。
「知っているなら、さっさと行ったら?」
「ノエル殿、ここはランティス、メルクードですぞ? 私のようなメリア人が王子に会わせてくれと城に赴いて、簡単に会わせてくれるとお思いですか?」
それも確かにその通り。メルクードはメリア人差別が激しい、今だって赤髪を晒して話し込んでいる俺達を遠巻きに眺めている者達が何人もいる。はっきり言って悪目立ちもいい所だ。
「だったらダニエルさんは何をしているんですか?」
「とりあえず、お爺様のお手伝いですな」
「じいちゃんの? 何? あ、俺をじいちゃんに引き渡すつもり……」
「いやいや、そうではござらんよ。勿論それも、お手伝いの一環ではございますが、それよりもコリー殿にはしなければならない事がおありのようでござる」
「しなければならない事……?」
怪訝な顔でダニエルさんを見上げると、ダニエルさんは「ここではなんですから……」と、促すように歩き出した。
「どうやら、ここメルクードにはお爺様の親戚の方がいらっしゃるとか?」
「え……? あぁ、もしかして……」
そういえば、ルーンで起こった事件の折、ここメルクードにあのロイヤー家の人間がいるとかいないとか、そんな話を確かにしていた。
そんな話しはもう、綺麗さっぱり失念していたが、じいちゃんあの時怖い顔してたもんな……
「その人、どこにいるか分かったんですか?」
「その方の居場所はどうか知りませんが、その方の店だと思われる場所に今コリー殿は向かわれておりますぞ。どうやらその店、メリア人を攫うような裏の仕事もしていたようで、私は同胞にその辺の話を聞いて回っていた所でござる」
あぁ、それで俺のこの髪色に反応したのか。人攫い、うん、そんな話も確かに聞いた。
「俺、その被害者の人知ってます」
「本当でござるか!? でしたらその方に、少しお話を伺いたいのでござるが……」
「でも、その人攫いの一味、もう逃げたって聞いてますよ? その大元締めみたいな人もこの間の嵐の夜に襲われて死んだんだっけ……?」
そういえば、その辺ちゃんと聞いてなかったから覚えてないや……
その話を聞いた時、俺はユリ兄の事で頭がいっぱいだった。イグサルさんの語るユリ兄の話だけが頭の中をぐるぐるしていて、何か色々教えてくれた気もするけどはっきり覚えていない。
確か名前、グライズ公爵だっけ?
「あぁ、あの嵐の日は大変な事でございましたなぁ」
「ダニエルさんもあの時もうメルクードに居たの?」
「何日か前に到着はしておりましたな。ただ如何せんノエル殿の足取りは掴めない、王子が何処にいるのかも分からない、そんな中で『クレール商会』という名を聞いた瞬間からお爺様の目の色が変わりましたからな。そこからはそちらの調査にかかりきりで今に至るという感じでございますな。あの嵐の晩に黒の騎士団の方に遭遇してから王子の所在も分かり申したが、面会は叶わずといった所ですぞ」
ダニエルさんが苦笑するのに、俺は「ふぅん」と気のない返事を返す。だってツキノが無事な事を俺は聞いて知っているし、彼には守ってくれる人が何人も付いている事を俺は知っている。
俺にとって気がかりなのはユリ兄の所在で、ここメルクードに現れた彼が次に何処へ向かうのか……俺はそんな事ばかり考えている。
「だったらとりあえずリリーに会ってみます?」
「リリー殿? とは?」
「人攫いに遭って助け出された子」
「おぉ、それは願ってもない! 是非、お話しお聞かせ願いたい!!」
俺達は連れ立って歩いて行く。向かった先はデルクマン家、相変わらずデルクマン家の中庭は人でごった返している。
「ここは?」
「今は避難所みたいになってますけど、本来はランティス王国騎士団長の家ですよ」
中庭では炊き出しが始まっているようで、避難してきている人達が皿を持って列を作っている。その中にはランティス人もメリア人も居て、譲り合い助け合うようにして過しているのが目に入りほっこりする。人とは本来こうあるべきだという姿がそこにある。
そんな中、しかめっ面の老齢の男が一人皿に惣菜を盛って貰うと、それに「少ない!」と難癖を付け始めた。
「おじいちゃん、量は皆一緒よ。今はこんな時ですもの、我が儘はいけないわ」
娘か孫か、綺麗な金色の髪の娘がその老人を諭すように言うのだが、老人は納得がいかないのかぶつぶつと悪態を吐き続ける。
「そもそも、何故わしがメリア人と一緒に食事をしなければならないのか! あいつ等と同じ釜の飯を食べなければならないなど虫唾が走るわ!」
「おじいちゃん!」
娘はおろおろと周りを見回す。周りのメリア人は諦めたような表情の者、呆れたような表情の者、少し怒ったような者もいて「嫌ならここから出て行ったらいいじゃないか……」と、ぼそりと零した。
その言葉に老人は更に怒りを募らせたのだろう「出て行くのはそっちの方だろう! ランティスに寄生する寄生虫共が!!」と、そのメリア人を罵った。
「帰れるものならとっくに帰っている! 俺達の戸籍を奪い取り俺達のメリアでの存在を抹消したのはお前達だ! 好きでランティスに暮らしている訳じゃない、帰るに帰れないからここにいる、そんな事も知らない無知なじじいにとやかく言われる筋合いはない!!」
「はい、そこまで~!! 喧嘩するならお前等全員飯抜きだぞ!」
一触即発な雰囲気の中、割って入ったのはウィルだった。
「特にじいちゃん、毎度毎度難癖付けるの止めてくんない? 家を焼け出されたのは皆一緒、メリアもランティスもファルスも関係ないから。じいちゃんだったら、よその避難所でも受け入れてもらえるだろ? 嫌ならそっちに行ってもいいんだよ? そもそもじいちゃんの家、避難しなけりゃならない程の被害じゃなかったってのも聞いてるんだけど?」
「小童が生意気な口を利くんじゃない! ここは元々わしの実家だ、わしがここに居て何が悪い!?」
「なんだ、じいちゃん親戚の人? でもだったら尚更他に行くあて幾らでもあっただろう? デルクマン家は親戚が多いって聞いてるし、わざわざなんでここに来たの?」
「お前等みたいな者達が我が物顔でこの家に居座ろうとしているのが気に入らないからだ!!」
老人は顔を真っ赤にして捲し立てる。それにしたってここはおじいさんの家ではないし、そんな事を言う権利はそもそもおじいさんにはないはずなんだけど……
「叔父さん、またですか……」
誰かが呼びにいったのだろう、家の奥から現れたのはこの家の家長ギマール・デルクマンさん。ユリ兄のおじいさんだ。
「ギマール! お前も何故そんな飄々とした顔をしている、こんな輩を家にあげて、この家を奪われたらどうするつもりだ!」
「叔父さん、今はそんな事を言っている時ではありません。家を焼き出された者は皆等しく被災者です、私はそんな被災者を選り好みするつもりはありません。避難できるだけのスペースがあるのですから、有効活用してもらうのになんの否やがあるのです? そもそもこの家の造りは元々そういう事も想定したものだと父から聞いています。かつてこの家に暮らした事もある叔父さんなら知っているはずでしょう?」
どうやらデルクマン家の一族はずいぶん長い事この家に暮らしているようで、その老人はぐぬぬと黙り込む。
「しかしだな、それは我が同胞を守るためであって……」
「皆、同じ被災者だと私は言いましたよ」
「メリア人と我等が同じであるはずがない! メリア人は野蛮で卑劣な下等民族だ!!」
「今、この場で口汚く人を罵っているのは叔父さんだけです。それは野蛮な行為ではないのですか? 人は皆等しく平等です。上も下もありません」
老人はますます顔を真っ赤にして踵を返すと外へと出て行った。困ったような表情の娘さんが、ぺこりとひとつ頭を下げて老人の後を追いかけていく。
偏屈な老人の世話は大変だよな、少しだけ身につまされた。
「大変申し訳ありませんでした、どうぞゆっくりお過ごしください」
ギマールさんがそう言うと、手ずから釜の惣菜をよそい、列を作る被災者達に飯を振舞う。元ランティス騎士団長、ユリ兄のおじいさん、その清廉潔白な言動はやはり血筋なのだとそう思う。
「なんとも素晴らしいお方ですな。この街にやって来て、あんな風に我等の事を擁護してくれる御仁に会ったのは初めてですぞ。名をなんと申すのですか?」
「え? あぁ、ギマールさんですよ。ギマール・デルクマンさん」
「おや? その姓には聞き覚えが……」
「ユリ兄のおじいさんです」
「…………然様でしたか」
ダニエルさんは複雑な表情だ。きっと、ダニエルさんもユリ兄のしでかした幾つかの事件の話しは聞いているのだろう。俺はまだ、おじいさんにその話をする事は出来ずにいる。
ユリ兄には指名手配がかかったと聞いている、ギマールさんの耳に入るのも時間の問題だとは思うけれど、俺はそれを口にできずだんまりを決め込むのだ。
しばらくすると配膳も終わり、皆が食事に舌鼓を打ち始めると庭に綺麗な歌声が響いた。
「この歌声は……」
「彼女がリリーですよ。さっき言っていた人攫いに遭った被害者です」
彼女の歌声にはファンが多い。そんな歌声の邪魔をしてはいけないと、俺達はその歌に耳を傾けた。
「これはメリアの童謡ですな……懐かしい。そして素晴らしい歌声ですな」
「皆もそう思うみたいで、彼女のファンは多いんですよ」
彼女の傍らにはウィルが座り込んで、飽きる事なく彼女の歌声を聞いている。イリヤにいた頃からは考えられない光景だ。
皆の食事が終わる頃、リリーとウィルは食事の片付けに回る。二人仲よく、その仲睦まじい様子はこの殺伐とした避難生活の中で皆の心を和ませている。
「少しお話を聞かせてもらいに参りましょうか……」
ダニエルさんがそう言って彼女に近付くと、ぬっと現れた男が一人。
「見かけない顔だけど、あんた誰?」
睨み付けるようにそう言ったのは、リリーの叔父リアンさんだ。警戒するようにダニエルさんを眺めまわし、ぎん! と威圧するように睨みあげた。
「ええっと、こちらの方は……?」
「リリーの叔父さんのリアンさんですよ。すみません、リアンさん、この人怪しい人じゃないので睨むの止めてください」
「メリア人にしてはガタイも身なりもいい、こいつ難民じゃないだろう? 被災者にしても何か雰囲気が違う」
それでもリアンさんはダニエルさんを睨むのを止めない。どうにも彼は警戒心が強くて、リリーに近付く人間、特に男性はすべて排除したいみたいだ。
そんな中でリリーの彼氏という立場をゲットしたウィルはある意味凄いと思う。
「私は怪しい者ではございませぬ。被災者でも難民でもございませぬが、少しお話が伺いたくて参り申した」
ダニエルさんの話し方は少し風変わりだ。俺はもうすっかり慣れてしまったし、メリアの方言的なものかとも思っていたのだが、リアンさんは怪訝そうな表情を見せ、「こいつ何者だ?」と俺に尋ねてきた。
「ツキノの護衛のダニエルさんです」
「あぁ……あの黒髪のチビか……なんでそんな奴がここに?」
「あの人攫いの件で色々調べているみたいで、リリーに話を聞きたいそうなので、連れてきました」
「そんなもん、あのチビの方がよほど色々知っているだろう? なんせ奴等に攫われてメリアにまで連れて行かれたんだろう?」
リアンさんの言葉に「ツキノ殿はチビではござらぬ。それに我が国の大事な御子ですぞ」と、ダニエルさんは少し困ったような表情だ。そういえばリアンさんってツキノがメリアの国王陛下の子供だって知っているのかな?
「それに、確かにそのようなお話しもちらりとお聞きしましたが、現在ツキノ殿はカイト殿と共に城の中、詳しいお話を伺うことはできませぬ」
「あ? あぁ……そういえばそうだっけ? なんだかその辺人間関係がぐちゃぐちゃしてて、オレあんまりよく分かってないんだよな……でも、確かそのチビ……っと、ツキノだったか? メリアのレイシア姫と一緒にいるんじゃなかったか?」
リアンさんの言葉にダニエルさんが驚いたように「それは本当の話でござるか!?」と、俺を見やる。
「何故そんな危険人物と王子が一緒に!? あぁ! 確かにレイシア姫はエリオット王子と婚約されたとかなんとか……いかん、王子の御身が危ない!!」
「待って、落ち着いて、ダニエルさん!」
「これが落ち着いていられる訳がござりませぬ! 王子の御身が危険に晒されているのですぞ!?」
「今、ツキノは姫と一緒にいないよ! なんかやっぱり姫とは仲違いしたらしいって聞いてる、だから大丈夫だから!!」
「……仲違い?」
「うん、一度は仲良くなったらしいんだけど、裏切られたんだってそう聞いた」
ダニエルさんは「然様でござるか……」と、また神妙な面持ちだ。
「それだけの話を聞くと、その姫ってのは本当にメリア人らしいメリア人だな。自分の為なら人を裏切る事も厭わない、王家の人間がそうだから、オレ達までそういう目で見られる。本当にいい迷惑だ」
「全くでございますな……」
なんだか変な所でリアンさんとダニエルさんが意気投合した。ある意味それはメリア人の誰もが持つ感情なのかもしれないと俺は思う。
「ですが、現国王陛下はそのような事はございませぬがな」
「あ? 現だろうが元だろうが王家の人間なんて全員そんなもんだろう! ったく、本当に迷惑な話だ」
「なんと無礼な! レオン国王陛下は民を思いやる素晴らしい国王陛下で……」
あぁぁ、意気投合したかと思ったら、そうでもなかった。メリアの人達って、何ていうか少し我が強いというか、自分がはっきりしている人が多いのかな? 自分の信じる事には真っ直ぐで迷いがない。
「ストップ! ストップ!! 今はそういう話してないだろ! まずは人攫いの話、ダニエルさんはクレール商会の話を聞きに来たんだよね!?」
「え? あぁ、まぁ、そうでござるな……」
「クレール商会? だったらメリア人に尋ねるよりランティス人だろう? 商会のトップはランティスの人間なんだろう?」
「いえ、商会のトップはランティスの人間ではござらぬよ、クレール商会はクレール・ロイヤーという名のファルス人の起した会社のはずでござる」
リアンさんが怪訝そうな表情で「この国では他国人は会社を起せない」と、そう言った。
「この国は他国人には滅茶苦茶厳しいんだ。だからもし手広く商いをしようとするなら代表にランティス人を立てて起さないと会社を起こすのは難しい」
「いや、ですが、確かにクレールはファルスの人間だと……」
確かにそれはその通り、俺もその名前は何度も聞いた。その人がファルスの人間なのは間違いないが……
「金で戸籍を買ったんだろう?」
ふいにかけられた声、それは先程老人に食ってかかった男だった。見た目は典型的なメリア人「商売の話が耳に入ったからつい、な……」と、苦笑した。
「俺は元々商売人でな、この国で一旗上げるつもりでランティスにやって来た。だが、そこの男の言う通り、メリア人だと言うだけで商売には色々と規制がかかる、そこで俺は金で戸籍を買ったんだ」
「この国ではそんな事ができるのでござるか?」
「勿論大っぴらにやっている訳じゃない、邪の道は蛇、裏でこっそり売買されているのさ。だがそんな話に裏がない訳もなくてな、商売が軌道に乗った頃、戸籍の本人が現れて商いごと全て奪われた。金も商品も店も何もかもだ。そんな事があるものかと思ったが、失意のどん底でメリアに帰ろうとしたら、今度は俺の戸籍でメリアに暮らしている奴がいやがった。そいつはメリアで生活を送り、苦情を申し立てようにも俺はメリアにも帰れない、名前も存在すらも抹消されて、生きながら死んでいるようなものさ」
あまりの話に言葉が出ない、そんな事があっていいのか?
「そんな話しがまかり通るなどあり得ませんぞ……」
「実際あるのだから仕方がないな、ここに暮らすメリア人の何割かはそうやって戸籍を奪われている、お前もそうなんじゃないのか?」
男がリアンさんに顔を向けると、リアンさんは苦虫を噛み潰したような表情だ。
「だとしたら、メリア王国にはメリア人のふりをしたランティス人が何人も入り込んでいる……? という事でござろうか?」
「だろうな、その数はかなりの数に昇っているだろうよ」
ダニエルさんの顔が青褪めた。
「いや、だが……何の為に?」
「メリアとランティスの二国合併を目論む奴等がいると聞いている。だから少し前に話題になっただろう? エリオット王子とレイシア姫の婚約。いよいよもって動き出したか、と俺は思ったけどな」
「二国の合併……」
「元々メリアとランティスが兄弟国なのは有名な話だろう?」
「それはそうでござるが……」
言葉を濁したダニエルさん、でもちょっと待って。
「だけど、クレールはファルスの人間だよ? それなのにそういう事ってあるのかな? おじさんはランティスの人の名前を騙って本人に店を奪われた訳だよね? だけどクレールはそのままファルスの人だよ」
「確かに俺のやり方とは違っているが、乗っ取りのやり方だってひとつじゃないだろう?」
確かにそうだけど……
「これはますますもって、そのクレールとやら、とっ捕まえて話をお聞きせねばなりませぬな。コリー殿だけに任せてはおけませぬ。これはメリアの一大事ですぞ」
「他にもその辺の話に詳しい者はおりませぬか!?」と、ダニエルさんが男に詰め寄ると、男は驚いたように何人かの名前をあげた。意外とそう言った被害者がこの国にはたくさん暮らしているらしい。
「私、もう少し詳しい話を聴取して参ります!」
そう言ってダニエルさんは、男と共に行ってしまった。奪われた戸籍、そんな話もルーンでユリ兄がしていたように思う。あの時はユリ兄だって、ダニエルさんと同じように危機意識を持ってその出来事に向き合っていたはずなのに……と、俺はまた少し悲しくなった。
街行く人を何とはなしに眺めていた俺の耳に響いた大きな雷鳴。天気は決していいとは言えない曇り空だったが、それでも雷が落ちるようなそんな天気ではなかったはずなのにと俺は眉を顰めた。
この街に戻ってきた日もそうだった、あの日も酷い嵐の日で、そんな中で事件は起きた。
「……ノエル殿?」
名前を呼ばれて振り向いた、向こうも驚いたのだろう目を大きく開いて俺を見やる。
「ダニエルさん……どうしてここに?」
「ノエル殿を探しに来たのですよ。いや、そればかりではありませぬが、ようやく見付け申した」
「俺、帰りませんよ」
ダニエルさんを見据えて俺は言い切る。まだ何もできていない、俺の探し人は見付からない。俺はまだルーンへは帰れない。
「む……まぁ、それは承知しております。ノエル殿の事だから何も解決していなければそう言うだろうとお爺様も仰っておられましたしな」
「もしかして、じいちゃんも来てるの……?」
「ええ、それは。今は少し席を外しておりますが、そのうち戻って……って、ノエル殿、何処へ行かれるのですか!?」
俺が踵を返して歩き出すと、慌てたようにダニエルさんが追いかけて来た。
「だ・か・ら、俺は帰らないって言ってるんですよ。どうせ連れ戻しに来たんでしょう? だったら俺はさっさと逃げるに限る」
「何をそんなに意固地になっておられる? 別にお爺様はノエル殿を無理矢理連れ戻しに来た訳ではござりませぬ!」
「だったら俺の事は放っておいて、用事が済んだら帰ってください」
「いや、そういう訳には……そもそも私は王子を守る為にやって来た訳でして、お爺様とはここへやって来た理由も違うのです。帰れと言われて帰る訳にはいかぬでござるよ」
あぁ、そういえばそうだった。ダニエルさんはツキノの護衛だった。
「ツキノだったら、お城ですよ」
「そのようでござるなぁ……」
「知ってるんですね。あぁ、黒の騎士団の人達か……」
祖父コリーは田舎のただの隠居老人だが、ファルス王国では不思議な権力を駆使している事がある。ルーンに暮らしていた黒の騎士団の人達とも勿論顔見知りで、そんな彼等が今はここメルクードにいるのだ、そのくらいの情報はすぐに手に入っただろう。
「知っているなら、さっさと行ったら?」
「ノエル殿、ここはランティス、メルクードですぞ? 私のようなメリア人が王子に会わせてくれと城に赴いて、簡単に会わせてくれるとお思いですか?」
それも確かにその通り。メルクードはメリア人差別が激しい、今だって赤髪を晒して話し込んでいる俺達を遠巻きに眺めている者達が何人もいる。はっきり言って悪目立ちもいい所だ。
「だったらダニエルさんは何をしているんですか?」
「とりあえず、お爺様のお手伝いですな」
「じいちゃんの? 何? あ、俺をじいちゃんに引き渡すつもり……」
「いやいや、そうではござらんよ。勿論それも、お手伝いの一環ではございますが、それよりもコリー殿にはしなければならない事がおありのようでござる」
「しなければならない事……?」
怪訝な顔でダニエルさんを見上げると、ダニエルさんは「ここではなんですから……」と、促すように歩き出した。
「どうやら、ここメルクードにはお爺様の親戚の方がいらっしゃるとか?」
「え……? あぁ、もしかして……」
そういえば、ルーンで起こった事件の折、ここメルクードにあのロイヤー家の人間がいるとかいないとか、そんな話を確かにしていた。
そんな話しはもう、綺麗さっぱり失念していたが、じいちゃんあの時怖い顔してたもんな……
「その人、どこにいるか分かったんですか?」
「その方の居場所はどうか知りませんが、その方の店だと思われる場所に今コリー殿は向かわれておりますぞ。どうやらその店、メリア人を攫うような裏の仕事もしていたようで、私は同胞にその辺の話を聞いて回っていた所でござる」
あぁ、それで俺のこの髪色に反応したのか。人攫い、うん、そんな話も確かに聞いた。
「俺、その被害者の人知ってます」
「本当でござるか!? でしたらその方に、少しお話を伺いたいのでござるが……」
「でも、その人攫いの一味、もう逃げたって聞いてますよ? その大元締めみたいな人もこの間の嵐の夜に襲われて死んだんだっけ……?」
そういえば、その辺ちゃんと聞いてなかったから覚えてないや……
その話を聞いた時、俺はユリ兄の事で頭がいっぱいだった。イグサルさんの語るユリ兄の話だけが頭の中をぐるぐるしていて、何か色々教えてくれた気もするけどはっきり覚えていない。
確か名前、グライズ公爵だっけ?
「あぁ、あの嵐の日は大変な事でございましたなぁ」
「ダニエルさんもあの時もうメルクードに居たの?」
「何日か前に到着はしておりましたな。ただ如何せんノエル殿の足取りは掴めない、王子が何処にいるのかも分からない、そんな中で『クレール商会』という名を聞いた瞬間からお爺様の目の色が変わりましたからな。そこからはそちらの調査にかかりきりで今に至るという感じでございますな。あの嵐の晩に黒の騎士団の方に遭遇してから王子の所在も分かり申したが、面会は叶わずといった所ですぞ」
ダニエルさんが苦笑するのに、俺は「ふぅん」と気のない返事を返す。だってツキノが無事な事を俺は聞いて知っているし、彼には守ってくれる人が何人も付いている事を俺は知っている。
俺にとって気がかりなのはユリ兄の所在で、ここメルクードに現れた彼が次に何処へ向かうのか……俺はそんな事ばかり考えている。
「だったらとりあえずリリーに会ってみます?」
「リリー殿? とは?」
「人攫いに遭って助け出された子」
「おぉ、それは願ってもない! 是非、お話しお聞かせ願いたい!!」
俺達は連れ立って歩いて行く。向かった先はデルクマン家、相変わらずデルクマン家の中庭は人でごった返している。
「ここは?」
「今は避難所みたいになってますけど、本来はランティス王国騎士団長の家ですよ」
中庭では炊き出しが始まっているようで、避難してきている人達が皿を持って列を作っている。その中にはランティス人もメリア人も居て、譲り合い助け合うようにして過しているのが目に入りほっこりする。人とは本来こうあるべきだという姿がそこにある。
そんな中、しかめっ面の老齢の男が一人皿に惣菜を盛って貰うと、それに「少ない!」と難癖を付け始めた。
「おじいちゃん、量は皆一緒よ。今はこんな時ですもの、我が儘はいけないわ」
娘か孫か、綺麗な金色の髪の娘がその老人を諭すように言うのだが、老人は納得がいかないのかぶつぶつと悪態を吐き続ける。
「そもそも、何故わしがメリア人と一緒に食事をしなければならないのか! あいつ等と同じ釜の飯を食べなければならないなど虫唾が走るわ!」
「おじいちゃん!」
娘はおろおろと周りを見回す。周りのメリア人は諦めたような表情の者、呆れたような表情の者、少し怒ったような者もいて「嫌ならここから出て行ったらいいじゃないか……」と、ぼそりと零した。
その言葉に老人は更に怒りを募らせたのだろう「出て行くのはそっちの方だろう! ランティスに寄生する寄生虫共が!!」と、そのメリア人を罵った。
「帰れるものならとっくに帰っている! 俺達の戸籍を奪い取り俺達のメリアでの存在を抹消したのはお前達だ! 好きでランティスに暮らしている訳じゃない、帰るに帰れないからここにいる、そんな事も知らない無知なじじいにとやかく言われる筋合いはない!!」
「はい、そこまで~!! 喧嘩するならお前等全員飯抜きだぞ!」
一触即発な雰囲気の中、割って入ったのはウィルだった。
「特にじいちゃん、毎度毎度難癖付けるの止めてくんない? 家を焼け出されたのは皆一緒、メリアもランティスもファルスも関係ないから。じいちゃんだったら、よその避難所でも受け入れてもらえるだろ? 嫌ならそっちに行ってもいいんだよ? そもそもじいちゃんの家、避難しなけりゃならない程の被害じゃなかったってのも聞いてるんだけど?」
「小童が生意気な口を利くんじゃない! ここは元々わしの実家だ、わしがここに居て何が悪い!?」
「なんだ、じいちゃん親戚の人? でもだったら尚更他に行くあて幾らでもあっただろう? デルクマン家は親戚が多いって聞いてるし、わざわざなんでここに来たの?」
「お前等みたいな者達が我が物顔でこの家に居座ろうとしているのが気に入らないからだ!!」
老人は顔を真っ赤にして捲し立てる。それにしたってここはおじいさんの家ではないし、そんな事を言う権利はそもそもおじいさんにはないはずなんだけど……
「叔父さん、またですか……」
誰かが呼びにいったのだろう、家の奥から現れたのはこの家の家長ギマール・デルクマンさん。ユリ兄のおじいさんだ。
「ギマール! お前も何故そんな飄々とした顔をしている、こんな輩を家にあげて、この家を奪われたらどうするつもりだ!」
「叔父さん、今はそんな事を言っている時ではありません。家を焼き出された者は皆等しく被災者です、私はそんな被災者を選り好みするつもりはありません。避難できるだけのスペースがあるのですから、有効活用してもらうのになんの否やがあるのです? そもそもこの家の造りは元々そういう事も想定したものだと父から聞いています。かつてこの家に暮らした事もある叔父さんなら知っているはずでしょう?」
どうやらデルクマン家の一族はずいぶん長い事この家に暮らしているようで、その老人はぐぬぬと黙り込む。
「しかしだな、それは我が同胞を守るためであって……」
「皆、同じ被災者だと私は言いましたよ」
「メリア人と我等が同じであるはずがない! メリア人は野蛮で卑劣な下等民族だ!!」
「今、この場で口汚く人を罵っているのは叔父さんだけです。それは野蛮な行為ではないのですか? 人は皆等しく平等です。上も下もありません」
老人はますます顔を真っ赤にして踵を返すと外へと出て行った。困ったような表情の娘さんが、ぺこりとひとつ頭を下げて老人の後を追いかけていく。
偏屈な老人の世話は大変だよな、少しだけ身につまされた。
「大変申し訳ありませんでした、どうぞゆっくりお過ごしください」
ギマールさんがそう言うと、手ずから釜の惣菜をよそい、列を作る被災者達に飯を振舞う。元ランティス騎士団長、ユリ兄のおじいさん、その清廉潔白な言動はやはり血筋なのだとそう思う。
「なんとも素晴らしいお方ですな。この街にやって来て、あんな風に我等の事を擁護してくれる御仁に会ったのは初めてですぞ。名をなんと申すのですか?」
「え? あぁ、ギマールさんですよ。ギマール・デルクマンさん」
「おや? その姓には聞き覚えが……」
「ユリ兄のおじいさんです」
「…………然様でしたか」
ダニエルさんは複雑な表情だ。きっと、ダニエルさんもユリ兄のしでかした幾つかの事件の話しは聞いているのだろう。俺はまだ、おじいさんにその話をする事は出来ずにいる。
ユリ兄には指名手配がかかったと聞いている、ギマールさんの耳に入るのも時間の問題だとは思うけれど、俺はそれを口にできずだんまりを決め込むのだ。
しばらくすると配膳も終わり、皆が食事に舌鼓を打ち始めると庭に綺麗な歌声が響いた。
「この歌声は……」
「彼女がリリーですよ。さっき言っていた人攫いに遭った被害者です」
彼女の歌声にはファンが多い。そんな歌声の邪魔をしてはいけないと、俺達はその歌に耳を傾けた。
「これはメリアの童謡ですな……懐かしい。そして素晴らしい歌声ですな」
「皆もそう思うみたいで、彼女のファンは多いんですよ」
彼女の傍らにはウィルが座り込んで、飽きる事なく彼女の歌声を聞いている。イリヤにいた頃からは考えられない光景だ。
皆の食事が終わる頃、リリーとウィルは食事の片付けに回る。二人仲よく、その仲睦まじい様子はこの殺伐とした避難生活の中で皆の心を和ませている。
「少しお話を聞かせてもらいに参りましょうか……」
ダニエルさんがそう言って彼女に近付くと、ぬっと現れた男が一人。
「見かけない顔だけど、あんた誰?」
睨み付けるようにそう言ったのは、リリーの叔父リアンさんだ。警戒するようにダニエルさんを眺めまわし、ぎん! と威圧するように睨みあげた。
「ええっと、こちらの方は……?」
「リリーの叔父さんのリアンさんですよ。すみません、リアンさん、この人怪しい人じゃないので睨むの止めてください」
「メリア人にしてはガタイも身なりもいい、こいつ難民じゃないだろう? 被災者にしても何か雰囲気が違う」
それでもリアンさんはダニエルさんを睨むのを止めない。どうにも彼は警戒心が強くて、リリーに近付く人間、特に男性はすべて排除したいみたいだ。
そんな中でリリーの彼氏という立場をゲットしたウィルはある意味凄いと思う。
「私は怪しい者ではございませぬ。被災者でも難民でもございませぬが、少しお話が伺いたくて参り申した」
ダニエルさんの話し方は少し風変わりだ。俺はもうすっかり慣れてしまったし、メリアの方言的なものかとも思っていたのだが、リアンさんは怪訝そうな表情を見せ、「こいつ何者だ?」と俺に尋ねてきた。
「ツキノの護衛のダニエルさんです」
「あぁ……あの黒髪のチビか……なんでそんな奴がここに?」
「あの人攫いの件で色々調べているみたいで、リリーに話を聞きたいそうなので、連れてきました」
「そんなもん、あのチビの方がよほど色々知っているだろう? なんせ奴等に攫われてメリアにまで連れて行かれたんだろう?」
リアンさんの言葉に「ツキノ殿はチビではござらぬ。それに我が国の大事な御子ですぞ」と、ダニエルさんは少し困ったような表情だ。そういえばリアンさんってツキノがメリアの国王陛下の子供だって知っているのかな?
「それに、確かにそのようなお話しもちらりとお聞きしましたが、現在ツキノ殿はカイト殿と共に城の中、詳しいお話を伺うことはできませぬ」
「あ? あぁ……そういえばそうだっけ? なんだかその辺人間関係がぐちゃぐちゃしてて、オレあんまりよく分かってないんだよな……でも、確かそのチビ……っと、ツキノだったか? メリアのレイシア姫と一緒にいるんじゃなかったか?」
リアンさんの言葉にダニエルさんが驚いたように「それは本当の話でござるか!?」と、俺を見やる。
「何故そんな危険人物と王子が一緒に!? あぁ! 確かにレイシア姫はエリオット王子と婚約されたとかなんとか……いかん、王子の御身が危ない!!」
「待って、落ち着いて、ダニエルさん!」
「これが落ち着いていられる訳がござりませぬ! 王子の御身が危険に晒されているのですぞ!?」
「今、ツキノは姫と一緒にいないよ! なんかやっぱり姫とは仲違いしたらしいって聞いてる、だから大丈夫だから!!」
「……仲違い?」
「うん、一度は仲良くなったらしいんだけど、裏切られたんだってそう聞いた」
ダニエルさんは「然様でござるか……」と、また神妙な面持ちだ。
「それだけの話を聞くと、その姫ってのは本当にメリア人らしいメリア人だな。自分の為なら人を裏切る事も厭わない、王家の人間がそうだから、オレ達までそういう目で見られる。本当にいい迷惑だ」
「全くでございますな……」
なんだか変な所でリアンさんとダニエルさんが意気投合した。ある意味それはメリア人の誰もが持つ感情なのかもしれないと俺は思う。
「ですが、現国王陛下はそのような事はございませぬがな」
「あ? 現だろうが元だろうが王家の人間なんて全員そんなもんだろう! ったく、本当に迷惑な話だ」
「なんと無礼な! レオン国王陛下は民を思いやる素晴らしい国王陛下で……」
あぁぁ、意気投合したかと思ったら、そうでもなかった。メリアの人達って、何ていうか少し我が強いというか、自分がはっきりしている人が多いのかな? 自分の信じる事には真っ直ぐで迷いがない。
「ストップ! ストップ!! 今はそういう話してないだろ! まずは人攫いの話、ダニエルさんはクレール商会の話を聞きに来たんだよね!?」
「え? あぁ、まぁ、そうでござるな……」
「クレール商会? だったらメリア人に尋ねるよりランティス人だろう? 商会のトップはランティスの人間なんだろう?」
「いえ、商会のトップはランティスの人間ではござらぬよ、クレール商会はクレール・ロイヤーという名のファルス人の起した会社のはずでござる」
リアンさんが怪訝そうな表情で「この国では他国人は会社を起せない」と、そう言った。
「この国は他国人には滅茶苦茶厳しいんだ。だからもし手広く商いをしようとするなら代表にランティス人を立てて起さないと会社を起こすのは難しい」
「いや、ですが、確かにクレールはファルスの人間だと……」
確かにそれはその通り、俺もその名前は何度も聞いた。その人がファルスの人間なのは間違いないが……
「金で戸籍を買ったんだろう?」
ふいにかけられた声、それは先程老人に食ってかかった男だった。見た目は典型的なメリア人「商売の話が耳に入ったからつい、な……」と、苦笑した。
「俺は元々商売人でな、この国で一旗上げるつもりでランティスにやって来た。だが、そこの男の言う通り、メリア人だと言うだけで商売には色々と規制がかかる、そこで俺は金で戸籍を買ったんだ」
「この国ではそんな事ができるのでござるか?」
「勿論大っぴらにやっている訳じゃない、邪の道は蛇、裏でこっそり売買されているのさ。だがそんな話に裏がない訳もなくてな、商売が軌道に乗った頃、戸籍の本人が現れて商いごと全て奪われた。金も商品も店も何もかもだ。そんな事があるものかと思ったが、失意のどん底でメリアに帰ろうとしたら、今度は俺の戸籍でメリアに暮らしている奴がいやがった。そいつはメリアで生活を送り、苦情を申し立てようにも俺はメリアにも帰れない、名前も存在すらも抹消されて、生きながら死んでいるようなものさ」
あまりの話に言葉が出ない、そんな事があっていいのか?
「そんな話しがまかり通るなどあり得ませんぞ……」
「実際あるのだから仕方がないな、ここに暮らすメリア人の何割かはそうやって戸籍を奪われている、お前もそうなんじゃないのか?」
男がリアンさんに顔を向けると、リアンさんは苦虫を噛み潰したような表情だ。
「だとしたら、メリア王国にはメリア人のふりをしたランティス人が何人も入り込んでいる……? という事でござろうか?」
「だろうな、その数はかなりの数に昇っているだろうよ」
ダニエルさんの顔が青褪めた。
「いや、だが……何の為に?」
「メリアとランティスの二国合併を目論む奴等がいると聞いている。だから少し前に話題になっただろう? エリオット王子とレイシア姫の婚約。いよいよもって動き出したか、と俺は思ったけどな」
「二国の合併……」
「元々メリアとランティスが兄弟国なのは有名な話だろう?」
「それはそうでござるが……」
言葉を濁したダニエルさん、でもちょっと待って。
「だけど、クレールはファルスの人間だよ? それなのにそういう事ってあるのかな? おじさんはランティスの人の名前を騙って本人に店を奪われた訳だよね? だけどクレールはそのままファルスの人だよ」
「確かに俺のやり方とは違っているが、乗っ取りのやり方だってひとつじゃないだろう?」
確かにそうだけど……
「これはますますもって、そのクレールとやら、とっ捕まえて話をお聞きせねばなりませぬな。コリー殿だけに任せてはおけませぬ。これはメリアの一大事ですぞ」
「他にもその辺の話に詳しい者はおりませぬか!?」と、ダニエルさんが男に詰め寄ると、男は驚いたように何人かの名前をあげた。意外とそう言った被害者がこの国にはたくさん暮らしているらしい。
「私、もう少し詳しい話を聴取して参ります!」
そう言ってダニエルさんは、男と共に行ってしまった。奪われた戸籍、そんな話もルーンでユリ兄がしていたように思う。あの時はユリ兄だって、ダニエルさんと同じように危機意識を持ってその出来事に向き合っていたはずなのに……と、俺はまた少し悲しくなった。
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