運命に花束を

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運命に祝福を

裏切り者 ①

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 傍らで幼子のように眠る俺の幼馴染。幼い頃は家が隣同士であった事もあり、よく兄弟共々一緒になって日が暮れるまで遊んでいた。そんな彼と自分達とは違うのだと自覚をしたのはいつだったか? 彼は幼い頃から変わらない、けれど俺は……

「ユリウスは、俺の弟みたいなものなんだ……こいつは凄い力を持っている。こんな力を与えられなくても、人を率いて戦える男だった」
「お前はまだそんな事を言っているのか、いい加減鬱陶しいぞ、セイ」

 心底どうでもいいというような表情でアギトがこちらを見やる。きっとこいつは自分が何をしたのかまるで分かっていないのだ、ユリウスは話せば分かる男だった、こんな風に無理やり操り言う事を聞かせるような事をしなくても、事情を根気よく言って聞かせればこちらの言い分も理解したうえで俺達に手を貸す事もしてくれたと俺は思っている。
 けれど今のユリウスはもう以前のユリウスとは違ってしまっている。アギトをまるで家族のように慕い、言動もまるで子供の頃に戻ったようになってしまっている。
 時折覚醒するように正気に戻る事もあるのだが、その都度力に振り回されるのか彼の感情に呼応するように天候は荒れ、どうにもならずにまた薬を与える。
 そんな事を繰り返し、ユリウスは遂にもう取り返しのつかない所にまで連れて来られてしまった。
 俺がこの地スランにやってきた時、彼が閉じ込められていたのは、敵を洗脳する為の虜囚部屋たった。窓ひとつ無い密閉された部屋、そこにここスランに自生する植物の葉を燻した煙を流すのだ。
 煙には様々な効果があり、幻覚作用もそのひとつ、意識が混濁した相手を洗脳するのも容易くできる、けれど、一度そうなってしまえば元の正常な状態に戻すのは非常に難しく、ユリウスも子供返りの症状や、意識混濁、記憶の混乱などの症状が見て取れた。

「こんな奴どうなろうと俺の知った事じゃない。精々命尽きるまで俺に従えばそれでいい」

 アギトはそう言ってせせら笑う。

「俺に逆らおうとするからこういう事になるんだ」
「ユリウスは話せば分かる男だ。だから、俺はこいつを仲間にする為、連れて来ようとしていたのに……」
「仕方がないな、お前より先に巫女がこいつを連れて来た。俺はそんな話を知りもしなかったのだからな」

 巫女……彼女もまたアギトによって薬物中毒にされた哀れな子供の一人だ。彼は自分の目的の為には手段を選ばない。それは味方としては力強くも感じるが、そのやり方は狂気に近い。
 人を人とも思わないそのやり方に彼に背を向ける人間は何人もいたと聞いている、そんな輩を彼は問答無用でこうして洗脳するのだ。
 彼に逆らえば自分も薬物中毒にされ洗脳されてしまうと恐れる者が後を絶たない。これは恐怖による支配で、そこに団結力など生まれやしない。

「アギト、こんなやり方は長くは続かない。ようやく計画も軌道に乗ってきたのに、仲間を減らしてどうする!」
「仲間を減らす……? はは、面白い事を言う。仲間など幾らでも量産すればいい、コレがあれば、それも可能だ」

 ファルスの国境の町ザガへの襲撃、実行犯はアギトとユリウスの二人だと思われているようだったが実はその場に俺もいた。
 ついでに言えばあの町には他にも俺達の仲間がいて秘密裏にこの襲撃の準備を進めていたのだ。けれど二人はやり過ぎた、狙っていたのはブラック国王陛下の三男一人であったのに、お祭り騒ぎが気に入らないと言ったアギトの一言で派手な狼煙をあげてしまった。
 アギトにとってアレは手に入れた力の誇示であると共に宣戦布告でもあったのだ。けれどその惨状に俺達の手助けをしてくれていた者の幾人かはその力を恐れて逃げてしまった。
 アギトの言った『コレ』と指で弄ぶ葉のなる樹に名前は無い。その効能に気付くまで、それはただその辺に生えているだけの名も無い樹木でしかなかったからだ。他の樹より多少立派で、御神木として奉られていたが、本当にただそれだけのモノだったのだ。
 御神木に触れてはならない、それは昔からの教えで、たまたま寒波の襲った真冬に焚き付けをする薪にも事欠き、その御神木の葉を焚き付けに使ったのが全て事の始まりだったと聞いている。
 同じような種類の樹木は周りにも自生している。だが、御神木からもたらされるその葉が、どの樹木より酩酊効果が高かった。
 この村の人間はそんな酩酊効果を神からの授かり物として、それを巫女に与えた。これには酩酊効果の他にも様々な効能があり、村では重宝に使われる万能薬ともなっていた。その中で巫女はそれを使い村の祭事を行ったが、それは巫女の身体を蝕んだ。
 それは使い方次第で毒にも薬にもなる危うい薬物であったのだとその時になって村人はようやく気が付いたのだ。
 巫女はよほど大事な神託でない限り、その御神木の葉を使うのを控えるようになったが、それでも村の重要な局面にはそれは度々使われてきたという。
 そして、そんな小さな村に現れた一人の男、それが今、目の前で不遜な表情で胡坐をかいているアギトという名の男だ。
 そう、アギトは元々この村の出身ではない。どこかしらに血縁はあったようなのだが、この集落はアギトの本来住んでいた集落ではなく、本来の彼の故郷は渓谷の向こう側、ファルスに暮らす別の集落だった。その集落の名が「スラン」現在のこの村の名前だ。
 自分もその当時の事を知っている人間ではないので、聞いた話でしかないのだが、ある時この集落にふらりとやって来たアギトがこの村に居つき、いつしか村人の信頼を集めて長に成り上がり、村の名を「スラン」と改めたのだと聞いている。
 元々彼の住んでいたファルスに在ったはずの「スラン」とい名の村はもう存在していない。その村はある日、一夜で滅ぼされたのだとアギトは語った。

『たった一夜だ、俺が村を離れていたその一夜で村に住んでいた人間は全員殺された。それは王家同士の諍いで、俺達は巻き込まれただけに過ぎず、「スラン」はまるで最初から存在しない村であったかのように地図からも抹消された!』

 その話を語る時のアギトの瞳はぎらぎらと憎しみの籠る強い瞳で、その憎悪の強さがそれだけで分かる程だ。

『だから俺は王家への復讐を誓った。俺の人生の全てをかけて王家なんてモノをぶっ潰してやると誓ったんだ!』

 俺はまだその当時、ファルス国王であるブラック国王陛下の忠実な部下であった。そんなアギトの危険思想を看過する事もできず報告に上がるつもりであったのだが、彼のその話に俺は興味があった。
 自分の知らない過去の出来事、彼が憎しみを募らせるその背後に何があったのか、俺はそれが知りたかったのだ。
 「知る」ことは俺達の仕事の最重要任務であり、それが国に関わる事であれば情報を収集するのは問答無用で俺達「黒の騎士団」の仕事だからだ。
 「黒の騎士団」自分の所属する部隊の名前。しかし、俺達は表舞台に上がる事のない裏の騎士団。諜報を主の仕事とする裏の仕事専門の部隊。
 裏で活動する為に、その存在すらも一般的には隠されて、俺達の存在を知る者は非常に少ない。
 アギトとの出会いは、最初は一人の山の民からだった。メリアで出会ったその人は、ある村から逃げてきたとそう言った。その村こそ現在の集落「スラン」だ。
 同じ黒髪の俺に仲間だとでも思ったのか、その人は村の現状を語ってくれた。それこそがアギトの思想で、それにもう自分は付いていけない……と、語るその人にスランの場所を聞きだして赴いたのが始まりだ。
 調査のため赴いたその村スランは、現代社会から隔絶したかのような寂れた村だった。そして村人達の瞳はどこか虚ろで覇気もなく、一目で何かがおかしいとそう思った。
 潜入調査は自分達の得意分野で、その村の人々は仮面を被り生活をしている者も多く入り込むのは容易かった。そんな中で得た情報、それが上記のアギトの過去だ。その話を父にふると、父はその滅ぼされた村「スラン」の事を知っていた。
 その昔、先代のメリア国王が溺愛する王弟を取り戻す為に行った非道な行い、けれど、それは父にとっては過ぎ去った過去の話で、多くは語りたくない様子であった。

「それで父さん、国王陛下はそれにどう対処したんだ?」
「何も……」
「何も? どういう事?」
「陛下は何もしなかった。出来なかったんだよ。あの当時、メリア国王に娘を人質に取られ、他にも事情が幾つもあってな、陛下は表立って動くことが出来なかった。だから、陛下は村を葬り、村人全てを荼毘にふして沈黙した」
「なんの反撃も抗議もしなかったって事?」

 父は困ったように頷いた。

「村人は誰一人残っていなかった。元々スランは大きな村ではなくて、あまり存在が知られてもいない隠れた集落だった。陛下は事件を大きくしたくはなかったんだよ。そんな事が世間に知られれば国民の不安を煽るばかりだからな」

 そして、そんな事件から一年も経たぬ間に件のメリア国王は失脚し命を落としたのだと父は言った。もうそれで、事件は全て終わったのだ、と。
 けれど、そんな話で納得がいかないのは村の生き残りであるアギトだ。彼はそんな話は知りもしないし、国王の事情など知る由もない。
 ただ彼の中に残るのは、自分の暮らしていた故郷は国からも見捨てられたというその感情だけだ。
 アギトは国王陛下を知っていた、まだ若い頃には一緒になって行動した事もあったらしい。陛下はその当時自分の身分を隠し彼に接しており信頼関係もあったようなのだが、信頼があったからこそ余計にそれは彼には裏切りにしか感じられず王家への憎しみは彼の中に募っていったのだ。
 そしてそんな話を聞く中で、俺の中にも幾つかの感情が生まれていた。何故俺達は日陰の身でいなければならないのか……
 俺とアギトの共通する部分はこの黒い髪と黒い瞳。俺達には「ムソンの民」と「山の民」という違いがあるが、対外的にそれを知る者はほとんどいない。この大陸のほとんどの人間が俺達を下に見る、それはもう大昔からの決まり事のように俺達には抗いようもない現実なのだ。
 アギトもそれは分かっていて、自分達が山の民であるからスランは見捨てられたのだと、彼は常々そう言っていた。
 俺はそんな感情には気付いていなかった、いや気付かないふりをしていた。幼馴染のユリウスは俺よりずいぶん年下で、それにも関わらず15歳になると同時に騎士団の分団長に成り上がった。
 父親は勤め始めてすぐに騎士団長に成り上がった特別な人間で、その息子である彼がそんな出世を遂げる事になんら周りは疑問を抱いたりもしなかったのだが、俺の中にはそれが何故か小骨のように引っかかっていた。その現実とアギトの存在は俺の中の小さな小さな小骨の正体を暴き出した。
 そもそも俺達「黒の騎士団」はファルス王国騎士団の枠の中に入っていない。騎士団の中にある上下の中にすら入っていないし、出世のチャンスも与えられてはいない。俺達はあくまで裏方で、騎士団の出世争奪戦である武闘会でも審査員役を与えられ、表の人間の補佐として手伝う事は許されても、自分がメインで出場する事は認められていないのだ。
 黒の騎士団=ムソンの民はバース性がほとんどで、こうして騎士団の手伝いをしている人間のほとんどがアルファという性を有している。
 一般的に優秀だと言われるアルファ、うちの村では当たり前のその性だが、外の世界に出ればその数はぐっと減る。俺達には類稀な身体能力があり、それは普通の人間ではあり得ない能力を有しているにも関わらず、俺達は表舞台に上がる事を許されてはいないのだ。
 何故俺達は王に仕え日陰の身に甘んじていなければならないのだろう? それは素朴な疑問だ。
 俺達は優秀だ、なのにそれは認められない。それどころか俺達は外界では山の民と混同されて蔑まれてすらいるのだ。俺達の暮らす村ムソンは完全に世界と隔絶された場所に存在する隠れ里だ。村の人間のほとんどが黒髪黒目でそれ以外の人間の方が珍しい。だが一度村の外へ出てしまうとその当たり前は当たり前でなくなる。村の外、即ちこの世界では俺達のような人間の方が異端で奇異な存在なのだ。
 ブラック国王陛下はそんな俺達の置かれた立場を知っている、何故なら彼自身もその容姿で差別を受けてきた一人だからだ。ファルス王国はいい、国王陛下が俺達と同じ黒髪で差別も比較的少ないから。けれど、ここカサバラ大陸のほとんどの土地で俺達は忌み嫌われている。それはひとえに「山の民」の存在ゆえに。
 だからこそ国王陛下は自身の為に黒髪の差別を無くす活動を続け、ファルスでそれはある程度浸透してきている、けれどそれはまだ世界で考えれば一部に過ぎない。
 俺達は「山の民」とは違う! 山賊などとは一線を画しているという自負が俺にはあったのだが、実際に山の民と接してみれば彼等も俺達と同じ人間だとそう思った。確かに彼等は俺達のような特殊な能力は持っていない。けれど、彼等も俺達と変わらない『人』なのだ。
 髪の色が違う、瞳の色が違う、肌の色が違う、たったそれだけの違いに一体何の意味があるのか? ファルス人・メリア人・ランティス人、そして山の民……皆等しく同じ「人間」だ、なのに何故俺達は黒いというだけで蔑まれなければならないのだ?
 俺達は山の民と同じように扱われる、外見が山の民に酷似しているから。けれど、そんな山の民と呼ばれる人間だとて、好きで嫌われる生活をしている訳ではないのだ。
 黒髪の人間はそもそも表舞台に立つ事が許されない。
 そういう風に世界が構築されている。だから俺達も山の民も、こんな生活しか出来ないのだ。その世界の仕組みがおかしいのだと、そう気付かされた。そしてファルスのブラック国王陛下ただ一人がそんな中で特別な人間であるかのように持て囃されている、俺はそれにどうしても納得がいかなかった。
 確かに彼は俺達ムソンの民の中から出てきた英雄だ、けれど同じムソンの民にも関わらず彼が俺達にしている対応は俺達を差別している人間と同じなのではないのだろうか?
 確かに俺達は破格の給金を貰っているし、彼に仕えてさえいれば俺達は飢える事もない。だが、彼の為だけに働かされ日の目を見る事も許されない俺達は国王に使い潰されているのではないのか……? そんな疑問がむくむくと湧いてきたのだ。
 そして、そんな俺の惑いにアギトの思想はするりと入り込んできた。
 人の世に上下関係があるから差別が生まれる。そして、王家などという特別な存在があるから、人の間に上下関係が生まれる。その全てを無くしてしまえばこの世は平等なものになるのではないか? と、アギトはそう言ったのだ。
 それはファルス国王ブラック国王陛下の思想とは似て異なる別の考え方だった。
 ブラック国王陛下は優秀な人間が国を統べる事で平等は確立すると考えている。そこに、色での差別は存在しない、けれどそこに優劣は存在する。
 優秀な人材を侍らせて、使い倒して彼は平和を築こうとしている。その証拠に俺達のような存在を彼はただ自分の為だけに使っている。俺達は優秀だ、けれど俺達は自分達の為にその力を使う事は許されない。
 国王と俺達の間には明らかな優劣が存在する、俺達は国王陛下には逆らえないのだ。
 ブラック国王陛下も差別は無くす方向で政治を動かしているが、その実、守っているのは一部の人間だけで、俺達は彼等の手足として使い潰されている。ここ最近俺達のしている仕事と言ったら王家の人間の警護という名の子守りばかり。そして、俺達が幾ら彼等を守ろうとしても彼等は勝手な行動で俺達を振り回すのだ。
 職業の選択は俺達にだってある、やりたくなければやらなければいい。けれど、俺達のこの黒髪では職業の選択の幅は限りなく狭い。
 国王の下で働くのが一番稼ぎがいいのは間違いが無く、ムソンの民のほとんどが黒の騎士団の職に就く、けれどそれもおかしな話だ。自由を求めようとしても、俺達にはそんな選択肢すら有りはしないのだから。
 黒髪の差別は減っている? それは本当に? 俺にはそれすら分からない。各国を巡り俺達は何処へでも出向いて行くが、何処に行っても俺達の扱いは変わらない。それが現実なのだ。
 俺は自分達の置かれた現状を改めて振り返り、アギトの思想に賛同した。『王家があるからこそ、平等な世界が実現しない』のだと俺は考えるに至る。
 アギトの思想は確かに過激だが、決して間違った事は言っていない。不要なのは王家の存在、それは間違いないのだ。
 一昨年武闘会で起こった事件、あれはアギトの起したものではなかったが、王家を憎む人間、もしくは王家を邪魔に思っている人間は少なくともある一定数存在するという事が確認された。
 そういう人間と繋ぎを取り、現在では仲間はこの大陸中に存在している。皆それぞれ腹の中はどういう思いで賛同しているのかは分からないが、現在の王家を滅ぼすという意味では仲間は幾らでも存在していた。
 メリア王国は緩やかだ、国王自体が王家廃絶に動いているのでこちらもやるべき事は少ない。けれど、王政廃止に動いていると見せかけて王家の簒奪を目論む者は多く、それは俺達の望む所ではないため睨み合いは続いている。敵の敵は全て味方か? と言われたら、そう上手くいかないのがこの世の中だ。
 ランティス王国は一番過激な人間が集まっている。なにせ元々差別の多い国だ、王家に、と言うより国自体に恨みを持っている人間も多く、焚き付けるのは簡単だった。
 三国の中で一番上下の関係がはっきりしているランティスは、少しでも弾かれれば居場所のなくなる窮屈な国で、見た目はともかく中身はどこか病んでいる人間が多かった。
 気持ちが楽になる薬、楽しくなれる薬、アルファのフェロモンの増幅剤なんて名で売り出されたものもあったが、それは全てここスランで作られた同じ薬物。
 ランティスの商人は売れるとなればすぐにそれに飛び付き、爆発的に薬は売れた。派生するように類似品も出回って、今となってはどれが本物なのかも分かりはしない。中には俺達がばら撒いた物を更に粗悪にしたようなものまで混じっていて、それは快楽を与えるどころか普通に人を死に至らしめる物も多数存在するのだが、もうそこは俺達の預かり知らぬ所だ。
 俺達が薬をばら撒いた先は王家に関わる上流階級の人間達の間だったのだが、今となっては国中に薬物が蔓延しているのだから、業が深いと思わざるを得ない。
 そして俺にとっては一番大きな敵、ファルス王国。アギトにとっても一番憎い仇でもあるブラック国王陛下の治める国。
 彼は一筋縄ではいかない男だ。他の2国の国王と違って常に周辺に目を光らせている。その為に俺達はいて、俺達はいわば彼の瞳でもあるのだ。気になる場所には何処へでも俺達を走らせ状況の確認、場合によっては自ら出向いて表に出る事なく問題を解決に導く事もある。
 フットワークの軽い、いい王様。確かにその通りだが、使われる方は堪らない。ほとんど365日体制であちらこちらへと飛ばされる。信頼の厚い人間は特に近くへ置きたがるので、彼の信頼を得れば得るほど自分の仕事がキツクなるという悪循環。
 自分達の仕事には国民の命がかかっていると考える真面目な人間ほど、仕事は過酷を極め、己の生活までままならなくなるのだ。
 家庭を持ちたくてもそんな時間も与えられず、子供が出来ても碌に帰る事も出来ない。そうやって、自分の家族と疎遠になる人間を俺は何人も見てきている。
 基本的に任務はグループ単位、家族でそれをこなし、自分達の生活を守りつつ任務をこなす人間もいる事はいるが、それは極めて少数だと言わざるを得ない。
 性に緩いムソンの村がそれでも少子化にもならずに回っているのは、その性の緩さゆえに任務の合い間に息抜きとばかりに盛ってできた子供を、村が村ぐるみで育てるからで「家族」という概念が崩壊しつつある現状は否めない。
 俺達兄弟の両親は、そんな緩い村の中でも家庭を築き俺達を育てた。それが当たり前でなくなろうとしている現在の俺達の故郷ムソンはやはりどこかおかしくなっているのではないのか……? と、俺は危惧を募らせている。
 俺達が幼い頃は、まだ村の中には平凡な暮らしがあった。けれど、今のムソンの村は違う。アルファが生まれれば幼い頃から俺達のように諜報の仕事をやらせる事を前提で育てられる。
 俺達兄弟が重宝に使われているのには理由があって、俺達が子供の頃には黒の騎士団の仕事は本当に諜報の仕事のみだったのだ。だが、俺達世代では幼い頃から戦闘能力まで叩き込まれ、大陸各地の小競り合いの鎮圧までやらされる。それは内々に事を収めたい時に限り、やはりその活躍は表ざたになる事もない。
 現在のムソンの村は言ってしまえば戦闘員養成所だ、親の愛情をろくすっぽ受ける事もなく、国王の手足として働く為に子供は次々と生産され育てられる。これがまともな村の形態か? と言われたらそれは違うと俺は思うのだ。
 何が怖いかと言えば、それを村の人間はなんの疑問も持たずに行っている事だ。そう育てられたからそう育てていく、当たり前にそうなのだと思ってしまっている人間が何人もいる。そんな中で俺達長一族だけが番相手は一人と定めて家族の形態を守っている事にも薄気味悪さを感じてしまう。
 長老一族、つまりは国王との血縁のある一族なのだが、その一部だけがその歯車から外れた所で家族という形態を維持している、それが何やらまるで仕組まれてでもいる事のように俺には感じられて、俺はムソンの民、そして祖父や両親さえも信じられなくなったのだ。


「なぁ、アギト、何故お前はユリウスにあんな事をさせたんだ?」

 綺麗な金色の髪、どれだけ憧れても俺達には手に入れることは叶わない色。

「宣戦布告は盛大に、と思っただけだが? それにこいつが手に入れた神の力がどれ程のものか見てみたかったしな」

 悪びれた様子もなくアギトは笑う。ユリウスは守るべきものを、今まで自身が守ってきたものを、自身の意思とは関係なく襲わされたのだ。けれどユリウスにはその記憶が残っているかも怪しい。
 ユリウスはまるで子供が遊ぶように自由に振舞っていただけだ、そこに悪意など微塵もなくアギトに言われるがまま辺りに炎を振りまいた。
 俺はツキノの護衛と言う名の子守を放棄して、ここ「スラン」へとやって来た。
 ツキノを奴隷商の隠れ家から放り出し、メリア中にいる仲間から現在の各地の情報を収集してからの合流だったのだが、ユリウスがこんな事になっていると知っていたら、ツキノを放り出した後すぐにでもアギトと合流しておけば良かったのだ。
 こんな最悪の事態になっているなんて微塵も思っていなかった俺は後悔してもしきれない。
 ユリウスはメルクードにいるはずだった。疑惑の種を投げかけて、少しずつこちらへ取り込む予定でいたのに、そんな話は知った事ではないとアギトは嘲笑う。
 彼にとってはもう既に仲間も人ではないのだろう、彼にとって仲間はただの駒なのだ。それは神の力を取り込んだというユリウスも扱いは同じ。
 神に縋るなど馬鹿馬鹿しいと俺は思っていたが、ユリウスの有するあの力は人のモノではありはしなかった。それは確実に人智を超えた力、けれど何故それを受け取る器が彼でなければならなかったのか俺には分からない。

「巫女とユリウスが番になったというのは本当の話か?」
「あぁ、勝手な事をしてくれたもんだ。本当か嘘か分かりはしないが巫女はあいつの子を宿したそうだ、そして神自身はその子供に宿ったとそう言いやがった」

 神が人の子に宿る……? それは本当に現実起こりうる事なのだろうか? だが、俺は神の存在自体曖昧なモノであると思っていたが、ザガでのユリウスの力を見てしまえばそれを信じない訳にはいかないのだ。何故なら幼い頃から見ていたユリウスに、そんな力が宿っているだなんてありえない事を俺は知っている、あの力は確実に人のモノではなかった。

「アギト、お前はその力を使って何をする?」
「俺の目的は一貫している、王家を滅ぼす、それだけだ。あいつの孫は殺し損ねたが、息子の一人は殺害できた。あいつは自分の事より家族が大事、今頃どんな気持ちでいるかと思うと笑いが止まらん」

 現状ブラック国王陛下の末息子、ジャック王子はまだ死んではいない。だが生死の境を彷徨っているのは間違いがなく、彼の目論みは成功したと言っていいだろう。

「次は誰にするか、跡継ぎのジャン王子、それともメリアに嫁いだルネーシャ姫か。ルーンでは予想外に邪魔が入って消化不良のままだったが、この力さえあれば、もはや俺に敵はない」

 ルーンでの事件の一部に俺は絡んでいる。アギトがあの時あの村にいたのは偶然ではない、あの時あの村には各国の王家の関係者がそれと知られずに集まっていた。メリアの王子ツキノ、ランティスの王子カイト、それ以外にもブラックの養子として育ったカルネ領主やその妻も王家の関係者だ。俺達だけが知っている秘密、俺はその情報をアギトに流しそれを知ったアギトがカルネ領ルーンを襲う計画を立てたのだ。
 だが、思いがけず別の事件、商人による強盗事件が発生し、ルーンの警備体制は一気に跳ね上がった。それと同時にルーンに在中する自警団という存在が存外優秀な人間の集まりである事が露呈して、襲撃は中止せざるを得なかったのだ。
 それでも腹の虫が収まらなかったアギトが囚われのメリア人護衛を惨殺したり、カルネ領主の息子を攫おうとしたりとしたのだが、それは更にルーンの人間を警戒させる事しかできなかった。

「確かにその力は強大で人ならざるものの力だとは思うが、そこまで過信していいものなのか?」
「どういう意味だ?」
「この力は借り物に過ぎない、もし万が一ユリウスに何かあれば使えなくなる力なのではないのか?」
「だから、その男が余計な事を考えられなくなるように薬を使ったんだろうが」
「それが悪手だと言っている。この薬は心身に影響する事をお前も理解しているはずだろう? まともな状態のユリウスならばこの力を使いこなす事もできたかも知れないが、こんな状態のユリウスではいずれこの力を持て余すようになるのは目に見えている」
「だったら一体どうしろと? こいつは俺の言う事を聞こうとしなかった、だからこうして扱いやすくしてやったんだ」

 アギトの言葉に俺は唇を噛む。自分は何もかもが後手後手で、同じ目的を有しているはずのアギトの言動に腹が立つ。彼のしている事でこちらが有利に運ぶ事など何ひとつありはしないのに、彼は自分の正義を信じて疑いもしない。

「今後ユリウスの事は俺に一任してくれないか」
「あ? 神の力を独り占めしようと言うなら……」
「俺はそんな事は考えていない!」

 彼にとって、自分だけが正義で意見の対立はそれだけで悪なのだ。俺はアギトと手を組んだ、王家を滅ぼすという目的は同じだったから。だが、本当にこれで良かったのか、俺の中に後悔の念が去来する。

「ユリウスは必ず俺がどうにかする。だからもうこれ以上の薬の使用は止めてくれ」
「ふん……お前にそれができるのか?」
「こいつは俺の弟みたいなものだと言っただろう。悪いようにはしない」
「…………分かった、1ヵ月猶予をやろう。それまでに、こいつを完全に手懐けろ、出来ない場合はお前も纏めてこいつの餌食だ」

 そう言って、アギトは御神木の葉を小さく振って見せた。本来それはそんな風に使うものではなかったはずのモノ。神の木の葉は今となっては脅しの道具、こんな事は誰も望んでいなかったであろうに、誰も彼を止めることはできない。
 最初の一手を間違えた、もうそこから誰も彼を止める事などできなくなっていた、そしてそんな彼に加担した俺自身も、もう後戻りなどできはしない。


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