運命に花束を

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運命に祝福を

魔窟の住人 ⑥

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 気が付くと、私の横には全裸のミーアが倒れていた。勿論自分も一糸纏わぬ姿で、そのお互いの身体には生々しい程はっきりと情事の痕跡が残っている。
 だが、どうにも記憶は曖昧で、自分は彼女を抱いたという記憶はあまりなく、自分が抱いたのは彼女の中に入った何者か、そしてその姿はノエルの姿だったのだ。
 私はその何者かに言われるがままに散々に彼を陵辱したはずだったのだが、やはりそれは今傍らに倒れているミーアであったという事なのだろう。
 これはミーアとノエル両方に対する裏切りだ、身体の熱はすっかり冷めて、心の中に深い澱が落ちた。
 一体自分はここで何をしているのだ? 愛する人と契る為、はるばるこんな所までやって来て、その愛した人を裏切って、こんな事になっているのが自分でも信じられない。

「んんっ……」

 傍らのミーアが苦しそうに身動ぎをした。

「ミーア……」

 呼びかけるも、返事はない。そもそも今ここにいるのはミーアなのか? それとも、昨夜の得体の知れない化け物なのかそれすら自分には分かりはしない。昨夜と変わらぬ洞の中、祭壇は鎮座したまま何も語らない。
 どこからか、またあの燻した草の匂いがする。適当に服を羽織って洞から顔を覗かせると、そこには仮面の男が胡坐をかいて座っていた。男は私の気配に気付いたのだろう、顔を上げる。

「そんな所で一体何を?」
「巫女以外の祠の立ち入りは禁止されている、俺はその洞には立ち入れない」

 巫女以外の立ち入りが禁じられているという事は、自分はその禁を破った事になる訳なのだが、それは大丈夫なのだろうか?

「お前は巫女を抱いたのか?」

 不躾な質問だ。そして、なんとも答え難い質問でもある。自分は確かに彼女の身体を抱いたのだと思う、だが中身は得体の知れない化け物で、外見はかつての恋人ノエルであったので、ミーアを抱いたという感覚はまるでない。

「それを聞いて、あなたは一体どうするのですか?」
「巫女に穢れは許されない、そうであるのならば新たな巫女の選定を……」
「そんな事をしても無駄よ」

 背後から、かかった声に振り返ればミーアがむくりと起き上がり、こちらにすいと手招きをする。導かれるように彼女に寄って、彼女に羽織を羽織らせた。

「私を長のもとへ連れて行って」

 言われるがままに彼女を抱き上げ、洞の外へと出て行くと、洞の前には仮面の男しかいなかったのだが、少し遠巻きに幾つもの仮面がこちらを覗き込んでいるのが分かる。

「巫女よ、この神聖な祠に部外者を入れる事は禁じられていたはずだ。お前は二重三重に禁を犯した、もう巫女ではいられない」
「私を巫女から下ろすと言うのならそれでも構いはしないわよ、もうここには何も居はしないもの」
「どういう事だ?」
「洞の主は力を彼に渡して、私の身の内に宿ったもの。もうこの洞の中には何も残っていないのよ」

 確かにかの化け物は言っていたのだ『主に力を預ける』と。自身の身の内に何かを宿されたらしいのは分かるのだが、それが何なのかは私には判然としない。そもそもアレは現実であったのかすら、私にはうまく飲み込めていないのだ。

「私はユリウスとここを出て行くし、あなたには何も残りはしないのよ、ご愁傷様。嘘だと思うなら新しい巫女でも何でも立てればいいわ。その場合、あなたの野望もここまででしょうけれど。だって神の力は全てユリウスの物ですもの、もうここには何の加護も残っていない、残っているのはただの洞よ」
「くっ……」

 悔しそうな声を上げて仮面の男は仮面を脱ぎ捨てる。

「お前のそれは薬物による幻想に過ぎない!」
「薬物……」
「あぁ、そうだ。今焚き上げているこの香こそがそれだ、その娘はもはや薬がなければ生きてもいけぬ身の上よ、出て行こうなどと片腹痛いわ!」

 ミーアは確かに孤児院で薬物中毒だと判断されていた、だがここまで彼女にその兆候は出ていない。彼女自身も少し頭がおかしいと思われていただけだと言っていたのだ。

「教えてやろう、器の男。我が部落には遥か昔からこの儀式の為に扱ってきた神聖なる宿木がある。その宿木の葉には神を降ろす力があると信じられてずっと大事に守られてきた。そして今、焚かれているのがその宿木の葉だ。これには一種の幻覚作用があり中毒性が高い、巫女の身体はこの宿木の毒にやられてもう長くはないのだ」
「なんで……先代の巫女は老衰で亡くなったと聞きました、そんな危険なモノを使っていたのであればそれはあり得ないはず、何故ミーアだけ……!」
「先代は優秀な巫女だった、欲しい時に欲しい宣託を降ろせるそれは優秀な巫女だったのだよ。だがこの娘は違う、先代はミーアを高くかっていたが俺にはそれが何故だかも分からなかった。ミーアは碌に託宣も出来ない半人前の巫女、宿木の葉を焚き何度も何度も託宣を繰り返し、そして今の有様だ。ミーアの託宣というのは所詮その程度の物で……」
『主も往生際が悪いのう、我をこの祠から解き放ったのは主自身であったものを。先代は碌に我を降ろせもしない半端者であった事に気付きもせず、気に入らぬ託宣を全て蹴りつけ巫女をこんなにしたのは主であるのに、主はまだ我を疑うのか』

 ミーアの声に、またあの不思議な声が被さってくる。

『主は我に言うたであろう? 力の代償に我を解放すると、だから我は器を見付け力を目に見える形で主に提供しようと言うのに、それすら拒むか? まぁ、それならそれでも良いがの、我はこの狭苦しい洞からは既に解放されておる、我のその力、どう使うかは主次第じゃ』
「な……儀式の祝詞もなしに何故……」
『あんなモノは形式に過ぎぬ、それに我は既にこの巫女の中に宿ってしまったゆえわざわざ段取りを踏んで下りてくる必要もない、もうそのような儀式も用無しじゃ』
「だったらこの小僧の中に本当に神の力は宿っていると?」
『くどい! 何度も同じ事を言わせるな、全ての力はこやつに渡した、今の我には何の力も残ってはおらぬ、今の我はまさに「赤子」であるからな』

 驚いて彼女を見やる。彼女の口から発せられた『赤子』その一言に衝撃を受けたからだ。

「赤子? え……? 赤ん坊ですか?」
「ええ、そう。あなたと私の子供よ、ユリウス」

 彼女は愛しげに自身の腹を撫でた。たった一夜の出来事だ、しかも私が抱いたのは彼女ですらなかったのに、彼女の腹には私の子供が宿っていると彼女はそう言うのだ。

『生まれ出るまで巫女の身体が持つか不安ではあるが、もし失敗するのであればそれも一興、我は元の「無」へと返るまで、愉快だの、こんな愉快な事は久しぶりじゃ』

 ミーアの人格はころころと入れ替わる、それを演技だと思うのか真実であると思うのか、仮面の男はぎりりとこちらを睨み付けた。

『長よ、我は長くここに留まり主ら一族を見守ってきた、そんな主らの破滅を見守るのは我とて心が痛むのじゃ。我は解放され、もう主らを見守る事もできはせん、最後に我のこの力存分使ってしたい事をすればいい。ただし、力の貸与は期限付きじゃ、せいぜい励めよ』
「期限付きというのはどういう事だ!?」
『今、巫女が死ねば我はこのまま無に帰るゆえ我の力も消え失せる、次に我が無事に生まれた場合、貸与した力は我の成長と共に我に返るゆえ器への力の貸与も期限付きじゃ。それに我は人の身に宿ったゆえな、その力もその人の子の寿命と共に潰えるであろうからの、どのみちこの力、あと100年ももちはせん』

 呻くようにしてその話を聞いていた男はやはり呻くように「100年もあれば充分だ!」と吠えた。

「器の男、今日からお前は俺の右腕だ」
「勝手な事を言われても困ります。それに私にはユリウスという名前もある、変な名前で呼ばないでください」
「神が俺にお前を預けた、勝手でもなんでも、お前はもう俺の物だ」
「私はあなたの物にはなりません、しいて言うのであれば私の所有権はミーアのもの、彼女の嫌がる事を私は決してしない」

 男はまたししても、ちっと大きな舌打ちを打つ。

「巫女よ、お前は何が望みだ?」
「そうね、まずは安全な寝床の確保かしら、だってこの子が無事に生まれなければあなただって困るでしょう?」

 綺麗な笑みで彼女は微笑む、その表情は今まで見てきた彼女の表情とも違って見えた。
 くるくると人格も変われば姿も変わる、これが幻覚作用によるものなのか、それとも現実なのか、けれどなんだかそんな事もどうでも良くなって来るのは彼女のこの甘い匂いのせいか?

「ユリウス、行きましょう、私、今日はもう疲れてしまったわ」

 そんな彼女の微笑みは母のようにも、ノエルのようにも、見知らぬ女のようにも見えるのだ。そんな彼女を私はなんと呼んでいいのか分からない。

「どうしたの? ユリウス?」

 「いいえ、何でも……」と首を振る。私は魔物に魅入られたのだ、きっともう、二度と元の生活には戻れない。


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