運命に花束を

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運命に祝福を

薬物汚染 ②

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 叔父とカイトとカイトの父親エリオット王子との面談は穏やかにとはいかないなりにも、叔父と王子の和解には繋がった。
 王子の方にはまだ多少の疑念が残っていそうな雰囲気もあったのだが、一応の信頼は得られたような気がする。これで少しはランティス国内も落ち着いてくれればいいが、それはそんな簡単ではないというのも分かっている。

「騎士団長、少し付き合え」

 一通りの話し合いを終えた後エリオット王子が叔父に声をかけた。叔父は「それは構いませんが」と、首を傾げた。

「ついでだ、お前達も一緒に来い」

 そう王子に言われ連れ出されたのは城の外。仮にも王子がこんなに簡単に城外に外出をしていいものなのか少し首を傾げてしまうのだが、如何せんファルスの国王陛下がほいほいと城を空ける王様なので、そんな国の国民としては何となくそれを言い出しにくい。
 連れて行かれたのは城の近くにある教会だった。

「ここは……」
「見ての通りの教会だ、最近隣に孤児院が併設された」
「それは聞いておりますが……」

 叔父はその教会の事は聞いていた様子だが足を運んだ事はなかったようで、少し困惑したような表情を見せた。

「お前も望んでいたはずの施設だろう?」
「しかし、メリア人の受け入れはしていないと聞いています」
「あぁ、表向きはな……」

 そう言って、王子は勝手が分かっている足取りでずかずかと敷地内を歩いて行く。

「確かに積極的にメリア人の子供を受け入れてはいないんだ、受け入れを認めると捨て子が増えるからな。だが、全く受け入れていない訳じゃない」

 そう言って敷地内を進んで行った先の庭を駆け回っていたのは、幼い子供達。髪の色は様々で、金色、茶色、赤色、黒色、肌の色も瞳の色も皆一様にばらばらだ。

「これは……メリア人の子供もいるではないですか」
「ここの子供達はメリア人じゃない、ほとんどが混血児だ」
「混血児……」
「あぁ、ランティスに連れて来られて生まされた子供達、親に疎まれ捨てられた、ここではそういう子供達を引き取っている」

 混血児、自分もメリアとランティスの混血だ。この国では自分のように見た目がメリアの赤髪でなくてもメリア人の血が流れているというだけで差別をされる、そんな子供を生んだ、もしかしたら生まされたメリア人が子供を捨てるというのは無い話ではない。

「ここにいる子供達の、少なくとも片親はランティス人だ、この子供達は全員、我が国の子供達だ」
「王子、それでもやはり貴方はどこまでも自国の事しか考えていないのですね……」
「あぁ?」

 王子は不機嫌顔で叔父を見やる。

「捨てられた混血児、確かに行き場に困っているのは間違いない、けれど行き場がないのは生粋のメリア人の子供だって同じはずです」
「そんな事は分かっている」
「だったら何故……」
「親が子供を手放さないからだ」

 王子に問うた言葉に返事を返したのは王子ではなく、一人の歳のいった男だった。この施設の職員なのか、施設の中から出てきた男は子供達に囲まれている。男は、纏わり付く子供達の背中を押して「遊んでおいで」とそう言った。子供達は元気に駆けて行く。

「両親共にメリア人夫婦の場合、その両親の大半はどれだけ貧しかろうとその子供を手離そうとはしない、この国で自分達の手を離れてしまえば自分の子供がどういう扱いを受けるか分かっているからだ。調べてみたら、我が国の捨て子のほとんどが混血児だという事が分かった、そしてその子供達は貧しさゆえに身体を売った結果生まれた、望まれない混血の子供達だった」

 男は淡々と述べる。

「望まれずに生まれても、もしかしたらランティス人として生きられるかもしれない、とメリア人の親は子を捨てる、メリア人との混血児なんて育てられないと、ランティス人の親もまた子を捨てる。その結果がこの孤児院だ。親の愛情深さで言えばメリア人の親の方がまだまともなのかもしれないな、子を捨てる理由が違いすぎる」
「団長……」
「今はお前が騎士団長だろう、リク・デルクマン」

 そう言って男は微かな笑みを見せたのだが、その表情はすぐに厳しいモノへと変わった。

「王子、何故彼をここへ連れて来たのですか?」
「どうやら色々と誤解があったようでな、あんたとリク騎士団長の情報のすり合わせに来た」
「誤解? 私は確かにこの男を奴隷売買の闇市で目撃したのですよ」
「あぁ、そこは本人も認めているし間違いじゃない。その後に、その買ったメリア人奴隷をメリア側に送り返しているのもそのまま事実だ、こちらの情報に間違いはない。だがこいつの主張は、それはあくまで良かれとしてやった事で悪意はなく、送り返した先が反ランティス組織であったのはあくまでも偶然と言い張るので連れて来た」
「偶然? は……そんな偶然ある訳が……」
「団長、貴方は私を疑っていたのですか……?」

 叔父が悲嘆にくれた様子で男に言う。叔父が『団長』と呼ぶ男、騎士団長である叔父がそう呼ぶという事は、彼は恐らく元騎士団長。

「私とて疑いたくはなかった、だが私はこの目でお前を見付けてしまった。貧民街に入り浸り、怪しげな薬を売り歩く男に薬を提供していたのもお前だろう」
「それは……」
「噂など根も葉もないモノだと信じていた、だが、お前を疑うのに充分過ぎる証拠は揃っていた」
「叔父さん、この人は……?」
「私の直属の上司、元騎士団長のケイン・クレイグ殿だ」

 彼の直属の上司であったという先代の騎士団長、過労で倒れ、そのまま騎士団を引退したと聞いている。彼が何故こんな所にいるのだろう? 叔父は彼の騎士団長時代、彼を支えて身を粉にして働いていたはずだ、なのに何故……?

「お前は知らないのだろう、お前がしでかした事の大きさを……付いて来い」

 薬? 一体何の話だろうか? 自分は叔父からそんな話しは聞いていない。けれど、昨日得た情報から叔父の娘を育てていたリアンさんは何かしらの商品を売っていたのだという情報は得ている。子供を連れての薬売り? だが違法なものを売っていたという話しは聞いていない。
 施設の中、元騎士団長だというケインは黙って奥へと進んで行く。私達もそれに黙ってついて行く。

「ここだ」

 連れて行かれたのは施設の本当に一番奥なのだろう、そこは牢獄だった。

「なんで孤児院に牢が……」
「閉じ込めておかなければ逃げ出そうと暴れて手が付けられないからだ」

 逃げ出す? 孤児がか? 確かに子供は環境の変化に敏感で、この施設に馴染めない子供だとているのかもしれない、それにしても牢はやり過ぎなのではないのか?

「この娘……」

 叔父が驚いたように牢の隅で蹲る娘を見やった。

「やはり覚えがあるようだな」
「先だっての奴隷売買で高値が付いて売れた娘だ、なんでこんな所に……」
「あの時、この娘を買ったのが私だからだよ」

 ケインはそう言って牢の中の娘を見やる。

「あの時の! 倍値を付けたのは団長だったのですか!?」
「私は競りの作法はよく分からない、高値を付ければ買えるかとそう思っただけだ」
「それは、もういいです。けれど何故? 何故彼女はこんな所に閉じ込められているのですか!? これではまるで本当に奴隷として彼女は買われてきたかのようではないですか!」

 叔父と団長の声に女はゆらりと顔を上げた。典型的なメリアの娘、そしてその瞳は母と同じの紅眼だ。この瞳の色は珍しいのだと聞いている。
 娘はにいぃと笑みを浮かべて、這いずるようにこちらへと手を伸ばした。

「ねぇ、兄さん、薬をちょうだい。いつもの痛み止め、身体中痛くて仕方がないんだ、ねぇ後生だから、薬をちょうだい」

 娘は何度も何度も同じ言葉を繰り返す。

「薬……? 痛み止めですか?」

 ケインは静かに首をふる。

「彼女が欲しがっているのは麻薬だよ。手軽に快楽を手に入れて、心身の痛みを忘れられる。安価で出回っている毒だ」
「薬・薬・薬をちょうだい! 早く! ねぇ! 痛くて痛くて堪らないの! ねぇ! ちょうだい!! 私に薬をちょうだいよ!」
「悪いが薬はやれない、ここにはそんなモノ置いていない」

 娘は檻の鉄柱をがんがんと叩き続ける、まるで狂人だ。

「中毒状態なんだ、薬を飲めば普通の状態に戻るが、それは彼女の身体を蝕むばかりで中毒症状は増していく。こんな状態の彼女を檻の外には出せないんだよ、薬を求めて施設を脱走する。この薬、貧民街で売っていたのはお前だろう? お前は見た事があったか? こんな人間がごまんといるんだ、お前がしでかしたのはこういう人間の量産だ、ちゃんとその目で見ろ、お前にはその責任がある」

 叔父の顔色が目に見えて青褪めた。

「違う、俺じゃない! 信じてください、俺じゃない! 俺はこんな薬、売っていない!!」

 ケインの眼差しはどこまでも冷めている、リアンさんが売っていたモノはなんだ? リリーの持っていたモノはなんだ? 叔父が彼等に持たせていたのは違法薬物……?
 牢は幾つか並んでいる、娘の騒ぎに他の牢からも視線が集まる、牢の中に入っている者達も外にいる子供達と同じに髪の色も瞳の色も様々で、皆一様に娘と同様、こちらに手を伸ばした。これはまるで地獄絵図だ。
 ふいに甘い匂いが鼻を擽る。驚いてそちらを見やると、牢の奥に佇む娘の一人と目が合った。
 黒い娘だ、瞳も髪も黒い。ムソンの民かそれとも山の民。いや、ここにいるのは混血児だと聞いている、そのどちらでもない可能性もある。
 娘は他の者同様こちらへと手を伸ばす、その唇が形どった言葉『み・つ・け・た……』
 見付けたとは、一体何を?
 瞬間、甘い匂いが濃くなった。視野が狭まるようにその少女から目が離せない。その奇妙な感覚に抗えずに私はふらりと彼女に寄って行く。

「? ……ユリウス兄さん?」

 背中にカイトの声が聞こえたが、何故だろう、今はその声に応えている時ではない気がする。牢の前に立ってその黒髪の娘を見やる。ずいぶん貧相な娘だ。ぎょろりと瞳ばかりが大きくてその容貌は決して美しいとは言い難い。

「貴方、名前は……?」
「ユリウス・デルクマン」
「そう、ユリウス、いい名前ね。ねぇ、ユリウス、お願い、私をここから出してちょうだい」

 彼女の赤い唇が動くのをぼんやりした意識で聞いていた。言葉の意味は理解できる、だが言葉は何故か意識の上を滑っていく感じで、うまく飲み込めない。

「私、家に帰りたいの。ねぇ、ユリウス、私をここから出して……」

 牢の鍵に手をかける。錠前は特別な造りではない、これなら簡単に外せるだろう。だがそれは自分にとって正しい行いなのだろうか? 彼女は牢の中に入っている、それには何かしらの理由があるはずなのに、その理由を自分の中に見付ける事より彼女が私を見上げるその視線に魅入られた。
 私と彼女を遮る鉄柵が邪魔で仕方がない。何故彼女がこんな狭苦しい檻に閉じ込められているのかが分からない。
 扉についた錠前など壊せる物なら壊してしまえと、剣に手をかけその柄で錠前を殴る。

「おい! ユリウス、止めろ! 何をしている!!」

 叔父が慌てたようにこちらにやって来るのを、一睨みで退けた。全力で解放したフェロモンに叔父は青褪めたままで後ずさった。人を操る事に使ってはいけないと言われてきたこの力だが、今はその力を発揮する時だとそう思った。何度か錠前を力任せに殴りつけると、錠前は壊れからりと転がる。
 私は開いた牢の扉から出てきた娘の手を取った。

「ありがとう、ユリウス。さぁ、行きましょう」

 まるで姫のように丁重にそのみすぼらしい娘の身体を抱き上げた。自分はそうしなければいけないのだと、そう思ったからだ。
 頭の片隅に誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。けれど、何故なのか彼女の声には逆らえない。

「兄さん! ねぇ、兄さん、どうしたの!? おかしいよ! 何やってるの!?」
「うるさい……」

 カイトの言葉より、娘の声が頭に響く。彼女はカイトに「うるさい」と言った。カイトのその制止の声を彼女が煩わしいと思っているのだ、だったらその言葉は自分にとっては不要なもの。

「邪魔だ」
「邪魔って何!? 兄さん、どうしちゃったの!?」
「彼女はオメガだ、彼は彼女に操られている……失態だ、彼は番のいないアルファだったか、ここに連れてくるべきじゃなかった。君、止めるんだ!」

 元騎士団長ケインの言葉に彼女は私の胸に顔を埋め「あの人、嫌い」と呟いた。

「お前も、彼を操るのは止めるんだ!」
「別に操ってなんかいないわ、私にそんな力は無いもの。ただ彼が私を欲しがっているだけよ、だって彼、私の『運命』だもの」

 『運命』そうか、これが運命の番との邂逅か、こんなに愛しいと思うものなのか、こんなに一瞬で魅了されるのか。驚いた、世界がまるで違って見える、彼女の全てが自分の全てだ、彼女以外はどうでもいい、今まで歩いてきた人生がまるで無為なものであったかのように、世界が違って見える。

「ユリウス、行きましょう。ここは嫌。私は家に帰りたいのよ」

 彼女の言葉に頷いた、彼女がそう言うのなら、自分に否などありはしない。彼女の言葉はなんて甘美で、一緒にいられる事はなんて幸せな事だろうか。

『ユリ兄!』

 チリっと頭の片隅にまた声が響いた。大事だった、大好きだった、その存在が愛しくて、ようやく手に入れたはずの人の声。

「くっ……」
「どうしたの? ユリウス」

 頭の中が混乱している、果たして本当にこれは正しい行いなのか?

『ユリ兄……』
「うるさいっ!」

 頭の中の声を振り切るように彼女を抱えて歩き出す。私は間違ってなどいない、何故なら私の本能がそう叫んでいるのだ。邪魔する者は全力でねじ伏せる、私の行いは間違ってなどいないのだと己の中に浮かぶ微かな疑念に蓋をした。そして私は彼女に言われるがままメルクードを後にした。



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