運命に花束を

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運命に祝福を

赤髪の少女 ③

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「へぇ~ここがメルクードか……」

 乗り合い馬車を降りて、俺は周りを見渡した。まだここは馬車の発着場で、街の外れに着いただけなのだが、そこに見える外壁の大きさと遥かに続く長い道を見るだけで、そこが大きな街なのだと俺にも分かる。
 ランティスの首都だもんな、そりゃそうか。そういえば俺、ファルスの首都イリヤには行った事がないんだけど、向こうもこんな感じなのかな?

「きょろきょろしているとはぐれますよ、ロディ君」

 ユリウスさんに声をかけられ、俺は慌てて彼等の中に混ざる。俺、完全におのぼりさんだな、もしかして田舎者に見えるかな?
 彼等は人波をひょいひょいと避けて進んでいく、俺はそれにはぐれないようについていくのが精一杯。なんで皆そんなに楽々歩けるんだ? 俺なんて、前に進もうとすると前から来た人にかなりの確率でぶつかるのに!

「大丈夫?」

 ミヅキさんが俺の傍らに寄って来てくれた。
 「大丈夫だとは思いますけど、こんな人波は初めてで……」と俺は苦笑を返す事しかできない。

「そういえば、君はルーンを出た事がないんだったな。イリヤもこんなものだが、やはり人波は苦手かい?」
「慣れの問題かと思うので、そのうち慣れると思います」

 こんな所で田舎者っぽさ全開におどおどしていたらミヅキさんに呆れられる! と俺は慎重に人波の観察を始めると「今は私達の後ろをはぐれないように付いてくればいい」と手を取られた。それは母親が子供を迷子にさせないように手を引いただけくらいのものだったのかもしれないのだが、俺の心臓は跳ね上がる。
 手を引かれるままふわふわと歩いていたら、それに気付いたイグサルさんに凄い形相で睨まれたんだけど、もうそんな事はどうでもいい。へへん、役得役得。
 しばらく進むと人波が途切れる、どうやらあそこは人の出入りで混雑する場所であったようで、一息吐いたところでミヅキさんに手を離された。あぁ、残念。

「ん? あれ? ウィルは……?」

 全員集合で、周りを見渡せば陽気な少年の姿が見えない。見た目はしっかり大きく見えるが中身はまだまだ子供の少年だ、迷子になったか? と皆が慌てだす。

「私、探してきます。貴方達はここを動かないでくださいね」
「え? 待て、ユリウス、俺も行く」
「この人波だ、私も行こう」

 ユリウスさん、ミヅキさん、イグサルさんが「ここを動くな」と念を押すようにして、ウィルを探しに行ってしまい、残されたのは俺とツキノとカイトの3人。
 俺は傍らの2人をちらりと見やる。ここで待っているのは別にいいのだけど、この2人、離れたら死ぬのか? という感じでずっと手を繋いで歩いているのが俺は物凄く気になるんだよなぁ……嫉妬? やっかみ? 正直に言おう、くそ羨ましいから止めてくれ。
 この道中、何をしていても目の端にこの2人が映るのが俺は気になって仕方がないんだよ、完全にツキノとカイトは2人の世界で、しかも何故かそれを皆普通に受け入れすぎていて、気にしている俺の方が変なのか? と思い始めていたくらいだ。
 ノエルは2人が並んで立っているとまるでお人形さんが2人で並んでいるようだ、と言っていたが、確かにその通りで、何も喋らず黙って立っている2人はまるで一対の可愛らしい人形を見ているようだ。ただ、2人共口を開けば激しくイメージが崩れるのだが、本人達はまるで気にしている様子もない。
 そういえば俺はカイトとはほとんど会話をした事がないのだけど、一体どういう人間なのだろうか? 他のメンツとの会話の端々からツキノを溺愛している事だけは窺い知れるのだけど、それにしてもツキノがよくそれを受け入れているな、と俺はそれが不思議で仕方がない。
 だって、どう見てもツキノはカイトの彼女にしか見えなくて、俺には「女扱いするな!」と散々怒っていたツキノが何も言わないのが理不尽で仕方がないのだ。

「食べる?」

 俺はそろりと2人に近寄り、残り少ない飴を2人に差し出してみた。するとツキノがぎらりとこちらを睨んでカイトを自分の背後へと押しやった。

「こいつは俺の番だ、手ぇ出すんじゃねぇよ」
「ちょっと、待って。俺はそんな事全然考えてもなかったし!」

 予想外、ツキノに滅茶苦茶警戒されてる、しかも見当違いの方向に! 俺、男に興味ないから! 可愛い女の子大好きだから!!

「お前は信用ならない! カイトに近寄るな!」
「まぁまぁ、ツキノ。ただ飴くれるって言ってるだけだし、そこまでぴりぴりする事ないよ。ほら、美味しそうだよ」

 カイトがひとつ俺の手から飴を摘み上げ、口の中に放り込むと、ツキノも渋々という表情で飴を摘む。別にそこまで嫌なら無理に貰ってくれなくてもいいんだけどな!

「甘い、美味しい」
「俺はあんまり好きじゃないな、これ甘すぎだ」
「ツキノだって嫌いじゃないくせに」
「味覚が変わってきてるんだよ、お前みたいに子供舌じゃないだけだ」
「またまた、ツキノは格好付けて!」

 カイトはツキノの頬をつついて笑みを零す。ツキノはそれに始終不機嫌顔なのだが心底機嫌を損ねた感じではない。
 んん? なんだか会話に激しい違和感。いや、普通なんだけどな? なんだろう? ビジュアルと台詞が一致しないというか、これ言ってる内容がツキノとカイト逆だったら本当に普通のカップルだと思うのだけど、ツキノの方が格好付けたがる彼氏で、カイトの方がそれを茶化す彼女の立ち位置という具合に役割分担が振られていて、俺はどうにも違和感を拭えない。

「なぁ、ひとつ聞いてもいいかな?」
「あ? なんだよ?」

 相変わらずツキノの俺に対する対応はキツイ、いや、もう慣れたけどな……

「君達2人はどっちが嫁でどっちが旦那なんだ?」

 本当はもっと単刀直入にどっちが抱く方でどっちが抱かれる方なのか聞いてみたいのだけど、さすがにそこまでは聞けなくて、俺は少しぼかしたような聞き方をしてみる。すると「カイトは俺の嫁だ」とツキノはなんの躊躇いも見せずに言ってのけた。

「ツキノは僕がこんなに育っても、嫁って言ってくれるんだ?」
「当たり前だろ」

 「嬉しい」とカイトは嬉しそうに笑みを零す。
 あぁ、なんだろうな……この2人はもうこれでいいんだな、元々お互いの中で納得づくでこうなっているのだと俺は理解した。

「だけど、ツキノ可愛いから他の男に手出しされないか心配だよ」
「あぁ?! 可愛いって言うな、それに男とかマジふざけんなよ、俺はお前以外の男になんて興味はねぇんだよ」

 ツキノの言葉にカイトはまた嬉しそうに笑みを見せてツキノを背後から抱き締めた。
 その瞬間ふと彼はこちらを見やり、そのカイトの視線と俺の視線が見事にぶつかった訳なのだが、カイトはツキノには見せないような強い視線でこちらを睨み付けると、ふっと口角を上げた。
 なんだ、こいつ? いや、なんかこれ分かるぞ、余裕の笑みか? ツキノはお前に興味なんてないんだよってそう言いたいのか?
 さっきまでのきゃぴきゃぴした態度は演技なのか? それとも俺、威嚇されてる? それは紛れもなくツキノは自分の番だと主張する男の顔で、俺は言葉も出せず黙り込んだ。

「ツキノ、好き~」
「だから引っ付くなって!」

 カイトがそんな男の顔を見せたのは一瞬で、彼はまたツキノにじゃれついていく。なんだよ、この2人、完全に割れ鍋に綴じ蓋カップル、他人の付け入る隙がない。
 知らなかったとはいえ、ツキノが俺になびく要素なんて本当に何もなかったんだな。それこそツキノ本人が言っていた通り「後ろ姿が似ている」以上の感情を俺に対して何も持ち合わせていなかったのだと痛いほど思い知らされた。
 しばらくすると保護者組がウィルを連れて戻ってくる。俺達は一度腰を落ち着けるべく歩き出した。
 彼等が現在住んでいるのはランティス王国騎士団の留学生用の寄宿舎だ。今晩の宿が決まっていないのは俺とツキノだけ。
 「どこかで黒の騎士団と合流できればいいのですけど……」とユリウスさんは少しだけ困り顔だ。

「別にその辺の宿を適当に取りますので大丈夫ですよ」

 俺が軽い気持ちで言った言葉に「その辺の宿が簡単に泊まらせてくれればいいのですけどね」と彼は苦笑する。そういえば、国境の町では俺達は宿が取れなかったんだった。それはたぶんひとえにツキノのこの黒髪のせいで。

「ユリウス」

 ふいに何処からか声がふって来る。

「セイさんですか?」
「あぁ、宿はそこで取ればいい」

 ひらりと何処からかメモ書きのような紙が降ってきて、ユリウスさんはそれを受け取り、恐らく場所を確認したのだろう、眉を顰めた。

「ここ、あまり治安が良くないと聞いてますけど、大丈夫ですか?」
「そんな場所だから俺達でも泊まれるんだよ。安心しろ、俺達も同じ宿だ」
「そうですか……」

 尚も心配そうなユリウスさん、一体どんな場所なんだろう?

「せめて宿まで送ります。その後の事は任せても大丈夫ですか?」

 どこから聞こえてきているのか分からない声は「構わない」とそう言った。
 ユリウスさん先導のもと、俺達が進んでいくと賑わっていた街の入り口とは逆に段々と寂れた感じに街並みが変わり、そこかしこに蹲る人が胡乱な瞳をこちらへ向ける辺鄙な場所へと変わっていった。
 確かメルクードって芸術の都って呼ばれていて、凄く綺麗な街で有名なはずなんだけどな、これではまるで貧民街だ。

「メルクードにもこんな場所があったのね」
「うちの両親には極力近寄るなと言われている場所です、やはり少し不安ですね」

 ミヅキさんもその街並みを見るのは初めてだったのだろう、眉を顰める。そんな時だった、ふと耳を掠める歌声に俺達は足を止める。それはこんな寂れた貧民街のような場所には似つかわしくない可愛らしい歌声だ。

「こんな所にも子供はいるのですね」
「そりゃ何処にだって子供はいるだろう。ただ、こんな場所では少し危ない気もするけどな」

 確かに犯罪者も多そうな場所だ。けれどそこかしこに蹲っている人達は瞳を閉じてその歌声に聞きいっている。その表情からは険しさは消えて、穏やかな表情に変わっていた。
 その唄は童謡なのだろうか、子供の歌声にとても合っている。けれど、俺はその曲を知らない、少なくともファルスの童謡ではないのだろう、これはランティスの唄なのだろうか?
 そんな事を思っていたら、何を思ったのか、ウィルがその歌声の方へと駆け出した、さっき1人はぐれたばかりなのに、また迷子になるつもりか!?

「こら、ウィル! どこに行くのです!」

 ウィルは返事もせず駆けて行ってしまう。仕方がないので全員で彼の後を追うと、彼は歌声の主が目視できる場所まで走って行った割にはその人物に近寄って行こうともせず、その数メートル手前で呆然と立ち尽くしていた。

「ウィル、急にどうしたのですか?」
「あの子……」

 ウィルが言葉を発しようとした瞬間、歌声の主は何かを察したように歌うのを止めてこちらを見た。ふわふわとした赤髪の可愛い女の子だ。年の頃は10歳になるかならないかくらいだろうか、きょとんとしたような表情で彼女は「誰?」とそう言った。

「お父さん? 今日は帰ってくる日だった? 誰かお友達を連れてきたの?」

 彼女には既にこちらが見えているはずの距離だ、なのに彼女は俺達の事がまるで見えていないようにそう言った。いや、もしかしたら彼女は見えていないのかもしれない、その顔はこちらを向いているのだが、誰とも視線が合わない。
 少女は塀に腰掛け歌っていたのだが、そこからぴょんと飛び降りて、こちらへとゆっくりやって来る。その足取りは慎重なもので、やはり彼女は目が見えていないのだと悟る。

「お父さん、どうしたの?」

 一体誰を父親と間違えてそんな事を言うのか、彼女はゆっくりゆっくりこちらへと歩いて来ようとして、道の小石に足をとられる。転ぶ! と思った瞬間、素早く駆け寄って彼女を支えたのはウィルだった。

「ありがとう」

 彼女はウィルの腕に縋って、顔を上げるのだが、やはりその瞳はウィルを捉えはしない。

「大丈夫? 1人じゃ危ないよ?」
「平気、慣れてるから。それに今日は1人じゃないもの」

 そう言った彼女の傍には誰もいなかったのだが、どこか席を外しているのだろうか?

「ねぇ、お父さん、今日はうちでお泊りなの?」

 彼女はまたしても、そう言うのだが、それが誰を指しているのか分からない。彼女もなんの返答も返さない父親を不審に思ったものか首を傾げた。

「お父さん?」
「すみません、今ここにはあなたの父親はいないと思うのですが、誰かと間違われていますか?」

 ユリウスさんの言葉にびっくりしたようで、彼女は俄かに慌てだす。

「ごめんなさい、匂いが似てたからてっきりお父さんだと思って!」
「匂い?」
「私は目があまりよくなくて、お父さんの匂いはちゃんと覚えているはずなのに、間違えちゃった」

 彼女はぺこりと頭を下げる。その時、遠くで誰かの声が聞こえた。

「あ、パパだ」

 彼女は声の方へと振り返る。彼女が振り向いた方角からこちらへ慌てたように駆けて来たのは、やはり彼女と同じ赤い髪の青年だった。彼女は彼をパパと呼んだのだから恐らく父親なのだと思う。

「リリー、知らない人に付いて行ったら駄目だろう!」
「だって、お父さんだと思ったんだもん。匂いがとても似ていたの」
「あいつが来るのは休みの日だけだって知ってるだろう、こんな日にあいつがこんな場所に来る訳がない」
「でも……」

 しょんぼりしてしまった、彼女をその青年はひょいと抱き上げる。

「迷惑をかけた、ありがとう」

 それだけ言ってその男は愛想もなく踵を返した。

「あの! オレの名前ウィル! ウィル・レイトナー! リリー、また会えるかな?!」
「ウィル? いい名前ね。私はいつでもこの辺にいるから、会いに来てくれたら会えると思うわ」

 彼女は焦点の合わない瞳でにこりと微笑んだ。

「リリー、知らない奴と仲良くするなと、いつも言っているだろう!」
「今、お名前聞いたもの、もうお知り合いよね、ウィル?」
「うん、オレ絶対会いに来るから、待ってて!」

 抱えられるままに少女は去っていくのだが、ウィルは少女に向かってそう叫ぶ。彼女はやはりにこりと笑ってウィルに向かって小さく手を振った。

「ウィル、またそんな無責任な約束をして! 私達は彼女ともう一度会えるとは限らないのですよ? 何せここは治安が悪い、私達もそうそう足を運ぶ場所じゃない」
「でも、どうせツキ兄達の泊まる宿の近くなんだろ? だったら、きっと大丈夫。それにオレ、分かってる、あの子とはまた絶対会える」
「何故そんな断言ができるのですか?」
「だって、あの子、オレの『運命』だから!」

 皆が驚いて目を見開いた。

「運命の番?」
「そうだよ! こんなにはっきり分かるもんだと思わなかった。驚いた、でも、会えた! あの子はオレの運命だ!」

 ウィルは何かを確信しているようにそう言うのだが、俺にはその感覚がまるで分からない。ミヅキさんが俺の運命かもと思いはしたけど、俺にはそこまでの確信はないのだ。
 『運命の番』というのは、そこまではっきりお互いがお互いを番相手だと認識できるものなのだろうか? 俺にはやはりよく分からない。

「リリー、はは、リリーかぁ、ふふふ、嬉しいなぁ」
「恋愛事、ましてや女の子なんて二の次、三の次だったウィルが……びっくりだよ」
「オレだって驚いてる、女なんか好きになる事なんて絶対ないと思ってたのに、あの子の周りだけ光って見えたんだ、オレが守らなきゃ、ってそう思った」
「運命の番というのは本当にあるのですねぇ……」
「ユリ兄の所は父ちゃんと母ちゃんが『運命の番』だろ? なに今更言ってんの?」
「両親にはその感覚が分かっていても、私達にはそれが分かりませんからね。確かにうちの両親は運命の番かもしれませんが、その感覚は当人にしか分からない」

 確かにそうだ、ウィルはあの子を『運命』だと断言したが、それもやはり当人にしか分からない感覚で、それが嘘か誠か、はたまたただの勘違いなのか、それはやはり外から見ているだけでは分かりはしない。

「オレ、できたらリリーをファルスに連れて帰りたい」
「そこはそれ、お互いまだ若いですし、親御さんの許可も取らなければいけないですし、大変だと思いますよ?」
「それは分かってるんだけど……」

 彼は心ここに在らずというような面持ちで彼女達が去って行った方角を見つめた。
 運命の番というのはそんなにお互い離れ難くなるものなのだろうか? ツキノとカイトもそうだし、ただの天真爛漫な子供だと思っていたウィルでさえこうなのだ、運命の番というのは本当にもう抗えない『運命』なのだと、そう思う。
 俺は、つつつとミヅキさんへと寄って行く、彼女は別段それに気付きもしない。
 俺の運命の番はまだ他にいるのだろうか? そんな疑問が頭を過ぎるが、俺はいやいやと頭を振った。ここまで劇的ではないとしても、俺はミヅキさんに運命を感じたのだからその感覚は大事にしたい。

「さぁ、行きましょうか」と気を取り直したようにユリウスさんが皆を促す。ウィルはいつまでも名残惜しそうに彼女の消えた道の先を見つめていた。



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