運命に花束を

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運命に祝福を

ルーンにて ①

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「ツキノ、本当に会いたかった」

 ツキノの部屋に連れ込まれた僕は、ツキノの身体を抱き締める。ツキノからは当たり前だけれどツキノの匂いがほわんと薫って、僕はツキノの髪に顔を埋めた。

「俺もだよ、カイト。だけどお前、ちょっと引っ付きすぎだ」
「なんでだよ、僕は四六時中でもツキノに引っ付いていたいよ。だってこんなの不安すぎる、綺麗な顔に痣まで作って、痕が残ったらどうするんだ!」

 僕は赤く腫れたツキノの頬を撫でる。それは数刻前ツキノを襲った男が彼に付けた殴打の痕だ。頬だけじゃない、首周りも締められたような痕が残っていて本当に痛々しくて見ていられない。

「触んなって、痛いから」
「だって、これ絶対青痣になるよ。本当に嫌だ、見てられない」
「別にこんなの放っておけば治るって」
「もう、本当にツキノは分かってない!」

 自分の知らない所で、ツキノが傷付くのは本当に許せない。いや、見ている所でも勿論嫌だよ? だけど、まだ傍にいたら守る事もできるかもしれないけど、それすらできなかった可能性がある事にぞっとする。
 今回はたまたま間に合ったけど、いつも間に合うとは限らない。そう思ったらもう堪らなくて、僕はまたツキノのその柔らかい身体を抱き締めた。
 それにしても本当に柔らかい、ツキノの身体ってこんなに柔らかかったっけ?
 彼と別れた一年前、彼は少しばかり拒食傾向でがりがりに痩せ細っていた。それでも別れる直前はそれも治ってほっとしていたのだけど、少し肉付きの良くなった彼の身体は本当にふわふわのマシュマロボディだ、気持ちいい。
 いや、手足は割とあんまり変わらないんだけどね? 身体がね、本当にね、もっちもちなんだよ。先程までは人目があったからできなかったけど、もうホントその胸揉んでみたくて仕方ないんだけど、やっていい? いいよね? これ、僕のおっぱいだよね?

「どうした? カイト? 黙り込んで。心配するの分かるけど、こんな事滅多にある事じゃない、心配しなくて大丈夫だ」

 黙ってしまった僕をツキノは逆に案じるように言うのだけど、僕の頭の中はそれよりもその胸に釘付けだよ。そんな事ツキノに言ったら怒られるかもしれないけど、でもさ、これってもう男の本能みたいなもんだよね?

「カイト……?」
「もう無理、ツキノ、その胸直に触らせて!」
「……は?」

 瞬間、ツキノの視線が凍った。あ、やっぱり怒った?

「お前は、俺の心配をしてるのかと思ったら、そんな事を考えてたのか!?」
「だって、気になるだろ!? そんなあからさまに大きく育ててくれて、それ、僕のおっぱいだよね!」
「お前の為に育てたんじゃねぇよ! 勝手に育ったんだから仕方ねぇだろ! これ、すごく重いんだぞ! ホント、お前に付いてたら俺だって同じ事考えるかもだけど、自分に付いてたら邪魔なだけなんだからな!」
「邪魔って言わないでよ、僕、それすごく好きだよ!」
「素直か!」
「うん、だから触らせて!」

 とても不本意そうなツキノの顔、けれど大きな溜息を吐いて、彼は上着を捲り上げた。

「あんまり強く触るなよ、柔らかそうに見えて、こっちは意外と痛いんだ」

 え? 何? どういう事? もしかしてこの胸誰かに触らせた事あるの? ふと、見たらそのツキノの片胸にはうっすら青痣が浮いている。肌が白いからその青痣は余計に青く浮き上がって痛々しい。

「これって……」
「さっき、あの男に鷲掴まれた。ホント腹立つ……」

 俄かに僕の腹も煮え立った、これ僕のなのに何してくれちゃってんだよ、あいつ! 絶対許さん! と、怒りを新たに僕はその青痣をそっと撫でると、ツキノの唇から「んっ……」と微かな吐息が零れた。
 ツキノの胸は重量も凄いけど、形も綺麗なお椀型だ。僕がその胸の淵をなぞるように指を這わせると、ツキノはまた切ないような吐息を零した。

「ツキノは胸が感じるの?」
「……さぁ、どうだろう?」
「でも、さっきから色っぽい声、出てるよ」
「お前の触り方がくすぐったいんだよ」
「強く触るなって言ったのツキノだろ」

 僕が柔々とその胸を揉むと、ツキノの乳首がぴんと上向く。綺麗なピンク色だ。

「ねぇ、ツキノ、舐めてもいい?」
「っふ……好きにしろ……」

 その豊満な胸に顔を埋めるようにして、先端をぺろりと舐めあげたら、またしても彼の口から吐息が零れた。あぁ、なんかもう我慢の限界。僕、よく耐えたよね? 番になって一年離れ離れでずっと耐えてたんだから、こんな久々の逢瀬に箍を外したって怒られないよね?
 ベッドの上にツキノを押し倒して、僕はズボンの方にも手を伸ばす。ツキノを着替えさせたのは自分だけど、さっきの短パン姿すごくそそられた。柔らかそうな太腿に齧り付きたいと思うのはきっと僕だけじゃないはずだから、本当に僕以外の前でああいう格好は控えて欲しいな。

「おい、カイト、もういいだろ? さすがに最後までとか、今日は無理だからな」
「何で? もう僕はその気だよ?」

 胸の狭間からもごもご言うと「そこで喋るな」と呆れられた。

「事件は全部終わった訳じゃない、たぶん明日も……いやもう、今日だな、取調べやら事情聴取やらあるんだから、こんな事してないで早く寝とかないと朝に響く」
「そういうのは、専門の人に任せておけばよくない?」
「ここはイリヤとは違う、町に自警団はいるけど、専門職で働いてる訳じゃなくて自分の仕事の傍ら副業みたいな形でやってるだけなんだから、迷惑かけられないだろ! しかも、自警団は給料だって出てないんだから!」

 ツキノのその言葉に僕は驚く、僕達がここ領主様の屋敷に駆けつけた時には、もう結構な人数の町人が屋敷には集まっていたのだ。それは勿論イリヤにおける騎士団員のような人達だと思っていたのに、全員ただのボランティアだったんだ?

「だから今日はここまで!」

 そう言ってツキノは捲り上げていたシャツを下ろしてしまった。え……酷い。

「そんな顔すんな、本当にお前は……」

 そんな顔ってどんな顔だろ? 僕そんな変な顔してたかな……? ツキノは苦笑するように、僕の頭を抱え込む。服の上からでもやっぱりこの胸気持ちいい。

「今日はいい子でネンネだぞ」
「僕の息子が元気すぎて寝られる気がしないよ、ツキノ」
「俺は眠い」

 そう言ってツキノは自身の瞳を擦って大きくひとつ欠伸を零した。それを見ていた僕はその唇に目を奪われて、ついついその唇に指を伸ばす。

「……っふ、もう、寝ろって言ってるのに……」
「ツキノ淡白すぎ、そんなに僕に魅力ない? ツキノと抱き合いたいと思ってたの、僕だけなのかな?」
「駄々こねるな。それに本当に駄目だって、ロディの部屋が近いんだ、あいつに声とか聞かれるのホント嫌だ」
「……ロディって、誰だっけ?」

 なんか名前は聞き覚えあるんだけど、え~と?

「さっき会ったろ、伯父さん達の一人息子。俺達と同い年」

 あぁ! 自分の部屋に僕を招待しようとしてツキノに拒否られてた人だ!

「別に聞かれてもよくない? あの人だって僕達が番だって事知ってるんだろ?」
「お前の喘ぎ声なんてあいつに聞かせられるか、勿体ない。お前の鳴き声なんて、俺だけが聞ければいいんだよ」

 あっは、ツキノ、男前。

「確かに僕もツキノの声を聞かせるのは勿体ないかな? んん? でも逆にツキノは僕のだ! って見せ付けたい気もするけど」
「お前はホント変わらないな。なんか安心した」
「ツキノもね~胸はこんなに育っても、中身は男前なままだった」
「だから今日はもう触るなって言ってるのに!」

 いけずなツキノはふいっとそっぽを向いて僕に背を向けてしまうのだけど、僕はまた彼のその身体を抱き締める。

「今日はもう寝るんだからな」
「分かったってば、だからツキノもこっち向いてよ」

 僕の言葉にツキノはしぶしぶといった体で僕の方へと向き直る。もう、本当にツキノは淡白なんだから……と、そんな事を思っていたら今度はツキノの方から僕に抱きついてくる。

「我慢してるのが、お前だけだと思うなよっ」

 そう言って、ツキノは完全に顔を隠すように僕の胸に顔を埋めた。白い項が闇夜に浮かび上がる。僕の付けた噛み痕は、さすがにもう残っていなかった。


  ※  ※  ※


「ロディ、おはよう。ツキノ君とカイト君がまだ起きてこないみたいなんだけど、ロディ起してきてくれないかな?」

 俺が痛む頭を抱えてリビングへと向かうと、朝からにっこり笑顔の母さんにそんな事を言われて、俺は顔を引き攣らせた。

「え? 別に俺じゃなくてもよくない? 何で俺?」
「みんな、昨日の晩の騒動で疲れてるし、屋敷の片付けで忙しいんだからそれくらいのお手伝いできるよね、ロディ?」

 確かに昨夜、我が家はてんやわんやの大騒ぎだった、昨晩のうちにある程度の決着はついていたのだが、朝からうちの使用人達は屋敷の片付けに忙しそうに駆け回っている。因みに我が家の使用人の中には多少の怪我人も出たのだが、大怪我という程の人間は一人も居なくて、俺はほっと安堵の息を漏らす。

「それにしてもロディどうしたの? 顔色悪いけど寝られなかった? 昨日の事件怖かった? なんなら母さん達の部屋に来ても良かったのに……」
「いや、そういう訳じゃないから大丈夫……」

 母さんに頓珍漢な心配をされて俺は苦笑する。寝られなかったのは間違いないのだが、別に俺は事件が怖くて寝られなかった訳じゃない、ただ単にあの2人が気になって、気になって仕方がなかっただけなのだ。
 そう、あの2人。ツキノとカイトだ。ツキノがカイトを引き摺って部屋へと戻ってから、俺も部屋に戻って寝ようとしたのだ、けれど今頃あいつ等あの部屋でやってんのかな……なんて考え始めたら、もう気になって寝るどころじゃなかったんだよ!
 だってあいつ等、俺と同い年なのにやる事やってるって、気になるの当たり前だろ! 俺なんかまだそんな経験一度もないのにっ!
 俺は大きく溜息を吐く、そう、俺にはまだ経験がない。当たり前だ、だって今まで恋人ができた事すらないのだから。好きだと言われた事は何度かある、けれどその娘達は軒並み全員ベータだった。領主の息子として俺は付き合う人間を選ばなければいけない、ベータの娘に俺の子供は身篭れない、だから俺は彼女達とは付き合えなかった。
 そんな時に目の前に現れたのがバース性の可愛い女の子、まさかアルファだとは思わずに好意を寄せてしまった俺を誰が責められる?
 しかも、向こうも気が付けば俺を見ていたんだ、気があると思って何が悪い!? それが盛大な勘違いだったと気付いた時にはもう何もかもが手遅れだった。
 可愛い女の子は知ったら意外と気が強かったけど、そんな所も可愛いと思っていたのに、昨晩現れた番相手には蕩けるような笑みを見せた。あぁ、もうこれ完全に無理だ……と悟ったさ、一朝一夕に忘れる事はできないけど、諦めがついたさ、だけど、そんな2人が俺の部屋のすぐ近くの部屋で一緒に仲良くベッドの上とか、想像するなって方が間違ってるだろ! 若造の性欲舐めんなよ!
 今頃、あんな事してんのか、こんな事してんのかって考えてたら夜なんかあっという間に明けてたっての! そんな俺を一体誰が責められる!?
 しかも起きてこないって事は、絶対俺の妄想してたような展開があったって事じゃないか! 嫌だ、行きたくない、これ以上俺を不憫な人間にしないでくれ!

「ロディ、だったらちょっと2人を起こしてきてくれる?」

 母さんはにっこり笑みを浮かべる。優しい顔して母さんは鬼だ、酷い。自分の顔はもしかしたらまた引き攣っているかもしれないのだけど、母さんは全く意に介さない。だけど俺は母さんのこの笑顔には逆らえないのだ。

「……いってきます」

 俺は踵を返す。物凄く、物凄く嫌だけど! 行くよ、行けばいいんだろう!
 俺はとぼとぼとツキノの部屋を目指して歩く。いや、もうホント、ただ寝ててくれればいい、それなら部屋の外から声を掛けるだけで済む。さすがにこんな時間からやってる事はないはずだ、ないはずだよな……?
 俺はそんな事を思いながら、ツキノの部屋の前に立つ、声はしない。良かった、寝てる。
 けれど、ノックをしようと手を上げたら、中から微かに声が聞こえた。

『ちょ……こら、カイト!』
『もう少しだけ、いいだろ……』

 心象的には血涙流して、血反吐吐きたい気分だよ……

『駄目だって、こら、カイト! って、痛い痛い、痛いってば!!』

 ツキノの叫び声、お前等どんなプレイしてんだよっ! ホント朝っぱらから止めてくれよ、こっちの精神的なダメージがでか過ぎる……
 俺が意を決して、部屋の扉を叩くと2人の声はぴたりと止んだ。

『誰?』
「母さんが起して来いって。朝御飯できてるよ」

 邪魔したわけじゃないからな、俺は自分の任務を遂行しただけだからっ!
 もう、それ以上その場に居たくなかった俺は、即座に踵を返そうとしたのだが、追撃するように背後から『飯だって言ってんだろうが、止めろ、カイトっ!』と、また彼等のいちゃつく声が聞こえてきた。
 俺は無言でその場を立ち去る。
 その後リビングに現れた、ツキノの項にはくっきりはっきり噛み痕が残っていて、更なる精神的ダメージを喰らった俺は心の中で血反吐を吐いた。


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