運命に花束を

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運命に祝福を

ルーンでの暮らし ②

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「ノエル! なんであいつが付いてくるんだよ!」

 ツキノの体調が回復した頃、町に行商人が来たという話を聞きつけた俺はツキノを誘い町に繰り出したのだが、一緒に付いてきた領主様の御子息ロディ様に彼は不満顔を隠さない。

「あれ? 駄目だった? 久しぶりに町に武具の行商人が来てるから、ツキノもそういうの好きそうだし、ロディ様はツキノと仲良くなりたいような事言ってたから誘ってみたんだけど?」
「俺はあいつとは仲良くなれる気がしない」

 ツキノは本当に心底嫌だと言う表情で顔を顰める。おかしいな? つい先日まではツキノもここまで露骨にロディ様を嫌悪していなかったはずなんだけど、何かあったのかな?

「ロディ様はいい人だよ?」
「どこがだ!」

 怒りを露に言い募るツキノ、俺は困って背後からにこにこ付いて来ているロディ様を見やる。

「ロディ様、ツキノに何かしたんですか?」
「別に『好きだ』って告白したくらいのものだけど?」

 ロディ様はなんという事もないというような表情でけろりと言うのだが、俺は驚いてツキノの顔を見やる。ツキノはもう完全に苦虫を噛み潰したような表情だ。

「え? そうなの? いつ? 本当に?」
「ロディ、お前、俺にそんな事ひとっ言も言ってねぇだろうが!」

 戸惑ったように尋ねた俺を無視する形で、ツキノはロディ様に突っかかっていく。しかも呼び捨てなんだね? ちょっと仲良い?
 「あれ? そうだっけ?」とロディ様は飄々とした顔をしているんだけど、本当に何があったの?

「問答無用の実力行使は告白とは言わねぇんだよ!」
「俺、本気だって言わなかったっけ?」
「ちょっと、実力行使って何? ロディ様、ツキノに何したんですか?」
「え? 少し壁に押し付けてキスしただけだよ?」

 悪気が無さそうに言った彼に俺の顔も困惑顔から真顔に変わる。

「ロディ様、それは駄目ですよ。キスはちゃんと相手の同意のもとでする事です」
「おぉ、ノエルは分かってるな。言ってやれ、言ってやれ」

 我が意を得たり的な顔のツキノは囃し立てるように言うのだが「他人の恋路に口を挟むと馬に蹴られるよ、ノエル?」とこちらもこちらで譲る気のなさそうなロディ様はにっこり笑みを見せる。
 これもう全然悪い事をしたなんて思ってない顔だよね? 割と尊敬していただけに、ちょっと幻滅。

「俺にとってはツキノもカイトも友達です。ツキノとカイトの恋路を邪魔している時点でロディ様も立場は一緒ですよ」
「ふぅん、もしかして、ノエルもツキノに多少なりと気があるの? だからそんな事を言うんだろう?」
「ロディ様までそんな事言うんですか! 俺がツキノに惚れるなんて事はっきり言って100%ないですから! それに俺、ちゃんと好きな人います!」
「あれ? それは初耳だね?」

 何故だか少し楽しげな表情でロディ様がこちらを見やるので、「ロディ様には関係のない話ですよ」と俺はそっぽを向いた。

「ねぇノエル、それどこの? 俺の知ってる娘?」
「ロディ様は知らない人です」
「そういえば、お前の好きなのってユリとヒナどっちだ? お前どっちにも好かれてただろう?」

 ふいにツキノがユリ兄とヒナちゃんの話をふってくる。そんな話ふったらロディ様余計食いついてくるのに、ツキノは分かってないな。

「ユリとヒナって誰? どこの娘? ツキノが知ってるって事はイリヤの娘? もしかしてノエルが騎士団員目指したのってその娘達に会いに行く為?」

 ほら案の定だ、俺は「あぁ! もう、うるさい!」と2人を一喝する。

「人の恋路に口出す輩は馬に蹴られるって言ったのはロディ様ですよ! 2人はツキノの兄妹きょうだいです、ツキノが知ってるの当たり前でしょう! もうここまで! この話、おしまい!」
「へぇ、ツキノの姉妹きょうだい? それはきっと美人なんだろうね?」
「ロディ様?」

 俺が睨むと彼はようやく仕方がないなという顔で口を閉ざした。まぁ正しく言えばユリ兄とヒナちゃんはツキノの従兄弟達なんだけど、説明面倒くさいし、きっと分かってるよね?

「あら、3人でどこかへお出かけ?」

 ふいに声を掛けられ振り返れば、そこには人形のように見目麗しい女性が何人かの子供達に囲まれてこちらに微笑んだ。ふわふわの長い髪を靡かせて彼女が微笑めば、世の男性のほとんどは頬を染めて立ち尽くすのに、何故かロディ様は「げっ」と一言発して眉間に皺を寄せた。

「ローズさん、こんにちは。そちらこそ、どこかへお出かけですか?」

 俺は笑顔で彼女に尋ねる。
 彼女の名前はローズ・マイラー、ここルーンの町に暮らす少し年上のお姉さんだ。この町には貴族と呼ばれる一族が二家系暮らしている。ひとつが領主様一家のカルネ家、そしてもうひとつが彼女の家族マイラー家だ。マイラー家はこの国ファルスでも一・二を争う大貴族なのだが、そんな家系にも関わらず彼女達一家はこの田舎町で慎ましやかに暮らしている。
 そんな大貴族の一員が何故こんな田舎で慎ましやかに暮らしているのかといえば、彼女の父親クロード・マイラーがマイラー家当主の弟で本家筋ではないというのもその理由のひとつではあるのだが、ぶっちゃけた話、ただ単に都会暮らしが合わなかったという話を聞いている。
 ローズさんの両親は俺が見ていても分かるくらいのおっとりした人達だ、2人のいる空間だけ時間の流れが違うのではないかというくらい、何故か人とペースが違う、忙しない都会暮らしには合わなかったと言われてしまえば頷かざるを得ない。

「俺達は広場に行商人が来てるって聞いたので行く所だったんですけど、もしかしてローズさんもですか?」
「ふふ、そうね。弟妹達には珍しい物もあるかと思って、皆で出かける所ですの」

 彼女を囲むようにして子供達は笑みを見せた。どの子も本当にびっくりするくらい可愛らしい。マイラー家は美形一家で町でも名を馳せているくらい美男美女揃いなのだ。だから姉妹兄弟勢揃いすると圧巻の華やかさ、数が多いので余計にだ。総勢8人、本当に多い。
 その中で割と平凡な顔付きの弟が一人俺と同い年にいたりもするのだが、そんな彼はまだ小さな弟妹達を困った顔で纏めていて、一人だけまるで付き人のようで少しだけ可哀想。

「姉さん、チビ達が退屈し始めたから先行くよ」
「あら、待ってちょうだい、それじゃあね」

 彼が声をかけると、きらきらと華やかな弟妹達ははしゃいだように歩き出す。ローズさんもにっこり微笑み、俺達にひとつ会釈をして彼等の後を追って行った。とはいえ、俺達も行き先は同じだと分かったので、彼女達の後をついて行くのだが相変わらずロディ様の表情は渋いままだ。

「ロディ様、どうかしました?」
「いや、俺はどうも彼女が苦手でな……」

 何故かロディ様の歯切れが悪い。

「彼女は俺が知る数少ない番のいないオメガなんだが、甘い匂いがきつ過ぎて気分が悪くなるんだよ。匂いに疎い俺がこうなんだから、相当な物だぞ」
「そういうものなんですか? そうなの? ツキノ?」
「確かにあの人のフェロモンはその辺のオメガに比べれば強いかもしれないが、そんなのは都会ではいくらもいるし、ヒナに比べたら全然マシだ」
「ヒナちゃん? そうなんだ?」

 やはりベータの俺にはそういう匂いはさっぱり分からず首を傾げる。確かにローズさんからはいつでもいい匂いがしているし、ヒナちゃんも近寄れば微かに甘い匂いがしていた。けれどそれは女性特有の匂いで、特別な物だとは思っていなかった。
 女性は身だしなみ的に香水を付ける人も多い、そういう匂いに比べたら彼女達の匂いはそこまで嫌悪する程の物ではないと俺は思うのだ。

「それに他にも俺がローズを苦手に思っているのには理由がある」
「なんですか? ローズさん、気さくで優しい方ですよね?」
「それは分かっているが、うちは家族ぐるみの付き合いで、向こうとは幼い頃から一緒に遊んでいた。ローズは今でこそあんな感じだが小さい頃は、それはもう男勝りで、俺なんかしょっちゅう泣かされてたんだぞ。一人っ子で兄弟もいない俺にとってローズは姉弟の頂点に君臨してる女王様にしか見えない」

 俺は俄かに首を傾げてしまう。長女が兄弟の上に立つのに何か問題があるだろうか?

「あぁ、なんか俺、それ少し分かるかもしれん……」

 何故かツキノがロディ様の意見に賛同して頷いた。さっきまで喧嘩腰だったくせに、なんなのさ?

「うちも一番上が姉だったからな。小さい頃は怖かった」
「ルイさん、だっけ?」
「そう、ルイ姉、気が強くてな、2番目のユリがおっとりなだけに、喧嘩はいつも俺とルイ姉でユリとカイトは仲裁役だったな」

 へぇ、そんな感じなんだ? ルイさんは見た目も格好良くて、いい人そうだったけど、確かに事件の時クロウを押さえ込んでたのルイさんだし、喧嘩は強そうだったな。しかもユリ兄が仲裁役って、なんかすごく分かる気がする。

「ツキノの兄弟は女ばかりなんだな」
「そんな事はない、男女の数は半々くらいだ」
「まだいるのか?」
「弟妹は増える一方だ、帰ったらきっとまた増えてる」
「あはは、ツキノの所はそうだよね、ヒナちゃん、いつも子供達連れて大変そうだった」

 ロディ様がよく分からないという顔で首を傾げるので、俺は事情を説明する。ツキノの両親は大の子供好きで、行き場のない子供を放ってはおけない性質なのだとユリ兄が言っていた、だから兄弟は多いけれど、全員が血縁な訳ではないのだ。

「へぇ、凄いな。俺は一人っ子だから親の期待を一身に負って重いけど、兄弟が多いとそれはそれで違った大変さがありそうだ」
「ロディ様は跡継ぎだという事にプレッシャーとかあるんですか?」
「ない訳ないだろう? うちはもう本当に俺以外いなんだから。正直、跡なんか継ぎたくもないし、できればもっと伸び伸び生きたいと思うけど、そんな我がまま許されないしな」

 溜息を吐くようにしてロディ様は言う。ロディ様でもそんな事考えるんだ、意外。彼はもうそんな自分の立場をあるがままに受け入れているのかと思っていた。
 俺達が町の広場に着くとそこは既に人でごった返していた。俺達のお目当ては武具だが、行商人は何人かいて、それぞれに店を開いている。食料品や生活雑貨、子供の玩具からアクセサリーまで、田舎町ではなかなか手に入らないような珍しい物もたくさんありそうだ。

「ツキノはああいうのも似合いそうだよな」

 そう言ってロディ様が指差したのはきらめく宝飾品で、ツキノは彼を睨み付ける。もうこれ、ツキノを怒らせる為にわざと言ってるよね? ロディ様懲りないなぁ……

「武具は向こうだね、人が集まって何かやってるみたいだけど、何だろう?」

 俺達がそちらに向かって歩いて行くと、剣がずらりと並んだ武具の店にはありとあらゆるサイズの剣が並べられていて、その剣の出来を試す為だろうか、藁人形が幾つか立てられていた。そして何人かの男達が剣を片手に試し斬りなのだろう、それに斬りつけている。
 さすがに剣は物がいいのか藁人形にぐさりと刺さって、試し斬りをしていた客も満足したようにそれを買っていった。

「あんな腕で買われる剣は可哀想だな、せっかく物はいいのに……」

 ツキノがぼそりと呟いた。

「なんで? 別に使えてるんだから良くない?」
「俺だったら、今のであの藁人形真っ二つに叩き斬れる」
「へぇ、大口叩くもんだね、本当にできるの?」

 ロディ様は笑顔でまたツキノを怒らせるような事を言い、そして案の定ツキノは怒りの表情だ。仲良くなれればいいのにと思ったけど、これ完全に裏目に出た感じだね。ロディ様とツキノは完全に水と油だ、こんな事ならロディ様にまで声かけるんじゃなかったよ。
 ツキノはぷりぷり怒りながら剣を眺めていたのだが「女子供に剣は売らないぞ」と店の店主に声をかけられ、更に怒りのボルテージが上がったツキノは、いつもの如くに「俺は男だ!」と怒鳴った。

「こりゃ驚いた、あんた娘じゃないのかい? それにしたってそんな細腕で剣なんて振れるのかい? うちの剣は実用性が売りなんでね、家の飾りにされるのはごめんだよ」
「あぁ!? そういう事は俺じゃなくてその辺の客に言いやがれ、たいした腕もないくせに、ほくほく顔であんたのとこの剣、買おうとしてるじゃないか、なんで俺だけそんな事言われなきゃなんねぇんだよ!」
「失礼な小僧だな、そもそもお前、金を持っているのか? 子供のはした金で買えるような物はうちでは扱ってないんだ、帰った帰った」

 ツキノはぎりりと店主を睨む。あぁ……気分転換にと思って連れ出したけど、これは本当に裏目に出たかなぁ。

「だったら俺が買うよ。金なら持ってる」

 そう言ってロディ様はにこりと笑った。

「ツキノ、好きなの選んでいいよ?」
「あんたは?」
「一応ここカルネ領主の一人息子だよ」
「領主様の……?」

 店主は疑いの瞳でこちらを見たのだが、客の一人が本当だと耳打ちすると180度態度を変えてこちらに満面の笑みを見せた。あ、これなんか、俺でも腹立つやつだ。

「それならそうと先に言ってくださいよ、坊ちゃん」

 手を揉むように言った男に「こんな腹立つ男から大事な剣、買う気になんねぇ」とツキノは完全に仏頂面だ。

「そう言わずにさ、試し斬りだけでもどう? 俺はこのあたりかな……」

 そう言ってロディ様は中振りの剣を一振り手に取って藁人形の前に立つと、それに剣を向ける。相変わらずツキノは仏頂面なのだが、ちらりと視線だけそちらへと向けたのに気付いたのかロディ様はにぃっと口角を上げて、藁人形を叩き斬った。藁人形は見事に袈裟懸けに叩き斬られて、これ、もう使い物にならないよ?

「ぼ、坊ちゃん意外とやるねぇ?」

 店主の顔が引き攣った。ツキノはやはり不機嫌顔で、ふんと鼻を鳴らす。

「ホント、お前は腹が立つ」

 そう言って、今度はツキノがロディ様より大振りの剣を選んで肩に担ぎ上げた。いや、待って、それ絶対重いだろ? なに張り合ってるのか知らないけど、ツキノにそれは無理だと思うけどなぁ……と、俺がはらはらしながらそれを見ていると、ツキノはまるで重さを感じさせずにその剣を振り上げ、全体重をかけるようにして、飛び上がり藁人形を正確に頭から真っ二つに叩き割った。

「お見事」

 ロディ様は一人笑顔でぱちぱちと手を叩いている。いや、ホント見事だけどさ、藁人形破壊2体目だよ? 商売の邪魔にならない? 店主と周りで見ていた客もポカンとした顔でツキノを見ているのだが、我関せずという顔でツキノはまたその大剣を肩に担ぎ上げた。

「それ買う?」
「いや、いらね。これ、重すぎだわ」
「それはそうだろうね」

 使った剣を元に戻して、ツキノは「今日はいいわ」と踵を返した。俺は慌ててその後を追い、ロディ様は「また寄らせてもらうよ」と笑顔で店主に告げて、やはり俺達を追って来た。

「良かったの? 欲しいのあったんなら本当に買ってあげるのに」
「あんたに買ってもらう理由がない」
「貢がせてくれてもいいだろう?」
「だから貢がれる理由がないって言ってんだろ、お前うざい!」

 ツキノはまたしてもきーきーと怒るのだけど、なんだかいつもより元気がいいのは気のせいかな? やっぱりロディ様、わざとツキノを怒らせてる?

「ノエル、行くぞ」
「待ってよ、ツキノ、どこ行くの!」
「こいつがいない所に決まってる」
「はは、酷いな、ツキノ」

 ロディ様は笑い、ツキノは怒り、俺は困ったように2人の仲裁に入る。そんな時、少し離れた場所でざわりと騒ぎ声が上がる。何かあったのかと振り向くと、何故かそこには鎧に剣を携えた幾人かの男達がこちらに向かって歩いてくる姿が見て取れた。
 誰だろ? 見かけない人達だけど、行商人達の護衛か何か? それにしても、物々しい出で立ちに怯える女性達や子供達が何人もいて俺は眉間に皺を寄せる。

「あの人達なんだろう? 見かけない顔だけど」
「そうだね、ちょっと君達下がっててもらえる?」

 そう言って、ロディ様は彼等に向かって歩いて行く。

「すみません、貴方達どちらの方ですか? 今この広場では行商人が市を開いていて町の人達も大勢出てきている、そんな物騒な出で立ちだと皆が怖がるので、こちらでお話しませんか?」
「ん? 君は?」
「ここカルネ領、領主の息子、ロディ・R・カルネと申します」
「領主様のご子息でしたか、これは申し訳ない。実は私共ある方の使いで人を探しているのですが、少しばかりお伺いをしても宜しいですか?」

 男達は鎧を着込んだ厳つい面々だったのだが物腰は予想外に柔らかく、男の一人がロディ様にそう問いかける。

「誰をお探しですか?」
「ツキノという名の少年かヒナノという名の少女です、年齢はたぶん君と同じくらい、この町にいると伺い馳せ参じたのですが、どこに住んでいるか、ご存知ないか?」
「ツキノだったら我が家で暮らしていますよ」
「おぉ、さようでしたか。でしたらすぐにでもお会いしたい、案内をお願いできませんか?」

 俺は男達の言葉にツキノを背後に隠すように前に出た。ツキノの事情は領主様からもユリ兄からも聞いている、ツキノは命を狙われている、だとしたらこいつ等もそんなツキノを狙う刺客の可能性は否定できない。

「おい、ノエル」
「後ろにいてよ、見付かるだろ?」

 ツキノはそんな俺の態度が気に入らないようだが、こんな時の為にも俺はツキノと一緒にいるんだ、そう易々とツキノを前に出す訳にはいかない。
 そしてそれはロディ様も同じだったのだろう「分かった」とひとつ頷いて、彼等を領主様の屋敷へと導いて行く。
 俺達には視線も向けなかったという事は、あとの判断は領主様に任せる事にしたのだろう。彼等が去っていくと広場の喧騒は次第に戻り、取り残された俺達は立ち尽くす。

「どうしよう、あの人達、誰? ツキノの知り合い?」
「知る訳ないだろ、俺達も行くぞ」
「行くって、どこへ?」
「領主の屋敷に決まってるだろ? あいつ等俺に用があるんだろうが?」
「馬鹿言わないでよ、ロディ様が何でこっちに声もかけずに連れてったと思ってるんだ? もしかしたらツキノを狙った刺客の可能性もあるんだろ? だったら今はツキノは身を隠すべきだ」
「そういうこそこそしたのは嫌いだ」
「そういう問題じゃない!」

 いつでも強気なツキノは不貞腐れたような表情を見せるが、俺はツキノの腕を掴んで歩き出す。

「おい、ノエル、どこ行く気だ?」
「とりあえず隠れられる場所」

 どこがいい? うちの店? それともじいちゃんに報告する? 考えながら広場を抜け出し、人通りが減った所でふいに目の前に現れた人影に驚いて俺は叫び声を上げそうになる。するとその人影は慌てたように俺の口を塞ぎ「おっと、叫ばないで、皆がびっくりするだろう?」と笑みを見せた。
 顔を上げて改めてその人物を確認すると目の前に現れたのは黒髪の男性だった。ツキノはその人を見知っている様子で、片眉を上げる。

「あんた確か黒の騎士団? 俺達に付いてるって言ってた人だよな。まだ居たんだ?」
「あはは、ずっといるよ。君はまだ今の所、オレ達の監視対象から外れてないからね」
「監視対象?」

 俺が首を傾げると、ツキノは自分とカイトはずっとこうやってこの人達に見張られているのだとそう言った。

「見張っているというよりは、見守り隊なんだけどね」
「あんた、さっきのアレ、どこの誰だか分かるの?」
「さぁてね? オレ達だって何でもかんでも知っている訳じゃない、坊ちゃんが連れて行ったから、あとは大将が相手の素性を割り出すでしょう。その間、王子様はオレ達の隠れ家にご案内でもしようかと思って、こうしてのこのこ現れてみたよ」
「隠れ家?」
「そう。とは言っても普通の家だけどね、おいで」

 黒髪の男性は俺達を導くようにして歩き出した。俺はこの人の事はよく知らないのだけど、どうやらツキノは顔見知りのようなので、まぁ問題はないのだろう。
 それにしても、さっきの人達何だったんだろう? 変な人達じゃなければいいけれど。
 俺はツキノと共にその黒髪の男性の後を追いかけた。
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