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二人の王子
大人の事情 ①
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「ツキノの改造計画?」
僕は何それ? と首を傾げてしまう。行方をくらませていた2人と合流した僕達は、元々の予定通り今は四人で食事をしている。にこにこと叔父さんが語る傍らで、ツキノは黙々と目の前に並べられた食事を食べていて、少し心配になった。
「そう、ツキノ君のイメージチェンジにカイト君も付き合ってくれるよね?」
そんな事を言いながら、叔父さんはツキノの前に運ばれてきた料理をさりげなくどんと据えて、ツキノはツキノでまたその料理を黙々と食べ続けている。
「ねぇツキノ、さっきから黙って食べてるけど、自分の話なんだから少しは会話に参加しようよ」
「うん? いや、俺はもうそれに関しては了承済みだし、とりあえず食べろって事だと思ってるから食べてるだけだけど……?」
「どういう事?」
「だってツキノ君ちょっと痩せすぎだと思わない? 腕見てよ、こんなに細いんだよ? 触ったら折れちゃいそうだよ? 僕の方が太いんだよ? これ絶対おかしいからね!」
叔父さんの言う事は間違っていない、確かに最近のツキノは痩せすぎなので太らせる事に関して否はないけれど、急にそんなに何でもかんでも食べさせるのはどうかとも思うのだ。
「もしかしてアジェさんって最初からそのつもりで、俺に色々食べさせてたんですか?」
食べる手を止めて問うツキノに「なくはないけど、勿論自分も食べたかったからだよ」と叔父さんは笑った。確かに叔父さん達と過すようになってからツキノは毎日惣菜のお土産を持たされて帰ってきていて、僕自身もそのご相伴に預かっていたのだけど、あれはそういう事だったのか。
「確かに食べれば太るかもしれませんけど、そんな簡単にイメージチェンジなんてできるのかな?」
「別に太らせる事だけでイメージチェンジできるなんて思ってないよ、それはあくまでおまけ。これは僕がツキノ君の不健康な痩せ方を見ていられないだけ。だからカイト君もたくさん食べてね、2人共育ち盛りなんだからたくさん食べて大きくならなきゃ」
僕の前にも美味しそうな料理を差し出し叔父は「食べて、食べて」と勧めながら自分も料理を取り分けて舌鼓を打っている。たぶんこの人自身も食べるのが好きなんだろうな。
「食事代なら気にするな、全部俺達の奢りだから」
「え……それは……」
「いいの、いいの。こんな事でもなきゃ使う当ての無いお金だもの、普段節約してるからこんな時にはぱーって使うって僕達決めてるんだよ、ね、エディ」
「その通りだ」
そうは言っても豪遊しすぎではないのかと思わずにはいられないのだが、田舎貴族とはいえお貴族様には違いない、こんなお金の使い方をしても生活には困らないのだろう。
「そ・れ・で、明日はツキノ君の服を見に行こうと思うんだけど、カイト君、明日は仕事?」
「いえ、明日も休みです。ツキノの服、買いに行くんですか?」
「うん、どこかいいお店とか知ってたら教えてくれる? 2人を見てるとツキノ君よりカイト君の方がセンス良さそうだしね」
その指摘はまさに図星でツキノは気まずげに瞳を泳がせた。そもそもツキノは服など着られれば何でもいいというタイプの人間だ。与えられればそれを何も考えずに着るくらい服に頓着はない。
逆に僕は家計の事情的にあまり服が買えないのでよく吟味して気に入った物を長く着る傾向があるのだけど、そういう所が叔父さんには分かるのだろう。
「ツキノはあんまりそういうの興味ないから。でも、それだったら僕、ツキノに着て欲しい服があるんですよ」
「え? 何? 何? どんな服?」
ツキノは俄かに眉間に皺を寄せた。ツキノは服に頓着しない、けれど徹底的に拘るというか、いつも着るのが飾り気のないシンプルな物なのだ。
デルクマン家の皆もそれは大体同じなのだが、その中でもツキノはより地味な色味の物を選ぶ傾向がある。
「お前の選ぶ服は派手すぎる、俺は嫌だからな」
「そんなに派手なんかじゃないよ、むしろツキノは色を抑えすぎ。僕がよく行くお店の商品、ツキノは外では絶対着てくれないんですよ。家でごろごろしてる時はいいみたいだけど、いつもこんな感じ白・黒・茶の三色ですよ、地味すぎですよね」
「お前はその髪色だから派手な色でも似合うんだよ、俺のこの黒髪でそんな赤やら青やらの服着てみろ、完全に服が浮くからな! 本体が服に負けるんだよ、分かれよ」
「そんな事ないって! 絶対似合うから大丈夫だよ」
やいやいと言い合う僕達を見て叔父さんは「ふふ」と笑みを零しつつ「それはいい事を聞いたよ」と唇に指を当ててそう言った。
「ツキノ君は基本的にそういう色味なんだね、だったらイメージチェンジはかなり簡単。逆にその色を使わなきゃいいんだからね」
「いや、だから俺は派手なのは似合わないって……」
「別に赤や青って一口に言ったって派手な色ばかりじゃないよ。紅色、茜色、紺色、藍色、たくさんあるし、原色だって似合わない事ないと思うんだけどな」
「ですよね! ツキノは自分が地味な人間だと思ってるみたいだけど、全然そんな事ないし、少しくらい派手でも全然似合うのに、そういうの興味ないから勿体ないと思ってたんですよ」
「確かに素材がいいんだから生かさないと勿体ないよねぇ。こんなに綺麗な顔立ちしてるんだもん」
その言葉にツキノはまたしても眉間に皺を刻む。僕とツキノはどちらかと言えば2人揃って女顔なのだ。ツキノは美人系、僕は可愛い系で2人纏めて「可愛い可愛い」ともて囃されるのだが、ツキノはそれがあまり嬉しくないようで、いつでもこんな顔をしていた。
「それは男にとって褒め言葉じゃないですよ」
「そう? 僕は羨ましいけどな。それじゃ明日はカイト君のお勧めのお店に行こう。服は僕が見繕うよ」
「本気ですか!?」
「当たり前、ツキノ君のイメージを変えるためなんだから、同じようなのじゃ意味ないだろう? ふふふ、楽しみだな」
叔父さんはとても楽しそうに笑う傍ら、ツキノは憮然としながらも仕方がないという様子でまた食事を再開した。
「ツキノ大丈夫? あんまり食べ過ぎも体によくないから、適度に食べなよ?」
「分かってる」
そう言いながらもツキノは手を休める事なく食べ続けていて、ここしばらくの拒食を知っている僕は少しだけ不安になった。
※ ※ ※
「お腹苦し……」
家に帰り着くと俺はいっぱいの腹を抱えて呻いた。
ソファーにもたれかかるようにして呻いていた俺を心配げに見ていたカイトは寄って来て傍らに腰掛け、俺の腹を撫でる。
「だから食べ過ぎちゃ駄目だって言ったのに。無理はよくないよ?」
「だけど、早く肉付けなきゃ……」
「一度に無理しても駄~目、焦ってもそんなに一朝一夕に肉なんて付くもんじゃないんだから、長いスパンでやってこう?」
「でも……」
「ツキノの焦る気持ちは分かるけど、こんなのお腹壊すだけだからね。こういうの暴飲暴食って言うんだよ。それに運動もしないで肉だけ付けたらぷよぷよになっちゃうよ、僕、さすがにぷよぷよは嫌だな」
頭の中にぽこんと子豚のように丸くなった自分の姿が浮かんで俺は慌てて想像を打ち消すように頭をふった。
「成長期だから、ちゃんと縦に伸びるはず」
「だったらいいけど。ちょっと失礼」
そう言ってカイトは俺の腹に腕を回して抱きついてくる。
「何?」
「ん? ふふ、やっぱり少し丸くなってるなって、そう思ってね」
「……?」
「叔父さん達が来るまではこうやって腕回すとツキノの胴回りこんな感じだったんだよ」
そう言ってカイトは自分の腕で円を作るようにして見せてくれる。
「今日はこの辺、だいぶ増えてる。ツキノってば叔父さん達に太るように食べさせられてたんだね、この分なら元に戻るのも時間の問題かな」
「な……お前、そんなんで俺の胴回り測ってたのか?!」
「別に測ってないよ、気付いちゃっただけ。だってツキノ本当に細いんだもん。毎日一緒に寝ててやっぱり心配だったんだよ、よいしょ」
言って今度は身体を持ち上げられて、俺はじたばたと暴れてしまう。
「ちょっと、ツキノ暴れないで、危ないから」
「だったら俺を持ち上げるな!」
「うん、体重もちゃんと増えてる、良かった」
「良くない! おろせ!」
カイトの腕から逃げ出して、俺はカイトを見上げてしまう。そう、俺はカイトを見上げてしまうのだ、本当に悔しくて仕方がないのだがこれが現実だ。
「ちょっと先に成長してるからって俺を子ども扱いするな!」
「別に子供扱いなんてしてないよ。そういえば僕、最近喉の調子が悪かったんだけど声変わりだって言われたよ。あーあー、少し低くなってるかな?」
あっけらかんとカイトは言うのだが、確かに言われてみればカイトの声は少しハスキーな声に変わっているような気もする。何なんだ! ここにきてどんどんカイトに置いていかれる、俺は悔しくて仕方がない。
「別に変わってない」
ぷいっとそっぽを向いてそう言うと「そう?」とカイトはまた俺ににじり寄って来た。
「何?」
「ん、あのね……ちょっとだけツキノに提案があって……」
カイトはまたしても俺を抱き締めるのだが、立ったままだとその身長差が本当に歴然で、俺の視線はカイトの口元になってしまい、瞳を合わせようと思うとやはり上を向かねばならず俺は少しイラついた。
「あのね、ツキノ、焦らせるつもりはないんだけど、もしツキノが良かったら、もう少しだけ僕達先に進んでみない?」
「先に……? 何の話?」
「ん……だからさ、こういうの……」
そう言って、カイトは俺の顔を両手で固定して覆いかぶさるように俺にキスを仕掛けてきた。別にカイトとキスをするのは嫌いじゃない、抱き合うのだって問題はない、あの甘い匂いさえしなければ、それ以上の事もたぶん出来ない訳ではないけれども、カイトから仕掛けられたそのキスは何だかとても俺の心をざわつかせた。
「何を突然?」
「やっぱり嫌?」
「嫌じゃないけど……」
俺は瞳を逸らしてしまう。上を向かされキスされる、やっぱりそれが俺は気に入らないのだ。
「だったら、もう少しだけ僕はツキノに触って欲しいし、僕もツキノに触りたい」
色を帯びた瞳で俺を見るカイト、嫌じゃない、嫌じゃないけど、やはり気に入らない。
俺はカイトをソファーに押し付け座らせて、上からカイトを睨み付けた。いや、睨み付けたかった訳ではないのだが、何故かそうなってしまった。
「ごめん、ツキノ……怒った?」
「違う、あぁ、もう!」
俺は立ったままカイトの肩口に顔を埋める。
「どうしたの、ツキノ? んっ……」
無言でカイトの唇を奪い、歯列を割ってその舌を貪った。本当はしたくない訳ではない、晴れて両想いの俺達はいつだってこういう事をしたいと思っている、けれど俺の妙なプライドがそれを邪魔する。
こうしてカイトを上から押さえつけて、貪りたいと思っているのに、現実はカイトの方が大きく逞しく、俺はそれにイラついているのだ。
「っふ……んん……」
色気を帯びた声音は、俺を誘う。だが貪るだけ貪って俺はカイトから身を離した。
「すまん、カイト、もう少しだけ待ってくれ」
「……やっぱり嫌だった?」
悲しげな瞳がこちらを見上げる。だが、そうじゃない。
「嫌じゃない、けど……今の俺じゃまだお前をうまくエスコートはできないから……」
「……へ?」
「鳩が豆鉄砲喰らったような顔してんなっ! お前が言ったんだからな、俺には格好良くエスコートして欲しいって! 今の俺じゃお前をエスコートしようと思っても身長が足りないんだよっ!」
カイトは目をぱちくりさせている。くそっ、可愛いじゃないかこの野郎!
「え? ツキノ、そんな事気にしてたの?」
「悪いかよ! お前はどんどんすくすく成長しやがってっ! 俺、置いてくなって言ったよな!」
「そんな事言われても、成長を止めるのは不可能だよ……」
「分かってる、八つ当たりだ!」
「うわっ、めっちゃ理不尽! でもツキノらしい!」
ついにカイトは声を漏らして笑い出した。くそっ、これは八つ当たりだし、どうにもならない事だっていうのは分かってんだよ。
「せめて俺の身長がお前に追いつくか、もう少し体重が増えてお前の身体が支えられるようになるまで待っててくれ、ていうか待ってろ!」
「命令! ぶふっ! ツキノ格好悪いのに、めっちゃ格好いい」
「もう、うるさい!」
俺はカイトのふわふわの頭を掻き回した。
「ツキノ、髪の毛絡まっちゃうから止めて!」
「絡まるくらいなら切ればいい、こんなに伸ばしてるから絡まるんだよ!」
カイトの髪は金色のふわふわが肩ほどまでに伸びている。普段は無造作に括っているが、そのふわふわは自己主張が強くカイトの雰囲気を華やかにさせている。
「短くすると無闇矢鱈に跳ねるんだよ! 寝起きとか目も当てられないのツキノだって知ってるだろ!」
「まぁ、確かに……」
「ツキノの髪はいいなぁ、真っ直ぐで」
「見た目に重いけどな、黒いし」
「僕は好きだよ」
カイトはにっこり笑ってそう言った。この黒い髪はあまり好きではない、けれど嫌いにならなかったのはカイトがそうやっていつも言ってくれたおかげだ。
俺はカイトの横に腰掛けて、カイトにもたれかかるようにして目を瞑った。
「やっぱり今日は食いすぎた。腹苦しいし、もう寝る」
「ツキノ、寝るならベッド行こうよ! こんなとこで寝ないで、運ぶの大変なんだから!」
「別にここで寝ればいい」
「風邪引くってば!」
なんだか急にとても眠くて仕方がない。腹も膨れて、気候もいいし、カイトは傍で笑っているし、こんなに落ち着くことはない。「もう、ツキノってば!」というカイトの声は耳に心地よくて、俺はうつらうつらと眠りの淵に落ちていった。
僕は何それ? と首を傾げてしまう。行方をくらませていた2人と合流した僕達は、元々の予定通り今は四人で食事をしている。にこにこと叔父さんが語る傍らで、ツキノは黙々と目の前に並べられた食事を食べていて、少し心配になった。
「そう、ツキノ君のイメージチェンジにカイト君も付き合ってくれるよね?」
そんな事を言いながら、叔父さんはツキノの前に運ばれてきた料理をさりげなくどんと据えて、ツキノはツキノでまたその料理を黙々と食べ続けている。
「ねぇツキノ、さっきから黙って食べてるけど、自分の話なんだから少しは会話に参加しようよ」
「うん? いや、俺はもうそれに関しては了承済みだし、とりあえず食べろって事だと思ってるから食べてるだけだけど……?」
「どういう事?」
「だってツキノ君ちょっと痩せすぎだと思わない? 腕見てよ、こんなに細いんだよ? 触ったら折れちゃいそうだよ? 僕の方が太いんだよ? これ絶対おかしいからね!」
叔父さんの言う事は間違っていない、確かに最近のツキノは痩せすぎなので太らせる事に関して否はないけれど、急にそんなに何でもかんでも食べさせるのはどうかとも思うのだ。
「もしかしてアジェさんって最初からそのつもりで、俺に色々食べさせてたんですか?」
食べる手を止めて問うツキノに「なくはないけど、勿論自分も食べたかったからだよ」と叔父さんは笑った。確かに叔父さん達と過すようになってからツキノは毎日惣菜のお土産を持たされて帰ってきていて、僕自身もそのご相伴に預かっていたのだけど、あれはそういう事だったのか。
「確かに食べれば太るかもしれませんけど、そんな簡単にイメージチェンジなんてできるのかな?」
「別に太らせる事だけでイメージチェンジできるなんて思ってないよ、それはあくまでおまけ。これは僕がツキノ君の不健康な痩せ方を見ていられないだけ。だからカイト君もたくさん食べてね、2人共育ち盛りなんだからたくさん食べて大きくならなきゃ」
僕の前にも美味しそうな料理を差し出し叔父は「食べて、食べて」と勧めながら自分も料理を取り分けて舌鼓を打っている。たぶんこの人自身も食べるのが好きなんだろうな。
「食事代なら気にするな、全部俺達の奢りだから」
「え……それは……」
「いいの、いいの。こんな事でもなきゃ使う当ての無いお金だもの、普段節約してるからこんな時にはぱーって使うって僕達決めてるんだよ、ね、エディ」
「その通りだ」
そうは言っても豪遊しすぎではないのかと思わずにはいられないのだが、田舎貴族とはいえお貴族様には違いない、こんなお金の使い方をしても生活には困らないのだろう。
「そ・れ・で、明日はツキノ君の服を見に行こうと思うんだけど、カイト君、明日は仕事?」
「いえ、明日も休みです。ツキノの服、買いに行くんですか?」
「うん、どこかいいお店とか知ってたら教えてくれる? 2人を見てるとツキノ君よりカイト君の方がセンス良さそうだしね」
その指摘はまさに図星でツキノは気まずげに瞳を泳がせた。そもそもツキノは服など着られれば何でもいいというタイプの人間だ。与えられればそれを何も考えずに着るくらい服に頓着はない。
逆に僕は家計の事情的にあまり服が買えないのでよく吟味して気に入った物を長く着る傾向があるのだけど、そういう所が叔父さんには分かるのだろう。
「ツキノはあんまりそういうの興味ないから。でも、それだったら僕、ツキノに着て欲しい服があるんですよ」
「え? 何? 何? どんな服?」
ツキノは俄かに眉間に皺を寄せた。ツキノは服に頓着しない、けれど徹底的に拘るというか、いつも着るのが飾り気のないシンプルな物なのだ。
デルクマン家の皆もそれは大体同じなのだが、その中でもツキノはより地味な色味の物を選ぶ傾向がある。
「お前の選ぶ服は派手すぎる、俺は嫌だからな」
「そんなに派手なんかじゃないよ、むしろツキノは色を抑えすぎ。僕がよく行くお店の商品、ツキノは外では絶対着てくれないんですよ。家でごろごろしてる時はいいみたいだけど、いつもこんな感じ白・黒・茶の三色ですよ、地味すぎですよね」
「お前はその髪色だから派手な色でも似合うんだよ、俺のこの黒髪でそんな赤やら青やらの服着てみろ、完全に服が浮くからな! 本体が服に負けるんだよ、分かれよ」
「そんな事ないって! 絶対似合うから大丈夫だよ」
やいやいと言い合う僕達を見て叔父さんは「ふふ」と笑みを零しつつ「それはいい事を聞いたよ」と唇に指を当ててそう言った。
「ツキノ君は基本的にそういう色味なんだね、だったらイメージチェンジはかなり簡単。逆にその色を使わなきゃいいんだからね」
「いや、だから俺は派手なのは似合わないって……」
「別に赤や青って一口に言ったって派手な色ばかりじゃないよ。紅色、茜色、紺色、藍色、たくさんあるし、原色だって似合わない事ないと思うんだけどな」
「ですよね! ツキノは自分が地味な人間だと思ってるみたいだけど、全然そんな事ないし、少しくらい派手でも全然似合うのに、そういうの興味ないから勿体ないと思ってたんですよ」
「確かに素材がいいんだから生かさないと勿体ないよねぇ。こんなに綺麗な顔立ちしてるんだもん」
その言葉にツキノはまたしても眉間に皺を刻む。僕とツキノはどちらかと言えば2人揃って女顔なのだ。ツキノは美人系、僕は可愛い系で2人纏めて「可愛い可愛い」ともて囃されるのだが、ツキノはそれがあまり嬉しくないようで、いつでもこんな顔をしていた。
「それは男にとって褒め言葉じゃないですよ」
「そう? 僕は羨ましいけどな。それじゃ明日はカイト君のお勧めのお店に行こう。服は僕が見繕うよ」
「本気ですか!?」
「当たり前、ツキノ君のイメージを変えるためなんだから、同じようなのじゃ意味ないだろう? ふふふ、楽しみだな」
叔父さんはとても楽しそうに笑う傍ら、ツキノは憮然としながらも仕方がないという様子でまた食事を再開した。
「ツキノ大丈夫? あんまり食べ過ぎも体によくないから、適度に食べなよ?」
「分かってる」
そう言いながらもツキノは手を休める事なく食べ続けていて、ここしばらくの拒食を知っている僕は少しだけ不安になった。
※ ※ ※
「お腹苦し……」
家に帰り着くと俺はいっぱいの腹を抱えて呻いた。
ソファーにもたれかかるようにして呻いていた俺を心配げに見ていたカイトは寄って来て傍らに腰掛け、俺の腹を撫でる。
「だから食べ過ぎちゃ駄目だって言ったのに。無理はよくないよ?」
「だけど、早く肉付けなきゃ……」
「一度に無理しても駄~目、焦ってもそんなに一朝一夕に肉なんて付くもんじゃないんだから、長いスパンでやってこう?」
「でも……」
「ツキノの焦る気持ちは分かるけど、こんなのお腹壊すだけだからね。こういうの暴飲暴食って言うんだよ。それに運動もしないで肉だけ付けたらぷよぷよになっちゃうよ、僕、さすがにぷよぷよは嫌だな」
頭の中にぽこんと子豚のように丸くなった自分の姿が浮かんで俺は慌てて想像を打ち消すように頭をふった。
「成長期だから、ちゃんと縦に伸びるはず」
「だったらいいけど。ちょっと失礼」
そう言ってカイトは俺の腹に腕を回して抱きついてくる。
「何?」
「ん? ふふ、やっぱり少し丸くなってるなって、そう思ってね」
「……?」
「叔父さん達が来るまではこうやって腕回すとツキノの胴回りこんな感じだったんだよ」
そう言ってカイトは自分の腕で円を作るようにして見せてくれる。
「今日はこの辺、だいぶ増えてる。ツキノってば叔父さん達に太るように食べさせられてたんだね、この分なら元に戻るのも時間の問題かな」
「な……お前、そんなんで俺の胴回り測ってたのか?!」
「別に測ってないよ、気付いちゃっただけ。だってツキノ本当に細いんだもん。毎日一緒に寝ててやっぱり心配だったんだよ、よいしょ」
言って今度は身体を持ち上げられて、俺はじたばたと暴れてしまう。
「ちょっと、ツキノ暴れないで、危ないから」
「だったら俺を持ち上げるな!」
「うん、体重もちゃんと増えてる、良かった」
「良くない! おろせ!」
カイトの腕から逃げ出して、俺はカイトを見上げてしまう。そう、俺はカイトを見上げてしまうのだ、本当に悔しくて仕方がないのだがこれが現実だ。
「ちょっと先に成長してるからって俺を子ども扱いするな!」
「別に子供扱いなんてしてないよ。そういえば僕、最近喉の調子が悪かったんだけど声変わりだって言われたよ。あーあー、少し低くなってるかな?」
あっけらかんとカイトは言うのだが、確かに言われてみればカイトの声は少しハスキーな声に変わっているような気もする。何なんだ! ここにきてどんどんカイトに置いていかれる、俺は悔しくて仕方がない。
「別に変わってない」
ぷいっとそっぽを向いてそう言うと「そう?」とカイトはまた俺ににじり寄って来た。
「何?」
「ん、あのね……ちょっとだけツキノに提案があって……」
カイトはまたしても俺を抱き締めるのだが、立ったままだとその身長差が本当に歴然で、俺の視線はカイトの口元になってしまい、瞳を合わせようと思うとやはり上を向かねばならず俺は少しイラついた。
「あのね、ツキノ、焦らせるつもりはないんだけど、もしツキノが良かったら、もう少しだけ僕達先に進んでみない?」
「先に……? 何の話?」
「ん……だからさ、こういうの……」
そう言って、カイトは俺の顔を両手で固定して覆いかぶさるように俺にキスを仕掛けてきた。別にカイトとキスをするのは嫌いじゃない、抱き合うのだって問題はない、あの甘い匂いさえしなければ、それ以上の事もたぶん出来ない訳ではないけれども、カイトから仕掛けられたそのキスは何だかとても俺の心をざわつかせた。
「何を突然?」
「やっぱり嫌?」
「嫌じゃないけど……」
俺は瞳を逸らしてしまう。上を向かされキスされる、やっぱりそれが俺は気に入らないのだ。
「だったら、もう少しだけ僕はツキノに触って欲しいし、僕もツキノに触りたい」
色を帯びた瞳で俺を見るカイト、嫌じゃない、嫌じゃないけど、やはり気に入らない。
俺はカイトをソファーに押し付け座らせて、上からカイトを睨み付けた。いや、睨み付けたかった訳ではないのだが、何故かそうなってしまった。
「ごめん、ツキノ……怒った?」
「違う、あぁ、もう!」
俺は立ったままカイトの肩口に顔を埋める。
「どうしたの、ツキノ? んっ……」
無言でカイトの唇を奪い、歯列を割ってその舌を貪った。本当はしたくない訳ではない、晴れて両想いの俺達はいつだってこういう事をしたいと思っている、けれど俺の妙なプライドがそれを邪魔する。
こうしてカイトを上から押さえつけて、貪りたいと思っているのに、現実はカイトの方が大きく逞しく、俺はそれにイラついているのだ。
「っふ……んん……」
色気を帯びた声音は、俺を誘う。だが貪るだけ貪って俺はカイトから身を離した。
「すまん、カイト、もう少しだけ待ってくれ」
「……やっぱり嫌だった?」
悲しげな瞳がこちらを見上げる。だが、そうじゃない。
「嫌じゃない、けど……今の俺じゃまだお前をうまくエスコートはできないから……」
「……へ?」
「鳩が豆鉄砲喰らったような顔してんなっ! お前が言ったんだからな、俺には格好良くエスコートして欲しいって! 今の俺じゃお前をエスコートしようと思っても身長が足りないんだよっ!」
カイトは目をぱちくりさせている。くそっ、可愛いじゃないかこの野郎!
「え? ツキノ、そんな事気にしてたの?」
「悪いかよ! お前はどんどんすくすく成長しやがってっ! 俺、置いてくなって言ったよな!」
「そんな事言われても、成長を止めるのは不可能だよ……」
「分かってる、八つ当たりだ!」
「うわっ、めっちゃ理不尽! でもツキノらしい!」
ついにカイトは声を漏らして笑い出した。くそっ、これは八つ当たりだし、どうにもならない事だっていうのは分かってんだよ。
「せめて俺の身長がお前に追いつくか、もう少し体重が増えてお前の身体が支えられるようになるまで待っててくれ、ていうか待ってろ!」
「命令! ぶふっ! ツキノ格好悪いのに、めっちゃ格好いい」
「もう、うるさい!」
俺はカイトのふわふわの頭を掻き回した。
「ツキノ、髪の毛絡まっちゃうから止めて!」
「絡まるくらいなら切ればいい、こんなに伸ばしてるから絡まるんだよ!」
カイトの髪は金色のふわふわが肩ほどまでに伸びている。普段は無造作に括っているが、そのふわふわは自己主張が強くカイトの雰囲気を華やかにさせている。
「短くすると無闇矢鱈に跳ねるんだよ! 寝起きとか目も当てられないのツキノだって知ってるだろ!」
「まぁ、確かに……」
「ツキノの髪はいいなぁ、真っ直ぐで」
「見た目に重いけどな、黒いし」
「僕は好きだよ」
カイトはにっこり笑ってそう言った。この黒い髪はあまり好きではない、けれど嫌いにならなかったのはカイトがそうやっていつも言ってくれたおかげだ。
俺はカイトの横に腰掛けて、カイトにもたれかかるようにして目を瞑った。
「やっぱり今日は食いすぎた。腹苦しいし、もう寝る」
「ツキノ、寝るならベッド行こうよ! こんなとこで寝ないで、運ぶの大変なんだから!」
「別にここで寝ればいい」
「風邪引くってば!」
なんだか急にとても眠くて仕方がない。腹も膨れて、気候もいいし、カイトは傍で笑っているし、こんなに落ち着くことはない。「もう、ツキノってば!」というカイトの声は耳に心地よくて、俺はうつらうつらと眠りの淵に落ちていった。
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