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運命の子供たち
王城襲撃 ①
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先を進むツキノとカイトの背を追うようにしてユリウスはその細い路地を進んでいた。
本来ならこんな事をしている場合ではないのだが、どうにも悪戯好きの弟達が暴走していくので止めようがない。
それに、そこには覚えのあるウィルの匂いもしているので、この先に確かにウィルはいるのだと思う。
ウィルの行動範囲が広いとはいえ、その場所はイリヤの街の街外れで、子供が遊び場にするにしては少々手の込みすぎた隠し通路だ。その先に何があるのかも分からないので、どうにも不安を隠せない。
ふと、前を行くツキノの足が止まった。
「ん? どうしました?」
「突き当たりだ、道が無い」
「えぇ? あぁ、でも本当だ」
目の前に立ち塞がるのは石壁で、確かにその先に道があるようには見えないのだが、ウィルの匂いはそちらへ真っ直ぐ進んでいる。
あの匂い消しの匂いももうしなくなっていて、ツキノとカイトもその匂いが分かるのだろう「でも絶対こっちだよね……」と首を傾げた。
「入り口は隠し扉だった、出口だって隠し扉の可能性は高い。その辺に向こうにあったのと同じような仕掛けがあるんじゃないですかね。ただ、この壁の向こうがどうなっているのか分からない以上無闇やたらに開けるのは……」
「見ぃ付けた!」
言ってるそばからカイトはまた仕掛けを見つけ出す。観察力があるというか、目敏いというか、彼はひょこひょこそれに寄って行って、何の確認もせずにそれを動かしてしまう。
「カイト!」
壁がまたするすると動く、そして動いた壁の向こう側には驚いたような顔をした数人の男達。
「なんだお前達!」
「え……や、すみません!」
完全な不法侵入の自分達はとりあえず謝るしかない。
その壁の先は入り口だった建物より少しばかり広い部屋で、そこにいた男達の何人かは騎士団員の制服を着ている。
男達は突然の侵入者に戸惑いを隠せない様子だ。
「おい、こいつ等はなんだ!? 新しい仲間の話なんか聞いていないぞ!」
仲間? 仲間ってなんの仲間なんだろう? 年齢層もばらばらの男達は騎士団員もいたのだが、全く無関係そうな人間も何人もいた。
ウィルの友達……というには歳を重ねている気もするし、どうにも解せない。
ふいに、ウィルの匂いがふわりと薫った。普段のウィルだったら顔を見れば問答無用で飛び掛って来るはずなのに、その姿は見えず辺りを見回すと地べたに転がされ、袋を頭から被せられた人物に目が留まる。
その人物は何やらじたばたと暴れているのだが、声はくぐもって聞こえてはこない、猿ぐつわでも噛まされているのだろう。
それにしても、この状況はいただけない、そんな人物が転がっていて、この状況で楽しく遊んでいましたといういい訳など通用する訳もない。
「そいつ仲間じゃない! デルクマンの息子だ!!」
俄かに空気が殺気立った。確かに自分はナダール・デルクマンの息子で間違いない、そして彼等はそんな自分に敵意を向けている……という事はこの人達はさっき捕まえた人達の仲間なのか、とようやく思い至った。
それにしても、仲間も誰もいない状態で、この状況は本当にいただけない。
いるのは年若い弟達……とはいえ弟達はその辺の子供とは違っている訳だけれども……
ツキノとカイトも転がされている人物に気付いている様子で、ちらりとそちらを見やる。転がされた人物の後ろ手に縛られた腕に結ばれた鈴がちりんと鳴った。
最初に動いたのはツキノだった、目の前の男の一人に蹴りを食らわせ、その隙を突くようにカイトが転がされた人物の元に走り寄り、その腕の縄を切った。
幼い頃から兄弟同然に育ってきた2人だが、こういう時の息の合い方はいつでも驚くばかりだ。合図も何もなかったと思うのだけど、連携が良すぎてビックリだよ。
っていうか、なんでカイトは刃物を持ち歩いている!? 危ないだろ!
腕を解放されるとその人物は自力で起き上がり被せられた袋を剥いで猿ぐつわを外した。
「あぁ! もう!! お前等ただじゃおかねぇ!」
それはやはりウィルで、すっくと立ち上がったウィルの身体から怒りのフェロモンが迸る。
ウィルは感情の箍が外れるとフェロモンの制御利かなくなるんだな……というかアレでいて普段は制御されてたのか、このフェロモン量、さすがに騎士団長の息子といった所か。
「ウィル! この人達はお前の友達じゃないんだな?」
「ちげぇーし! こいつ等全員悪い奴等だからぶっ倒していいよっ! っていうか、オレがぶっ倒す!!」
怒りを露にしたウィルが周りを睨み付けて一歩前に踏み出すと、気圧されたように男達は引いた。
「事情はよく分からないけど、これ暴れてもいいって事だよね?」
カイトはこんな状況にも関わらず満面の笑顔で呆れるばかりだ。本当にちゃんと状況を理解しているのだろうか……
「面倒くさいが乗りかかった船だ、さっさと片付けるぞ」
ツキノは蹴倒した男の腰から剣を奪い、目を細めた。
『ここは落ち着いて話し合いを……』なんて言える訳もなく、相手も相手でこちらに敵対心剥きだしだし、ままよとばかりに自分も剣を構えた。
「怪我をしたくなければ、大人しくしてください。それでも来るというのなら、容赦はしません」
「相手は子供だ、やっちまえ!」
子供は子供でもそれぞれ騎士団長である親に幼い頃から鍛えられている、そう簡単にやられると思ったら大間違いだ。4人は次々に襲いかかる男達を討ち払っていく。
ウィルは体躯に見合わず身軽で、取り押さえようとする男達をかわしながら、ふいを付いては飛び付いて、一人また一人と落としていく。
ツキノは剣を振り回し、何の容赦もなく男達を斬りつける。致命傷にならないぎりぎりの所で相手に負傷を負わせてるのがわざとなのか偶然なのか、わざとだとしたら末が恐ろしい剣捌きだ。
カイトはそんな中、ひょこひょこ逃げ回りながら、相手を翻弄している。
カイトの口は達者だが剣の腕も体術もウィルやツキノ程ではない、それは本人も自覚しているので、無理のない程度に自分では倒せないと判断すれば相手を誰かに押し付けながら、笑っている。
この状況で笑っているというのも肝が据わっているけれど……
そのうちに逃げ出そうとした何人かの男達を追いかけるようにして建物の外へと出ると、そこはどこかの屋敷の庭のような場所だった。
騎士団の制服を着ている男達はさすがに腕も立ったのだが、そいつ等を倒してしまえばそれ以外の男達は本当に普通の一般市民なのだろう、大して強くもなかった。それでも抵抗は激しく小一時間ほど時間を浪費してしまい、溜息を吐く。腹が減って仕方がない。
カイトとウィルが男達を縛り上げて、転がしていく。特にウィルは自分が同じように転がされていたので、まるで恨みを込めるようにぎりぎりと容赦がない。
「ここはどこなんでしょうかねぇ……」
自分達がどこにいるのか、そこが誰の屋敷なのかも分からず、周りを窺っていると屋敷の方から人が来る気配に、新たな仲間かと身構えたら、やって来たのはイグサルだった。
「んん? ユリウス? 何でここにいるんだ?」
「それはこっちが聞きたいですよ、そっちこそなんでいるんですか?」
「こっちは、この屋敷の主を確保するように命じられて来たんだが、屋敷の中はもぬけの殻、庭の方から何か声がするって言うんで来たらお前が居たんだよ」
「そうだったんですか、こっちはノエル君を探していて、何故かウィルを見付けましたよ。そういえばウィル坊は何でこんな所にいたんですか?」
縛り上げた男を小突いていたウィルが顔を上げて不貞腐れたように「知らないよ」とぶうたれた。
「オレは普通に祭りを楽しんでたんだ。父ちゃんの部下の兄ちゃん達に連れられて城に向かう途中で攫われてさ、まぁ今回の試合そういう試合だからしょうがないんだけど、なんか変な方に連れてかれるな、と思ってたら急に袋被せられて縛られて、それでもそれも何か戦略の内なのかと思ってたら、あいつ等父ちゃんの悪口とか言い出すし! 縛られてるから何もできないし、めっちゃ腹立った!」
脅えるより先に腹を立てるあたり、さすがウィルという感じではある。
「あいつ等が話すの聞いてたら昨日父ちゃんが捕まえたあの変な人の仲間みたいでさ、オレはそいつを助け出す為に誘拐されたみたい。まさか昨日の奴の仲間が騎士団員の中にいるなんて思ってもなかったし、祭りに乗じてそんな事されるとも思ってなかったから油断したんだ、オレとした事が迂闊だったよ!」
ウィルの言葉にユリウスはその辺に転がされている男達を見やる。
「あの人達、本当に騎士団員なんですかね……?」
「そうだよ! オレ知ってるもん、あの人達第4の奴等だ!」
「第4騎士団? それにしても現役の騎士団員が誘拐とは……」
「ユリウス、こいつ等どうする? うちの詰所はもう満杯だぞ」
「とりあえずここに纏めておきましょうかね、今後の事は指示を仰いで、ウィルの無事をおじさんに知らせないと……」
そんな事を話していると、どこか遠くで花火の鳴るような音に空を見やった。
どこからか細い煙が上がっている。
「花火? これ、黒の騎士団の使ってる信号弾とは違いますよね」
「あぁ、違うな。普通に煙が上がっている、色も付いていない」
イグサルと共にその煙を見上げ、祭りの中で上げられた花火なのかと首を傾げる。
しばらくすると、また音が響き煙が幾筋も立ち上がり始めた。
「これ、もしかしてどこかで爆薬が使われた!?」
「でも、あの方向って……」
「ユリウス! あの煙ファルス城だ! 城が攻撃を受けてる!」
どこからか降って湧いた黒髪の男、セイが叫ぶ。
まさか! という思いに目を見開いた。爆薬がイリヤに持ち込まれているのは分かっていた、けれどそれで直接城を攻撃されるのは予想外だ。
「おいおい、城って大胆にも程があるだろ……しかもお前の王子様、元副団長と一緒に城に行くって言ってたぞ」
「ノエル君が?!」
城には弟妹や母も居るはずで、ユリウスは弾かれたように駆け出した。
「おい、ユリウスこいつ等どうすんだよ!」
「イグサルに任せます! 煮るなり焼くなり尋問するなり好きにしておいてください!!」
「好きにって……おい!」
イグサルはユリウスの背を見送って頭を掻き、その肩をミヅキが哀れむようにぽんと叩いた。
ユリウスは城に向かって一直線に駆ける、そしてそれに並走するように駆けて来る人影。
「なんでお前達まで付いてくる……」
ユリウスの言葉に「面白そうだからに決まってるよね」と笑みを見せるのはカイトだ。
ツキノは答えずただ並走している。
「さっきの現場とは規模が違う、守ってやる事はできませんよ!」
「そんなの無くても平気だ」とやはり同じように追いかけて来るウィルに溜息しか出てこない。
城門前は押し合いへし合いの大騒ぎだった。それもそうだろう、まだ祭りの真っ最中で、試合参加の騎士団員のゴールは城の前庭、ただでさえ人が溢れているのに城の中から逃げ出してきた使用人達も入り乱れての大混乱だ。
「何があったんですか!?」
逃げ惑う人を一人捕まえ事情を聞けば、城のどこかで爆発があったらしい。しかも一箇所ではなく複数だ。
ユリウス達が城に到着した時には既に爆発音は収まっていたが、城の至る所から細い煙が上がっていた。
逃げて来る人波に逆らうようにして城の中へと駆けて行く、そんな中やはり同じように中へと駆けて行く何人かの騎士団員がいて、城の中にはまだ陛下もいるだろうし、緊急を察しての行動だと思ったのだが、どうにも少しの違和感にユリウスは彼等の後を追いかけた。
予想通りと言うか、彼等の向かった先は国王陛下の元で、国王は何人もの臣下に守られるようにしてそこに居た。
「陛下、ご無事でしたか」
駆け寄った男達は国王の前に膝を折る。
「うむ、大事無い。それよりも、この混乱を治めるのが先だ。悪いがそちらに手を貸してやってくれ」
国王の言葉に頷くようにして立ち上がった男達だったのだが、剣に手をかけ何故か国王陛下に突進していく。そこに薫ったフェロモンの匂い、間違いない、あの匂い消しの充満していた部屋で嗅いだ匂いのうちの一人がそこに居た。
だが、ユリウスが止めに入る前にその男達の前に飛び出したラフな格好の黒髪の男「やっぱりこういうのも湧いて出たか……」と呟きながら剣を一振りその男達を退けた。
「悪いがお前達にくれてやる命はない、非常事態だ手加減はできねぇ、覚悟しろ」
そう言うが早いか、初老のその黒い男性は歳を感じさせない動きで次々とその男達を斬り捨てていく。
見ているこっちが驚くほどの早業だった。
「お前が出てどうするんだ……」
そう呟いたのは誰だったか、国王の臣下がその男達を捕まえるとツキノがほっとしたように息を吐き、そんなユリウス達に気付いたのか、その初老の男性は目を細め僅かに口角を上げた。
「おう、坊、久しいな。それにツキノ、珍しく帰ってきたのか」
「じいちゃん、やってる事おかしくね?」
「何がだ? ちゃんと暴漢は取り押さえただろ? どこがおかしい?」
「私も何かおかしい気がしなくもないのですけど……お久しぶりです、おじさん」
ユリウスがぺこりと頭を下げると「ユリ兄とツキ兄の知り合い?」とウィルが首を傾げた。
「あの人、俺のじいちゃん」
ツキノの言葉にウィルが「マジで? 格好良くね!? 何者!?」と大興奮だ。
その初老の男性はこの国の国王であるブラック国王陛下、そして正真正銘ツキノの血の繋がった祖父であるので誰も間違った事は言っていないのだが、命を狙われているはずの国王陛下が自ら命を張って臣下を助けに来るというのは何か間違っている気がしてならない。
「その子は? 今、城の中は大混乱だ、子供連れはいただけないな」
「あ、すみません。すぐ連れて行きます。うちの母と妹達は奥ですか?」
「もう避難したかもしれないがな、もしまだなようならうちのと纏めて面倒見てやってくれ、お前ならできるだろ」
「大任ですね、分かりました」
男の言葉に頷いて、ユリウスは踵を返す。それにウィルとカイトは付いて来たが、ツキノは付いて来なかった。
「あれ? ツキ兄は?」
「おじいさんの事が心配なんでしょう、ツキノにとって城は庭みたいなものです、放っておいても大丈夫、行きましょう」
「ユリウス兄さん、僕何も聞いてないんだけど、どういう事? あの人がツキノのおじいさん? 城が庭みたいなものってどういう事?」
「カイトはツキノから何も聞いていないですか?」
「全然! ツキノは僕には何も教えてくれない!」
ユリウスは少し困ったような表情を見せる。
「説明してやりたいけど、今は時間が無い。この事件がすべて片付いたら説明するよ」
ユリウスの言葉にカイトは憮然とした表情のまま頷いた。
ツキノとカイトは幼い頃から2人で1人というくらい一緒に居る事が多かった。ツキノの横にはカイトが、カイトの横にはツキノがいるのが当たり前で、カイトはツキノの事は何でも分かっているとそう思っていた。けれど、ここ最近カイトはツキノの事が分からない。
今まで一緒に育ってきて、こんな事は初めてで、カイトはそれがとても悔しいのだ。
ユリウスはそんな悔しそうな表情のカイトの横顔をちらりと見やり、そろそろ二人にも二人の事情を話す時がきたのだろうなと心の中で溜息を吐いた。
「ユリ!」
前方から己を呼ぶ声にユリウスが顔を上げると、そこには母とノエル、そしてノエルの祖父のコリーがいた。
ユリウスはノエルと母の無事な姿を見付けてほっとしたのだが、母は青褪めたままの表情で「ヒナ達がいないんだ」と狼狽えたように告げた。
「居るはずだった部屋に居ないんだ、王妃様も居なくて、一緒に避難してるならいいんだけど、姿が見当たらなくて探してる!」
「王妃様もいないんですか?」
「あぁ、奥は完全にもぬけの殻だ。こんな事になるなら、ヒナ達の傍を離れるんじゃなかった!」
母はどうやら1人だけ別の場所にいたようで、その表情は泣き出しそうな涙目だ。
普段気の強い母のこんな表情は珍しい、それほどに自体は切羽詰っているという事なのだろう。
「これはやはり持ち込まれたという爆薬なのですか?」
「たぶんそう、城の中を混乱させて狙っているのはたぶんブラックだ。だけど、犯人はファルス至上主義者の可能性が高くて、王妃様はランティス人だし、うちの子達の半分はメリア人だ、奴等に見付かってたら何をされるか分からない!」
母の言葉に青褪めた。国王陛下にも頼まれた以上、これは完全に急を要する。
避難しているのならばそれで良し、だが万が一敵の手の内に落ちていたら……恐ろしい考えに頭を振った。
「母さん、皆が避難するとしたら何処ですか!」
「前庭か、そこまでまだ行ってないなら中庭で一時退避してるかもしれない」
前庭にはそれらしき人物はいなかった、王妃が避難しているのならばそれなりの警護も付いているはずだが、そんな様子も見られなかったし、前庭は混乱が酷すぎてあそこに王妃を連れ出すのは警護の人間も躊躇うであろう事は想像に難くない。
爆発のあった場所は城の外壁沿いで煙を確認するに内側ではない。さすがに犯人もそんな城内奥にまで爆薬を持ち込めなかったと考えると、妥当な退避先は……
「きっと王妃様達は中庭です! 行きましょう!」
そう何度も足を運んだ事がある場所ではないのだが、城の中は小さな頃には遊び場で、ユリウスは中庭を目指して駆ける。
そして、そこには確かに王妃様と妹達が警護の人達に囲まれるようにして、庭の隅で震えていた。
「良かった、無事だった……」
母は安堵したのかその場にへたり込むのだが、ユリウスは険しい顔でそこにいた人物達を眺め回した。
「どうした、ユリ」
「匂いが……」
「匂い?」
「ウィルを誘拐した奴等の仲間の匂いがします。ウィル……この中に君を攫った人間が居るはず、それは誰ですか!」
ユリウスの言葉にウィルが驚いたように全員を見回し「あ……あいつ!」と1人の男を指差した。その男はウィルの父親にも勝るとも劣らない巨漢の男だった。
男の方もそこにウィルが居るのは想定外だったのだろう、驚いたような表情でこちらを見ていたのだが、相好を険しくさせると、おもむろに一番手近にいた子供の腕を掴んだ。
「ヒナ!」
腕を掴まれたのはユリウスの妹ヒナノだ。他の警護の人間は何が起こったのか分からないという表情で、それでも王妃様と子供達を庇うように後ずさった。
「くそっ、どういう事だ! 何でお前がここにいる!」
男はヒナノの首を腕で抱えるようにして、ぎりぎりとこちらを睨み付けた。
「悪い奴は全員ぶっ倒したからね! お前の仲間はもう全員捕まってるぞ」
ウィルの言葉に男は多少の戸惑いを見せたのだが、それでも諦めるような事はせずに、じりじりと間合いを取っている。
「そんな事をしても罪状は増えるだけです、大人しくその子を解放してください」
「俺は捕まる気はない! 俺は、俺達はこの国を救う救世主になるんだ! お前達ランティス人やメリア人からこの国を守る! こんな国の中枢にまで入り込んでいる悪の芽を摘む為に俺は送り込まれたんだ、こんな所で諦める訳には……!」
「悪の芽って何だよ!」
そう声を上げたのノエルだった。
「髪の色が赤いからって、なんで悪者扱いされなきゃいけないのさ! ファルスを守るって言いながら、この国を混乱させようとしてるの、お前達の方じゃないか!」
「うるさい! ファルスの事はファルス国民が決める! メリア人が口を出すな!」
「俺はファルス人だよ! メリアには行った事もないし、家族は全員ファルス人だ!」
「だったらお前のその髪は……」
「知らないよ! そういう風に生まれついたんだからしょうがないだろ!」
ファルス至上主義の人間の考える事は短絡的で、見ているのは外見ばかり、見た目が少し違うからと言ってそれが一体どうしたと言うのか。
同じファルス人の中でも騙し騙し合い、こんな事件を引き起こして、自分は正義だと叫べる神経が分からない。
その思いはノエルも同じだったようで、彼は護衛の騎士の後ろから一歩前へ踏み出して男を睨み付けた。
「あんた自分が正義だと思うなら、そんなか弱い女の子人質にして恥ずかしく思わないの?」
「こいつはメリア人だ、そんな人権は存在しない!」
「……ヒナはこれでもファルス人なのですよ……」
「うるさい! メリアの血が流れている奴等は全員等しく悪なんだよ!」
男の叫びに「だったら俺を人質に取ればいい、その子は離せ」と今度は母が一歩前に出た。
「俺は正真正銘100%メリア人の血を引いている、だけどその子は違う!」
「あんたなんか人質に取れる訳ないだろう、騎士団長の嫁、微笑みの鬼神の嫁は同じ鬼だと言われている。そんな殊勝な事言って俺を捕まえようなんて腹は見えてるんだよ、近寄るな!」
微笑みの鬼神? 確かに父は陰でそんな風に呼ばれている事もあると聞いた事がある。
いつもにこやかだけれど、戦う時には容赦がないという理由で付けられたその異名。正直まるで父の事を分かっていないなと思うのだが、どうやらその異名は悪意を持って広く浸透しているらしい。
そして母に対してもそれは同じか……
「……だったら、俺とその子を交換でどうだ」
「え……?」
母に続き声を上げたのはノエル、ユリウスは驚いて思わず彼を止めようとその名を呼んだのだがノエルの表情は真剣そのもので相手から視線を逸らす事もない。
「俺は男だし、こんな赤髪だし、それでも半分はメリアの血が入ってるんだと思う。父親が誰だかは分からないけど。だけど、これだけは分かる、女子供に手を上げる奴は何人だろうと皆等しく人間のクズだ!」
ノエルは男の方へ更に一歩踏み出す。
「その子を解放してくれたら、俺は何もしない。そもそも俺は一般人で何もできないから」
「お前も騎士団員なんじゃないのか!?」
「あぁ、この制服借り物です。これお祭りの目印」
相手に見せつけるようにノエルは腕に結ばれた鈴をちりんと鳴らす。
「要人役だったんで、着せられてただけ。俺のこの体格なら騎士団員に紛れられる、これでも俺まだ12歳です、騎士団員にはなれません」
「来るな! そんな話信用できるか!」
「本当の話ですよ。俺は3日前にイリヤに来たばかりだし、お祭りだってどんな物なのか知らなかった程度に何の知識も無い田舎の子供です。そんな俺があなたは怖いんですか? とんだ腰抜けですね、正義の味方が聞いて呆れる」
男はぎりりとノエルを睨みつけるのだが、ノエルはノエルでその睨みに動じる事もなくじりじりと男ににじり寄って行く。
「ノエル君、危ないです! 君がそんな事をする必要はない!」
「嫌なんですよ、何にもできないの。外見はこんなでも俺はまだまだ子供で何もできない、だったら人質役くらいやっておかないと」
「寄るな! この娘がどうなってもいいのか!」
「だから……!」
男ににじり寄ったノエルは男の顔をきっと睨み上げると「女子供に手を出すなって言ってる!」と、男の腕を掴みヒナノを解放して「行って」と促した。ヒナノはそんな彼の言葉に戸惑ったように頷いて踵を返した。
ノエルはヒナノが護衛の背後に回るのを見届けてからまた男を見上げた。
「抵抗はしない、あとは好きにすればいい」
男の顔をただ無表情に見上げ告げるノエルに男は明らかに動揺した様子で視線を彷徨わせている。完全にノエルの纏う空気に気圧されているのだ。
彼はまだ年端もいかない少年で、しかも周りを跪かせる力を持っているα性でもないただの子供だ。なのにその気迫はその場の誰にも口を挟ませないという迫力で、誰も彼には逆らえない。
凄いなノエル君、ちょっとこれ男前過ぎない?
「さぁ、どうするの? いいんだよ? 俺を盾にここから逃げる? それとも、まだ何かする事があるの?」
「このガキが!」
「悪態を吐いても状況は変わらない」
「黙れガキ!」
男はノエルの言葉に我に返り、乱暴に腕でノエルの首を絞めた。ノエルは宣言通り抵抗のひとつもしやしない。
ユリウスはその時視線の端で誰かが動く気配を感じた。
そうだ、場の空気に呑まれている場合ではない、自分は自分でまだやらなければいけない事はいくらでもある。
「ガキの言葉にいちいち反応するとかみっともないですよね」
「黙れと言っている!」
「抵抗しないとは言いましたけど、口を慎む約束はしていませんよ」
ノエルの減らず口に男の腕が更に彼の首を締め上げる。けれどそれは男の気を周りから逸らす為の彼の作戦だという事にその場にいた幾人かは気付いていた。
「命が惜しかったら黙るんだ、ガキ!」
「っく、言いたい事は、全部言う。出来る事は全部やれって! 家訓だからっ! ファルス人だとかメリア人だとか、そんな括りでしか人を見られない短絡的な人に慎む口なんてないっ!」
ノエルはそう言い切るとタイミングを計るようにして男の腕を掴んで逆上がりの要領で身体を持ち上げ、全体重をかけて男の身体を蹴倒した。
蹴倒された男はそれでもすぐに立ち上がろうとしたのだが、左右からウィルとカイトが飛び掛る。体格のいい男にそれもすぐに振り払われてはしまったのだけど、男が完全に立ち上がる前にその目の前にはすでにユリウスとユリウスの母親が剣を構えて立っていた。
ノエルの眼前にいたユリウス、左右に分かれたウィルとカイト、そして静かに背後に回っているコリー副団長。いつの間にか完璧な布陣は出来上がっていた。
背後にノエル(孫)を庇うようにしてコリー副団長が男に剣を向けた。その表情はこの場にそぐわない微笑みで、けれど瞳の奥には凄まじい程の怒りが見てとれる。
大事な孫を傷付けられそうになったのだ、その怒りは収まる事がないのだろう。
本物の微笑みの鬼神というのはこういう人の事を言うのではないかとユリウスは思わずにはいられない。
「大人しく縛に付け!」
母が凄むように宣言する。完全に包囲されてしまった男は悔しそうに膝を折ったのだが、その内小さく笑い出した。
「何がおかしい!」
「今回はここまでだが、俺達の仲間はまだ大勢いる。俺達のこの意思は既にファルス中に届いている、俺達は決して負けはしない!」
男はそう言って笑い続け、縛られ連行されてなお表情は清々しい顔をしていた。
きっと男の言っている事は正しい。今この場での事件は解決しても根本的な所はまだ何も解決などしていないのだ。
「ユリウスさん?」
男が捕縛され縛り上げられた所でノエルがこちらへと駆け寄って来た。
「あぁ、ノエル君。無事で良かった。1人で前に出て行った時にはどうしようかと思ったけど、怪我はない?」
「全然平気、それよりも眉間に皺が寄ってますよ」
どうやら事の重大さに表情が険しくなっていたようでノエルが腕を伸ばしユリウスの眉間を指で突いてくる。その姿は先程までの気迫は影を潜め、どこにでもいる普通の少年そのものだ。
彼は不思議な少年だ。ユリウスは何故だか分からないのだがそんな彼から目を離す事ができない。
けれどそのうちユリウスの腹が限界を迎えぐうぅ~と間抜けな音を鳴らす。
ああ、本当にお腹が空いた……
「ユリウスさん、お腹空いてるんですか?」
「今日は1日走り回ってるからね。もうこれで終わりならいいんだけど……」
「爆薬のいくらかは見付かったようですよ、それで全部かどうかは分かりませんけど、大方片付いたと思っていいのではないでしょうかね。どうやら大黒星には逃げられたようですけど……」
「大黒星って、ランティスの商人?」
そう言って小首を傾げたノエルの背後からぬっと現れたノエルの祖父コリーは「そうですね。どうにも得体の知れない人間です」と言いながらさりげなく二人の間に割って入ってくる。
今朝方コリーには「できれば孫には深入りしないで貰いたい」としつこいくらいに釘を刺されているのだが、一体自分の何に警戒されているのかとユリウスは苦笑する。
そんな祖父の行動に気付いているのかいないのか、ノエルは「でも皆無事で良かったですね」と朗らかな笑みを見せた。
本来ならこんな事をしている場合ではないのだが、どうにも悪戯好きの弟達が暴走していくので止めようがない。
それに、そこには覚えのあるウィルの匂いもしているので、この先に確かにウィルはいるのだと思う。
ウィルの行動範囲が広いとはいえ、その場所はイリヤの街の街外れで、子供が遊び場にするにしては少々手の込みすぎた隠し通路だ。その先に何があるのかも分からないので、どうにも不安を隠せない。
ふと、前を行くツキノの足が止まった。
「ん? どうしました?」
「突き当たりだ、道が無い」
「えぇ? あぁ、でも本当だ」
目の前に立ち塞がるのは石壁で、確かにその先に道があるようには見えないのだが、ウィルの匂いはそちらへ真っ直ぐ進んでいる。
あの匂い消しの匂いももうしなくなっていて、ツキノとカイトもその匂いが分かるのだろう「でも絶対こっちだよね……」と首を傾げた。
「入り口は隠し扉だった、出口だって隠し扉の可能性は高い。その辺に向こうにあったのと同じような仕掛けがあるんじゃないですかね。ただ、この壁の向こうがどうなっているのか分からない以上無闇やたらに開けるのは……」
「見ぃ付けた!」
言ってるそばからカイトはまた仕掛けを見つけ出す。観察力があるというか、目敏いというか、彼はひょこひょこそれに寄って行って、何の確認もせずにそれを動かしてしまう。
「カイト!」
壁がまたするすると動く、そして動いた壁の向こう側には驚いたような顔をした数人の男達。
「なんだお前達!」
「え……や、すみません!」
完全な不法侵入の自分達はとりあえず謝るしかない。
その壁の先は入り口だった建物より少しばかり広い部屋で、そこにいた男達の何人かは騎士団員の制服を着ている。
男達は突然の侵入者に戸惑いを隠せない様子だ。
「おい、こいつ等はなんだ!? 新しい仲間の話なんか聞いていないぞ!」
仲間? 仲間ってなんの仲間なんだろう? 年齢層もばらばらの男達は騎士団員もいたのだが、全く無関係そうな人間も何人もいた。
ウィルの友達……というには歳を重ねている気もするし、どうにも解せない。
ふいに、ウィルの匂いがふわりと薫った。普段のウィルだったら顔を見れば問答無用で飛び掛って来るはずなのに、その姿は見えず辺りを見回すと地べたに転がされ、袋を頭から被せられた人物に目が留まる。
その人物は何やらじたばたと暴れているのだが、声はくぐもって聞こえてはこない、猿ぐつわでも噛まされているのだろう。
それにしても、この状況はいただけない、そんな人物が転がっていて、この状況で楽しく遊んでいましたといういい訳など通用する訳もない。
「そいつ仲間じゃない! デルクマンの息子だ!!」
俄かに空気が殺気立った。確かに自分はナダール・デルクマンの息子で間違いない、そして彼等はそんな自分に敵意を向けている……という事はこの人達はさっき捕まえた人達の仲間なのか、とようやく思い至った。
それにしても、仲間も誰もいない状態で、この状況は本当にいただけない。
いるのは年若い弟達……とはいえ弟達はその辺の子供とは違っている訳だけれども……
ツキノとカイトも転がされている人物に気付いている様子で、ちらりとそちらを見やる。転がされた人物の後ろ手に縛られた腕に結ばれた鈴がちりんと鳴った。
最初に動いたのはツキノだった、目の前の男の一人に蹴りを食らわせ、その隙を突くようにカイトが転がされた人物の元に走り寄り、その腕の縄を切った。
幼い頃から兄弟同然に育ってきた2人だが、こういう時の息の合い方はいつでも驚くばかりだ。合図も何もなかったと思うのだけど、連携が良すぎてビックリだよ。
っていうか、なんでカイトは刃物を持ち歩いている!? 危ないだろ!
腕を解放されるとその人物は自力で起き上がり被せられた袋を剥いで猿ぐつわを外した。
「あぁ! もう!! お前等ただじゃおかねぇ!」
それはやはりウィルで、すっくと立ち上がったウィルの身体から怒りのフェロモンが迸る。
ウィルは感情の箍が外れるとフェロモンの制御利かなくなるんだな……というかアレでいて普段は制御されてたのか、このフェロモン量、さすがに騎士団長の息子といった所か。
「ウィル! この人達はお前の友達じゃないんだな?」
「ちげぇーし! こいつ等全員悪い奴等だからぶっ倒していいよっ! っていうか、オレがぶっ倒す!!」
怒りを露にしたウィルが周りを睨み付けて一歩前に踏み出すと、気圧されたように男達は引いた。
「事情はよく分からないけど、これ暴れてもいいって事だよね?」
カイトはこんな状況にも関わらず満面の笑顔で呆れるばかりだ。本当にちゃんと状況を理解しているのだろうか……
「面倒くさいが乗りかかった船だ、さっさと片付けるぞ」
ツキノは蹴倒した男の腰から剣を奪い、目を細めた。
『ここは落ち着いて話し合いを……』なんて言える訳もなく、相手も相手でこちらに敵対心剥きだしだし、ままよとばかりに自分も剣を構えた。
「怪我をしたくなければ、大人しくしてください。それでも来るというのなら、容赦はしません」
「相手は子供だ、やっちまえ!」
子供は子供でもそれぞれ騎士団長である親に幼い頃から鍛えられている、そう簡単にやられると思ったら大間違いだ。4人は次々に襲いかかる男達を討ち払っていく。
ウィルは体躯に見合わず身軽で、取り押さえようとする男達をかわしながら、ふいを付いては飛び付いて、一人また一人と落としていく。
ツキノは剣を振り回し、何の容赦もなく男達を斬りつける。致命傷にならないぎりぎりの所で相手に負傷を負わせてるのがわざとなのか偶然なのか、わざとだとしたら末が恐ろしい剣捌きだ。
カイトはそんな中、ひょこひょこ逃げ回りながら、相手を翻弄している。
カイトの口は達者だが剣の腕も体術もウィルやツキノ程ではない、それは本人も自覚しているので、無理のない程度に自分では倒せないと判断すれば相手を誰かに押し付けながら、笑っている。
この状況で笑っているというのも肝が据わっているけれど……
そのうちに逃げ出そうとした何人かの男達を追いかけるようにして建物の外へと出ると、そこはどこかの屋敷の庭のような場所だった。
騎士団の制服を着ている男達はさすがに腕も立ったのだが、そいつ等を倒してしまえばそれ以外の男達は本当に普通の一般市民なのだろう、大して強くもなかった。それでも抵抗は激しく小一時間ほど時間を浪費してしまい、溜息を吐く。腹が減って仕方がない。
カイトとウィルが男達を縛り上げて、転がしていく。特にウィルは自分が同じように転がされていたので、まるで恨みを込めるようにぎりぎりと容赦がない。
「ここはどこなんでしょうかねぇ……」
自分達がどこにいるのか、そこが誰の屋敷なのかも分からず、周りを窺っていると屋敷の方から人が来る気配に、新たな仲間かと身構えたら、やって来たのはイグサルだった。
「んん? ユリウス? 何でここにいるんだ?」
「それはこっちが聞きたいですよ、そっちこそなんでいるんですか?」
「こっちは、この屋敷の主を確保するように命じられて来たんだが、屋敷の中はもぬけの殻、庭の方から何か声がするって言うんで来たらお前が居たんだよ」
「そうだったんですか、こっちはノエル君を探していて、何故かウィルを見付けましたよ。そういえばウィル坊は何でこんな所にいたんですか?」
縛り上げた男を小突いていたウィルが顔を上げて不貞腐れたように「知らないよ」とぶうたれた。
「オレは普通に祭りを楽しんでたんだ。父ちゃんの部下の兄ちゃん達に連れられて城に向かう途中で攫われてさ、まぁ今回の試合そういう試合だからしょうがないんだけど、なんか変な方に連れてかれるな、と思ってたら急に袋被せられて縛られて、それでもそれも何か戦略の内なのかと思ってたら、あいつ等父ちゃんの悪口とか言い出すし! 縛られてるから何もできないし、めっちゃ腹立った!」
脅えるより先に腹を立てるあたり、さすがウィルという感じではある。
「あいつ等が話すの聞いてたら昨日父ちゃんが捕まえたあの変な人の仲間みたいでさ、オレはそいつを助け出す為に誘拐されたみたい。まさか昨日の奴の仲間が騎士団員の中にいるなんて思ってもなかったし、祭りに乗じてそんな事されるとも思ってなかったから油断したんだ、オレとした事が迂闊だったよ!」
ウィルの言葉にユリウスはその辺に転がされている男達を見やる。
「あの人達、本当に騎士団員なんですかね……?」
「そうだよ! オレ知ってるもん、あの人達第4の奴等だ!」
「第4騎士団? それにしても現役の騎士団員が誘拐とは……」
「ユリウス、こいつ等どうする? うちの詰所はもう満杯だぞ」
「とりあえずここに纏めておきましょうかね、今後の事は指示を仰いで、ウィルの無事をおじさんに知らせないと……」
そんな事を話していると、どこか遠くで花火の鳴るような音に空を見やった。
どこからか細い煙が上がっている。
「花火? これ、黒の騎士団の使ってる信号弾とは違いますよね」
「あぁ、違うな。普通に煙が上がっている、色も付いていない」
イグサルと共にその煙を見上げ、祭りの中で上げられた花火なのかと首を傾げる。
しばらくすると、また音が響き煙が幾筋も立ち上がり始めた。
「これ、もしかしてどこかで爆薬が使われた!?」
「でも、あの方向って……」
「ユリウス! あの煙ファルス城だ! 城が攻撃を受けてる!」
どこからか降って湧いた黒髪の男、セイが叫ぶ。
まさか! という思いに目を見開いた。爆薬がイリヤに持ち込まれているのは分かっていた、けれどそれで直接城を攻撃されるのは予想外だ。
「おいおい、城って大胆にも程があるだろ……しかもお前の王子様、元副団長と一緒に城に行くって言ってたぞ」
「ノエル君が?!」
城には弟妹や母も居るはずで、ユリウスは弾かれたように駆け出した。
「おい、ユリウスこいつ等どうすんだよ!」
「イグサルに任せます! 煮るなり焼くなり尋問するなり好きにしておいてください!!」
「好きにって……おい!」
イグサルはユリウスの背を見送って頭を掻き、その肩をミヅキが哀れむようにぽんと叩いた。
ユリウスは城に向かって一直線に駆ける、そしてそれに並走するように駆けて来る人影。
「なんでお前達まで付いてくる……」
ユリウスの言葉に「面白そうだからに決まってるよね」と笑みを見せるのはカイトだ。
ツキノは答えずただ並走している。
「さっきの現場とは規模が違う、守ってやる事はできませんよ!」
「そんなの無くても平気だ」とやはり同じように追いかけて来るウィルに溜息しか出てこない。
城門前は押し合いへし合いの大騒ぎだった。それもそうだろう、まだ祭りの真っ最中で、試合参加の騎士団員のゴールは城の前庭、ただでさえ人が溢れているのに城の中から逃げ出してきた使用人達も入り乱れての大混乱だ。
「何があったんですか!?」
逃げ惑う人を一人捕まえ事情を聞けば、城のどこかで爆発があったらしい。しかも一箇所ではなく複数だ。
ユリウス達が城に到着した時には既に爆発音は収まっていたが、城の至る所から細い煙が上がっていた。
逃げて来る人波に逆らうようにして城の中へと駆けて行く、そんな中やはり同じように中へと駆けて行く何人かの騎士団員がいて、城の中にはまだ陛下もいるだろうし、緊急を察しての行動だと思ったのだが、どうにも少しの違和感にユリウスは彼等の後を追いかけた。
予想通りと言うか、彼等の向かった先は国王陛下の元で、国王は何人もの臣下に守られるようにしてそこに居た。
「陛下、ご無事でしたか」
駆け寄った男達は国王の前に膝を折る。
「うむ、大事無い。それよりも、この混乱を治めるのが先だ。悪いがそちらに手を貸してやってくれ」
国王の言葉に頷くようにして立ち上がった男達だったのだが、剣に手をかけ何故か国王陛下に突進していく。そこに薫ったフェロモンの匂い、間違いない、あの匂い消しの充満していた部屋で嗅いだ匂いのうちの一人がそこに居た。
だが、ユリウスが止めに入る前にその男達の前に飛び出したラフな格好の黒髪の男「やっぱりこういうのも湧いて出たか……」と呟きながら剣を一振りその男達を退けた。
「悪いがお前達にくれてやる命はない、非常事態だ手加減はできねぇ、覚悟しろ」
そう言うが早いか、初老のその黒い男性は歳を感じさせない動きで次々とその男達を斬り捨てていく。
見ているこっちが驚くほどの早業だった。
「お前が出てどうするんだ……」
そう呟いたのは誰だったか、国王の臣下がその男達を捕まえるとツキノがほっとしたように息を吐き、そんなユリウス達に気付いたのか、その初老の男性は目を細め僅かに口角を上げた。
「おう、坊、久しいな。それにツキノ、珍しく帰ってきたのか」
「じいちゃん、やってる事おかしくね?」
「何がだ? ちゃんと暴漢は取り押さえただろ? どこがおかしい?」
「私も何かおかしい気がしなくもないのですけど……お久しぶりです、おじさん」
ユリウスがぺこりと頭を下げると「ユリ兄とツキ兄の知り合い?」とウィルが首を傾げた。
「あの人、俺のじいちゃん」
ツキノの言葉にウィルが「マジで? 格好良くね!? 何者!?」と大興奮だ。
その初老の男性はこの国の国王であるブラック国王陛下、そして正真正銘ツキノの血の繋がった祖父であるので誰も間違った事は言っていないのだが、命を狙われているはずの国王陛下が自ら命を張って臣下を助けに来るというのは何か間違っている気がしてならない。
「その子は? 今、城の中は大混乱だ、子供連れはいただけないな」
「あ、すみません。すぐ連れて行きます。うちの母と妹達は奥ですか?」
「もう避難したかもしれないがな、もしまだなようならうちのと纏めて面倒見てやってくれ、お前ならできるだろ」
「大任ですね、分かりました」
男の言葉に頷いて、ユリウスは踵を返す。それにウィルとカイトは付いて来たが、ツキノは付いて来なかった。
「あれ? ツキ兄は?」
「おじいさんの事が心配なんでしょう、ツキノにとって城は庭みたいなものです、放っておいても大丈夫、行きましょう」
「ユリウス兄さん、僕何も聞いてないんだけど、どういう事? あの人がツキノのおじいさん? 城が庭みたいなものってどういう事?」
「カイトはツキノから何も聞いていないですか?」
「全然! ツキノは僕には何も教えてくれない!」
ユリウスは少し困ったような表情を見せる。
「説明してやりたいけど、今は時間が無い。この事件がすべて片付いたら説明するよ」
ユリウスの言葉にカイトは憮然とした表情のまま頷いた。
ツキノとカイトは幼い頃から2人で1人というくらい一緒に居る事が多かった。ツキノの横にはカイトが、カイトの横にはツキノがいるのが当たり前で、カイトはツキノの事は何でも分かっているとそう思っていた。けれど、ここ最近カイトはツキノの事が分からない。
今まで一緒に育ってきて、こんな事は初めてで、カイトはそれがとても悔しいのだ。
ユリウスはそんな悔しそうな表情のカイトの横顔をちらりと見やり、そろそろ二人にも二人の事情を話す時がきたのだろうなと心の中で溜息を吐いた。
「ユリ!」
前方から己を呼ぶ声にユリウスが顔を上げると、そこには母とノエル、そしてノエルの祖父のコリーがいた。
ユリウスはノエルと母の無事な姿を見付けてほっとしたのだが、母は青褪めたままの表情で「ヒナ達がいないんだ」と狼狽えたように告げた。
「居るはずだった部屋に居ないんだ、王妃様も居なくて、一緒に避難してるならいいんだけど、姿が見当たらなくて探してる!」
「王妃様もいないんですか?」
「あぁ、奥は完全にもぬけの殻だ。こんな事になるなら、ヒナ達の傍を離れるんじゃなかった!」
母はどうやら1人だけ別の場所にいたようで、その表情は泣き出しそうな涙目だ。
普段気の強い母のこんな表情は珍しい、それほどに自体は切羽詰っているという事なのだろう。
「これはやはり持ち込まれたという爆薬なのですか?」
「たぶんそう、城の中を混乱させて狙っているのはたぶんブラックだ。だけど、犯人はファルス至上主義者の可能性が高くて、王妃様はランティス人だし、うちの子達の半分はメリア人だ、奴等に見付かってたら何をされるか分からない!」
母の言葉に青褪めた。国王陛下にも頼まれた以上、これは完全に急を要する。
避難しているのならばそれで良し、だが万が一敵の手の内に落ちていたら……恐ろしい考えに頭を振った。
「母さん、皆が避難するとしたら何処ですか!」
「前庭か、そこまでまだ行ってないなら中庭で一時退避してるかもしれない」
前庭にはそれらしき人物はいなかった、王妃が避難しているのならばそれなりの警護も付いているはずだが、そんな様子も見られなかったし、前庭は混乱が酷すぎてあそこに王妃を連れ出すのは警護の人間も躊躇うであろう事は想像に難くない。
爆発のあった場所は城の外壁沿いで煙を確認するに内側ではない。さすがに犯人もそんな城内奥にまで爆薬を持ち込めなかったと考えると、妥当な退避先は……
「きっと王妃様達は中庭です! 行きましょう!」
そう何度も足を運んだ事がある場所ではないのだが、城の中は小さな頃には遊び場で、ユリウスは中庭を目指して駆ける。
そして、そこには確かに王妃様と妹達が警護の人達に囲まれるようにして、庭の隅で震えていた。
「良かった、無事だった……」
母は安堵したのかその場にへたり込むのだが、ユリウスは険しい顔でそこにいた人物達を眺め回した。
「どうした、ユリ」
「匂いが……」
「匂い?」
「ウィルを誘拐した奴等の仲間の匂いがします。ウィル……この中に君を攫った人間が居るはず、それは誰ですか!」
ユリウスの言葉にウィルが驚いたように全員を見回し「あ……あいつ!」と1人の男を指差した。その男はウィルの父親にも勝るとも劣らない巨漢の男だった。
男の方もそこにウィルが居るのは想定外だったのだろう、驚いたような表情でこちらを見ていたのだが、相好を険しくさせると、おもむろに一番手近にいた子供の腕を掴んだ。
「ヒナ!」
腕を掴まれたのはユリウスの妹ヒナノだ。他の警護の人間は何が起こったのか分からないという表情で、それでも王妃様と子供達を庇うように後ずさった。
「くそっ、どういう事だ! 何でお前がここにいる!」
男はヒナノの首を腕で抱えるようにして、ぎりぎりとこちらを睨み付けた。
「悪い奴は全員ぶっ倒したからね! お前の仲間はもう全員捕まってるぞ」
ウィルの言葉に男は多少の戸惑いを見せたのだが、それでも諦めるような事はせずに、じりじりと間合いを取っている。
「そんな事をしても罪状は増えるだけです、大人しくその子を解放してください」
「俺は捕まる気はない! 俺は、俺達はこの国を救う救世主になるんだ! お前達ランティス人やメリア人からこの国を守る! こんな国の中枢にまで入り込んでいる悪の芽を摘む為に俺は送り込まれたんだ、こんな所で諦める訳には……!」
「悪の芽って何だよ!」
そう声を上げたのノエルだった。
「髪の色が赤いからって、なんで悪者扱いされなきゃいけないのさ! ファルスを守るって言いながら、この国を混乱させようとしてるの、お前達の方じゃないか!」
「うるさい! ファルスの事はファルス国民が決める! メリア人が口を出すな!」
「俺はファルス人だよ! メリアには行った事もないし、家族は全員ファルス人だ!」
「だったらお前のその髪は……」
「知らないよ! そういう風に生まれついたんだからしょうがないだろ!」
ファルス至上主義の人間の考える事は短絡的で、見ているのは外見ばかり、見た目が少し違うからと言ってそれが一体どうしたと言うのか。
同じファルス人の中でも騙し騙し合い、こんな事件を引き起こして、自分は正義だと叫べる神経が分からない。
その思いはノエルも同じだったようで、彼は護衛の騎士の後ろから一歩前へ踏み出して男を睨み付けた。
「あんた自分が正義だと思うなら、そんなか弱い女の子人質にして恥ずかしく思わないの?」
「こいつはメリア人だ、そんな人権は存在しない!」
「……ヒナはこれでもファルス人なのですよ……」
「うるさい! メリアの血が流れている奴等は全員等しく悪なんだよ!」
男の叫びに「だったら俺を人質に取ればいい、その子は離せ」と今度は母が一歩前に出た。
「俺は正真正銘100%メリア人の血を引いている、だけどその子は違う!」
「あんたなんか人質に取れる訳ないだろう、騎士団長の嫁、微笑みの鬼神の嫁は同じ鬼だと言われている。そんな殊勝な事言って俺を捕まえようなんて腹は見えてるんだよ、近寄るな!」
微笑みの鬼神? 確かに父は陰でそんな風に呼ばれている事もあると聞いた事がある。
いつもにこやかだけれど、戦う時には容赦がないという理由で付けられたその異名。正直まるで父の事を分かっていないなと思うのだが、どうやらその異名は悪意を持って広く浸透しているらしい。
そして母に対してもそれは同じか……
「……だったら、俺とその子を交換でどうだ」
「え……?」
母に続き声を上げたのはノエル、ユリウスは驚いて思わず彼を止めようとその名を呼んだのだがノエルの表情は真剣そのもので相手から視線を逸らす事もない。
「俺は男だし、こんな赤髪だし、それでも半分はメリアの血が入ってるんだと思う。父親が誰だかは分からないけど。だけど、これだけは分かる、女子供に手を上げる奴は何人だろうと皆等しく人間のクズだ!」
ノエルは男の方へ更に一歩踏み出す。
「その子を解放してくれたら、俺は何もしない。そもそも俺は一般人で何もできないから」
「お前も騎士団員なんじゃないのか!?」
「あぁ、この制服借り物です。これお祭りの目印」
相手に見せつけるようにノエルは腕に結ばれた鈴をちりんと鳴らす。
「要人役だったんで、着せられてただけ。俺のこの体格なら騎士団員に紛れられる、これでも俺まだ12歳です、騎士団員にはなれません」
「来るな! そんな話信用できるか!」
「本当の話ですよ。俺は3日前にイリヤに来たばかりだし、お祭りだってどんな物なのか知らなかった程度に何の知識も無い田舎の子供です。そんな俺があなたは怖いんですか? とんだ腰抜けですね、正義の味方が聞いて呆れる」
男はぎりりとノエルを睨みつけるのだが、ノエルはノエルでその睨みに動じる事もなくじりじりと男ににじり寄って行く。
「ノエル君、危ないです! 君がそんな事をする必要はない!」
「嫌なんですよ、何にもできないの。外見はこんなでも俺はまだまだ子供で何もできない、だったら人質役くらいやっておかないと」
「寄るな! この娘がどうなってもいいのか!」
「だから……!」
男ににじり寄ったノエルは男の顔をきっと睨み上げると「女子供に手を出すなって言ってる!」と、男の腕を掴みヒナノを解放して「行って」と促した。ヒナノはそんな彼の言葉に戸惑ったように頷いて踵を返した。
ノエルはヒナノが護衛の背後に回るのを見届けてからまた男を見上げた。
「抵抗はしない、あとは好きにすればいい」
男の顔をただ無表情に見上げ告げるノエルに男は明らかに動揺した様子で視線を彷徨わせている。完全にノエルの纏う空気に気圧されているのだ。
彼はまだ年端もいかない少年で、しかも周りを跪かせる力を持っているα性でもないただの子供だ。なのにその気迫はその場の誰にも口を挟ませないという迫力で、誰も彼には逆らえない。
凄いなノエル君、ちょっとこれ男前過ぎない?
「さぁ、どうするの? いいんだよ? 俺を盾にここから逃げる? それとも、まだ何かする事があるの?」
「このガキが!」
「悪態を吐いても状況は変わらない」
「黙れガキ!」
男はノエルの言葉に我に返り、乱暴に腕でノエルの首を絞めた。ノエルは宣言通り抵抗のひとつもしやしない。
ユリウスはその時視線の端で誰かが動く気配を感じた。
そうだ、場の空気に呑まれている場合ではない、自分は自分でまだやらなければいけない事はいくらでもある。
「ガキの言葉にいちいち反応するとかみっともないですよね」
「黙れと言っている!」
「抵抗しないとは言いましたけど、口を慎む約束はしていませんよ」
ノエルの減らず口に男の腕が更に彼の首を締め上げる。けれどそれは男の気を周りから逸らす為の彼の作戦だという事にその場にいた幾人かは気付いていた。
「命が惜しかったら黙るんだ、ガキ!」
「っく、言いたい事は、全部言う。出来る事は全部やれって! 家訓だからっ! ファルス人だとかメリア人だとか、そんな括りでしか人を見られない短絡的な人に慎む口なんてないっ!」
ノエルはそう言い切るとタイミングを計るようにして男の腕を掴んで逆上がりの要領で身体を持ち上げ、全体重をかけて男の身体を蹴倒した。
蹴倒された男はそれでもすぐに立ち上がろうとしたのだが、左右からウィルとカイトが飛び掛る。体格のいい男にそれもすぐに振り払われてはしまったのだけど、男が完全に立ち上がる前にその目の前にはすでにユリウスとユリウスの母親が剣を構えて立っていた。
ノエルの眼前にいたユリウス、左右に分かれたウィルとカイト、そして静かに背後に回っているコリー副団長。いつの間にか完璧な布陣は出来上がっていた。
背後にノエル(孫)を庇うようにしてコリー副団長が男に剣を向けた。その表情はこの場にそぐわない微笑みで、けれど瞳の奥には凄まじい程の怒りが見てとれる。
大事な孫を傷付けられそうになったのだ、その怒りは収まる事がないのだろう。
本物の微笑みの鬼神というのはこういう人の事を言うのではないかとユリウスは思わずにはいられない。
「大人しく縛に付け!」
母が凄むように宣言する。完全に包囲されてしまった男は悔しそうに膝を折ったのだが、その内小さく笑い出した。
「何がおかしい!」
「今回はここまでだが、俺達の仲間はまだ大勢いる。俺達のこの意思は既にファルス中に届いている、俺達は決して負けはしない!」
男はそう言って笑い続け、縛られ連行されてなお表情は清々しい顔をしていた。
きっと男の言っている事は正しい。今この場での事件は解決しても根本的な所はまだ何も解決などしていないのだ。
「ユリウスさん?」
男が捕縛され縛り上げられた所でノエルがこちらへと駆け寄って来た。
「あぁ、ノエル君。無事で良かった。1人で前に出て行った時にはどうしようかと思ったけど、怪我はない?」
「全然平気、それよりも眉間に皺が寄ってますよ」
どうやら事の重大さに表情が険しくなっていたようでノエルが腕を伸ばしユリウスの眉間を指で突いてくる。その姿は先程までの気迫は影を潜め、どこにでもいる普通の少年そのものだ。
彼は不思議な少年だ。ユリウスは何故だか分からないのだがそんな彼から目を離す事ができない。
けれどそのうちユリウスの腹が限界を迎えぐうぅ~と間抜けな音を鳴らす。
ああ、本当にお腹が空いた……
「ユリウスさん、お腹空いてるんですか?」
「今日は1日走り回ってるからね。もうこれで終わりならいいんだけど……」
「爆薬のいくらかは見付かったようですよ、それで全部かどうかは分かりませんけど、大方片付いたと思っていいのではないでしょうかね。どうやら大黒星には逃げられたようですけど……」
「大黒星って、ランティスの商人?」
そう言って小首を傾げたノエルの背後からぬっと現れたノエルの祖父コリーは「そうですね。どうにも得体の知れない人間です」と言いながらさりげなく二人の間に割って入ってくる。
今朝方コリーには「できれば孫には深入りしないで貰いたい」としつこいくらいに釘を刺されているのだが、一体自分の何に警戒されているのかとユリウスは苦笑する。
そんな祖父の行動に気付いているのかいないのか、ノエルは「でも皆無事で良かったですね」と朗らかな笑みを見せた。
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