運命に花束を

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君と僕の物語:番外編

子作り指南⑥

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 数日後、仕事の合間に抜け出したグノーはエドワードの働く現場に向かっていた。

「よっ、エディ、久しぶりだな」

 毎日のように店に顔を出してくれるアジェとは対照的にエドワードは店に来る事がほとんどない。
 顔を合わせるのはごく稀にアジェと一緒に外食がてらの来店という感じで、グノーとエドワードの間に交流はほとんどないに等しい。
 エドワードはグノーの顔を見ると少し嫌そうな複雑な表情を見せて「お久しぶりです」とぺこりと頭を下げた。

「なんだよ、つれないなぁ。俺等だって付き合いは長いんだから、俺だけそう邪険にする事ないだろぉ」
「そうは言っても、あんた親父側の人間だろ。色んな意味で関わると碌な事がない」

 「そうかよ」とグノーはその言い草にけらけら笑い「ちょっと顔貸せよ」と顎をしゃくる。
 エドワードは嫌そうな表情を見せたものの、手を休めグノーに付いて来た。

「お前、最近うちのと仲良くやってるらしいじゃん?」
「ナダールさん、話したんですか……」

 2人連れ立って歩きながらエドワードは眉間に皺を寄せて更に不機嫌な表情を見せる。

「言ってもそんな詳しく聞いちゃいねぇよ。それでも、アジェの話とあいつからの情報合わせれば、何となく何があったかくらい分かるっての」
「ふん、何ですか? 俺をからかいに来たんですか? それとも情けない男だと笑いに来たんですか?」
「そう喧嘩腰になるな、そんなんじゃねぇよ」
「だったら何の用です?」
「アジェの事……」

 エドワードの眉がピクリと上がる。
 立ち止まり、睨むようにエドワードはグノーを見やった。

「お前、ここしばらく領主の屋敷に戻ってないんだってな」
「仕事が忙しいんですよ、そんなの珍しい事じゃない」
「そうやってお前はアジェから逃げ続けるのか?」

 グノーの言葉にまたエドワードの眉がピクリと上がった。

「あなたには関係のない事です」
「あぁ、そうだな。俺には全く関係ない……だけどな、アジェは俺の友達だ」

 逆に今度はグノーが睨み付けるように言えば、斜に構えていたエドワードも怒りを覚えたのかグノーに真っ向から向き直る。

「それこそ『ただの友達』が口を挟むような話じゃない」
「ただのじゃねぇよ、俺はアジェの『親友』だ。この立場だけはお前にも譲る気はねぇよ」
「それでも所詮友達でしょう」
「だったらお前は何なんだ? 兄? 恋人? 許婚? どの関係も中途半端にしてアジェに向き合おうともしねぇ、お前は一体なんなんだよ。お前なんか俺と違って親友以下じゃねぇか」

 かっと血が上ったエドワードがグノーの襟首を掴む。

「うるせぇよ、俺達の事に口を出すんじゃねぇ」
「ふん、お前の恫喝なんて怖かねぇよ」

グノーは自身の襟首を掴んだエドワードの腕を払い、襟元を直す。

「まぁ、いいけどな。俺はお前にアジェの近況を伝えに来てやっただけだ」
「アジェの……?」
「アジェから逃げ続けてるお前に優しい俺から忠告だ。これ以上お前がアジェから逃げ続けるなら、俺はアジェをお前から奪う」
「はっ、何を言うかと思えば。奪う? 馬鹿馬鹿しい、俺とアジェは既に番だ、それにあんたはΩでアジェとどうこうなる事もできはしない。自分にも番がいるくせに、よくそんな口が叩けたもんだな」

 グノーはその言葉に「短絡的だな」と目を細める。

「奪うって言葉はそんな単一的な事じゃない。アジェは考えてる、今までアジェはお前の許婚という立場だからあの領主の屋敷に暮らしてきたんだ。アジェはお前との関係を清算したらあの家には暮らせないとそう思ってるよ。だから俺はナダールの仕事が終わったらアジェを連れて一緒にイリヤへ帰る。これにはアジェも賛同してくれた」
「は? なんだよ、それ……」
「番契約なんてαの側からなら破棄できるんだ、お前はお前で勝手に生きろ。じゃあな」
「破棄なんてできる訳ないだろう! そんな事をすればアジェは自分の命を削る」
「それでもアジェは俺と行くと言ってくれたよ」

 エドワードの顔から一気に血の気が引いた。
 まさかそんな事があるだろうか? アジェはもう完全に自分を見限ったとそういう事か?

「あ……あともう1つ、あいつもう完全に吹っ切ったみたいでさ、ここ数日はめっちゃ楽しそうに笑ってたぞ」

 エドワードはただでさえ血の気が引いているというのに、その言葉で更に顔面から色を失う。
 完全に言葉を失ってしまったエドワードにグノーは呆れたようにひとつ溜息を零した。

「……なんてのは、嘘だけどな」
「はぁ!?」

 完全に意気消沈していただけに、グノーのそのしれっとした物言いに今度は一気に血の気が上がった。

「ふざけんなっ、俺がどんな思いで……!」
「笑ってたのは本当だよ」

 グノーは真っ直ぐエドワードを見やる。

「アジェが楽しそうに笑ってたのは嘘じゃない」
「なんで……」
「ふざけんな、お前っ!」

 今度はグノーがエドワードの襟首を掴んだ。

「アジェが笑ってる理由なんて1つしかないだろうがっ! アジェはなぁ、笑うんだよっ! 自分が辛い時はそれを隠して笑うんだよっ。周りを気遣って自分は大丈夫だって笑ってるんだよ! お前はそれを知ってるだろうがっっ!!」
「っつ……」

 エドワードはまたしても言葉を失った。それは確かに彼の言う通りだったからだ。
 アジェはいつでも周りを逆に気遣い自分が悲しい事も苦しい事も綺麗に全て隠してしまう。
 そんな彼の姿を見るのが辛くて、そんな風にさせたくなくて、自分の前では泣かせてやりたくて自分はアジェの傍にいたはずなのに、そんな彼を今悲しませているのは自分自身だ。

「俺のアジェ、泣かすんじゃねぇよっ!」

 突き飛ばすようにしてグノーはエドワードの襟首を離した。

「言われなくても、分かってます」
「どうだか、仕事を逃げ口上にアジェから逃げ続けてる奴なんか信用できるか! 俺はアジェを連れて行く、これは決定事項だ」
「あなたにはナダールさんがいるでしょう!」
「関係ねぇよ! 俺はアジェが好きだ、こんな風にアジェを泣かされるのは我慢がならねぇ! だから俺はアジェを連れて行く!」
「させねぇよ、そんな事……させるかよ!」
「だったら行けよ! アジェから逃げんな! アジェを泣かすな! これが最後の忠告だ、二度目はないから覚えておけ!」

 そう言ってグノーは踵を返した。

「言われなくても! あと、アジェは俺のだ! お前が俺のって言うんじゃねぇよっっ!」

 エドワードの叫びにグノーは振り返りもせずにヒラヒラと手を振った。
 彼の真意は分からない、だがきっと彼は自分を怒らせに来ただけではないはずだ。

「くそっ、俺は何をやってんだ……」

 エドワードは拳を握ってグノーとは逆の方向へと踵を返した。


  ※  ※  ※

「妬けますねぇ……」
「なんだよ、居たのか」

 グノーの進行方向、大きな木を背に腕を組んでナダールは少しだけ困ったような顔で微笑んだ。

「久々に見ましたよ、あなたが啖呵を切る姿。相変わらず威勢がいい」
「ふん、だってあいつ、あのくらい言わないと動かねぇだろ。変なところ頑固で一度こうだってなったら梃子でも動かねぇし、このままじゃアジェが可哀相だ」
「そうですね、さすがにアレだけ言ったら彼も動かない訳にいかないでしょうしねぇ」

 「それにしても……」とナダールは苦笑いを零す。

「さっきの会話、私の扱いちょっと酷くないですか?」
「何が? 別にお前の事なんて何も言ってないだろ?」
「あなたは私とアジェ君の2人が居たら、私よりアジェ君を選ぶのですか?」
「……? なんでそうなる? そんな事、一言も言ってないだろ?」

 また変なやきもち妬いてんな……とグノーは呆れたように笑った。

「俺がアジェを連れて行くって言ったのは、俺達家族の中に迎え入れるって意味だぞ? 今更子供の1人や2人増えたところでどうって事ないだろ?」
「子供……ですか?」
「俺達の子供にしてはアジェは少し育ち過ぎだけど、別に構わねぇだろ?」

 小首を傾げて「何か問題でも?」という顔を見せるグノーにナダールは思わず吹き出した。

「なんだよ? 俺、何か変な事言ったか?」
「いいえ、いいえ、そうですね、いいと思いますよ。家族は多い方がより楽しいですからね」

 ナダールは目に涙を浮かべるほど笑い続け、グノーは「なんだよ、もう!」と不貞腐れた。


  ※  ※  ※



 アジェはその日、ぼんやりと自室で仕事をこなしていた。
 仕事の分担は2人で決めた。自分は事務仕事をエドワードは外回りの仕事をそれぞれ受け持ち、今までそこそこ上手くやってきた。
 お互い協力できる所は協力して、一緒に連れ立って出掛ける事も時にはあったが、基本的に昼間は2人一緒にいる事は少なかった。
 ここ数日エドワードが屋敷に帰ってこない。
 食事の準備もあるので家の者に連絡は入っているようなのだが、それでももうかれこれ1週間は彼の姿を見ていない。そして、それが恐らく自分のせいだと分かっているアジェはひとつ大きな溜息を零した。
 「仕事が忙しい」その言葉に嘘はないだろう。それでも、彼がここまで自分の前に顔を出さなかったことなど、あの事件以降一度もないのだ。

「エディの馬鹿……」

 「出て行って」と言ったのは自分だったが、家自体を出て行く必要などないではないか!
 そもそもここは領主様の屋敷で、エドワードの家なのだから、むしろ出て行かなければならないのは居候である自分の方なのに……とアジェはまた溜息を吐く。

「馬鹿は僕の方か……もう、あんな事言うんじゃなかった……」

 数日が経ち、後悔ばかりがふつふつと湧いてくる。
 黙っていれば良かったのだ、例えエディが何かを隠していたとしても、自分が踏み込むべきでも責めるべきでもなかった。
 こんな名ばかりの恋人ではそんな事を言う資格すら自分にはない。
 グノーにはっきり指摘されてアジェは自分のどこまでも受け身な姿勢に改めて気付かされた。確かに自分は今までずっとエディの言いなりで、唯一我を通したのがあの家出騒動、それも結局エディに説得されて、渋る彼をここカルネ領の跡継ぎとする事で自分は戻ってきたのだ。
 お互いがお互いに我慢を強いている、自分達2人は2人共が相手を思い遣っているようでいて、2人揃ってお互いを傷付け合っている。それに気付いてしまった。
 またしてもじわりと瞳に涙が浮かぶ、エディが出て行ってから自分はどうにも情緒不安定でこんな事ばかりを繰り返し、やらなければならない仕事はどんどん滞っていくばかりだ。

「駄目駄目、考えるな。今は仕事……」

 自分の頬を軽く叩くようにして、そう呟いている所で部屋の扉がこんこんと控え目にノックされた。

「はぁい」

 返事を返して自分が部屋にいる事を相手に伝える。
 それにしても今日は来客の予定はないはずだし、食事に呼ばれるにしてもまだ早すぎる時間で僕は首を傾げた。

「どうぞ、開いてますよ」

 反応がないので更に声をかけるのだが、やはり扉の開く気配も声が返ってくる事もない。
 気のせいだったか? と思いはしたのだが、気になってアジェは席を立ち、扉を開けた、そしてそこに立っていたのは……

「エディ……」

 エドワードはいつにも増して険しい顔でそこに立っていた。

「どうしたの? 何か急ぎの案件でもあった?」

 普段と変わらない声で返したつもりだが、正直それが上手くいったかどうかは分からない。
 声は掠れていないだろうか? 震えてはいないだろうか? 今はどんな顔をしていいかも分からない。

「ちょっと、一緒に来てくれないか?」
「……え? でも、まだ仕事が……」

 実際ここ数日で滞ってしまった仕事は山積みで、アジェはちらりと後ろの机の上を見やる。
 そんなアジェの様子に苛立ったのか、エドワードはアジェの腕を掴み「いいから来い」と低い声でぼそりと告げると、そのままアジェの顔を見もしないで強引にその腕を引いた。

「えっ、ちょっと痛いっ、離して……」

 一瞬掴む手の力が弛んだ気もするのだが、それでもその手は振り解けない。
 どうにかその掴む指を引き剥がそうと試みるのだが、それも駄目で、彼の指一本ですら自分の力では外す事もできず、アジェは怯えた。
 なんで!? どうしてこんな事……思わず瞳に涙が浮かぶ。

「2人揃って、何処かへ出掛けるのかい?」

 引っ張られるままに歩いていたアジェとエドワードの2人に声をかけてきたのは領主である父親で、瞬間アジェはビクッと身を竦ませた。
 すると力任せに腕を引いていたエドワードは立ち止まり、ひとつ大きく息を吐く。そしていつもと変わらぬ声音で「仕事がひと段落したので、少し2人で遠乗りをしてきます。帰りは少し遅くなるかもしれません」とそう父に告げた。
 後ろ手に腕を引かれているので、その表情は見えないのだが、父が何の動揺も見せずに「そうか、気を付けて行っておいで」と笑ったので、きっとエディも普段と変わらぬ顔をしているのだろう。
 それでも、掴んだ腕はぴくりとも動きはしないのだから、エドワードの仮面もたいしたものだ。
 「遠乗りなんて、聞いてない」小声でそう呟けば「そんな訳無いだろ」とやはり小声で返された。

「乗って」

 屋敷の出入り口には馬が一頭繋がれていて、僕がその乗馬を躊躇うと担ぎ上げるようにして荷物か何かを乗せるように無理矢理馬に乗せられた。しぶしぶ横座りにバランスを取って、馬のたてがみを掴む。

「ちゃんと捕まってないと振り落とされるぞ、こいつは少しばかり気性が荒い」

 そう言って彼も馬に跨り、馬は荒っぽく走り出した。

「え……ちょっと、落ちるっっ」

 たてがみに縋るようにして捕まり振り落とされないようにバランスを取るのだが、それが気に入らないのかエディはちっと舌打ちをして「俺に捕まれ」とその腰を抱き寄せられた。

「ねぇ、何処に行くの……?」
「喋っていると舌を噛む。こいつは気性が荒いと言っただろう、すぐに着くから黙っていろ」

 その言葉を最後にエディは無言で前を向いて馬を走らせ、僕はもう何も言う事ができず、ただエディに抱きついていた。


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