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君と僕の物語
友達100人できるかな?
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俺とクロード、そしてアインの3人は連れ立って歩き出す。
「アイン団長、どうせならアイン団長もクロードの事呼び捨てで呼んでみるの、どうですか? いつまでもフルネーム+称号っていい加減長すぎません?」
「いや、でも私がクロード・マイラー騎士団長殿を呼び捨てなど恐れ多くて……ただでさえ私の方が格下だというのに」
「ですが、アイン騎士団長殿の方が年上です」
クロードの言葉にアインは「いや、でも……」と歯切れが悪い。
「私、やはり嫌われているのでは? もしそうなら無理をされなくともいいのですよ?」
「いえ、決してそのような事はありません! 私はあなたを尊敬しております、ですがそれだからこそ恐れ多くて……」
「私はあなたに尊敬されるような人間ではありませんよ」
「そんな事はありません! あなたの剣捌きは素晴らしい、武闘派と呼ばれる我が第3騎士団でもあなたに憧れを抱く人間は大勢います!」
どうにか俺を挟まず2人で会話を始めたアインとクロードに俺は安堵の息を零す。
全く世話の焼ける大人達だ。
喧々囂々と討議を交わした結果、アインはクロードを名前で呼ぶ事を了承し、クロードはまた嬉しそうに笑みを見せる、本当に今日は笑顔の大盤振る舞いだ。
「ところでエドワード君、城に家族がいるという事だが、一体何処にいらっしゃるんだい?」
「まぁ、付いてくれば分かります」
俺はアインの言葉を軽く流して城の中を我が物顔で歩いて行く。
もう城の中の人間も訳知り顔で何も言わないので、軽く頭だけ下げて歩を進めていくと、アインが俄かに慌てだす。
「おい、おい! エドワード君、この先は国王陛下の居住域だぞ、一般の人間は立ち入り禁止……」
「そんな事は分かっています、大丈夫ですよ」
「ご苦労様です」と警備兵に頭を下げれば無条件で通されて、アインはおろおろと俺達の後ろを付いて来るのだが、どうにも落ち着かない様子で笑ってしまう。
「おい、エドワード君! これはどういう事なのか説明を……」
「あ、お兄ちゃん!」
長い廊下をめいっぱい使って遊んでいたと思われる下の弟妹が、人の気配に気付いて顔を上げると満面の笑顔で駆けてきた。
「兄ちゃん、最近なんで来ないの? 兄ちゃんも一緒にここで暮らせばいいのに」
「俺はそのうちルーンに帰るからな」
「なんで? それなら僕も帰りたい」
「私も……ここは少し窮屈だから」
次女のエマと末っ子のジャックが口々にそう言い、纏わりついてくるその頭を撫でて「それは親父に聞かないとな」と笑顔を見せると、どこかでがしゃん! と何かが割れるような音が響き、少女の叫び声が聞こえる。
「あ? なんだ?」
驚いて顔を上げると弟妹はさして驚いた様子も見せずにくすくすと笑った。
「きっとまたマリアだよ」
「そうね、きっとまたあわてんぼうのマリアね」
「マリア?」
俺が首を傾げると、2人は俺の手を引いた。
連れて行かれた部屋は少女趣味の可愛らしい部屋で、妹達の部屋である事が窺える。
その部屋を見渡せば、慌てたように割れたカップを片付ける侍女と、それを可笑しそうに手伝うすぐ下の妹ルネが居た。
「ルネ、大丈夫か?」
「あら、お兄ちゃん来てたのね。大丈夫よ、いつもの事だから」
「ごめんなさい、すみません」と謝り倒しながら、その割れたカップを片付ける侍女は年の頃はルネと同じか少し上くらいの大人しそうな少女だった。
「マリア、慌てると手を切るわ。ゆっくりでいいから落ち着いて」
「でも、でも早く片付けないと絨毯がシミに……」
「大丈夫だから」
ルネが言ってる傍から指先を傷付けたのか「痛い」と悲鳴を上げて少女は涙目だ。
その細い指先には朱が走り、今度はルネが慌てたようにその手をとって「言わんこっちゃない」とその傷口を消毒しはじめた。
というか、消毒液がそんな近くに常備されているのは何故だ? その少女の手は何やら幾つも手当てが施されていて見ていて痛々しい、満身創痍とはこの事かという感じのその手につい見入ってしまう。
そうこう言っている間に割れたカップを下の弟妹達が要領よく片付けてしまい、侍女は所在無さげに涙ぐんだ。
「マリア、大丈夫か?」
俺の後ろから声がして振り向くと、アインが困惑顔で棒立ちになっている。
その声に顔を上げた少女はアインの顔を見て、瞳に涙を浮かべたまま微かに笑みを見せた。
「お兄様、どうしてここに?」
「エドワード君が家族を紹介してくれると言うから付いて来たんだが……お前は確か今王女様付きの侍女として働いているんじゃなかったか?」
「はい、お兄様。マリアはルネーシャ様の侍女として働いているのですが、失敗ばかりでご迷惑を……」
途端にまた少女の瞳が潤む。
「マリア、泣かないの、大丈夫だから! カップなんか幾らでもあるし、絨毯なんか多少汚れたってどうって事ないわ、それよりマリアは自分が怪我しないように気を付けて!」
妹ルネの言葉に頷いて、マリアと呼ばれた少女は涙を堪えて頭を下げた。
「アイン団長の知り合いですか?」
「妹だ。少々そそっかしい性格で、行儀見習いとして城仕えをさせてはいるのだが、正直仕事が勤まっているのか心配はしていた。やはりここでも迷惑をかけているようで申し訳ない」
「あら、お兄さん、マリアの大好きなお兄様なの?」
困惑顔のアインと涙目のマリア、その2人を見比べてルネは可笑しそうに笑った。
兄妹……少しも同じ遺伝子を感じられないくらい似ていない兄妹だ。
「えっと、君は?」
「私はルネーシャ、マリアとは仲良くさせてもらっているから安心して下さい、お兄様」
ルネがにっこり笑みを見せると、アインはまたクロードのとき同様激しく動揺した。
なんだろう、アイン団長こういうのに慣れていないのだろうか? いつも厳つい男達に囲まれて豪快に笑っている男だったが、どうやらあまり女性には耐性がなさそうに見える。
クロードは男だがあの綺麗な顔だ、括り的には同じなのだろう。
「えっと、ルネーシャさん? あれ? 王女様? ルネーシャ様?」
「あら、うふふ。マリアのお兄様ですものね、ルネでいいですよ」
「え? いや……そういう訳には、え? これはどういう?」
アインは心底困ったという顔で俺を見やる。
「こいつ等は妹のルネとエマ、あと弟のジャックです。ジャンは?」
「ジャンは父さんに連れられて今日はお出かけ、その内帰って来るんじゃないかしら」
小首を傾げてそう言うルネにアインはまた赤面している、なんかこの人凄く分かりやすい。
「エドワード君? なんで王女様が君の妹なのかよく分からないんだが……君はもしかして王子だったりするのかい?」
「いえ、違いますよ。自分は王家とは無関係です、ただ長くこいつ等とは兄弟として暮らしてきてたんで、そこの関係は変えたくないだけで王家には一切関わりないです」
「兄弟として暮らしてたのに関わりがない?」
「お兄ちゃん、その言い方じゃ説明にならないわよ。ちゃんと説明してあげて! マリアは私と一緒にお茶を入れ直しましょう」
「そんなルネーシャ様にお手伝いなんて……」
「マリア、ルネって呼んでって何度も言ってるでしょ。ル・ネ・よ」
「はい、ルネ……さま」
「さまもいらないのに。まぁいいわ、行きましょう、マリア」
言ってルネはマリアを引っ張って行ってしまう。
「なんだかうちの妹がずいぶん世話になっているみたいだ」
「そこはお互い様でしょう。うちは元々こんな風に他人に世話をしてもらって生活をするような家じゃなかった、あのくらいがルネにはたぶん丁度いい」
俺はアインに家族の説明をすると、アインは腕を組んで考え込んでしまう。
「う~ん? では、もしかすると君の説明をそのまま信じればブラック・ラング様は国王陛下……?」
「まぁ、そういう事になりますね」
「いや、でも、だとすると剣豪と呼ばれていた時代、ブラック・ラング様は王子という事になると思うのだが?」
「まぁ、そうだったんでしょうね」
「王子がなんでそんな下々の人間と一緒に?」
「そこは本人に聞いてもらわないと……そもそもその下々の人間として俺達はつい最近まで暮らしていた訳で、あの人あんまり王家には関わってなかったんじゃないですかね?」
俺自身も詳しい話しはあまり聞いていない、聞く気も無かったし興味もない。
「陛下は表舞台に立たれることを好まなかっただけで、ちゃんと国政には携わっていましたよ」
無言を貫いていたクロードが俄かに口を開く。
「陛下の黒髪はこの国でも珍しい、口さがない事を言う人間も多かったと聞き及んでおります。兄である前国王様はそんな陛下を信頼して様々な仕事を与え、ブラック陛下もその期待に応えるように影ながら尽力していた。その働きは公にはなりませんでしたが、陛下の働きはこの国の地盤を磐石な物にした、と兄から聞き及んでおります」
「そういえばクロードの兄さんって親父の友達だっけ?」
「仲は良いみたいですね、幼い頃は私もよく陛下に遊んでもらいました」
親父とクロードが一緒に遊ぶという姿が想像できず眉間に皺を寄せてしまう。
「エディは陛下を軽んじますが、陛下は本当に凄い人なのですよ」
「よせやい、照れるじゃねぇか」
突然響く朗々とした声、振り返れば親父がいつもの人を喰ったような笑みを見せ、その後ろから弟のジャックが顔を覗かせていた。
「盗み聞きかよ、趣味悪ぃ」
「別に盗んで聞いたりなんざしてねぇよ、通りかかったら聞こえてきただけだ」
「部屋の中通りかかるなんてありえないだろ」
「ルネがここにお前がいるって言うから、わざわざ親父様自ら会いに来てやったんじゃねぇか。全く親不孝者の息子だな」
ぽんぽんと言い合いを始めた俺と親父の間に立ってアインはまた困ったような表情を浮かべるのだが、クロードに「いつもの事ですから」と諭されて、とりあえず親父に席を譲り、アインは俺の隣にやってきた。
「あんたは確か第3騎士団長だったな、名前は……」
「アイン・シグと申します」
アインさんは緊張した面持ちで直角になるほど腰を折り曲げ頭を下げる。
「そうそう、アイン団長だ。馬鹿息子が世話になってる、手がかかって仕方ないと思うが、どうかよろしく面倒見てやってくれ。手加減はいらないから」
親父がへらりと笑ってそう言うと、アインはまた畏まって頭を下げた。
「そういえば第3騎士団長殿はずいぶん腕の立つ男だと聞いている。どうだ、俺とひとつ手合わせしてみないか?」
「え?」
「ここの所腕がにぶって仕方ない、馬鹿息子相手にするだけじゃ物足りなくてな」
「親父、アイン団長に何言ってんだ」
「いえ、願ってもない! まさかあの伝説の剣豪ブラック・ラング様と手合わせ出来るなど夢のようです」
「ほぉ、その称号もなんだか懐かしい、若いのによく知ってたな」
「我が第3騎士団はそういう集まりです、名の有る猛者の名を覚えているのは当然です」
「あはは、そういえばそうだったな」
「どういう事?」とクロードに耳打ちすれば、うちの騎士団は隊ごとに特色があって第3騎士団は特に喧嘩っ早い武闘派が集まっているのだとクロードは教えてくれた。
そしてそのトップであるアインは勿論、格闘大好きの親父と同じタイプの人間だった。
「そうとなれば話しは早い。行こうぜ、アイン団長」
「な、ちょっと……親父はなんか俺に話があるんじゃなかったのか?」
「あ? あぁ、まぁな。でもまぁ急ぐ話でもない」
親父は剣を担いでそんな事を言う。
それよりもまずは久々の立ち合いに腕がなるという態度がありありと見て取れて、また眉間に皺を寄せてしまった。
本当に親父のスタンスはどこまでいっても変わらない。
アインを引き連れて親父が姿を消したのと入れ替わるように今度は妹ルネとアイン団長の妹マリアがお茶を慎重な面持ちで運んできた。
「あら、お兄様は?」
首を傾げるマリアに苦笑する。その手は震えていて、そんな事よりそのティーセットをまず下ろせ、と見ているこっちが冷や冷やする。
「ちょっと野暮用で抜けました、それお預かりしますね」
そのティーセットをクロードが受け取るとマリアはぽっと頬を紅く染めた。
「そういえばルネ、お前クロード・マイラー親衛隊って知ってるか?」
「知ってる、お兄ちゃんクロードさんとずっと一緒にいるくせに知らなかったの?」
妹ルネは心底可笑しいといった風にけらけら笑った。
「誰も教えてくれなかったからな。お前はなんで知ってるんだ?」
「だってここに来た当初から噂の的だったもの。どんな凄い人なのかと思って期待してたら、なんだかお兄ちゃんにべったりだし、想像してたのと違ってがっかりしたわ」
「一体どんな想像してたんだよ……」
「騎士団長だって言うからもっとがっしりした美丈夫? さっきのマリアのお兄様をもう少し綺麗にした感じかしら?」
「ルネさま酷い、うちのお兄様は格好いいですよ」
「マリアがお兄様大好きなのは知ってるわよ。誰もあなたのお兄様を卑下した訳じゃないわ、あんまりクロードさんは美人だ美人だって噂になっていたから、小奇麗な人を想像していただけよ」
「私はそんなにがっかりな感じでしたか……?」
クロードが目に見えて落ち込むのが分かる。あぁもう、面倒くさい。
「別に、イメージと違ってただけでそこまで落ち込む事ではないわ。言葉選びが悪かったわね、ごめんなさい。でもやっぱりクロードさんは知れば知るほどイメージが違うのは間違いないわ」
「私のイメージってなんなのでしょう?」
「孤高の麗人? 白面の騎士? そんな二つ名があるんでしょう?」
「知りませんよ、そんなの……」
クロードはやはりどよんとした雰囲気でそんな事を言う。
「まぁまぁ、とりあえず今日は友達も出来た事だし、そう落ち込むな」
クロードの背をばしばし叩いてそう言うと彼は微かに頷いた。
「お友達出来たんですか?」
「はい、先程のアインが私の友人になると言ってくれました」
「お兄様凄い、お兄様がマイラー様のお友達なんて、私どうすればいいのでしょう」
ルネは可笑しそうに笑いを堪え、マリアは感動に打ち震えている、なんだろうこの状況、カオスだな。
「良かったらルネ様も、マリアさんも私の友達になってはくれませんか? エディいいですよね?」
「俺は別にいいと思う」
「私も別に構わないわよ、マリアは?」
マリアは顔を手で覆っている。
なんだろう凄い既視感、俺さっきもこんな光景見たぞ。
「わ、私なんかがそんな……恐れ多い……」
「やはり駄目ですか……?」
しょぼんとしたクロードの声音にマリアは真っ赤な顔で困ったようにルネを見やった。
「クロードさん可哀相じゃない、お友達になるくらい良くない?」
「そんな、私なんてそんな……本当にいいのでしょうか……?」
なんだかマリアさんも泣いてしまいそうだ。
「嫌じゃなかったら友達になってやってよ、こいつ本当に友達いないんだから」
「そんな……? 本当に? マイラー様もよろしいのですか?」
「お願いしているのは私の方です」
皆の視線が集中する中、マリアさんは小さく頷き、クロードがぱぁっと満面の笑みを零す。
その笑顔を近くで見てしまったマリアさんは力が抜けたように座り込んでしまったので、俺は慌てて抱き上げた。
「ちょっと、マリア大丈夫!?」
「はい、少し意識が……私、まるで夢を見ているようで……」
「そんな大袈裟な……」
だが、先程アイン団長も似たような反応をしていた事を思うと、姿形は似ていない兄妹だと思ったが、中身はよく似た兄妹なのだなと納得できてしまう。
クロードはなんだかにこにこしていて、本当に今日は笑顔の大盤振る舞いだ。
「そうと決まったら、お茶会にいたしましょう。マリアさんも一緒にいかがですか?」
「え? そんな、私は侍女です、皆様と同席なんて……」
「私は別に構わないわよ」
「俺も気にしない、っていうか侍女というよりあんたルネの友達だろ?」
「え? そんな……私はルネさまの侍女で……」
「酷いマリア、私はマリアの事友達だと思ってるのに!」
ルネが泣き真似をすれば、マリアはまたうろたえたようにおろおろする。
「ルネもこう言ってる事だし、良かったら、ね?」
「わ……分かりました」
俺の言葉にマリアは困り顔だったが、すとんとソファーに腰掛けて緊張の面持ちで茶を注ぎ始める。
うん、ちょろい。でも少しばかり茶が零れてるが大丈夫か?
マリアが茶を入れ終わるのを皆で固唾を飲んで見守る。こんなに緊張感のある茶会もないもんだな。
無事に茶を入れ終わると、マリアはほっとしたように笑みを零した。決して美人ではないのだが、その笑みは子供のようで微笑ましい。
ルネは「よく出来た」と彼女の頭を撫でていて、恐らくマリアの方が年上なのだろうにずいぶんと幼く見える。
「いいですね彼女、見ているとなんだか落ち着く」
クロードがそう呟く傍ら、そうか? と首を傾げざるを得ないのだが、妹はマリアを撫で回していて本当に仲が良い。
そんな和気藹々としたお茶会は呑気に続いて、なんだか脱力してしまう。
俺はこんな所でこんな事をしている場合だっただろうか? 何か忘れている気がするのだが気のせいか?
「あぁ、そういえばエディ、ガリアスに面会の約束を取り付けました。先方は何時でも良いと言っていますが、何時にされますか?」
「え? 早っ。何時でもいいなら早い方がいいけど……」
「さようですか」とクロードはしばし考え「では明後日に」とそう告げた。
「あなた1人で行かせたら何をしでかすか分かりませんので、私も付いていきますからね」
「別に向こうが何もしなければ、こっちだって何もする気はない」
「ガリアスが一体あなたに何をするというのですか? そもそもあなた達には面識はないはずでしょう?」
まぁ、そうだけどと言葉を濁す。
とりあえずやる事はひとつだけ、そのガリアスという人物が本当に親衛隊のボスであるのなら、それを潰すと一言宣言しておきたいだけだ。
そもそもクロードを守るつもりでできた親衛隊なのだったら、この状況がおかしな状況であるのは分かっていると思うのだ、自分はそこの確認をしたいのだ。
もし、それでもクロードに1人の生活を強いるというのなら、それは己の中で納得のいかないことなので理由の説明も求めたいし、理不尽な理由なら叩きのめす事くらいは考えている、それは間違った行動だろうか?
「あなたは本当に何をしでかすか分からないので、心配で仕方ありません」
「お前にだけは言われたくない」
一口茶を啜ってふんとそっぽを向けば、視線の先、マリアがほわぁぁと頬を染めて俺達を見ていた。
「えっと、何?」
「お二人は仲が良いのですね、素敵です」
何が素敵なのか皆目見当が付かないのだが、不思議な娘だ。
「そういえばマリアはそっち派だったわね、でも駄目よ、お兄ちゃんにはもう好きな人いるんだから」
「そうなのですか? それは残念です……」
「なんの話だ? そっち派ってなんだ?」
「親衛隊の話、クロードさんには基本的には関わっちゃ駄目って言われてるから、世の乙女達は憧れていても近くに寄れないじゃない? だから、どうせ自分が駄目なら他の女の人にとられるより、素敵な殿方とくっ付いてくれた方がいいなぁ……っていう一派」
「…………は?」
完全に思考が停止した。
「まぁ、お兄ちゃんとクロードさんじゃ豚に真珠よねぇ、あはは。それだったら私はまだマリアのお兄様の方がいいわ」
「お兄様は駄目です、それこそ美女と野獣じゃないですか。どうせならもっと美しくないと!」
「待て待て待て! ちょっと待て!! 何を言ってるんだお前達!!」
「ただの乙女の妄想よ、気にする事じゃないわ」
「気にするわ! っていうか気にするわ!! まさか俺達そんな風に思われてたりするのか!?」
「中にはいるわよ、そういう人。でもお兄ちゃんはないわぁ~どちらにしてもお兄ちゃんにはアジェ様がいるもんね、関係ないか。そうそうお兄ちゃんの番のアジェ様って男性Ωなのよ」
「まぁ、男性Ωなのですか? 本当にいらっしゃるのですね。私男性Ωの方にはお会いした事がありませんので、一度お会いしてみたいです」
ルネとマリアがきゃっきゃ、うふふと盛り上がる横で俺は盛大に溜息を吐く。
まさか自分達が傍からそんな目で見られているとは思わなかった。
そもそもどちらかがΩならともかく、俺達2人共αなのになんでだ?!
「マリアさんはバース性はΩですか?」
「え? はい。ルネ様と同じだという事でこの役を賜りました」
クロードの問いにマリアは頷く。
クロードは何かを考え込んでいるのか小首を傾げた。
「マイラー様? どうかされましたか?」
「私の事はクロードとお呼び下さい、マリアさん」
そして、にっこり。
マリアがまた顔を真っ赤にして倒れ込むのを、ルネが支える。
「クロードさん、マリアに免疫が出来るまで、その顔は少し控えてもらってもいいかしら? この子箱入り娘でただでさえ男性に対する免疫が少ないのよ。クロードさんの笑顔は破壊力が大きすぎるわ」
「そうなのですか? これは困りましたね」
無表情に戻ってしまえばさして困っている風にも見えないクロードがまた小首を傾げる。
「まぁ、友達になるって言ったってそう一朝一夕に親友になれないのと一緒で、仲良くなるのには時間がかかるという事だな」
「さようですか……ふむ」
納得したのかしていないのかよく分からないのだがクロードは「善処します」と頷いた。
「でもこれで友達何人目だ? この調子なら100人くらいすぐ友達になれると思うぞ」
「100人……壮大な野望ですね、頑張ります」
友達100人できるかな? なんて子供のような野望だが、ひどく真面目にクロードは頷くので、俺とルネは思わず吹き出して笑ってしまう。
そんな俺達を見て、クロードは何を笑われているのか分からないようで、きょとんとまた首を傾げた。
「アイン団長、どうせならアイン団長もクロードの事呼び捨てで呼んでみるの、どうですか? いつまでもフルネーム+称号っていい加減長すぎません?」
「いや、でも私がクロード・マイラー騎士団長殿を呼び捨てなど恐れ多くて……ただでさえ私の方が格下だというのに」
「ですが、アイン騎士団長殿の方が年上です」
クロードの言葉にアインは「いや、でも……」と歯切れが悪い。
「私、やはり嫌われているのでは? もしそうなら無理をされなくともいいのですよ?」
「いえ、決してそのような事はありません! 私はあなたを尊敬しております、ですがそれだからこそ恐れ多くて……」
「私はあなたに尊敬されるような人間ではありませんよ」
「そんな事はありません! あなたの剣捌きは素晴らしい、武闘派と呼ばれる我が第3騎士団でもあなたに憧れを抱く人間は大勢います!」
どうにか俺を挟まず2人で会話を始めたアインとクロードに俺は安堵の息を零す。
全く世話の焼ける大人達だ。
喧々囂々と討議を交わした結果、アインはクロードを名前で呼ぶ事を了承し、クロードはまた嬉しそうに笑みを見せる、本当に今日は笑顔の大盤振る舞いだ。
「ところでエドワード君、城に家族がいるという事だが、一体何処にいらっしゃるんだい?」
「まぁ、付いてくれば分かります」
俺はアインの言葉を軽く流して城の中を我が物顔で歩いて行く。
もう城の中の人間も訳知り顔で何も言わないので、軽く頭だけ下げて歩を進めていくと、アインが俄かに慌てだす。
「おい、おい! エドワード君、この先は国王陛下の居住域だぞ、一般の人間は立ち入り禁止……」
「そんな事は分かっています、大丈夫ですよ」
「ご苦労様です」と警備兵に頭を下げれば無条件で通されて、アインはおろおろと俺達の後ろを付いて来るのだが、どうにも落ち着かない様子で笑ってしまう。
「おい、エドワード君! これはどういう事なのか説明を……」
「あ、お兄ちゃん!」
長い廊下をめいっぱい使って遊んでいたと思われる下の弟妹が、人の気配に気付いて顔を上げると満面の笑顔で駆けてきた。
「兄ちゃん、最近なんで来ないの? 兄ちゃんも一緒にここで暮らせばいいのに」
「俺はそのうちルーンに帰るからな」
「なんで? それなら僕も帰りたい」
「私も……ここは少し窮屈だから」
次女のエマと末っ子のジャックが口々にそう言い、纏わりついてくるその頭を撫でて「それは親父に聞かないとな」と笑顔を見せると、どこかでがしゃん! と何かが割れるような音が響き、少女の叫び声が聞こえる。
「あ? なんだ?」
驚いて顔を上げると弟妹はさして驚いた様子も見せずにくすくすと笑った。
「きっとまたマリアだよ」
「そうね、きっとまたあわてんぼうのマリアね」
「マリア?」
俺が首を傾げると、2人は俺の手を引いた。
連れて行かれた部屋は少女趣味の可愛らしい部屋で、妹達の部屋である事が窺える。
その部屋を見渡せば、慌てたように割れたカップを片付ける侍女と、それを可笑しそうに手伝うすぐ下の妹ルネが居た。
「ルネ、大丈夫か?」
「あら、お兄ちゃん来てたのね。大丈夫よ、いつもの事だから」
「ごめんなさい、すみません」と謝り倒しながら、その割れたカップを片付ける侍女は年の頃はルネと同じか少し上くらいの大人しそうな少女だった。
「マリア、慌てると手を切るわ。ゆっくりでいいから落ち着いて」
「でも、でも早く片付けないと絨毯がシミに……」
「大丈夫だから」
ルネが言ってる傍から指先を傷付けたのか「痛い」と悲鳴を上げて少女は涙目だ。
その細い指先には朱が走り、今度はルネが慌てたようにその手をとって「言わんこっちゃない」とその傷口を消毒しはじめた。
というか、消毒液がそんな近くに常備されているのは何故だ? その少女の手は何やら幾つも手当てが施されていて見ていて痛々しい、満身創痍とはこの事かという感じのその手につい見入ってしまう。
そうこう言っている間に割れたカップを下の弟妹達が要領よく片付けてしまい、侍女は所在無さげに涙ぐんだ。
「マリア、大丈夫か?」
俺の後ろから声がして振り向くと、アインが困惑顔で棒立ちになっている。
その声に顔を上げた少女はアインの顔を見て、瞳に涙を浮かべたまま微かに笑みを見せた。
「お兄様、どうしてここに?」
「エドワード君が家族を紹介してくれると言うから付いて来たんだが……お前は確か今王女様付きの侍女として働いているんじゃなかったか?」
「はい、お兄様。マリアはルネーシャ様の侍女として働いているのですが、失敗ばかりでご迷惑を……」
途端にまた少女の瞳が潤む。
「マリア、泣かないの、大丈夫だから! カップなんか幾らでもあるし、絨毯なんか多少汚れたってどうって事ないわ、それよりマリアは自分が怪我しないように気を付けて!」
妹ルネの言葉に頷いて、マリアと呼ばれた少女は涙を堪えて頭を下げた。
「アイン団長の知り合いですか?」
「妹だ。少々そそっかしい性格で、行儀見習いとして城仕えをさせてはいるのだが、正直仕事が勤まっているのか心配はしていた。やはりここでも迷惑をかけているようで申し訳ない」
「あら、お兄さん、マリアの大好きなお兄様なの?」
困惑顔のアインと涙目のマリア、その2人を見比べてルネは可笑しそうに笑った。
兄妹……少しも同じ遺伝子を感じられないくらい似ていない兄妹だ。
「えっと、君は?」
「私はルネーシャ、マリアとは仲良くさせてもらっているから安心して下さい、お兄様」
ルネがにっこり笑みを見せると、アインはまたクロードのとき同様激しく動揺した。
なんだろう、アイン団長こういうのに慣れていないのだろうか? いつも厳つい男達に囲まれて豪快に笑っている男だったが、どうやらあまり女性には耐性がなさそうに見える。
クロードは男だがあの綺麗な顔だ、括り的には同じなのだろう。
「えっと、ルネーシャさん? あれ? 王女様? ルネーシャ様?」
「あら、うふふ。マリアのお兄様ですものね、ルネでいいですよ」
「え? いや……そういう訳には、え? これはどういう?」
アインは心底困ったという顔で俺を見やる。
「こいつ等は妹のルネとエマ、あと弟のジャックです。ジャンは?」
「ジャンは父さんに連れられて今日はお出かけ、その内帰って来るんじゃないかしら」
小首を傾げてそう言うルネにアインはまた赤面している、なんかこの人凄く分かりやすい。
「エドワード君? なんで王女様が君の妹なのかよく分からないんだが……君はもしかして王子だったりするのかい?」
「いえ、違いますよ。自分は王家とは無関係です、ただ長くこいつ等とは兄弟として暮らしてきてたんで、そこの関係は変えたくないだけで王家には一切関わりないです」
「兄弟として暮らしてたのに関わりがない?」
「お兄ちゃん、その言い方じゃ説明にならないわよ。ちゃんと説明してあげて! マリアは私と一緒にお茶を入れ直しましょう」
「そんなルネーシャ様にお手伝いなんて……」
「マリア、ルネって呼んでって何度も言ってるでしょ。ル・ネ・よ」
「はい、ルネ……さま」
「さまもいらないのに。まぁいいわ、行きましょう、マリア」
言ってルネはマリアを引っ張って行ってしまう。
「なんだかうちの妹がずいぶん世話になっているみたいだ」
「そこはお互い様でしょう。うちは元々こんな風に他人に世話をしてもらって生活をするような家じゃなかった、あのくらいがルネにはたぶん丁度いい」
俺はアインに家族の説明をすると、アインは腕を組んで考え込んでしまう。
「う~ん? では、もしかすると君の説明をそのまま信じればブラック・ラング様は国王陛下……?」
「まぁ、そういう事になりますね」
「いや、でも、だとすると剣豪と呼ばれていた時代、ブラック・ラング様は王子という事になると思うのだが?」
「まぁ、そうだったんでしょうね」
「王子がなんでそんな下々の人間と一緒に?」
「そこは本人に聞いてもらわないと……そもそもその下々の人間として俺達はつい最近まで暮らしていた訳で、あの人あんまり王家には関わってなかったんじゃないですかね?」
俺自身も詳しい話しはあまり聞いていない、聞く気も無かったし興味もない。
「陛下は表舞台に立たれることを好まなかっただけで、ちゃんと国政には携わっていましたよ」
無言を貫いていたクロードが俄かに口を開く。
「陛下の黒髪はこの国でも珍しい、口さがない事を言う人間も多かったと聞き及んでおります。兄である前国王様はそんな陛下を信頼して様々な仕事を与え、ブラック陛下もその期待に応えるように影ながら尽力していた。その働きは公にはなりませんでしたが、陛下の働きはこの国の地盤を磐石な物にした、と兄から聞き及んでおります」
「そういえばクロードの兄さんって親父の友達だっけ?」
「仲は良いみたいですね、幼い頃は私もよく陛下に遊んでもらいました」
親父とクロードが一緒に遊ぶという姿が想像できず眉間に皺を寄せてしまう。
「エディは陛下を軽んじますが、陛下は本当に凄い人なのですよ」
「よせやい、照れるじゃねぇか」
突然響く朗々とした声、振り返れば親父がいつもの人を喰ったような笑みを見せ、その後ろから弟のジャックが顔を覗かせていた。
「盗み聞きかよ、趣味悪ぃ」
「別に盗んで聞いたりなんざしてねぇよ、通りかかったら聞こえてきただけだ」
「部屋の中通りかかるなんてありえないだろ」
「ルネがここにお前がいるって言うから、わざわざ親父様自ら会いに来てやったんじゃねぇか。全く親不孝者の息子だな」
ぽんぽんと言い合いを始めた俺と親父の間に立ってアインはまた困ったような表情を浮かべるのだが、クロードに「いつもの事ですから」と諭されて、とりあえず親父に席を譲り、アインは俺の隣にやってきた。
「あんたは確か第3騎士団長だったな、名前は……」
「アイン・シグと申します」
アインさんは緊張した面持ちで直角になるほど腰を折り曲げ頭を下げる。
「そうそう、アイン団長だ。馬鹿息子が世話になってる、手がかかって仕方ないと思うが、どうかよろしく面倒見てやってくれ。手加減はいらないから」
親父がへらりと笑ってそう言うと、アインはまた畏まって頭を下げた。
「そういえば第3騎士団長殿はずいぶん腕の立つ男だと聞いている。どうだ、俺とひとつ手合わせしてみないか?」
「え?」
「ここの所腕がにぶって仕方ない、馬鹿息子相手にするだけじゃ物足りなくてな」
「親父、アイン団長に何言ってんだ」
「いえ、願ってもない! まさかあの伝説の剣豪ブラック・ラング様と手合わせ出来るなど夢のようです」
「ほぉ、その称号もなんだか懐かしい、若いのによく知ってたな」
「我が第3騎士団はそういう集まりです、名の有る猛者の名を覚えているのは当然です」
「あはは、そういえばそうだったな」
「どういう事?」とクロードに耳打ちすれば、うちの騎士団は隊ごとに特色があって第3騎士団は特に喧嘩っ早い武闘派が集まっているのだとクロードは教えてくれた。
そしてそのトップであるアインは勿論、格闘大好きの親父と同じタイプの人間だった。
「そうとなれば話しは早い。行こうぜ、アイン団長」
「な、ちょっと……親父はなんか俺に話があるんじゃなかったのか?」
「あ? あぁ、まぁな。でもまぁ急ぐ話でもない」
親父は剣を担いでそんな事を言う。
それよりもまずは久々の立ち合いに腕がなるという態度がありありと見て取れて、また眉間に皺を寄せてしまった。
本当に親父のスタンスはどこまでいっても変わらない。
アインを引き連れて親父が姿を消したのと入れ替わるように今度は妹ルネとアイン団長の妹マリアがお茶を慎重な面持ちで運んできた。
「あら、お兄様は?」
首を傾げるマリアに苦笑する。その手は震えていて、そんな事よりそのティーセットをまず下ろせ、と見ているこっちが冷や冷やする。
「ちょっと野暮用で抜けました、それお預かりしますね」
そのティーセットをクロードが受け取るとマリアはぽっと頬を紅く染めた。
「そういえばルネ、お前クロード・マイラー親衛隊って知ってるか?」
「知ってる、お兄ちゃんクロードさんとずっと一緒にいるくせに知らなかったの?」
妹ルネは心底可笑しいといった風にけらけら笑った。
「誰も教えてくれなかったからな。お前はなんで知ってるんだ?」
「だってここに来た当初から噂の的だったもの。どんな凄い人なのかと思って期待してたら、なんだかお兄ちゃんにべったりだし、想像してたのと違ってがっかりしたわ」
「一体どんな想像してたんだよ……」
「騎士団長だって言うからもっとがっしりした美丈夫? さっきのマリアのお兄様をもう少し綺麗にした感じかしら?」
「ルネさま酷い、うちのお兄様は格好いいですよ」
「マリアがお兄様大好きなのは知ってるわよ。誰もあなたのお兄様を卑下した訳じゃないわ、あんまりクロードさんは美人だ美人だって噂になっていたから、小奇麗な人を想像していただけよ」
「私はそんなにがっかりな感じでしたか……?」
クロードが目に見えて落ち込むのが分かる。あぁもう、面倒くさい。
「別に、イメージと違ってただけでそこまで落ち込む事ではないわ。言葉選びが悪かったわね、ごめんなさい。でもやっぱりクロードさんは知れば知るほどイメージが違うのは間違いないわ」
「私のイメージってなんなのでしょう?」
「孤高の麗人? 白面の騎士? そんな二つ名があるんでしょう?」
「知りませんよ、そんなの……」
クロードはやはりどよんとした雰囲気でそんな事を言う。
「まぁまぁ、とりあえず今日は友達も出来た事だし、そう落ち込むな」
クロードの背をばしばし叩いてそう言うと彼は微かに頷いた。
「お友達出来たんですか?」
「はい、先程のアインが私の友人になると言ってくれました」
「お兄様凄い、お兄様がマイラー様のお友達なんて、私どうすればいいのでしょう」
ルネは可笑しそうに笑いを堪え、マリアは感動に打ち震えている、なんだろうこの状況、カオスだな。
「良かったらルネ様も、マリアさんも私の友達になってはくれませんか? エディいいですよね?」
「俺は別にいいと思う」
「私も別に構わないわよ、マリアは?」
マリアは顔を手で覆っている。
なんだろう凄い既視感、俺さっきもこんな光景見たぞ。
「わ、私なんかがそんな……恐れ多い……」
「やはり駄目ですか……?」
しょぼんとしたクロードの声音にマリアは真っ赤な顔で困ったようにルネを見やった。
「クロードさん可哀相じゃない、お友達になるくらい良くない?」
「そんな、私なんてそんな……本当にいいのでしょうか……?」
なんだかマリアさんも泣いてしまいそうだ。
「嫌じゃなかったら友達になってやってよ、こいつ本当に友達いないんだから」
「そんな……? 本当に? マイラー様もよろしいのですか?」
「お願いしているのは私の方です」
皆の視線が集中する中、マリアさんは小さく頷き、クロードがぱぁっと満面の笑みを零す。
その笑顔を近くで見てしまったマリアさんは力が抜けたように座り込んでしまったので、俺は慌てて抱き上げた。
「ちょっと、マリア大丈夫!?」
「はい、少し意識が……私、まるで夢を見ているようで……」
「そんな大袈裟な……」
だが、先程アイン団長も似たような反応をしていた事を思うと、姿形は似ていない兄妹だと思ったが、中身はよく似た兄妹なのだなと納得できてしまう。
クロードはなんだかにこにこしていて、本当に今日は笑顔の大盤振る舞いだ。
「そうと決まったら、お茶会にいたしましょう。マリアさんも一緒にいかがですか?」
「え? そんな、私は侍女です、皆様と同席なんて……」
「私は別に構わないわよ」
「俺も気にしない、っていうか侍女というよりあんたルネの友達だろ?」
「え? そんな……私はルネさまの侍女で……」
「酷いマリア、私はマリアの事友達だと思ってるのに!」
ルネが泣き真似をすれば、マリアはまたうろたえたようにおろおろする。
「ルネもこう言ってる事だし、良かったら、ね?」
「わ……分かりました」
俺の言葉にマリアは困り顔だったが、すとんとソファーに腰掛けて緊張の面持ちで茶を注ぎ始める。
うん、ちょろい。でも少しばかり茶が零れてるが大丈夫か?
マリアが茶を入れ終わるのを皆で固唾を飲んで見守る。こんなに緊張感のある茶会もないもんだな。
無事に茶を入れ終わると、マリアはほっとしたように笑みを零した。決して美人ではないのだが、その笑みは子供のようで微笑ましい。
ルネは「よく出来た」と彼女の頭を撫でていて、恐らくマリアの方が年上なのだろうにずいぶんと幼く見える。
「いいですね彼女、見ているとなんだか落ち着く」
クロードがそう呟く傍ら、そうか? と首を傾げざるを得ないのだが、妹はマリアを撫で回していて本当に仲が良い。
そんな和気藹々としたお茶会は呑気に続いて、なんだか脱力してしまう。
俺はこんな所でこんな事をしている場合だっただろうか? 何か忘れている気がするのだが気のせいか?
「あぁ、そういえばエディ、ガリアスに面会の約束を取り付けました。先方は何時でも良いと言っていますが、何時にされますか?」
「え? 早っ。何時でもいいなら早い方がいいけど……」
「さようですか」とクロードはしばし考え「では明後日に」とそう告げた。
「あなた1人で行かせたら何をしでかすか分かりませんので、私も付いていきますからね」
「別に向こうが何もしなければ、こっちだって何もする気はない」
「ガリアスが一体あなたに何をするというのですか? そもそもあなた達には面識はないはずでしょう?」
まぁ、そうだけどと言葉を濁す。
とりあえずやる事はひとつだけ、そのガリアスという人物が本当に親衛隊のボスであるのなら、それを潰すと一言宣言しておきたいだけだ。
そもそもクロードを守るつもりでできた親衛隊なのだったら、この状況がおかしな状況であるのは分かっていると思うのだ、自分はそこの確認をしたいのだ。
もし、それでもクロードに1人の生活を強いるというのなら、それは己の中で納得のいかないことなので理由の説明も求めたいし、理不尽な理由なら叩きのめす事くらいは考えている、それは間違った行動だろうか?
「あなたは本当に何をしでかすか分からないので、心配で仕方ありません」
「お前にだけは言われたくない」
一口茶を啜ってふんとそっぽを向けば、視線の先、マリアがほわぁぁと頬を染めて俺達を見ていた。
「えっと、何?」
「お二人は仲が良いのですね、素敵です」
何が素敵なのか皆目見当が付かないのだが、不思議な娘だ。
「そういえばマリアはそっち派だったわね、でも駄目よ、お兄ちゃんにはもう好きな人いるんだから」
「そうなのですか? それは残念です……」
「なんの話だ? そっち派ってなんだ?」
「親衛隊の話、クロードさんには基本的には関わっちゃ駄目って言われてるから、世の乙女達は憧れていても近くに寄れないじゃない? だから、どうせ自分が駄目なら他の女の人にとられるより、素敵な殿方とくっ付いてくれた方がいいなぁ……っていう一派」
「…………は?」
完全に思考が停止した。
「まぁ、お兄ちゃんとクロードさんじゃ豚に真珠よねぇ、あはは。それだったら私はまだマリアのお兄様の方がいいわ」
「お兄様は駄目です、それこそ美女と野獣じゃないですか。どうせならもっと美しくないと!」
「待て待て待て! ちょっと待て!! 何を言ってるんだお前達!!」
「ただの乙女の妄想よ、気にする事じゃないわ」
「気にするわ! っていうか気にするわ!! まさか俺達そんな風に思われてたりするのか!?」
「中にはいるわよ、そういう人。でもお兄ちゃんはないわぁ~どちらにしてもお兄ちゃんにはアジェ様がいるもんね、関係ないか。そうそうお兄ちゃんの番のアジェ様って男性Ωなのよ」
「まぁ、男性Ωなのですか? 本当にいらっしゃるのですね。私男性Ωの方にはお会いした事がありませんので、一度お会いしてみたいです」
ルネとマリアがきゃっきゃ、うふふと盛り上がる横で俺は盛大に溜息を吐く。
まさか自分達が傍からそんな目で見られているとは思わなかった。
そもそもどちらかがΩならともかく、俺達2人共αなのになんでだ?!
「マリアさんはバース性はΩですか?」
「え? はい。ルネ様と同じだという事でこの役を賜りました」
クロードの問いにマリアは頷く。
クロードは何かを考え込んでいるのか小首を傾げた。
「マイラー様? どうかされましたか?」
「私の事はクロードとお呼び下さい、マリアさん」
そして、にっこり。
マリアがまた顔を真っ赤にして倒れ込むのを、ルネが支える。
「クロードさん、マリアに免疫が出来るまで、その顔は少し控えてもらってもいいかしら? この子箱入り娘でただでさえ男性に対する免疫が少ないのよ。クロードさんの笑顔は破壊力が大きすぎるわ」
「そうなのですか? これは困りましたね」
無表情に戻ってしまえばさして困っている風にも見えないクロードがまた小首を傾げる。
「まぁ、友達になるって言ったってそう一朝一夕に親友になれないのと一緒で、仲良くなるのには時間がかかるという事だな」
「さようですか……ふむ」
納得したのかしていないのかよく分からないのだがクロードは「善処します」と頷いた。
「でもこれで友達何人目だ? この調子なら100人くらいすぐ友達になれると思うぞ」
「100人……壮大な野望ですね、頑張ります」
友達100人できるかな? なんて子供のような野望だが、ひどく真面目にクロードは頷くので、俺とルネは思わず吹き出して笑ってしまう。
そんな俺達を見て、クロードは何を笑われているのか分からないようで、きょとんとまた首を傾げた。
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