運命に花束を

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君と僕の物語

嵐の前の静けさ

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 翌日、ついに帰国の日だ。
 僕達はギマール伯父さんの計らいで最後にもう一度国王陛下との謁見が認められた。
 王様とお妃様は「気をつけて帰るのだよ」と涙ながらにまた僕を抱きしめてくれた。

「エリオット王子は?」
「うむ、あの子はまだ意識の戻らない家庭教師のカイルに付っきりだ。あの子にとって彼は本当に大事は人物のようだな」

 王子が彼を自分のΩと呼んでいる事を両親は知っているのだろうか?
 例え意識が戻ったとしても彼は罪人、それでも王子は彼を自分のΩと言い続けるのだろうか?
 考えても仕方がない事だが、なんとなく考えてしまう。この想いは報われるのか? 胸が痛むのは何でなのだろう……

「昔、まだあの子が幼い頃に何もないのに突然泣き出した事がある。本人にも何が起こったのか分からないと言っていたのだが、後日その時君が自分は領主の子でない事を知ってしまったと義妹からの手紙で知った時には双子の神秘を感じたものだ。君達二人は離れていても繋がっている、それは私達も同様だ。何かあった時には何時でも頼ってきてくれ、不甲斐ない親だが出来る限りの事はさせてもらう」

 国王陛下の言葉に、そんな事もあったのかと驚いた。
 僕と兄とは繋がっている、だとしたら僕の今のこの胸の痛みは……
 短い謁見が済み、促されるまま城を後にしようとしたのだが、どうにも僕の心は晴れない。

「僕、エリオット王子にも会ってお別れを言いたいです」

 僕の言葉にエディは渋い顔をしたが、ギマールはそれならばと僕を王子のいるカイルの保護されている部屋へと案内してくれた。

「なんだ、まだ帰ってなかったのか?」

 王子の態度は相変わらずで、僕はなんだか苦笑してしまう。

「ごめんね、どうしてももう一度会いたくて。カイルさんの意識はまだ戻らない?」
「あぁ、容態は安定したようだが、まだ意識は全然……」

 僕はカイルの眠るベッドをただ見詰め続けるエリオットの横顔を眺めた。

「王子は本当にカイルさんの事が好きなんだね」
「……別に、ただこのまま死なれたら夢見が悪いだろ、俺の身代わりみたいなものだし」
「嘘、それだけだったら、こんなに付っきりで看病なんてしないよね」
「……ふん、どうでもいいだろ、お前には関係ない。さっさと行け……あいつ、待ってるんだろ?」
「うん、そうだね。でもね、僕すごく胸が痛いんだ。さっき王様に聞いたよ、僕が辛かった時、王子も一緒になって泣いてくれたって。そんな事もあるんだって驚いた。だけどそれで分かったよ、僕のこの胸の痛みは僕だけの物じゃない」
「…………」

 王子は黙ってずっとカイルの蒼白い寝顔を凝視し続ける。

「ねぇ、泣いてもいいんだよ?」

 僕はその感情のこもらない王子の顔を抱き寄せる。
 僕が辛い時いつもエディがしてくれた事。

「大好きな人が目の前で刺されたんだもんね、辛かったよね、苦しかったよね」
「お……俺は別に……」

 言葉が途切れる、彼の肩は小刻みに震えていた。

「兄さんは優しすぎるんだよ。そうやって全部抱え込んで我慢して、意地を張って嫌われ者になろうとする」
「知ったような事……言うな」
「分かるよ、だって僕たち双子だよ? 母さんのお腹の中にいた時からずっと一緒にいたんだよ? 少し間は開いちゃったけど、それでも僕には……分かるよ」

 エリオットは体の力を抜いて僕の胸にその頭を預けた。

 「初めてだったんだ……」
「ん?」
「誰も彼も王子王子って俺をちやほやする中、先生だけが俺を対等な人間として扱ってくれた。先生だけが、俺を王子扱いしなかった。先生だけなんだ、支配しようとしてもそれが出来ない、でもだからこそ……好きになった」

 それなのに最後は俺の言う事を聞いて、俺の為に死ぬなんてそんな事、耐えられない……王子はそう言って涙を零した。
 自分によく似た兄は、泣きたい時に泣けない所まで僕にそっくりだった。

「好きなんだ……どうしようもなく。なのに、なんで……」
「いいんだよ、それで。好きなものは仕方ないんだ、どれだけ酷い事されたって嫌いになんてなれない時だってある。辛かったよね」

 本人の意思ではないとはいえ、好きな人に毒を盛られ殺されそうになりながらも、それでもカイルが好きな気持ちは変えられなかったのだろうエリオットの気持ちが痛いほどに伝わってきて、僕も泣いてしまいそうだよ。

「このまま先生が、死んだら……」
「大丈夫、死なないよ。命は助かるって医師の先生も言っていたもの」

 エリオットは小さく嗚咽を零し続ける。
 その頭を撫でながら僕は考えていた、どうやったらエディは僕がここに残る事を許してくれるだろうか……と。
 こんな状態の兄を残していくのはどうしてもしたくなかった、せめてカイルの意識が戻るまで、僕はここに残りたいとそう思ってしまっていたのだ。




「駄目です!」

 案の定、エディの返答はにべもない。
 全く何を言い出したのやらという心の声が聞こえるようだ。

「僕のわがまま聞いてくれるって約束は?」
「聞けないわがままもあると何度も言ったはずですが?」
「もう犯人捕まったんだし、僕が狙われる事もないんだよ? 少しくらいよくない?」
「駄目です!!」

 全く聞く耳を持ってくれないエディに僕が不満の表情を見せると、傍らで僕達の会話を聞いていたクロードさんが相変わらずの無表情で「どうしました?」と首を傾げた。

「ねぇ、クロードさん。僕もう少しだけこの国に留まりたいんだけど、駄目かな?」
「何故残りたいのですか? 両親にも会えて、もうここに残る理由はないはずでは?」
「王子が、ううん、兄さんが心配なんだ。ずっとカイルさんに付っきりで思い詰めてる、このまま放っておいたら倒れちゃうよ! せっかく仲直りできたのに、これじゃすっきりお別れできないよ」
「アジェ!」

 クロードさんに頼み込む僕にエディが険しい表情を見せる。
 クロードさんは少しの間考え込むような仕草をしてから「いいんじゃないですか?」とそう言った。

「クロード! お前はなんでそう余計な事を!!」
「エディもそう子供のように騒ぐものではありません。当面彼に対する危険は去ったと考えていい現状、少しくらいいいではないですか。そもそも今回あなたは陛下と約束をしたはずですよ、無闇な行動は控えるようにとね。その約束をあなたは一体何度破ったと思っているのですか、それを思えば彼のわがままなんて可愛いものです」
「な……でも、それは!」

 珍しくエディが口ごもる。

「心配なのは分かりますが、本人が決めたことです。今回は素直に聞いてあげたらどうですか?」

 クロードさんにきっぱり言い切られて、エディは戸惑い顔だ。ふふ、可笑しい。

「それにあなたはまだ私に勝ってはいない。まだあなたは自由に動ける立場にはないはずですよ、悔しかったらもっと早く強くおなりなさい」
「クロードさん、勝つって、何?」
「エディは私に剣で勝ったら自由に行動してもいいという約束を陛下としているのですが、生憎と彼の剣はまだ私に掠りもしないのが現状なのです」

 え? そうなんだ。エディの剣の腕がいいのは知ってたけど、そのエディの剣が掠りもしないなんてクロードさんてどれだけ強いんだろう。
 人は見かけによらない。
 エディは悔しそうにクロードさんを睨み付けるのだが、クロードさんは飄々としたものだ。

「……っ! 分かったよ、でもアジェ! くれぐれも危ない事はしないように、私が迎えに来るまで余計な事件には首を突っ込まないこと、分かりましたね!」

 突っ込みたくて首を突っ込んだ事件は今まで一度もないんだけどな……と思いつつも、僕は「ありがとう」と頷いた。
 こうして僕はランティス王国に残り、エディとクロードさんはファルスへと帰っていった。
 最後の最後にもう少しここに残りたいと言った僕を王様とお妃様は快く迎えてくれて、僕はしばらく城で暮らす事になった。
 エリオット王子が言っていたように、城には僕の部屋も準備されていたので僕はそこにしばらく滞在することになったのだ。
 エリオット王子は僕が残る事を告げると少し怒ったのだが、そのうち少し困ったようは顔で笑ってくれた。


 もう事件は終わった、もうきっと何も起こらない、そう思っていた僕だったんだけど、僕達は知らなかったんだ、捕まえられたはずのダグラス・タッカーがその日の内に牢の中で変死体となって見付かった事を。
 事件はまだ終わってなどいなかった……

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