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君と僕の物語
第二の事件
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僕は城から釈放されたと思ったのに、結局城へと逆戻りをしている。
追い出された時は使用人達が使うような小さな城門だったが、迎え入れられた時はしっかりと客人扱いの表門から通されてますます意味が分からない。
連れて行かれたのは城の中のさほど広くもない一室で、何人かの人物がそこに待ち構えていたのだが、何故かその中の一人にエディがいた。
「エディ? なんでここに?」
姿を見せたと同時に駆け寄ってきて「無事で良かった」と抱きすくめられた僕は泣いてしまいそうだった。
一通り怪我はないかと体中チェックされて、なんだか少しこそばゆい。
「なんで戻ってきた?」
苛立ったような声に振り向けば、そこにはエリオット王子が不機嫌そのものの顔で立っていて、僕はその顔を見た瞬間エディの後ろに逃げ込んでしまう。
「なんでエディと王子が一緒にいるの!?」
「色々と事情がありまして、今から説明します」
エディは僕を安心させるように、再び抱きしめ頭を撫でた。
「なんだ、お前も来たのか?」
「親父もなんでこんな所にいるんだ? ってか、この面子は一体なんなんだ?」
そこにはエディの他にも何人も人がいて、その顔ぶれは歳も立場もばらばらだった。
「ギマール伯父さん、それにカイルさん、無事だったんですね!」
カイルは「はい」と小さく頷くのだが、その表情は暗く、瞼は腫れて痛々しい。
いつも楽しげな表情しか見せてこなかったカイルのその表情は何かを思い詰めているようで、昨晩の会話といいカイルは何かを隠しているのだと僕に確信させた。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ?」
「大丈夫です」
カイルの言葉は少ない、そんな彼を見やるエリオット王子はやはり不機嫌全開の顔をしている。
「ねぇ、僕、国王陛下に会ってくれって言われて連れてこられたはずなんだけど、これどうなってるの?」
「陛下もたぶんそのうち来ます。私達はどうにも厄介な王家の事情に巻き込まれたようですね、まぁ言ってしまえば、あのルーンの町での事件からすでに巻き込まれているのですが」
「王家の事情? 僕が王子の双子の弟だって話?」
「それにも関連して、王子の暗殺未遂事件の話です」
「それって、僕が疑われた?」
「いいえ、違います。事件はそれ以前から起こっていたのですよ、その辺は実行犯がそこにいるので彼に聞くのが一番早い」
エディが顎をしゃくり言った言葉に、カイルの肩がびくりと揺れた。
「カイルさん?」
「ごめんなさいアジェ君、今回の事、僕がすべて悪いんだ。僕がやった事がすべて元凶になって君にたくさん迷惑をかけた。本当にごめんなさい」
カイルは頭を下げたまま、顔を上げようとしない。
「どういう事?」
皆が皆カイルを冷たい眼差しで見詰めていて、僕はなんだかそれが居たたまれない。
「ねぇ、カイルさん頭を上げてください。僕は何がなんだか分からないのに、こんな事をされても困ります」
僕はカイルさんの前に立ってその肩に触れる。
だが、その手にカイルはびくっと身を震わせ、エディは僕の体を再び自分の方へと引き寄せた。
「この人はお前を殺そうとしていたんだ、近付くな」
え? とエディの顔を見上げると彼の表情は険しくて、その言葉に嘘はないのだと分かった。
カイルさんが僕を殺そうとしていた? なんでそんな事を?
カイルはやはり怯えたように顔を上げない。
「やった事は悪いと分かっている。だが、こいつは全部話したんだ、そんな態度でこいつを責めるな、これでも俺の大事なΩだ」
そう言って驚いた事にエリオットがカイルの下げたままの頭を抱えるように抱き込んだ。
それにしても『俺のΩ』とはどういう事なのかと僕は首を傾げる。
「王子にそのような事を言ってもらえる資格など私にはありません」
カイルは抗うようにエリオットのその手を拒むのだが、エリオットはカイルを離さない。
「資格? そんな物は必要ない、俺がお前をΩに変えた、だからお前は俺の物だ」
「それは何度も説明したように、あなたのせいではない。私が自分で薬の実験を重ねて、偶然にも自分の体を変えてしまった、それだけです。あなたが変えた訳ではない」
「それでもお前は俺の『運命』だ」
「こんな十も年上の人間をつかまえて、一国の王子が軽々しくそんな事を口にするものじゃない」
カイルは嫌がるように首を振るのだが、その姿はどうにも見ていて痛々しい。
「ねぇ、どういう事? 僕カイルさんはβだって思ってたんだけど、違うの? 確か本人も自分はβだってそう言ってたんだよ?」
「確かにあの人からΩの匂いはほとんどしない、βだと言うのも間違っていないのでしょう、私も初めて聞きましたよ、彼は後天性Ωなんだそうです」
「後天性Ω?」
「そう、βとして生まれて、成長していく過程でバース性に分化したという事です。彼の狙いはαとしての分化だったようですが、彼はΩとして分化した。フェロモン誘発剤の過剰投与による副作用……彼はそう言っていました」
確かにカイルは言っていた、フェロモンを誘発する事も、ヒートを誘発する事もできなくはない、と。
でもまさかそれを自分自身で試していたとは思わなかった。
「陛下はまだだが、関係者は揃ったようだ、さぁ話をしようか」
伯父であるギマール・デルクマン騎士団長はそう言うと僕達に椅子に掛けるよう促した。
僕の頭の中は疑問符を大量に浮かべたままだったが、促されるままに椅子に腰掛けると、彼等はこれまであった事を僕に語って聞かせてくれた。
話しはエドワードが城に詰めて事件の現場指揮にあたっていたギマール騎士団長の元を訪れた所から始まる。
ギマールは連日の激務に疲労困憊していた。
王子の誕生日の為のパーティ、各地からお祝いに訪れる客人の警護も自分達の大事な仕事だ。各自配置の確認、誰がどのようにいつ警護にあたるか、そのひとつひとつを綿密に組み立てるのだけでも一仕事だったというのに、事件はそのパーティ当日、しかも城内で起こってしまった。
交錯する目撃情報、不確かな不審人物の足取り、ギマールは頭を抱えるしかない。
不審人物の情報は自宅に置いている客人にも似て、その所在を尋ねれば行方が知れないと言う、客人の警護を任せていた自身の息子も行方知れずで悪い予感ばかりが頭を掠める。
そんな折、深夜に尋ねて行ったのがエドワードだった。
「ギマール・デルクマンさんですか?」
問いかける声に返事はない、伯父は無表情にこちらを見ていて、疲れているのだろう、目頭を押さえていた。
「あれ? 違いましたか? ここ騎士団長の部屋ですよね?」
「いかにも私はギマール・デルクマンだが、君は?」
「良かった、私はあなたの甥にあたる人間でエドワードと申します」
彼は不審そうな表情でこちらを見やる。
まぁ、それもそうだろう俺は正面から彼を尋ねた訳ではなかった、正攻法で馬鹿正直に面会を申し込んでも会ってくれる可能性が低いと判断した俺は、建物の外から場所のあたりを付けて忍び込んだのだ、もちろん訪問は窓からだ。
「君のような者に私は心当たりはないのだが?」
「カルネ領主様から手紙が届いていると思うのですが、来てはいませんか?」
「手紙?」
ギマールは机を漁る。そこにはたくさんの書類が所狭しと並べられていて、その書類の山に埋もれるよう手紙は放置され、完全に忘れ去られていた。
「こんな手紙、気が付かなかった……」
そう言ってギマールは慌てたように封を切り、手紙に目を通すと溜息を吐いた。
「参ったな完全に見落としていた、それで君が私の本物の甥なのか? こんな所に何をしにきた? いや、ちょっと待て、君の名前には見覚えがあるぞ……君は確かファルスの……」
「国王代理としてやって参りましたエドワード・R・カルネです」
「そうだ、君が何故? しかもこんな夜更けに窓からの訪問とはただ事ではない」
疲れたような表情はそのままにギマールはこちらに不審の瞳を向ける。
「単刀直入に言います。アジェが捕縛されました、助けてください」
「アジェ君が? 捕縛? もしかして客室塔で捕まえたと言う少年は……」
「アジェです。彼は無実です、どうか釈放してください。確かにアジェはこの城に忍び込んだ、ですが王子の暗殺になど関わっていない、どうかお願いします」
「詳しく話を聞こうか」とギマールは俺を部屋の中へと促し、俺が一通りの事情を説明すると伯父は唸った。
「また、とんでもない事をしてくれたものだ。もう少し待ってくれたら王との面会のお膳立ても出来たものを……」
「アジェは先に捕まったカイルとか言う王子の家庭教師を助けるために自ら投降したのです、彼等は誰もそんな恐れ多いことを企んでなどいない、純粋にアジェと王子を引き合わせたかった、それだけなのです」
「ん? なんだって? カイルが捕まっているというのはどういう事だ?」
「え? 捕まっているのですよね? 暗殺の共犯者として捕縛されたと聞きましたが?」
「いや、確かに不審人物の目撃がカイルの私室だった為、事情聴取はさせてもらったが、カイルを捕縛などしていないぞ? 何かの間違いでは?」
ギマールとアジェとの話の食い違いに俺は首を傾げた。
「ではそのカイルという人は今どこに?」
「家に帰っているのではないのか?」
「いいえ、恐らく帰ってはいません。彼の妹が泣きながらアジェに助けを求めに来たと聞きました、アジェを連れて行った兵士も王子暗殺の仲間と思われる人間を一人捕縛しているが口を割らないとそう言っていました、それはそのカイルという人ではないのですか?」
「私はそんな報告は受けておらんよ。いまだ不審者は捜索中……いやその不審者がグノー君だとすると少々厄介だが、どちらにせよ誰も捕まえてなどいない」
ギマールが嘘を吐いているようにも見えず、疑問は深まるばかりだ。
だったら捕まっているという情報を流したのは一体誰だ? 兵士がその情報を元に動いているのだとしたら、その兵士達を操っているのは……?
「何はともあれアジェはすぐにでも解放したい所だが、一度捕まってしまった以上そういう訳にもいかないな。相応の取調べは受けてもらわないと示しがつかない。悪戯が過ぎたと反省してもらわないとな」
ギマールは大きく息を吐いた。
「話しは分かったが、騒ぎがここまで大きくなってしまうと手を回すのも難しい。せめて当事者全員が揃ってくれたら話も分かりやすいのだがな。カイルは知らぬ存ぜぬだったそうだが、そういう事なら納得もいく。グノー君とナダールの話も聞けたらいいのだが、本当に何処へ行ってしまったのやら」
「あれだけ大騒ぎになってしまったので、息子さんはともかくもう一人はもう戻らないのではないでしょうか。元々ただの旅人です、彼はひとところに留まるような人間ではない」
「うちの息子は無闇に職務を放棄するような人間ではない。アジェ君とグノー君の警護をあの子に課したのは自分だ、ナダールもしばらくは帰ってこないかもしれないな。やはり彼はあの子の『運命』だったのやもしれん」
溜息を吐くようにギマールは言う。
「アジェもそんな事を言っていましたね。あの二人は『運命』なのですか?」
「少なくともうちの息子は何かを感じていたようだったよ、アジェ君とグノー君どちらか分からないとも言っていたが、こうなるとこれも運命の内なのかもしれないな」
『運命』もしくは『運命の番』それはバース性の人間の間では普通に語られる自分と運命の相手との総称だ。
出会える確立はとても低く、出会えたら奇跡とも言われているがその実意外と『運命』のカップルは多い。
それは数の少ないΩの中で自分と相性のいいΩに出会える事自体が奇跡のような物なので、惹かれ合い番になるほとんどの番は『運命の番』なのである。
一生をその『運命』と出会えずに過すαも多い、そんななか出会ってしまえばもう抗う事はできない、それが『運命の番』という物なのだ。
自分とアジェは運命の番だ。とすると二人のどちらかと言っていたのなら、その従兄弟の相手はグノーでしかありえない。そんな事を話していると、ギマールの部屋の扉を控えめに叩く音が響く。
本来自分はここに居てはいけない人間だ、慌てて身を隠そうとするのだがギマールは別に構わんと手で制して扉を叩く人物に声をかける。
「開いている、誰だ? 何か事件に進展があったか?」
問いかける声に扉の向こうの人物は躊躇するように扉を開けない。
伯父と顔を見合わせて、俺がその扉を開けると、外の人物は驚いたように顔を上げた。
「カイルじゃないか。どうした? 帰ったのではなかったのか?」
ギマールが部屋に招きいれそう問うと、カイルはおどおどと少し挙動不審にギマールの前に立つ。
カイルはギマールにとって息子の友人である、ついでに言えばカイルの父親が懇意にしている薬屋の主人なので気心が知れている。そんな関係もあって気軽に声をかけたのだが、カイルは緊張の面持ちでギマールを見やった。
「おじさん……いえ、ギマール騎士団長、私はあなたにお話しなければならない事があります」
「ん? なんだ? 今回の騒動の件か? お前がうちの客人を城内に連れ込んだ話なら今聞いたぞ」
「え?」とカイルは驚いたような表情を見せる。
「厄介な事をしてくれた物だな、悪戯には相応の処分があるから覚悟しておく事だ」
「え? あ……いえ、それも覚悟の上なのですが、違うのです。私はここに処罰を受けに来ました」
「処罰? だからそれは相応にと今言ったと思うのだが?」
「今回の件ではないのです……」
カイルは顔を伏せ続ける。
「ここ最近エリオット王子は体調を崩されていた、それは私が王子に毒を盛ったせいなのです。王子の暗殺……私はその罪の告白に参りました」
ギマールは目を見開き、自分もこの人は何を言っているのかと、眉間に皺を寄せてしまう。
「どういう事だ、カイル」
「私は王子を殺そうとしていたのです。ですがこれだけは信じて欲しいのですが、それは私が望んでした事ではありません。私は脅されています、それは現在進行形で。ただそれは自分の過去の行いのせいなので、私は誰にもそれを言う事が出来なかったのです」
ギマールは机の上で手を組んで「詳しい話を聞かせて貰おう」とカイルを促した。
追い出された時は使用人達が使うような小さな城門だったが、迎え入れられた時はしっかりと客人扱いの表門から通されてますます意味が分からない。
連れて行かれたのは城の中のさほど広くもない一室で、何人かの人物がそこに待ち構えていたのだが、何故かその中の一人にエディがいた。
「エディ? なんでここに?」
姿を見せたと同時に駆け寄ってきて「無事で良かった」と抱きすくめられた僕は泣いてしまいそうだった。
一通り怪我はないかと体中チェックされて、なんだか少しこそばゆい。
「なんで戻ってきた?」
苛立ったような声に振り向けば、そこにはエリオット王子が不機嫌そのものの顔で立っていて、僕はその顔を見た瞬間エディの後ろに逃げ込んでしまう。
「なんでエディと王子が一緒にいるの!?」
「色々と事情がありまして、今から説明します」
エディは僕を安心させるように、再び抱きしめ頭を撫でた。
「なんだ、お前も来たのか?」
「親父もなんでこんな所にいるんだ? ってか、この面子は一体なんなんだ?」
そこにはエディの他にも何人も人がいて、その顔ぶれは歳も立場もばらばらだった。
「ギマール伯父さん、それにカイルさん、無事だったんですね!」
カイルは「はい」と小さく頷くのだが、その表情は暗く、瞼は腫れて痛々しい。
いつも楽しげな表情しか見せてこなかったカイルのその表情は何かを思い詰めているようで、昨晩の会話といいカイルは何かを隠しているのだと僕に確信させた。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ?」
「大丈夫です」
カイルの言葉は少ない、そんな彼を見やるエリオット王子はやはり不機嫌全開の顔をしている。
「ねぇ、僕、国王陛下に会ってくれって言われて連れてこられたはずなんだけど、これどうなってるの?」
「陛下もたぶんそのうち来ます。私達はどうにも厄介な王家の事情に巻き込まれたようですね、まぁ言ってしまえば、あのルーンの町での事件からすでに巻き込まれているのですが」
「王家の事情? 僕が王子の双子の弟だって話?」
「それにも関連して、王子の暗殺未遂事件の話です」
「それって、僕が疑われた?」
「いいえ、違います。事件はそれ以前から起こっていたのですよ、その辺は実行犯がそこにいるので彼に聞くのが一番早い」
エディが顎をしゃくり言った言葉に、カイルの肩がびくりと揺れた。
「カイルさん?」
「ごめんなさいアジェ君、今回の事、僕がすべて悪いんだ。僕がやった事がすべて元凶になって君にたくさん迷惑をかけた。本当にごめんなさい」
カイルは頭を下げたまま、顔を上げようとしない。
「どういう事?」
皆が皆カイルを冷たい眼差しで見詰めていて、僕はなんだかそれが居たたまれない。
「ねぇ、カイルさん頭を上げてください。僕は何がなんだか分からないのに、こんな事をされても困ります」
僕はカイルさんの前に立ってその肩に触れる。
だが、その手にカイルはびくっと身を震わせ、エディは僕の体を再び自分の方へと引き寄せた。
「この人はお前を殺そうとしていたんだ、近付くな」
え? とエディの顔を見上げると彼の表情は険しくて、その言葉に嘘はないのだと分かった。
カイルさんが僕を殺そうとしていた? なんでそんな事を?
カイルはやはり怯えたように顔を上げない。
「やった事は悪いと分かっている。だが、こいつは全部話したんだ、そんな態度でこいつを責めるな、これでも俺の大事なΩだ」
そう言って驚いた事にエリオットがカイルの下げたままの頭を抱えるように抱き込んだ。
それにしても『俺のΩ』とはどういう事なのかと僕は首を傾げる。
「王子にそのような事を言ってもらえる資格など私にはありません」
カイルは抗うようにエリオットのその手を拒むのだが、エリオットはカイルを離さない。
「資格? そんな物は必要ない、俺がお前をΩに変えた、だからお前は俺の物だ」
「それは何度も説明したように、あなたのせいではない。私が自分で薬の実験を重ねて、偶然にも自分の体を変えてしまった、それだけです。あなたが変えた訳ではない」
「それでもお前は俺の『運命』だ」
「こんな十も年上の人間をつかまえて、一国の王子が軽々しくそんな事を口にするものじゃない」
カイルは嫌がるように首を振るのだが、その姿はどうにも見ていて痛々しい。
「ねぇ、どういう事? 僕カイルさんはβだって思ってたんだけど、違うの? 確か本人も自分はβだってそう言ってたんだよ?」
「確かにあの人からΩの匂いはほとんどしない、βだと言うのも間違っていないのでしょう、私も初めて聞きましたよ、彼は後天性Ωなんだそうです」
「後天性Ω?」
「そう、βとして生まれて、成長していく過程でバース性に分化したという事です。彼の狙いはαとしての分化だったようですが、彼はΩとして分化した。フェロモン誘発剤の過剰投与による副作用……彼はそう言っていました」
確かにカイルは言っていた、フェロモンを誘発する事も、ヒートを誘発する事もできなくはない、と。
でもまさかそれを自分自身で試していたとは思わなかった。
「陛下はまだだが、関係者は揃ったようだ、さぁ話をしようか」
伯父であるギマール・デルクマン騎士団長はそう言うと僕達に椅子に掛けるよう促した。
僕の頭の中は疑問符を大量に浮かべたままだったが、促されるままに椅子に腰掛けると、彼等はこれまであった事を僕に語って聞かせてくれた。
話しはエドワードが城に詰めて事件の現場指揮にあたっていたギマール騎士団長の元を訪れた所から始まる。
ギマールは連日の激務に疲労困憊していた。
王子の誕生日の為のパーティ、各地からお祝いに訪れる客人の警護も自分達の大事な仕事だ。各自配置の確認、誰がどのようにいつ警護にあたるか、そのひとつひとつを綿密に組み立てるのだけでも一仕事だったというのに、事件はそのパーティ当日、しかも城内で起こってしまった。
交錯する目撃情報、不確かな不審人物の足取り、ギマールは頭を抱えるしかない。
不審人物の情報は自宅に置いている客人にも似て、その所在を尋ねれば行方が知れないと言う、客人の警護を任せていた自身の息子も行方知れずで悪い予感ばかりが頭を掠める。
そんな折、深夜に尋ねて行ったのがエドワードだった。
「ギマール・デルクマンさんですか?」
問いかける声に返事はない、伯父は無表情にこちらを見ていて、疲れているのだろう、目頭を押さえていた。
「あれ? 違いましたか? ここ騎士団長の部屋ですよね?」
「いかにも私はギマール・デルクマンだが、君は?」
「良かった、私はあなたの甥にあたる人間でエドワードと申します」
彼は不審そうな表情でこちらを見やる。
まぁ、それもそうだろう俺は正面から彼を尋ねた訳ではなかった、正攻法で馬鹿正直に面会を申し込んでも会ってくれる可能性が低いと判断した俺は、建物の外から場所のあたりを付けて忍び込んだのだ、もちろん訪問は窓からだ。
「君のような者に私は心当たりはないのだが?」
「カルネ領主様から手紙が届いていると思うのですが、来てはいませんか?」
「手紙?」
ギマールは机を漁る。そこにはたくさんの書類が所狭しと並べられていて、その書類の山に埋もれるよう手紙は放置され、完全に忘れ去られていた。
「こんな手紙、気が付かなかった……」
そう言ってギマールは慌てたように封を切り、手紙に目を通すと溜息を吐いた。
「参ったな完全に見落としていた、それで君が私の本物の甥なのか? こんな所に何をしにきた? いや、ちょっと待て、君の名前には見覚えがあるぞ……君は確かファルスの……」
「国王代理としてやって参りましたエドワード・R・カルネです」
「そうだ、君が何故? しかもこんな夜更けに窓からの訪問とはただ事ではない」
疲れたような表情はそのままにギマールはこちらに不審の瞳を向ける。
「単刀直入に言います。アジェが捕縛されました、助けてください」
「アジェ君が? 捕縛? もしかして客室塔で捕まえたと言う少年は……」
「アジェです。彼は無実です、どうか釈放してください。確かにアジェはこの城に忍び込んだ、ですが王子の暗殺になど関わっていない、どうかお願いします」
「詳しく話を聞こうか」とギマールは俺を部屋の中へと促し、俺が一通りの事情を説明すると伯父は唸った。
「また、とんでもない事をしてくれたものだ。もう少し待ってくれたら王との面会のお膳立ても出来たものを……」
「アジェは先に捕まったカイルとか言う王子の家庭教師を助けるために自ら投降したのです、彼等は誰もそんな恐れ多いことを企んでなどいない、純粋にアジェと王子を引き合わせたかった、それだけなのです」
「ん? なんだって? カイルが捕まっているというのはどういう事だ?」
「え? 捕まっているのですよね? 暗殺の共犯者として捕縛されたと聞きましたが?」
「いや、確かに不審人物の目撃がカイルの私室だった為、事情聴取はさせてもらったが、カイルを捕縛などしていないぞ? 何かの間違いでは?」
ギマールとアジェとの話の食い違いに俺は首を傾げた。
「ではそのカイルという人は今どこに?」
「家に帰っているのではないのか?」
「いいえ、恐らく帰ってはいません。彼の妹が泣きながらアジェに助けを求めに来たと聞きました、アジェを連れて行った兵士も王子暗殺の仲間と思われる人間を一人捕縛しているが口を割らないとそう言っていました、それはそのカイルという人ではないのですか?」
「私はそんな報告は受けておらんよ。いまだ不審者は捜索中……いやその不審者がグノー君だとすると少々厄介だが、どちらにせよ誰も捕まえてなどいない」
ギマールが嘘を吐いているようにも見えず、疑問は深まるばかりだ。
だったら捕まっているという情報を流したのは一体誰だ? 兵士がその情報を元に動いているのだとしたら、その兵士達を操っているのは……?
「何はともあれアジェはすぐにでも解放したい所だが、一度捕まってしまった以上そういう訳にもいかないな。相応の取調べは受けてもらわないと示しがつかない。悪戯が過ぎたと反省してもらわないとな」
ギマールは大きく息を吐いた。
「話しは分かったが、騒ぎがここまで大きくなってしまうと手を回すのも難しい。せめて当事者全員が揃ってくれたら話も分かりやすいのだがな。カイルは知らぬ存ぜぬだったそうだが、そういう事なら納得もいく。グノー君とナダールの話も聞けたらいいのだが、本当に何処へ行ってしまったのやら」
「あれだけ大騒ぎになってしまったので、息子さんはともかくもう一人はもう戻らないのではないでしょうか。元々ただの旅人です、彼はひとところに留まるような人間ではない」
「うちの息子は無闇に職務を放棄するような人間ではない。アジェ君とグノー君の警護をあの子に課したのは自分だ、ナダールもしばらくは帰ってこないかもしれないな。やはり彼はあの子の『運命』だったのやもしれん」
溜息を吐くようにギマールは言う。
「アジェもそんな事を言っていましたね。あの二人は『運命』なのですか?」
「少なくともうちの息子は何かを感じていたようだったよ、アジェ君とグノー君どちらか分からないとも言っていたが、こうなるとこれも運命の内なのかもしれないな」
『運命』もしくは『運命の番』それはバース性の人間の間では普通に語られる自分と運命の相手との総称だ。
出会える確立はとても低く、出会えたら奇跡とも言われているがその実意外と『運命』のカップルは多い。
それは数の少ないΩの中で自分と相性のいいΩに出会える事自体が奇跡のような物なので、惹かれ合い番になるほとんどの番は『運命の番』なのである。
一生をその『運命』と出会えずに過すαも多い、そんななか出会ってしまえばもう抗う事はできない、それが『運命の番』という物なのだ。
自分とアジェは運命の番だ。とすると二人のどちらかと言っていたのなら、その従兄弟の相手はグノーでしかありえない。そんな事を話していると、ギマールの部屋の扉を控えめに叩く音が響く。
本来自分はここに居てはいけない人間だ、慌てて身を隠そうとするのだがギマールは別に構わんと手で制して扉を叩く人物に声をかける。
「開いている、誰だ? 何か事件に進展があったか?」
問いかける声に扉の向こうの人物は躊躇するように扉を開けない。
伯父と顔を見合わせて、俺がその扉を開けると、外の人物は驚いたように顔を上げた。
「カイルじゃないか。どうした? 帰ったのではなかったのか?」
ギマールが部屋に招きいれそう問うと、カイルはおどおどと少し挙動不審にギマールの前に立つ。
カイルはギマールにとって息子の友人である、ついでに言えばカイルの父親が懇意にしている薬屋の主人なので気心が知れている。そんな関係もあって気軽に声をかけたのだが、カイルは緊張の面持ちでギマールを見やった。
「おじさん……いえ、ギマール騎士団長、私はあなたにお話しなければならない事があります」
「ん? なんだ? 今回の騒動の件か? お前がうちの客人を城内に連れ込んだ話なら今聞いたぞ」
「え?」とカイルは驚いたような表情を見せる。
「厄介な事をしてくれた物だな、悪戯には相応の処分があるから覚悟しておく事だ」
「え? あ……いえ、それも覚悟の上なのですが、違うのです。私はここに処罰を受けに来ました」
「処罰? だからそれは相応にと今言ったと思うのだが?」
「今回の件ではないのです……」
カイルは顔を伏せ続ける。
「ここ最近エリオット王子は体調を崩されていた、それは私が王子に毒を盛ったせいなのです。王子の暗殺……私はその罪の告白に参りました」
ギマールは目を見開き、自分もこの人は何を言っているのかと、眉間に皺を寄せてしまう。
「どういう事だ、カイル」
「私は王子を殺そうとしていたのです。ですがこれだけは信じて欲しいのですが、それは私が望んでした事ではありません。私は脅されています、それは現在進行形で。ただそれは自分の過去の行いのせいなので、私は誰にもそれを言う事が出来なかったのです」
ギマールは机の上で手を組んで「詳しい話を聞かせて貰おう」とカイルを促した。
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