運命に花束を

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君と僕の物語

エリオット王子

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 夕方になり、観光はそのまま場所を移しパーティへと変わる。
 クロードと共にあちこち挨拶に回り、勧められるままに多少の酒を煽った俺は火照る身体を冷ますためにテラスに出ていた。
 色とりどりの衣装を纏った踊り子に、楽団の生演奏、会場には食べ切れない程の量の料理が並べられ正直場違い感が半端ない。
 そんな中、近場で見たエリオット王子の顔は本当にアジェに似ているのだが、昨夜聞いたアジェに対する暴言も知っているので、俺は素直に誕生日を祝う気にもなれず王子には極力近付かないように努めていた。

「つまらなさそうですね、パーティはお嫌いですか?」

 ふいに声を掛けられ顔を上げると、今一番見たくないと思っていた顔がそこにあって、俺はうっかり眉を顰めてしまった。

「知っているかと思いますが、エリオット・スノー・ランティスと申します。あなたは?」
「エドワード・R・カルネと申します。ファルス国王代理として参りましたがなにぶんこう言ったパーティには不慣れで、王子様に失礼を働いてはいけません、私はこれで……」
「そうなんですね、実は私もあまりこういった宴は好きではないんですよ。良かったら少し話相手になっていただけませんか?」

 王子に問われて応えない訳にはいかず、俺は名を名乗り早々にその場を立ち去ろうと思ったのだが、それは王子ににこやかに阻止された。
 くそ、笑うと本当にアジェそっくりで逆らいにくい。
 少し庭の方へ出ないかと誘われ、気は乗らないのだが言葉に頷く。
 ここで無礼を働くのはそれこそ親父が一番危惧した事態を招く事になる、それだけは避けなければならない。
 宴の席でアジェの実の両親の顔も見た、人の良さそうな王様とお妃様で、こうやって一緒に歩いているエリオット王子も何も言わなければアジェと同じ柔和な笑みをしていて、アジェからあの暴言の数々を聞いていなければ騙される所だ。
 季節は夏の時分だが夜風は冷え込む、小さくくしゃみをする王子に俺は自分の羽織っていたマントを着せかけた。
王子は驚いたような表情で目をぱちくりさせていて、やはりその姿はアジェそっくりなものだから俺は知らず微笑んでしまう。

「手慣れているんですね、女性にもてるでしょう?」
「そうでもないですよ、私は自分の番以外にはそう優しい人間ではありませんから」
「あぁ、あなたもαなんですね。その歳でもう番相手がいるんですか?」
「はい、幼い頃からの約束でつい最近番になりました」
「そう、良かったね。その人の事愛してる?」
「あの人は私の『運命』です。それはもう世界中の誰よりも愛していますよ」

 そう、と王子は呟いた。

「だったら、そいつを連れてさっさと帰りな」

 突然何を言われたのか分からず庭を眺めていた顔を上げると、王子は冷たい瞳でこちらを見上げていた。

「分かるんだよね俺達双子らしいから、お前からあいつの匂いぷんぷんする。しかもあんたカルネの人間じゃん、少しは隠すとかしたらどう?」

 しまった……と青褪めた。王子は恐らくカルネの名を知っていたのだ、しかもほとんど匂いのしないアジェの匂いがどうやら王子には分かるらしい。

「なんの事ですか? おっしゃってる意味が分かりません」
「ふん、とぼけるのか? まぁ、それならそれでもいい。我が弟君はまだここメルクードにいるようだな、目障りだからさっさと消えろと伝えておけ」

 α特有の威嚇のフェロモンが辺りに広がる、どうやら自分は歓迎されていないらしい。
 だったら無視すればいいものを、何故わざわざ絡んできたのか分からない。
 αの中にもある程度上下関係が存在する、それはフェロモン量に比例する事が多いのだがエリオットはさすがに王族、その威圧感は半端ではないが俺はそれを気合で跳ね除ける。

「その程度の威嚇、私にとっては日常茶飯事です、見くびってもらっては困ります。言われなくともこの宴が済んでしまえばもうここに用はありません。貴方達こそアジェを付け狙うのはやめてください、目障りはこちらのセリフです」

 怒りを堪え、それだけの言葉の反撃をして踵を返そうとすると、忘れ物だとマントを放られた。

「一国の王子に対してずいぶん無礼な口をきくものだな」
「……王子である以前にあなたがアジェの敵であるなら、あなたは私の敵です。たとえあなたがこの国の王子だとしても、アジェに手を出すようなら、私はあなたを斬りますよ」

俺の言葉にエリオット王子は目を細めた。

「あんたは今俺の掌の上だって事分かって言ってる?」
「あなただって馬鹿じゃないでしょう、メリアとランティスがごたついている今、我が国ファルスとまで揉め事を起こすのは得策ではない」
「あんた一人どうこうした所でファルスとランティスの関係が変わるとは思えない」

 王子ははっと鼻で笑うようにそう言うのだが、表情は繕う事もなく険しくなっている。

「そう思うのならやってみればいい、私は受けて立ちますよ」

 上から見下ろすようにしてお返しとばかりに威圧を返すと、王子は軽々とそれを跳ね返した。

「お前結構根性座ってるな」
「あなたこそアジェと同じ顔でずいぶんいい性格をしている、騙される所でしたよ」

 マントを拾い、身に付けて今度こそ踵を返す。
 全くもって胸糞悪い、アジェと同じ顔で何故あそこまで醜い顔ができるものかと怒りすら湧く。
 あぁ、早くアジェに会いたい。ここは魔窟だ、こんな所に一分でも一秒でもアジェを置いておくのは耐えられない。
 俺はパーティ会場に戻るのはやめて、そのまま客室へ足を向けた。
 早くアジェの顔が見たくて仕方がなかった。






「王子、また私の計画の邪魔をしましたね」

 エリオットはエドワードと別れ、宴の席に戻っていた。
 とは言ってもパーティ会場には入らず考え込むように庭を睨み付けていたのだが、その背中に声をかける一人の青年。

「なんの事だ、俺は目障りなものを目障りだと言っただけだ」
「それが余計な事だと言うのですよ。弟君には利用価値がある、貴方だって分かっているはずでしょう?」
「そんな事は知らない、俺は自分に嘘を吐くつもりはない」
「そうですか? 今の貴方はずいぶん嘘を吐いていたようにも見えましたけど?」

 うるさい、黙れと王子は青年を睨み付けた。

「俺は誰かを犠牲に自分が生き延びるなんて真っ平だ。勿論死ぬつもりもさらさらない。分かったらもうこんな事はやめてくれ」
「貴方は何も分かっていない……」
「分かってないのはあんたの方だ」

 エリオットは瞳を伏せ、青年はひとつ溜息を零して踵を返す。
 エリオットはただその背中を瞳で追うことしかできなかった。

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