運命に花束を

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君と僕の物語

相棒

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 僕の名前はアジェ、本当の名前は知らない。僕は捨て子だから。
 アジェという名前は拾ってくれた両親が僕に与えてくれた名前、だけどその名は僕にくれた訳ではない、両親の実の子供である「アジェ」が行方不明だったから仮に与えられただけにすぎない。
 僕の本当の名前ってなんて言うのかな?
 そもそも名前なんて付けられてなかったりして、それはそれで悲しいね。

「アジェ、飯できたぞ、喰え」
「うわぁ、なんだか今日も不思議な料理だねぇ」

 声を掛けられそちらを見やれば、グノーが何か得体の知れない物を焼いていた。
 うん、なんかこれ食べられる物なのかなぁ?

「なんだよその顔、好き嫌いしてると大きくなれないぞ」
「う~ん、なんか好き嫌い以前の問題な気もするんだけど、グノーはいつもこんな物ばっかり食べてるの?」
「俺、基本的にあんまり食べないからな。それでも最低限食べないと動けなくなるから、まぁ、こんなもんだ」

 木の枝に刺されたそれはトカゲなのだろうか、足があるから蛇じゃない、多分。
 目を瞑って齧りつけば、味は割と悪くなくて食べれない事もないのだが、やはり食欲旺盛には食べられない。
自分には料理の知識が皆無で食事はグノーに任せているが、こんな食事ばかりではどうにも食べた気にならず溜息を吐く。
 お金は多少持って出ている、寝るのは野宿でも構わない、だがせめて食事だけはちゃんとした所で食べないともたないかも……なんて考え始めていた。

「そういえばメリアってさ、からくり人形有名だよねぇ。グノーは見た事ある?」
「ん~? 興味あるのか?」
「そりゃあね、見た事ないもん。人形が自動で動くんだろ? どうやって動いてるんだろ?」
「まぁ動力は色々だな、ネジだったり推進力だったり、大きな物だと水力だったり風力だったり色々」
「グノー詳しいの?」
「昔よく作ってた」
「え、凄い! 作れるんだ。どんなの?」
「他愛もないおもちゃだよ。歩いて飛び跳ねる程度だ」
「凄い! 見たい! いいなぁ、見たい」

僕が凄い凄いと言い続けると、少し困ったようにグノーは笑った。

「そんなに見たい?」
「見たい!」

 「そっか、じゃあ今度作ってやるよ」と彼はそう言った。
 ねだるつもりではなかったのだがそれはとても僕の興味を引いて、彼も褒められて満更でもなかったのか、優しい空気を纏って僕の頭を撫でた。

「グノーは一人で寂しくないの? どこかに定住とか考えてないの?」
「一人でいるのにはもう慣れた、誰かといるより一人の方が気楽だ。定住もなぁ……いい場所があれば考えるけど、今の所俺の『帰る場所』には辿り着けてないな」
「帰る場所? それは家じゃなくて?」
「あそこに俺の居場所はない。それを、探してるんだけど、何をどう探していいか分かんねぇんだよな」

 帰る場所……僕にはもう帰れる場所はない。
 それはグノーも同じなのだな、と少し嬉しくなった。

「場所じゃなくてもいいんじゃない? 『ただいま』って言って『おかえり』って言える人がいればそれだけでそこは帰る場所だよ。だから今は僕がグノーの帰る場所だ、僕にとっても同じ」

 にっこり笑ってそう言ったらグノーは少し動揺したように「そうなのかな?」と首を傾げた。
 そういう事にしておこうよ、そうじゃなきゃなんだか寂しいよ。自分の寂しさにグノーを巻き込んでいる。
 本当は良くないって分かっているけど、今は一人じゃないのが少しだけ心強いから、そういう事にしておいてよと心の中で呟いて、また笑みを見せたらグノーも微かに笑みを見せてくれた。
 彼は優しい、その優しさを利用している僕は酷い人間だと思う。

「もう寝ようか。今日は火の番どうする?」
「いいよ、先に寝とけ。眠くなったら起こすから」

 そう言った彼はいつも僕を起こしてはくれない。
 僕が寝入った後に寝て、目覚める前には起きている。一体いつ寝ているのか不思議になるくらい、僕は彼の寝顔を見た事がなかった。
 信用されてないのかな、なんて思いながら頑張って起きていようとしても、結局いつも僕の方が先に寝落ちしてしまって、気が付くと夜が明けている。
 なので最近はもう起きているのは諦めて、早起きしようと努めている。結局起きた時にはグノーはもう起きてる事がほとんどなんだけどね。
 いつものように「おやすみ」と声をかけて防寒用のマントにくるまり丸くなる。野宿も最近はもうすっかり馴れた気がする。


 苦しそうな呻き声に目が覚めた。
 すっかり小さく燻ぶっている火は消えかけているが、辺りはうっすら明るくなりかけていた。声の方に目を向けると、グノーが苦しそうに身を抱えて呻いている。
 慌てて、飛び起きてその身体に触れた瞬間手を思い切り振り払われた。長い前髪から覗く虚ろな瞳は何を映しているのか、彼はこちらに剣を抜き放った。

「え? グノー、大丈夫? 僕だよ?」

 声を掛けると、瞬間びくりと彼の体が震えるのが分かり、彼は顔を手で覆い頭を振った。

「……悪い、寝惚けた……」
「僕は平気だけど、グノー大丈夫? 凄く苦しそうだったよ。嫌な夢でも見た?」
「嫌な夢……そうだな……」

 言って、彼は剣を鞘に納めて座り込んだ。

「もしかして、グノー寝られないの?」

 おかしいとは思っていた、彼の睡眠時間は明らかに短くて、こんなに一緒にいるのに彼の寝姿を見た事がない方がおかしいのだ。

「グノーって強いよね、それでもうなされるくらい怖い事ってあるの?」

 僕の疑問に彼は小さく息を吐いて「あるよ」と一言呟いた。

「俺は逃げてるんだ、悪夢からずっと逃げ続けてる。俺にとって生きてる事自体が悪夢なんだ」
「生きてる事が……?」
「いっそ死ねたら楽になるんだけど、死ぬのって怖いんだよなぁ……」
「なんで? 駄目だよ、そんな事言っちゃ!」
「お前は生きてるだけで人に恨まれた事あるか?」
「え?」

 グノーは燻ぶる小さな火を枝で突いた。

「俺はある。『死ねばいい』『殺してやる』『この化け物』それ以外にも色々たくさん言われたな、だったら本当に殺してくれればいいのに、どいつもこいつも弱くてさ、結局死ねないまままだ生きてる」
「何、言ってるの?」
「お前はいいな、大事にしてくれる人が何人もいて。羨ましいよ」
「僕、グノーの事大事だよ! 死んで欲しくないって思ってるよ!」
「はは、それは今だけだろ。俺がいなくなったら旅するの大変だもんな。いいよ、分かってる、ちゃんと安全な場所まで送り届けるから、安心してな」
「なんでそんな事言うの?! それじゃあ僕がグノーの事ただ利用してるだけみたいじゃん!」
「……違うのか?」
「勝手に着いて来たのそっちだろ!僕は利用なんかしてない。でも大事だよ、友達だもん、グノーが傷付くのだって見たくない!」

 グノーは少し小首を傾げて「お前は優しいな」とそう言った。

「俺は自分の死に場所を探してる。でもその辺でのたれ死ぬのも癪だから、生きてるだけなんだ。満足できる場所があったら俺は死ぬ」
「なんで? なんでそんな事言うの? 嫌だよ! 僕そんなの絶対嫌だからね! そんな事言うならそんな事出来ないように僕グノーに付き纏うからね!」
「できもしないくせに」

 彼は僕の額を小突いた。

「出来るよ! どうせ僕だって行く所なんかないんだ。だったらどこまででも付き纏ってやる!」
「お前には帰れる場所があるだろ?」
「あそこは僕の居場所じゃない」

 グノーはまた膝を抱えて、少し困ったように小首を傾げた。

「お前はずるいなぁ……」

 グノーはそんな事を呟く。そうだね、きっと僕はずるいんだ。
 だから言うよ、僕にもあなたにもきっと今一番欲しい言葉。

「きっと僕達は似た者同士なんだ、だから一緒に居よ? 一緒に居れば僕がグノーの悪夢を払ってあげられる。僕達きっと親友になれるよ」
「俺の悪夢は強力だぞ……」
「大丈夫だよ、これでも僕意外と強いんだよ」
「嘘付け、どこがだよ」
「腕力は微妙だけど、きっと心はグノーより強い。嫌な事も楽しい事も全部一緒、それってちょっと特別っぽくない?」

 彼が微かに笑ったのが分かる。

「足りない所補い合ってちょうどいいと思うんだけど、駄目かな?」
「心許ない相棒だな」
「これからもっと強くなって、そのうち腕力の方でもグノーを守れるくらいになってあげる」

 完全に虚勢だったが、それを分かっているのだろう彼は僕の頭をわしわしと掻き回した。

「楽しみにしてるよ」
「よろしくね、相棒」
「おお」

 それはお互いがお互いの傷を舐め合うような、そんな行為だったのかもしれない。
 それでも二人はまるでそのお互いの手に縋るように笑ったのだ。
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