運命に花束を

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君と僕の物語

イリヤにて④

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 結局俺は家族のいる城には住まず、クロードの屋敷に居候させてもらったまま、日々を過していた。
 アジェの元に駆けつけたいというはやる気持ちはあるのだが、クロード一人倒せずにどうやって王家に刃向かうのかと言われてしまえば反論もできず、俺は堪えてクロードのしごきに耐えている。
 ただ安心できたのはアジェにグノーが確実に付いて行っている事、そしてその二人の後をつけている親父の支配下の人間がいるという事実だ。
 親父が二人に付けた人間がどんな人間なのかまでは分からないが、少なくとも親父が信頼しているのならそこまで悪い人間ではないはずだ。そしてその人物からの連絡は驚くほど早く親父の元へと届く。
 現在アジェは国境を越えた所でグノーとのんびり進んでいるらしく、メルクードに辿り着くまでにはまだ時間がかかりそうだった。
 すでにアジェが家出をしてから半月ほどが経とうとしていた。

「今日は、何か連絡はないのか⁉」

 俺は城に赴くたびに親父に尋ね、親父は苦笑いをしながら「何もねぇよ」と答えるのが日課のようになっていたある日、その日は俺がいつもの言葉を投げる前から親父は渋い顔をしてそこに居た。

「エディ、落ち着いてよく聞けよ」

 そう前置きをして親父はアジェがランティスの兵士に捕らえられたとそう言った。

「な……グノーは⁈ 親父の手下だって付いてるはずだろ⁉」
「うちの配下は元々諜報専門、何があっても手は出さないし見てるだけだ。そいつ等の話によるとどうやらグノーも一緒に連れていかれたらしい。そんな簡単に連れて行かれるのはあいつらしくない、何かあったんだと思うんだが、まだ詳しい状況は分からん」
「諜報専門って……そんな話聞いてない!」
「戦闘要員だと言った覚えはひとつもない」

 確かにそこを確認していなかった俺はぐっと言葉に詰まる。親父を信用しすぎた自分が浅はかだったのだ。

「とりあえず今は事実確認中だ、お前は動くなよ」
「ふざけんな、そんな話聞いて黙ってられるか! 俺は行く!ただでさえここからメルクードまで行くのには時間がかかるんだ、それまでにあいつに何かあったら親父の事恨むからな!」
「まだ事実確認中だと言ってるだろう! 救助もできればやっているはずだ。差し迫ってすぐに危険な訳じゃない。お前は大人しくしていろ」

 親父の手下が付いているからと大人しくしていたが、そいつ等が役に立たないと分かれば、こんな所でのんびりしている場合ではない。もしあのグノーが敵の手の内に落ちたのなら、アジェにはきっと身を護る術すらない。ただでさえΩ二人の心許ない旅だったのだ、こんな所で自分は何をやっているのかと後悔ばかりが募る。

「陛下、ひとつ提案があるのですがよろしいですか?」

 俺の背後で飄々とした声が上がる。
 クロードはこの差し迫った状況が分かっているのかいないのか、いつもとまるで変わらない。
 彼は最近ずっと自分に付き従って行動している、それはあたかも雛鳥が親鳥の後を付いて回るように追いかけて来るので、正直少し鬱陶しいくらいだ。

「少し小耳に挟んだのですが、来月ランティスではお世継ぎの王子の誕生パーティが開かれるとか、陛下はご自身の即位式があるので出席は見送るとお聞きしました。それに私とエディで参加する事は出来ないでしょうか?」
「あ? そういえばそんな話きてたな、忘れてた。誕生パーティか、そんな事やってる場合かって気もするが、これも他国に自国の安定をアピールする狙いなんだろうな……ふぅむ」

 親父は考え込むように腕を組む。俺は居ても立ってもいられず、さっさとその場を立ち去りアジェの元へと旅立ちたいのに、クロードがその腕を掴んで離さない。
 だてに俺に付いて回ってる訳ではないと言わんばかりに、行動を把握されてしまっている。

「どのみち代理の者は出す予定だったのですよね? だったらその任、私に任せてはいただけませんか?」
「お前はともかくエディはなぁ……仮にも王の代理だぞ、そんな粗暴な男を代理に出すのはファルスの沽券に関わる。アジェ様と一緒にいるようになって少しはマシになったと思っていたが、王の代理には少々不安が残るな」

 なんだかずいぶんな言われようだ、というかむしろ滅茶苦茶理不尽。親父を反面教師に体裁を整えてきた俺に対する侮辱だとしか思えない。

 「親父にだけは言われたくない」と仏頂面でそう告げると、親父は胡乱な瞳をこちらへ向けた。
「こいつを王の代理として世に出しても恥ずかしくない程度に、貴族としての体裁を整えられるか? こいつの躾は一筋縄ではいかんぞ」
「エディはそこまで粗野ではありませんよ?」
「そうか? なんせ王家とは関わらないつもりで育ててきたから行儀作法なんて何も教えてないからな」
「でしたらお妃様の躾が行き届いていたのでしょうね、乱暴なのは言葉遣いと行動くらいで、そこさえなんとかなれば基本的に直すところはありません」

 疑わしげな瞳で親父がこちらを見る。

「もし行くならお前はブラック・ラングの息子としてではなく、カルネ領主の息子として貴族の子息という体裁で行ってもらう事になる。もし何かしでかせば、それはそのままカルネ領主ジョゼフ様の悪評にも繋がる、それを理解した上で行く気があるなら行かせてやらん事もない」
「行く、ってか断る理由がない。領主様もアジェの帰還を待ち望んでいる、少しくらいの悪評……」
「お前は馬鹿か、その悪評ひいてはアジェ様自ら引き継ぐ事になるんだぞ、カルネ領主の品位を落とすというのはそういう事だ。お前のした事が全部お前だけでなく世話になったカルネ領主様、大好きなアジェ様の品位を下げる事に繋がる、お前一人の問題ではない。ついでに言うならそんな男を代理人に選んだファルス王国の品位にも関わるって事も頭に入れておけ」

 たかだか誕生パーティの招待にそれほどの重責があるとは思わず、また俺は自分の世界の狭さを知る。
 だが、それでも俺は……

「だったら完璧な貴公子を演じてやるさ。だてに長年猫を被って生活してきた訳じゃない」

 ふん、とブラックは鼻を鳴らす。

「お手並み拝見だな。言っておくが、アジェ様を見付けても問題を起こすような行動は一切禁止、今回はあくまでパーティの招待客、それ以上の行動は許さん、いいな」
「分かった」

 今は素直に頷いておくのが賢明だ。
 ランティス王国、メルクード……まだ見た事もない未知の世界、そこへお前を迎えに行く。

 ※ ※ ※

 踵を返して城を後にする二人を見送り、ブラックは溜息を吐いた。

「俺もまだまだ甘いな……リン、忙しくなりそうだが大丈夫か?」
「休み返上の者が大勢でそうだが、まぁなんとか。給料は弾めよ」

 ブラックの背後に控えるのは黒髪の男。
 ブラックとは体格も顔立ちもよく似た男で、服装も以前のブラック同様全身黒ずくめだ。

「あと、分かっているとは思うがお前は動くなよ。今までならともかく、国王様の替え玉なんてごめんだからな」
「当分は動かねぇよ、ってか動けねぇだろ……うちだってランティスの事言ってられない程度にまだごたついてるっての。即位に問題はないだろうが、問題は山積みだ」
「長年王家の仕事をほったらかしにした罰だな。責任もって頑張れ」

 自業自得だとばかりに嗤う男にブラックはわざとらしい笑顔を向ける。

「もちろん手伝ってくれるよな、リンは優しいから」
「うっぜ……給料弾んで貰うぞ。そもそもこんなの仕事の範囲外だろうが、こき使いやがって」
「これからこんな仕事がもっと増える……」

 書類の束を見やってブラックは溜息を吐く。それを見やってリンと呼ばれた男は、呆れたように「俺を巻き込むな」と呟いた。

「それにしても向こうの二人についてるうちの息子は少々そそっかしい。しかも今回初任務だ、こんな事になるならもっと別の任務を割り振るんだった、あいつには荷が重そうだ」
「ルークももうそんな歳か、子供の成長は早いな。でも他にも何人か付いてるんだろ?」
「若いのばっかりな、こんな事態は想定外で人数をさけなかった。何事もなければいいんだがな」

 現在ブラックに届いている情報はアジェとグノーがランティスの騎士団員に連れて行かれたという情報だけだった。
 捕まったのか、自ら付いて行ったのか、はたまた一緒に居ただけなのか、それすら分からず情報としては不十分すぎて判断に困る。
 それでも最悪を想定して動かなければ、何かあった場合に対処もできない。今考えられる一番最悪な想定はアジェが何者かに捕まったという想定だ。
 ランティスの騎士団員が全員アジェの味方だとは限らない、だとしたら命の危険が増したとも言える。幼い頃から妻と共に見守ってきた子供、そして育てた息子の運命の相手だ、無事でいてくれる事を願うばかりだが、何もできない自分が悔しい。
 エディはきっと自分以上に悔しさがあるのは分かっている、それでも守れる者は一人でも多く守らなければならない、それが王の責務なのだから。

「あぁ……王様って面倒くさい」
「王家に生まれた宿命、なんだろ?」
「……変わってくれよ、リン」
「やなこった」

 言って、リンはブラックに片付けた書類の束を押し付けて背を向ける。

「また情報が入り次第連絡する、頑張れよ王様」

 それにひらひら手だけ振って見送るとリンは音もなく消えた。
歳はブラックと大差ないのに相変わらず身体能力は衰えていない。

「あぁ、俺も行きたい……」

 そう呟きながらブラックはまた書類に目を落とすのだった。




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