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君と僕の物語
イリヤにて②
しおりを挟む首都イリヤはとてつもなく広かった。
三時間もあれば町の主要箇所を全部回り切れてしまうルーンとは大違いだ。
俺は少し小高い場所に立っていた塔の上から眼下を見下ろし、ランティス王国首都メルクードもこんなに広いのだろうかと途方に暮れた。
もしアジェがメルクードに行ったのだとしたら、自分は果たしてこんな場所でたった一人を見つけ出すことは出来るのだろうか? ここにきて俺は自分の世界の狭さを知った。
「世界は広いなぁ」
後ろを振り返れば城とおもしき建物も見える。それもまた途方もなく大きくて、王家というものの巨大さを知る。
アジェはランティス王家の王子、すなわち王家の人間なのだという事をいまさら実感を伴って城を見上げてしまう。
立ち向かう相手が大きすぎて弱気になりかけるが、今はそんな泣き言を言っている場合ではない。
「ぼちぼち帰るか」
塔から飛び降り、いざ帰ろうと思ったら来た方角が分からなくなっている事に気が付く。右を見ても左を見ても似たような建物が所狭しと並んでいて、まるで迷路のようだ。
「参ったな、帰り道どっちだろ」
とりあえず自分の位置を確認する為にもう一度塔に登ろうかと思案していた所で不意に背後から「お前、今どこから降ってきた?」と声をかけられた。
「どこって、この塔の上からですけど」
声をかけてきた男は大きな男だった。体格がよく、その筋肉質な身体から何か格闘技のようなものをやっているのではないかと思われる。
男は塔と自分を見比べて首を傾げた。
「この塔はそんなに簡単に登れるものではないと思うのだが」
「もしかして所有者の方ですか? だとしたら無断で登った事は謝ります。ですが私は何もしていませんよ」
「それは分かってる」
怒られるのかと思ったらそういう訳でもなく、その男は俺と塔を見比べては、何やら唸っている。どうもこの塔の所有者ではなさそうだし、変な人に声をかけられたなと思い踵を返そうとすると男に腕を掴まれた。
「なぁ、お前、城で働く気はないか?」
「ないです」
突然の質問にきっぱり返すと男は「即断かよ」と肩を落とした。
だがすぐに立ち直って彼は人好きのする笑みで、にっと笑った。
「まぁ突然そんな事言われても即答はできんわなぁ。俺はファルス王国騎士団、第三騎士団団長アイン・シグだ。もし騎士団への入団希望があるようなら優遇するので是非いつでも俺を訪ねて来てくれ」
「はぁ」
よもやこんな所で騎士団の勧誘に合うとは思わず、気の抜けた返事を返してしまった。でも、騎士団長? もしかしてこの人結構偉い人? それにしてはずいぶん若い気もするが。
「ところで君の名は?」
「エドワード・ラングと申します」
「ラング? ラング、ラング……なんだか聞き覚えがある気がするが……」
「もしかして父を知っていますか? 父はブラック・ラングと言うのですが」
親父はここイリヤに実家があると言っていた、そして家を継ぐとも言っていたのだから、どこかで名前が売れている可能性がないとは言い切れない。
「ブラック・ラング……お前あのブラック様の⁉」
「息子です」
正しくは養い子だがなと心の中で付け加える。それにしても、ブラック様? 親父に様付けってどういう事だ?
「確かにブラック様の御子息ならあれくらいの事ができても不思議ではない。納得した」
「父はそんなに有名ですか?」
「有名なんてものじゃない、騎士団員の間ではちょっとした伝説の人だぞ」
どんな伝説だよ……きっとロクでもない話に決まってると、つい眉間に皺が寄った。
「俺も実際にお会いした事はないのだが、伝説だけなら幾つも聞いている。十数年前からぱったり消息を絶っていると聞いていたのだが、ご存命なのだな」
「少なくとも先月までは生きてましたよ、今も多分死んではないと思います」
俺の物言いにアインは少し困惑の表情を見せている。だが、彼も親父の事を知ってはいても、現在の消息までは知らないようだと少しがっかりした。一体この街の何処にいるのやら……
「ところでアインさん。少し道に迷ってしまったようなのですが、アインさんはクロード・マイラーさんのお宅をご存知ですか?」
「なにっ、お前、いや君は今マイラー様のお宅にいるのか?」
「はい、抜け出してきたら帰り道が分からなくなってしまって困っていたところです」
「そうかそうか、うむ、案内しよう」
アインは何故だか上機嫌で歩き出した。俺はその後を追うように歩いて行く。俺は思いのほか近場で迷っていたようで、案内されたクロードの邸宅はそれほど遠くはなかった。
俺は窓から出てきてしまった手前、帰るのも窓から戻るつもりだったのだが、ここまで道案内をしてくれたアインが是非クロードに挨拶をしたいと言って聞かないので、恐る恐る正面からの帰宅である。
屋敷の扉を開けると、そこにはクロードと難しい顔をしたハウスワードが何事か話し合っている。扉の開いた音に気が付いたのかクロードは顔を上げ、ばっちり目が合った。
「エディ様!」
「うわっ、ごめんなさい!」
とっさに謝り身構える。
「無事で良かった……」
一瞬泣きそうな情けない表情で腕を掴んできたクロードに、美形は情けない顔しても絵になるなぁと見当違いな感想を覚える。
「ごめんなさい、少し探検するつもりが道に迷って……」
「ハウスワードはあなたは部屋から出ていないと言いましたよ」
「はは、窓からちょっと」
視線をそらし気味にそう言うとクロードに無表情に迫られた。
「私はあなたが窓から侵入した何者かに攫われたのかと思いましたよ」
「考えすぎ、考えすぎ」
「エディ様!!」
無表情なのに怒りの炎が見える気がした。
怖いです、クロードさん。
「ごめんなさい、もうしません」
上目遣いにクロードの顔を伺うと彼はひとつ息を零した。
呆れられたのだろうか、だがそんな小さな子供でもあるまいし、そこまで心配する事もないと思うのだが……
「あの、な。道に迷ってたら送ってくれた人がいて、挨拶したいって言うから連れて来たんだけど……」
クロードはそこで初めてアインの存在に気が付く。そして、アインとハウスワードの二人は何故か二人揃ってこちらを見て固まっていた。
「これは第三騎士団、騎士団長殿ではありませんか。大変お見苦しい所をお見せいたしました」
クロードは深々と頭を下げ、ようやく腕を解放してもらった俺もほっと胸を撫で下ろす。
「いや、いえ、大丈夫ですよ」
アインは動揺したようにしどろもどろに答えるのだが、クロードはそれにはまったく気付かない。
「わざわざお越しいただいて恐縮ですが、本日は長旅から帰ったばかりで碌なお礼もできません。後日改めてお礼に伺いますがよろしいですか?」
「いや、礼なんて結構ですよ。私は迷子を連れて来ただけで、言わばこれも任務のうちですから。それでは私はこの辺で……」
アインはまるで逃げるように何もない所で蹴躓きながらクロード邸を去って行く。彼が何に対してそこまで動揺しているのかさっぱり分からない俺は首を傾げた。
一方で同じく動揺したような表情を見せていたハウスワードはアインの動揺に我に返ったのか、何事もなかったかのように「お食事の準備ができております」とそれだけ告げて屋敷の奥へと消えて行った。
「エディ様、今後は軽はずみな行動は控えてくださいね」
そう言ったクロードの言葉に「善処します」とだけ返して苦笑する。またあの無表情で怒られたらたまったものではない。下手に表情があるよりよほど怖かった。
クロードを怒らせるのは心臓に良くないなと思うと同時に、クロードの改造計画は簡単ではないと改めて思い知らされた。
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