運命に花束を

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運命に花束を②

運命と噂話②

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 グノーの始めたお店に足繁く通って来るのはアジェだけではなかった。ほぼ毎日のように顔を出す常連客が二人、それはコリー副団長とスタールの二人だ。

「本当ありがたいんだけど、毎日毎日外食じゃ金も貯まらないだろう? お前、大丈夫か?」

 グノーがス呆れたようにスタールにそう言うと、彼は片眉を上げて「大丈夫だよ」とぶっきら棒に返して寄越す。
 寄宿舎の食堂ならば食事は三食格安で提供されている、自分の所もそこまで高い値段設定はしていないが、それでも食費はかさむだろうにと思わずにはいられない。

「寄宿舎の飯よりお前の飯の方が美味い。それにこんな田舎じゃ金を使う場所もねぇから別に構わん。俺には養う家族もいないしな」
「そうか……それならいいけど、でも将来見据えて蓄えくらいないと嫁のきてもないぞ?」
「それもどうでもいいなぁ、女は面倒だ」

 面白くもなさそうにそう呟くスタールに「お前モテそうなのに……」とグノーは呆れたように溜息を吐いた。

「嫁を貰うどころか嫁に貰われた奴に言われたかねぇなぁ」
「しょうがないだろ、俺の『運命』の相手がたまたま男だったんだから、もうこれは仕方がないんだよ」
「運命、運命ねぇ……」

 スタールは酒を片手に少し考え込むように呟いた。

「俺はあんた達が言う所のβって奴だから、そういうのはさっぱり分からんが、あんたはもしその『運命』とやらが女だったら、女でもいけたのか?」
「別に今まで男が特別好きだと思った事はねぇよ。でもそう言われると……女を抱きたいと思ったこともないかもな。そもそもそういう色恋関係全般、煩わしいとしか思ってなかったし」
「そんなんで、よくあいつと結婚する気になったもんだな」
「あいつだけは特別だよ……って、もうこの話止め! こういう話しは好きじゃない」
「自分で話ふったんだろうが。この際だ、参考にしてやるからお前等の馴れ初め聞かせやがれ」

 これは酔っ払い特有の絡み酒かとグノーが苦笑していると「そんな話なら幾らでも私が聞かせてあげますよ」と、いつ帰ってきたのかナダールがひょっこり店舗の方に顔を出した。

「スタール、あなた自分は絡み酒じゃないような事言っておいて、うちのに絡むのはやめてください。あなた充分絡み酒ですよ。それにまたこんなに飲んで、体壊しても知りませんからね」
「あぁ、ナダールおかえり。俺も気を付けてるんだけど、こいつ本当に水みたいに酒飲むから、つい飲ませ過ぎちまうんだよな、悪い」
「俺にとっちゃ酒は水と一緒だって言ってんだろ。このくらいの酒じゃ酔えねぇよ」
「素でグノーに絡んでたって言うなら余計にたちが悪い。馴れ初め聞きたいですか? いいですよ、幾らでもお話しましょう」

 「お前も客に絡むな」とグノーは彼等二人のやりとりに笑ってしまう。

「スタールはうちの上客なんだから、このくらいの相手はしてやらないとな」
「あぁん? してやるとか、客舐めんな」
「もう、スタール! あなた絶対酔ってます! グノーに絡まないでと言ってるでしょう。さぁ、お酒だけじゃなく、ちゃんと食べる物も食べてください」
「そんなの食うに決まってんだろ」

 スタールの横に腰掛けたナダールにも食事を差し出し、グノーは更に笑ってしまう。
 スタールは掻き込むようにがつがつと、ナダールはスピード自体はスタールとそう変わらないのだが、躾の行き届いた丁寧さでもぐもぐと食事をしていく。二人共たぶん一口で口に入る量が多いのだ、グノー自身は元々食が細く、たいした量を食べられない、食べようと思っても身体が受け付けない。なので、見る間に空になっていく皿を見るのは見ていてとても気持ちが良くて、ついつい次から次へと料理を差し出してしまう。
 二人の腹が満たされ満足気な顔になる頃には、何故だか妙な達成感にグノーも満たされている今日この頃だ。
 食事を終えて一息つく頃「それにしても……」とナダールはスタールを見やる。

「あなたも本当に毎日毎日、たまには遠慮してくれてもいいんですよ?」
「あん? 俺は美味い飯屋で毎日美味い飯を食ってるだけじゃねぇか、なんか文句あんのかよ?」
「せっかく久しぶりにグノーと二人きりの生活なのに、あなたがいたら寄宿舎と変わらないじゃないですか! 私はもっとグノーといちゃいちゃしたい!」
「……お前、ぶっちゃけ過ぎだろ? 酔ってんのか?」

 つい真顔になってスタールが言った言葉に「お酒は一滴も飲んでませんよ!」とナダールが返すと、スタールの顔が呆れたような表情に変わる。

「お前、恥ずかしいからそういう事言うの止めろ。スタール引いてんだろ……」
「でも! おかしいじゃないですか! 家に帰ってきたのに職場で別れたはずの同僚に家で会うって絶対おかしいでしょう! 今までと全然変わらない……しかも私より先に帰って、可愛い私のお嫁さんに絡んでるとか、ないですよ。ありえない!」
「今日はなんだか賑やかですね。お風呂ありがとうございました、お代置いておきますね」

 そう言って店の奥から顔を覗かせたコリーに「やっぱりあなたもいるんじゃないですか」とナダールは盛大に溜息を零す。

「どうかしたのですか?」

 不満顔のナダールに湯上りで上機嫌なコリーは首を傾げる。

「こいつが嫁といちゃいちゃしたいから毎日来るなって怒るんだよ。俺等、相当いい上客だと思うんだがな」
「それはまた身勝手な店主ですね。あなた、お金を稼ぎたいんじゃないのですか?」
「それとこれとは別問題です。分かってますよ、これが私の我がままだって事くらい。二人きりになりたいのならもっと身分相応の家にすれば良かった、それだけの事なのです。でもまさか、こんなにプライベートが全く無いなんて予想できませんでしたよ……」
「……今からでも安い家、探して引っ越すか?」

 あまりのナダールのしょげように、思わずグノーがそんな言葉を漏らすのだが……「俺の飯はどうなる!?」「私のお風呂はどうなるんです!?」の綺麗なハモリの言葉に返す言葉もなく、ナダールは溜息を吐いた。

「せめて週に一日くらい定休日を作りましょう、そうしましょう。あなただって年中無休はキツイでしょう?」
「う~ん、まぁな。でも週末はお前が休みでも店はやるぞ? そこが一番の稼ぎ時だからな。定休日を作るなら平日だ」

 その言葉に「それでもいい」とナダールは頷いた。
 どのみち週末はできれば子供達に会いにムソンへと赴くのがここ最近のナダールの日課で、それならむしろ平日の方が都合がいい。
 コリーは「お風呂に入るだけでも駄目ですか?」と食い下がったが、スタールは「しょうがねぇなぁ」と頷いた。

「定休日を作るのに、お客に許可を取るっていうのも、どうかと思うのですが……」
「あぁ? 常連客蔑ろにして店が存続できると思うのか?! 客は神だと思いやがれ」

 スタールに逆に叱られ、ナダールは憮然とするしかない。

「そういえば、娘の件ですが奥さんに話していただけましたか?」

 コリーは「冷酒を一杯下さい」と注文しながら、カウンターの空いた席へと腰掛けた。

「あぁ、そうでした。まだですよ、私まだ帰ってきたばかりなので」

 帰りがけに仕事を置いていったあなたなら分かるでしょう? とナダールは溜息を吐く。

「話? 何? 前にコリーさんと話してみてって言ってた仕事の話?」
「それとは別件です。コリーさんの娘さんをうちの店で雇えないかという話なのですが……」
「人を雇う? そんな余裕ねぇだろう? そりゃあ人がいればもっと色々できるだろうけど、現状無理だと思うけど?」
「ですよね、それでですね……」
「そこからは私がお話いたしましょう」

 そう言ってコリーはナダールへ話した話を繰り返し「……という訳で、給料はこちら持ちで構わないので、娘を雇ってついでに料理を仕込んで欲しいのです」と真面目な顔でそう告げた。

「はぁ、成る程ね。でもそれって料理教えるだけ? それともそれ以外の仕事もして貰っていいの?」
「それ以外とは?」
「接客や皿洗い、飲食店の基本的な仕事。料理教えるだけなら料理教室的な物でも構わない訳だろう? それを雇うって形にするなら、そういう事もやってもらう事になるけど、こき使っちゃっても大丈夫?」
「お給料分なら幾らこき使って貰っても構いませんよ」
「ん~でも、その給料はコリーさんから出るわけだよな? 給料分って言われても、どの程度許されるのか分かんねぇと使いづらい。いっそこっちに金貰って料理教えるんじゃ駄目なのか?」
「体裁的にはあなた方に雇ってもらって働いているという形が望ましいのです。娘は私の言う事は聞きませんのでね」
「じゃあ給料がコリーさんから出てるって事は内緒?」
「そうですね」

 グノーはう~んと腕を組んで考え込む。

「ちなみに時間どのくらいで、いくら出すつもり?」
「まぁ、ある程度働いたと思える時間数を、給料は月片手くらいですかね」
「ん~んん、うんうん。週末は? 帰り少しくらいなら遅くなっても平気?」
「その時は私が風呂に入りに来ながら迎えにきます。そのまま連れて帰るので、問題ないですよ」

 ふんふんと考え込みながら、グノーは何やら計算を始める。
 日当がいくらで、時間がこうだから……とメモに走り書きながらぶつぶつ呟いて、最終的に「うん」と満面の笑みで頷いた。

「うん、いけると思う。実は昼間の軽食少し増やそうかと思ってたんだ。でも一人じゃキツイし、どうしようかって迷ってたんだけど、なんかいけそうな気がしてきた」

 そのグノーの言葉にナダールは少し不安を滲ませる。

「本当ですか? 色々と大変なんじゃないですか? 体力的な問題以外にも経費的な問題とか……」
「んっふっふ、俺は今までこれでも色々な仕事をしてきてんだ。小銭稼ぐ為にやった職種は数知れず、商売の事は意外と知ってるんだぞ。大丈夫、いける」

 何を根拠に言っているのかも分からないし、大丈夫なのか? という不安は拭えないのだが、その自信ありげな様子にナダールは溜息を零すしかない。
 どのみち一度こうと決めてしまえば彼はなんでも有言実行なのだ、あとは見守る事しかできない事をナダールは経験上知っていた。

「それはそうと、奥さん。あなたはもうほぼ完治したと思っていいのですかね? 私、あなたに聞きたい事が色々とあるのですけど」
「ん? どうなったら完治かなんて自分でも分かんねぇし、頭おかしいのはずっとだし、どうなの?」

 グノーは首を傾げてナダールを見上げる。
 厨房は店舗側から一段下がっていて、カウンター席に座るナダールの目の前にはグノーの顔がある。ナダールは手を伸ばしてそんなグノーの頭を撫でた。

「自分で頭がおかしいなんて言うものではありませんよ。あなたには全然おかしな所なんてありません、大丈夫です」

 頭を撫でられている事が恥ずかしくて「そういう事、人前でするなって言ってんだろ」とグノーは赤くなって逃げ出しつつ「……だってさ」とコリーに酒を差し出した。

「あなたが奥さんを甘やかし過ぎなのも、奥さんがほぼ治っているのもなんとなく分かりました。今更、頭を撫でられたくらいで恥ずかしがるなんて、本当に以前のあなたと同一人物だとは思えませんね。興味から聞きますけど、寄宿舎で過していた間の事どの程度覚えているのですか?」
「どの程度……? ぶっちゃけ全然覚えてない、かな。迷惑かけてた自覚はあるし、聞いたら穴があったら入りたいくらいの事してるっぽいから、聞かない。聞きたくない」
「へ~それはいい事聞いた」

 スタールは酒を片手ににやりと笑う。

「お前、俺にそれ言ったら、二度とお前に飯食わせねぇからな!」

 羞恥で頬を染めるグノーと、それを見てげらげら笑うスタールに「これは分かりやすいですね」とコリーも珍しく笑みを零す。

「これも興味から聞きますけど、あなたはどちらの奥さんに惚れて結婚したのですか?」
「どちらと言われても、全部ひっくるめてこの人ですから、そんな事考えた事もないですよ」

 甘えたがりで幼く淫乱なグノーと、照れ屋で恥ずかしがり屋な常識人のグノー。
 確かに態度も雰囲気も変わってしまうが、どちらかがいいと思った事もなければ、別人として考えた事もなかったので、その質問には困惑した。

「そんなに違う? 記憶ない時の事は本当に分からないから、怖いんだけど……」
「ほぼ別人だな。見た目は変わらないから同一人物だと分かるが、双子の兄弟だって言われたら信じちまうレベルで違う」
「そうなのか?」

 グノーが不安気にナダールを見やるので「怖がらせるの止めてください」とスタールに釘を刺しつつ「そんな事ありませんよ」と笑みを零す。

「私はそこまでだとは思いません。あなたの本質は変わりませんよ、いつでもどんな時でもね」
「俺等みたいな部外者には分からねぇが、こいつがそう言うならそうなんだろう。まぁ、そこまで気にする事でもねぇ。俺等にとったらあんたがおかしくなってるのか、なってないのか分かり易くていい、ってその程度の話だ」
「なんか自分の事なのに分からないのもやもやする……」

 憮然とするグノーに「気にすんな」と笑ってスタールは酒を煽り「おかわり」と酒の追加を要求する。

「さて、個人的な質問はその辺にして、私の聞きたい事は仕事の話です。団長から聞いていますよ、誘致の話」

 コリーは懐から地図を取り出し、店の中ほどにある大テーブルにそれを広げ、グノーを手招きする。

「私もこの話を聞いてから色々な所を回ってみたのですよ。まぁ、意見としては賛否両論で具体的な話しは何もできてはおりませんがね」
「回ったってカルネ領の中を? ここの商人じゃ駄目だ、聞くならこっち、サンガのできれば手広くやってる商人がいい。船を持ってる奴なら尚いいかな」
「はぁ、やはりそうでしたか。一応心当たりには文を送っているのですが、今のところ色よい返事は返ってきていないですね。ここはやはり私自ら赴くべきでしょうか」
「行かなくていい。どうせブラックの知り合いが何人かいるはずだ、あいつに任せろ」

 コリーは俄かに怪訝な表情を見せる。

「ブラックって……陛下の事ですか?」
「そう、ここまで考えてるならブラックがそれを考えていない訳がない。そっちから話通した方が早いし確実だ。開墾ってどこまで進んでるの?」

 グノーは地図を見やり、コリーは事細かに状況を説明していく。

「あれ? 思ったより進み早いな。これ、始めてどれくらい経ってんの?」
「概ね半年ほどですね。作業自体はどこも順調に進んでいますよ、団長の抜けた一ヵ月分もすでに取り戻し済みです」
「半年でここまで? 采配は任せてるって聞いてたけど、おじさん凄く仕事出来る人だね、驚いた」
「おじさん……確かに私はもう年寄りですが、もう少し年上は敬うものですよ」
「あ……ごめん。いつもの癖で」

 グノーは敬語をほぼ使わない。
 ナダールと暮らしてきて、ブラックから教わった言葉遣いの荒さも多少緩和されてきているが、それでも彼の言葉遣いは変わらない。
 そもそも他人に媚びへつらうのが好きではない彼はどうしても言葉が荒くなり、そこに合わせたようなスラングがどうにも性に合いすぎていて矯正できないのだ。

「あなたは陛下も『おっさん』呼ばわりですものね、毎度毎度肝が冷えます」
「あなた、本当に陛下とご友人なのですね。あなた方の交友関係は本当に分かりませんねぇ。ここの領主様や、そのご子息方とも気安いようですし、かと言ってそれにおもねる訳でも、嵩にきる訳でもない」
「人の威を借りて偉ぶったって意味ないだろう? 自分が偉い訳でもなし。まぁ『使える物は何でも使う』が俺の身上だけど、それは自分の為に使うものじゃない」
「潔い考え方ですね。ある意味勿体ないとも思いますが……」
「コリーさんは権力を持ちたい人? 持っても碌な事ないよ?」
「権力……は別にどうでもいいですが、自分が暮らしやすい生活になるのなら、権力におもねるのもやぶさかではありませんね」

 コリーはひとつ頷きそう言った。

「へぇ~そうなんだ。ちょっと意外、コリーさんはどちらかと言うと裏で操る方が好きなタイプかと思ってた」
「それも決して嫌いではありませんよ。御しやすいトップは扱いにいい」
「程々にしてやってな。こいつ、人を疑わないから倒れるまで働いちまう」
「この数ヶ月でそこは理解しました、体調管理も采配のうちですよ」
「そこ! 本人目の前にしてなんの話ですか!」

 ナダールの突っ込みに含み笑うコリーとけらけらと笑うグノー。この二人は気が合いそうだと思ってはいたが案の定だ。

「でもまぁ、ここまで進んでるならたぶんもうブラックも何かしら動いてると思うから、そっちの交渉は置いといていいよ。まずはこっちを優先して、ここに人を増やしてここを進める。で、それが終わったらこっちで……」

 地図を挟んで話し込んでしまった二人を見やって、スタールはひとつ大欠伸をする。

「仕事が終わってまで仕事の話とはよくやるな。俺には絶対無理だ。しかもあいつ等の話してる内容はさっぱり分からん」
「同感ですね。私は御しやすいトップのままで充分ですよ、これ以上考える事が増えたらパンクしてしまう」
「頼りねぇ騎士団長様だなぁ……」
「頼りになる部下に恵まれましたのでね」

 笑うナダールにスタールは胡乱気な瞳を向け、ひとつ溜息を零す。

「誰がどこまで頼りになるかなんて分からねぇだろう。お前を蹴落とそうとしている奴等なんて幾らでもいるんだぞ」

 突き放したような物言いだが、心配してくれているものだと理解したナダールはまた笑みを零す。

「んふふ……心配してくれているのですか? 有り難いですねぇ」
「お前はどこまで楽天的なんだ。あの八班の奴の事思えば、俺だってお前に恨みを抱いていたとしても不思議じゃねぇんだぞ」
「え? あなた、負けた事まだ恨んでたんですか?」
「だから、そういう事じゃなく、少しは人を疑えと言ってるんだ! お前は天然なのか、ただの馬鹿なのか本気で時々分からなくなる」
「あはは、それでも私、人を見る目はあるつもりなのですけどね」

 それに加えて鼻が効く特技も健在のまま、バース性の人間に関しては今まで通り匂いでなんとなくその人の人となりまで分かってしまう。スタールはβでそれはよく分からないのだが、彼に関しては態度が分かりやす過ぎて疑った事もない。
 そういえばコリーさんはどうなのだろう? 聞いた事はないが、彼はとてもαっぽい。
 匂いを感じた事はないのだが、自分と同じでフェロモンを抑える為の薬でも服用しているのだろうか?

「俺には誰にでもコロッと騙されてるお前の姿が見えるようだがな」

 思考を遮るように言い募るスタールに、ナダールは更ににこにこと応える。

「いいですかスタール、騙された事に気付かなかったら、それは騙された事にはならないのですよ」
「それ、一番駄目な奴じゃねぇか……」
「大丈夫ですって。あなた意外と心配性ですね」
「お前と比べたら誰でもそうなるわ! 本当に頼りねぇ男だな」

 スタールは頭を抱えるようにして盛大な溜息を吐く。そしてカウンターの上に金を置いて、立ち上がった。

「あれ? 帰るんですか?」
「嫁といちゃつきたいんだろ? 邪魔者は退散してやるよ。おい副団長、今日はその辺にしときな」
「あぁ、帰るのですか。そうですね、今日はもう時間も遅いですし、明日また続きをお話しましょう。娘もここに来させますので、どうぞよろしくお願いします」
「おっと、早速か。何してもらおう……」

 忙しくなるぞ……とグノーは楽しげに笑みを零す。
 コリーとスタールの二人を見送り、店の片付けを済ませてから「お風呂、一緒に入りませんか?」とナダールはグノーを誘ってみた。
 「入る!」と飛び付いてくるあたり、本当にどちらのグノーも変わらないと思うのだが、そんな事を他人に話すのは勿体ない。可愛い彼を見られるのは自分だけで充分だ、とナダールは満足気な笑みを零した。
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