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番外編:運命のご挨拶
④
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「ママ、マ~マちゃんと見てる?」
庭先で駆け回ったり、何かよく分からない泥団子を製作中の子供達に手を振って、俺はなんとはなしにその平和な光景を眺めていた。
そこには我が子だけではなく、ナダールの弟マルクの子供メルも加わって賑やかなものだ。
ここランティス王国では金髪碧眼の人間が多い、例に漏れずメルも綺麗な金色の髪にナダールと同じような碧い瞳をしていた。
その中に1人だけ我が子の紅が映えている。
下の子ユリウスはやはり金色の髪で少し変わった瞳の色をしているが、ぱっと見にはランティスの子供達と変わらない、けれど娘のルイだけはどうしても異質で昨日の事を思い出してしまう。
向けられる差別の瞳、自分はそんな物には慣れているが、その瞳を娘に向けられるのは耐えられない。
子供達は一緒くたに無邪気に遊んでいるのに、人はどこでああいう差別を覚えていくのだろう……けれど思えば自分も過去αを嫌いαの人間には罵りの言葉を投げていた。それは自分の身を守る為であり、恐怖からの虚勢だった事を思うと、差別の中身なんて意外とそんな物なのかもしれない。
「グノーさん、お茶でもいかが?」
声をかけられ振り向けばマルクの妻ナディアがにこにこと笑顔でこちらを見ていた。
その背後には菓子を携えたナディアの兄カイルもいる、子供達にも手を洗ってくるように指示を出してナディアは庭先に小さなお茶会の準備を整えていった。
やはりこういう事は女性には敵わない、可愛らしいティーカップに色とりどりのお菓子を見やって子供達は目を輝かせた。
「突然お邪魔したのに、こんなに良くして貰ってなんだか申し訳ないな」
「いいのよ、このままじゃメルクードの印象悪くなっちゃいそうだし、せっかく遠くから来てくれたのにそれじゃあ子供達も可哀相だわ」
そう言ってナディアは大人にはお茶を、子供達にはジュースを振る舞い小さなお茶会が始まった。
「こらユリ、お菓子は逃げないからそんなにたくさん頬張らない。ルイも仲良く分けっこだぞ」
父親に似た息子のユリウスは食いしん坊で困る、口いっぱいにお菓子を詰め込んでご満悦だ。
娘のルイは自分に似たのか小食で、噛み締めるようにゆっくり物を食べるので、気が付くとルイの分にまで手を出している事のある息子から目が離せない。
「うふふ、本当に母親なのねぇ」
「え?」
「βの私から見たら男の人が子供を生むっていうのはやっぱり不思議な感覚なのよ、だけどこうやって見ていると、どこにでもいる普通の母親にしか見えないなってそう思ったの」
「子供を育てるのに男も女も関係ないから、普通に……っていうか俺は普通がよく分からないからナダールが教えてくれる通りに育ててる。それが普通の母親に見えるなら、それはそれで嬉しいかな」
「子供、可愛い?」
「そんなの当たり前、俺の宝物だ」
「そっか」とナディアは頷いた。
「兄さんもやっぱり子供欲しい?」
「え?」
突然話を振られたカイルは驚いたような瞳を妹に向ける。
「兄さんがΩになったって聞いた時には驚いたけど、まだ許容できたのよ。でも『運命』の相手が王子だって聞いて、それは無いって思ったのよ。王子の子供を抱いてる兄さんなんて想像できなくて、それでやっぱり私は兄さんの隣には女の人を想像していたのよね。世の中にはαの女性だって幾らもいるわ、やっぱりそれが普通ってどこかで思ってたのよ」
「それでナディアは僕達の関係に反対しているのかい?」
「ううん、そこはまぁ2人の気持ち次第か……って思ったのよ、最初は」
「最初は?」
「でも兄さんに対する王子の態度見てたらなんか、どうにも納得いかなくて……」
ナディアは眉間に皺を寄せる。
「あの人何様よ! っていうか王子様よね、知ってるわよ! でもなんなのあの唯我独尊な態度は、まるで兄さんを所有物みたいに扱って、対等な人間として扱ってるように見えないのよ! 兄さんも困ってるみたいだし、だったらここは妹の私がはっきり反対しとかなきゃってそう思ってたのよ、だけど……」
「だけど?」
「兄さんあの人好きなんでしょう?」
昨日自分達がしていた会話を聞いていたのか、ナディアはそんな事を言う。
「Ωにとったらヒートが来ないなんて言うのは煩わしい事が減るだけでどうって事ないんでしょう? だって、要はβと変わらないっていう事だもの。兄さんは男だし、普通に女性との間になら子供ができる、相手がβでもΩでもね。だけど兄さんはヒートが来ない事に悩んでた、それはあの人の子供が欲しいからなんでしょう?」
図星だったのか、カイルは戸惑ったようにナディアを見た。
「何年兄妹やってると思ってるのよ、ただの研究馬鹿な兄が、そこまで思い詰めるその想いくらい私にだって分かるわよ。だから認めてもいいかなって昨日ちょっと思ったのよ。それでそう思ったら、割とすんなり兄さんがあの人の子供抱いてる姿想像できちゃったのよね、びっくりだわ」
「ふん、なんだか知らないが妹の許可がおりたようだな、先生」
突然の声に振り返ると、何故かそこには見知った顔。
アジェによく似たその面立ちは間違いようがない、この国の王子エリオット・スノー・ランティスその人だった。
「王子、なんでここへ!?」
「帰ってこないから迎えに来たんだろう、俺は外泊の許可まで出した記憶は無い」
言って王子は菓子をひとつ摘み口の中に放り込んだ。
「不法侵入ですよ王子、城ではそんな事も教えてはくれないのですか?」
「声はかけた、盛り上がっていて聞いていなかったのはお前達の方だ。それに俺に躾を施したのはそこにいる家庭教師の先生だぞ、俺にとやかく言うのは筋違いだ」
「私はあなたにそのような屁理屈を教えた事なんてありませんよ、王子!」
カイルが慌てて立ち上がり、王子と妹の間に割って入る。
「私はあなたのそういう態度が気に入らないんだと分かって貰えてはいないようですね、王子様」
「別にあんたにどう思われようと俺はどうでもいい」
ナディアとエリオット王子2人の言い合いに怖くなったのか、子供達が俺にしがみ付いてきた。
「それにしても、なんでここにメリア人がいる? しかも子供まで、王家の縁戚としては交流関係は綺麗にしておいて貰いたいものなのだがな」
「私達家族はあなたの縁戚になった記憶はございません」
「じきにそうなる」
「友人関係にまで口を出してくるような親戚なんてこっちから願い下げです」
2人の間でカイルはおろおろと2人の顔を窺っているばかりで何の役にも立たない。
「なぁ、小さい子供もいるんだ、そういうの止めにしないか?」
つい口を挟むとエリオット王子に胡乱な眼差しを向けられた。
「部外者が口を出す事ではない」
その言葉にナディアがカチンときたようなのは一目瞭然で、気付かないのは王子ばかり。
「何を言っているのやら、この人はうちの夫の兄嫁ですよ、あなたと違ってちゃんとした繋がりがある、むしろ部外者はあなたの方です。どうぞお引取りを……」
兄嫁……嫁か……まぁ間違っちゃないけど、と遠い目をしてしまう。
「兄嫁? あんたの旦那の兄に嫁なんて……」
そこまで言いかけて何かに気付いた彼はこちらを睨み付けて「お前、セカンド・メリアか?」とそう言った。
「その名は捨てた。俺の名はグノー、それ以外の名は俺にはない」
「ふん、名などそんなに簡単に捨てられる物ではない、お前はメリアのセカンド、その事実は消えない。我が国にメリア人は不要、用が無いならさっさとお帰り願いたい」
何故自分はここまで彼の目の敵にされなければならないのか……確かにランティス王家には迷惑をかけた、だが俺自身は彼に憎まれるような事をした記憶はない。
王家の人間がこれでは国民から差別の感情が消えるわけもない。
「用が済んだらすぐに帰る、これ以上迷惑をかけるつもりもない」
ルイとユリウスが不安げな表情で見上げてくるのに「大丈夫だから」と頭を撫でた。
「それはお前の子か?」
「だからどうした。この子達を怖がらせるな、子供には関係のない話だ」
「メリア人は繁殖力が高い、我が国では最近メリア人の子供の捨て子が増えている、育てられないのなら生まなければいいものを、保護するこちらの身にもなれ。こちらは自国民を守るので手一杯だ、他国の人間にまで構ってはいられない」
「それこそうちの子には関係ない。メリアの事も俺達には関係ない。それは国同士で話し合えばいい事であって俺に言った所で俺は何もできない」
「無責任な事だな、メリアはお前の国だろう」
「あの国は俺の物であった事など一度もない」
ふん、と王子はこちらを睨み付け「帰るぞ」とカイルに向かって顎をしゃくった。だが、カイルは静かに首をふる。
「帰りません、どうぞ王子お一人でお戻りください」
エリオットは苛々したような顔でカイルを見やったが、カイルは頑として首を縦には振らなかった。
「あなたにはもう家庭教師など必要ない、人の意見も聞けない人に教えることなど何もないのですよ王子。不出来な教師で申し訳ありません、私は職を辞します。長い間ありがとうございました」
「なっ……」
「あら、兄さんようやく辞めてくれる気になったのね、これでリングス薬局も安泰だわ」
頭を下げるカイルに王子は驚いたような表情を見せ、それに畳み掛けるようにナディアが追撃する。
「今夜は兄さんの退職祝いね、ご馳走用意しなきゃ」
「な……何を、俺はそんな事は認めない!」
「私はあなたの奴隷ではない、自分の身のふり方は自分で決めます。私はもう城には戻りません」
怒りを露にしてカイルの腕を掴もうとした王子の腕を俺は逆に掴んで、捻り上げる。
「何を!」
「本人が帰らないと言っているんだ、他人がとやかく言う事じゃない。それにこれ以上この家であんたに好き勝手されるのは迷惑だ」
「お前には関係ないだろう!」
「義弟の嫁とその兄を好き勝手されるのは俺の意に反する、俺は自分の周りの人間しか守れない、だから俺は傍にいる人間は全力で守ると決めている」
分が悪いと悟ったのであろうエリオット王子は腕を振り払い「また来る」と言葉を残して帰っていった。
「お義姉さん、かっこいい」
「なんかその呼び方どうかと思うんだけど……」
ナディアは塩撒かなきゃと席を立ち、カイルはぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます、グノー君。なんだか僕もこれで色々吹っ切れました」
「あれで良かったのかな? あんたあの人の事好きなんだろう?」
泣き出しそうな顔をしている子供2人を抱きかかえて、ぎゅうと抱き締める。不安な時はこれが一番、2人はようやく安心したように笑みを見せた。
「僕とあの人では元々住む世界が違うのですよ、それを分かっていながら、ずるずる来てしまった僕の落ち度です。君達家族にまで嫌な思いをさせてしまって申し訳ない」
「俺は慣れてるからいいけど、やっぱり子供巻き込まれるのはキツイな……」
安心してまた菓子を頬張り始めた2人の頭を撫でて、そう呟くとナディアが憤りも露に戻って来た。
「何が嫌って、あの人のああいう態度がホント嫌いなのよ! 認めてもいいかなって思っても、ああいう態度でこられると一気にその気が失せるってなんで分からないのかしら! 謙虚さがないのよ、謙虚さが!!」
そう言ってナディアはぷりぷりと怒りながらお茶を入れ直してくれた。人付き合いなど出来るようになったのはまだつい最近の俺だけど、やはり人と人との付き合いは難しいのだと改めて感じていた。
庭先で駆け回ったり、何かよく分からない泥団子を製作中の子供達に手を振って、俺はなんとはなしにその平和な光景を眺めていた。
そこには我が子だけではなく、ナダールの弟マルクの子供メルも加わって賑やかなものだ。
ここランティス王国では金髪碧眼の人間が多い、例に漏れずメルも綺麗な金色の髪にナダールと同じような碧い瞳をしていた。
その中に1人だけ我が子の紅が映えている。
下の子ユリウスはやはり金色の髪で少し変わった瞳の色をしているが、ぱっと見にはランティスの子供達と変わらない、けれど娘のルイだけはどうしても異質で昨日の事を思い出してしまう。
向けられる差別の瞳、自分はそんな物には慣れているが、その瞳を娘に向けられるのは耐えられない。
子供達は一緒くたに無邪気に遊んでいるのに、人はどこでああいう差別を覚えていくのだろう……けれど思えば自分も過去αを嫌いαの人間には罵りの言葉を投げていた。それは自分の身を守る為であり、恐怖からの虚勢だった事を思うと、差別の中身なんて意外とそんな物なのかもしれない。
「グノーさん、お茶でもいかが?」
声をかけられ振り向けばマルクの妻ナディアがにこにこと笑顔でこちらを見ていた。
その背後には菓子を携えたナディアの兄カイルもいる、子供達にも手を洗ってくるように指示を出してナディアは庭先に小さなお茶会の準備を整えていった。
やはりこういう事は女性には敵わない、可愛らしいティーカップに色とりどりのお菓子を見やって子供達は目を輝かせた。
「突然お邪魔したのに、こんなに良くして貰ってなんだか申し訳ないな」
「いいのよ、このままじゃメルクードの印象悪くなっちゃいそうだし、せっかく遠くから来てくれたのにそれじゃあ子供達も可哀相だわ」
そう言ってナディアは大人にはお茶を、子供達にはジュースを振る舞い小さなお茶会が始まった。
「こらユリ、お菓子は逃げないからそんなにたくさん頬張らない。ルイも仲良く分けっこだぞ」
父親に似た息子のユリウスは食いしん坊で困る、口いっぱいにお菓子を詰め込んでご満悦だ。
娘のルイは自分に似たのか小食で、噛み締めるようにゆっくり物を食べるので、気が付くとルイの分にまで手を出している事のある息子から目が離せない。
「うふふ、本当に母親なのねぇ」
「え?」
「βの私から見たら男の人が子供を生むっていうのはやっぱり不思議な感覚なのよ、だけどこうやって見ていると、どこにでもいる普通の母親にしか見えないなってそう思ったの」
「子供を育てるのに男も女も関係ないから、普通に……っていうか俺は普通がよく分からないからナダールが教えてくれる通りに育ててる。それが普通の母親に見えるなら、それはそれで嬉しいかな」
「子供、可愛い?」
「そんなの当たり前、俺の宝物だ」
「そっか」とナディアは頷いた。
「兄さんもやっぱり子供欲しい?」
「え?」
突然話を振られたカイルは驚いたような瞳を妹に向ける。
「兄さんがΩになったって聞いた時には驚いたけど、まだ許容できたのよ。でも『運命』の相手が王子だって聞いて、それは無いって思ったのよ。王子の子供を抱いてる兄さんなんて想像できなくて、それでやっぱり私は兄さんの隣には女の人を想像していたのよね。世の中にはαの女性だって幾らもいるわ、やっぱりそれが普通ってどこかで思ってたのよ」
「それでナディアは僕達の関係に反対しているのかい?」
「ううん、そこはまぁ2人の気持ち次第か……って思ったのよ、最初は」
「最初は?」
「でも兄さんに対する王子の態度見てたらなんか、どうにも納得いかなくて……」
ナディアは眉間に皺を寄せる。
「あの人何様よ! っていうか王子様よね、知ってるわよ! でもなんなのあの唯我独尊な態度は、まるで兄さんを所有物みたいに扱って、対等な人間として扱ってるように見えないのよ! 兄さんも困ってるみたいだし、だったらここは妹の私がはっきり反対しとかなきゃってそう思ってたのよ、だけど……」
「だけど?」
「兄さんあの人好きなんでしょう?」
昨日自分達がしていた会話を聞いていたのか、ナディアはそんな事を言う。
「Ωにとったらヒートが来ないなんて言うのは煩わしい事が減るだけでどうって事ないんでしょう? だって、要はβと変わらないっていう事だもの。兄さんは男だし、普通に女性との間になら子供ができる、相手がβでもΩでもね。だけど兄さんはヒートが来ない事に悩んでた、それはあの人の子供が欲しいからなんでしょう?」
図星だったのか、カイルは戸惑ったようにナディアを見た。
「何年兄妹やってると思ってるのよ、ただの研究馬鹿な兄が、そこまで思い詰めるその想いくらい私にだって分かるわよ。だから認めてもいいかなって昨日ちょっと思ったのよ。それでそう思ったら、割とすんなり兄さんがあの人の子供抱いてる姿想像できちゃったのよね、びっくりだわ」
「ふん、なんだか知らないが妹の許可がおりたようだな、先生」
突然の声に振り返ると、何故かそこには見知った顔。
アジェによく似たその面立ちは間違いようがない、この国の王子エリオット・スノー・ランティスその人だった。
「王子、なんでここへ!?」
「帰ってこないから迎えに来たんだろう、俺は外泊の許可まで出した記憶は無い」
言って王子は菓子をひとつ摘み口の中に放り込んだ。
「不法侵入ですよ王子、城ではそんな事も教えてはくれないのですか?」
「声はかけた、盛り上がっていて聞いていなかったのはお前達の方だ。それに俺に躾を施したのはそこにいる家庭教師の先生だぞ、俺にとやかく言うのは筋違いだ」
「私はあなたにそのような屁理屈を教えた事なんてありませんよ、王子!」
カイルが慌てて立ち上がり、王子と妹の間に割って入る。
「私はあなたのそういう態度が気に入らないんだと分かって貰えてはいないようですね、王子様」
「別にあんたにどう思われようと俺はどうでもいい」
ナディアとエリオット王子2人の言い合いに怖くなったのか、子供達が俺にしがみ付いてきた。
「それにしても、なんでここにメリア人がいる? しかも子供まで、王家の縁戚としては交流関係は綺麗にしておいて貰いたいものなのだがな」
「私達家族はあなたの縁戚になった記憶はございません」
「じきにそうなる」
「友人関係にまで口を出してくるような親戚なんてこっちから願い下げです」
2人の間でカイルはおろおろと2人の顔を窺っているばかりで何の役にも立たない。
「なぁ、小さい子供もいるんだ、そういうの止めにしないか?」
つい口を挟むとエリオット王子に胡乱な眼差しを向けられた。
「部外者が口を出す事ではない」
その言葉にナディアがカチンときたようなのは一目瞭然で、気付かないのは王子ばかり。
「何を言っているのやら、この人はうちの夫の兄嫁ですよ、あなたと違ってちゃんとした繋がりがある、むしろ部外者はあなたの方です。どうぞお引取りを……」
兄嫁……嫁か……まぁ間違っちゃないけど、と遠い目をしてしまう。
「兄嫁? あんたの旦那の兄に嫁なんて……」
そこまで言いかけて何かに気付いた彼はこちらを睨み付けて「お前、セカンド・メリアか?」とそう言った。
「その名は捨てた。俺の名はグノー、それ以外の名は俺にはない」
「ふん、名などそんなに簡単に捨てられる物ではない、お前はメリアのセカンド、その事実は消えない。我が国にメリア人は不要、用が無いならさっさとお帰り願いたい」
何故自分はここまで彼の目の敵にされなければならないのか……確かにランティス王家には迷惑をかけた、だが俺自身は彼に憎まれるような事をした記憶はない。
王家の人間がこれでは国民から差別の感情が消えるわけもない。
「用が済んだらすぐに帰る、これ以上迷惑をかけるつもりもない」
ルイとユリウスが不安げな表情で見上げてくるのに「大丈夫だから」と頭を撫でた。
「それはお前の子か?」
「だからどうした。この子達を怖がらせるな、子供には関係のない話だ」
「メリア人は繁殖力が高い、我が国では最近メリア人の子供の捨て子が増えている、育てられないのなら生まなければいいものを、保護するこちらの身にもなれ。こちらは自国民を守るので手一杯だ、他国の人間にまで構ってはいられない」
「それこそうちの子には関係ない。メリアの事も俺達には関係ない。それは国同士で話し合えばいい事であって俺に言った所で俺は何もできない」
「無責任な事だな、メリアはお前の国だろう」
「あの国は俺の物であった事など一度もない」
ふん、と王子はこちらを睨み付け「帰るぞ」とカイルに向かって顎をしゃくった。だが、カイルは静かに首をふる。
「帰りません、どうぞ王子お一人でお戻りください」
エリオットは苛々したような顔でカイルを見やったが、カイルは頑として首を縦には振らなかった。
「あなたにはもう家庭教師など必要ない、人の意見も聞けない人に教えることなど何もないのですよ王子。不出来な教師で申し訳ありません、私は職を辞します。長い間ありがとうございました」
「なっ……」
「あら、兄さんようやく辞めてくれる気になったのね、これでリングス薬局も安泰だわ」
頭を下げるカイルに王子は驚いたような表情を見せ、それに畳み掛けるようにナディアが追撃する。
「今夜は兄さんの退職祝いね、ご馳走用意しなきゃ」
「な……何を、俺はそんな事は認めない!」
「私はあなたの奴隷ではない、自分の身のふり方は自分で決めます。私はもう城には戻りません」
怒りを露にしてカイルの腕を掴もうとした王子の腕を俺は逆に掴んで、捻り上げる。
「何を!」
「本人が帰らないと言っているんだ、他人がとやかく言う事じゃない。それにこれ以上この家であんたに好き勝手されるのは迷惑だ」
「お前には関係ないだろう!」
「義弟の嫁とその兄を好き勝手されるのは俺の意に反する、俺は自分の周りの人間しか守れない、だから俺は傍にいる人間は全力で守ると決めている」
分が悪いと悟ったのであろうエリオット王子は腕を振り払い「また来る」と言葉を残して帰っていった。
「お義姉さん、かっこいい」
「なんかその呼び方どうかと思うんだけど……」
ナディアは塩撒かなきゃと席を立ち、カイルはぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます、グノー君。なんだか僕もこれで色々吹っ切れました」
「あれで良かったのかな? あんたあの人の事好きなんだろう?」
泣き出しそうな顔をしている子供2人を抱きかかえて、ぎゅうと抱き締める。不安な時はこれが一番、2人はようやく安心したように笑みを見せた。
「僕とあの人では元々住む世界が違うのですよ、それを分かっていながら、ずるずる来てしまった僕の落ち度です。君達家族にまで嫌な思いをさせてしまって申し訳ない」
「俺は慣れてるからいいけど、やっぱり子供巻き込まれるのはキツイな……」
安心してまた菓子を頬張り始めた2人の頭を撫でて、そう呟くとナディアが憤りも露に戻って来た。
「何が嫌って、あの人のああいう態度がホント嫌いなのよ! 認めてもいいかなって思っても、ああいう態度でこられると一気にその気が失せるってなんで分からないのかしら! 謙虚さがないのよ、謙虚さが!!」
そう言ってナディアはぷりぷりと怒りながらお茶を入れ直してくれた。人付き合いなど出来るようになったのはまだつい最近の俺だけど、やはり人と人との付き合いは難しいのだと改めて感じていた。
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