運命に花束を

矢の字

文字の大きさ
上 下
37 / 455
運命に花束を①

運命と共に堕ちる④

しおりを挟む
 一方で小屋の中のグノーの方は薬が効いたのか動悸が治まりひとつ溜息を落とした。自分とした事が油断した。誰もいないと思っていたので、山小屋の中になんの躊躇いもなく足を踏み入れてしまった。
 ナダールと二人で旅をしていて、無闇にαも寄ってこなくなっていたので自分のフェロモン自体に無頓着になっていたのだ。
 いつも一緒にいるナダールが自分のフェロモンにやられる事もなく傍にいてくれているお陰でそこまで匂いが強くなっている事にも気付けなかった。

「あ~ぁ、ホント嫌になる」

 こんな事は一度や二度ではない。最後までやられた事はないけれど危険な目には散々遭った。居心地が良すぎて油断した。
 それにしても今回のヒートは少しおかしい。いや、これは本当にヒートなのか? と、グノーは冷えた頭で考える。
 本来ヒートを起こしている場合は例え薬を飲んだとしてももっと身体の変調は続くはずだ。だが、今の自分はもうすっかり元の自分に戻っている。まだ、少し不安定なので出て行くことはしないが、こんなに簡単に熱が引くのはおかしい……そう思いつつもその原因は分からない。
 そもそもヒートの時期が少し遅いのだ。いつもならもうとっくに来ていてもおかしくない頃合だ。
 αと一緒にいるせいで自分の中で今は駄目だとストッパーがかかっているのかも知れない。なんとなくそんな事もあるのかな……と思っていたのだが、先程一気に溢れたフェロモンにいつもならそのままヒートに突入するのに、それが来ない事に不安を覚える。


 おかしい。


 先程のフェロモン放出はおそらく無意識でナダールを呼んだのだ、これはヒートではない。
 ヒートがこない、Ωにとってこれ程嬉しいことはないが、やはり不安になる。ヒートがこない理由で考えられることはひとつしかないからだ。


 子供ができた?


 まさか、と心の声を打ち消す。そもそもナダールに抱かれたのは一度だけ、しかもちゃんとしたヒートの時期ですらない。そんな事はある訳がない……そう思おうとするのに、考えるたびに心が震える。

『子供の生めないΩなんて、家畜以下だな』

 蔑むように言い放たれた言葉。自分を見つめるたくさんの感情の無い瞳。自分にはΩとしての機能すらないのだとそう思っていた。今もまだ分からない、このまるで膨らみのない腹の中に子供がいるのかなんて、知りようもない。
 怖い、嬉しい、でも……怖い。
 自分は本当に子供が生めるのか? こんな欠陥品の人間に本当に? いや、まだ決まった訳じゃない。たまたま少し遅れているだけで、そんな事ある訳ない。
 いくら否定しても心の中は、でも、もしかしてと自問自答を繰り返す。ナダールと自分の子供……彼は喜んでくれるのだろうか?

『君、自分がナダールに釣り合ってると思うの?』

 カイルに投げられた言葉が今更また心に刺さる。それでも子供ができたのなら生みたいと思うのがΩの本能だ。
 もしナダールに望まれなかったら……
 正直怖い。彼の恋人になるのも、番になるのも拒んでいるのは自分の方なのに、それでも子供は欲しいだなんて、なんて都合の良いことを考えているのだろう。
 自分が望まれない子供だったから、本当はこんな形で子供を生むべきではないと分かっている、それでももしこの腹の中に子供がいるのなら……
 まだ何者も存在を主張しない腹を撫でる。妊娠を告げたらナダールはなんと言うだろう? おろせと言われたら自分はどうする?
 まだ確証がない以上彼に言うべきではない。抱えた膝に顔を埋めて、少し休もうと瞳を閉じた。
 季節は冬を迎えようとしていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

傾国の美青年

春山ひろ
BL
僕は、ガブリエル・ローミオ二世・グランフォルド、グランフォルド公爵の嫡男7歳です。オメガの母(元王子)とアルファで公爵の父との政略結婚で生まれました。周りは「運命の番」ではないからと、美貌の父上に姦しくオメガの令嬢令息がうるさいです。僕は両親が大好きなので守って見せます!なんちゃって中世風の異世界です。設定はゆるふわ、本文中にオメガバースの説明はありません。明るい母と美貌だけど感情表現が劣化した父を持つ息子の健気な奮闘記?です。他のサイトにも掲載しています。

もう一度、貴方に出会えたなら。今度こそ、共に生きてもらえませんか。

天海みつき
BL
 何気なく母が買ってきた、安物のペットボトルの紅茶。何故か湧き上がる嫌悪感に疑問を持ちつつもグラスに注がれる琥珀色の液体を眺め、安っぽい香りに違和感を覚えて、それでも抑えきれない好奇心に負けて口に含んで人工的な甘みを感じた瞬間。大量に流れ込んできた、人ひとり分の短くも壮絶な人生の記憶に押しつぶされて意識を失うなんて、思いもしなかった――。  自作「貴方の事を心から愛していました。ありがとう。」のIFストーリー、もしも二人が生まれ変わったらという設定。平和になった世界で、戸惑う僕と、それでも僕を求める彼の出会いから手を取り合うまでの穏やかなお話。

運命の番はいないと診断されたのに、なんですかこの状況は!?

わさび
BL
運命の番はいないはずだった。 なのに、なんでこんなことに...!?

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

アルファだけの世界に転生した僕、オメガは王子様の性欲処理のペットにされて

天災
BL
 アルファだけの世界に転生したオメガの僕。  王子様の性欲処理のペットに?

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

処理中です...