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運命に花束を①
運命との旅立ち⑥
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ナダールがリングス薬局にたどり着くと、そこではマルクとナディア、アジェとグノーそこに更にカイルまで加わって、呑気にお茶を飲んでいた。
「お茶会ですか?」
「新しい友人を迎えて交流を深めていたところだよ。ナダールもどう?」
「いただけるのなら御相伴に預かるのもやぶさかではありませんが……」
そう言って家に上がり込み真っ先にグノーの元に駆け寄った。
「すみません、寝過ごしました。体調は大丈夫ですか?」
その自分の行動が予想外だったのか、彼はあからさまに狼狽えて大丈夫だとぶっきらぼうに呟いた。
「グノー、やっぱり調子悪いの? 大丈夫? 無理したらダメだよ」
「大丈夫。大丈夫だから、そんな顔するな」
彼はアジェの心配そうな表情に更に狼狽え、あわあわとしている。昨晩は完全に抱き潰した自覚のある自分も気が気ではないのに、彼はやはり大丈夫だから! と頑なに首を振った。
そんな自分達の様子をカイルはにやにやと人の悪い笑みで見ていて、あぁ、コレはバレているなと思いはしたが、そんな事はどうでもよかった。
「ヒートはもう大丈夫ですか?」
他に聞かれないように小声で耳許に囁くと、彼はばっ! とそこを押さえて、そういうことするな! と叱られた。
「薬も飲んだし、ちゃんと効いてる! お前が近寄る方がよけい体調に悪いから近寄るな!」
なんともつれない言葉だ。グノーはそっぽを向いて逃げていくが、それを追ってその手を掴んだら振り払われた。
「なんだよ! 触るな!」
「恋人の心配をするのは当然でしょう?」
「っな! ……って、いつ俺とお前が恋人になったってんだ!」
「昨晩ですよ。え? そう思ってるの私だけですか?」
「っつ……もう知らん!」
グノーはその場から逃げ出す。
何故だ? 何故逃げる必要がある? あぁ、みんなが居るからか? 確かにカイルなどからかう気満々の顔をしているが、別にそんな事どうでもよいと思うのだ。なんせ自分達は『運命』なのだから、誰に憚ることもない。
リングス薬局から逃げ出した彼を追う。アジェを置いていってしまうのはどうかと思ったが、今はそれ所ではない。自分はまだ熱に浮かされているのかもしれないと思いはしたが、どうにもその衝動を止める事はできなかった。
「待って! 待って下さい!!」
必死で追いかけようやく追いつきその腕を掴む。
「触るなって言ってる!!」
「だってこうでもしないと、あなた逃げるじゃないですか!」
「お前が追いかけて来るからだろ!」
「だったら私から逃げないで下さい」
お互い息を切らしてどこまでも堂々巡りな言い合いを続ける。これでは全く埒が明かない。
「お前は何がしたいんだ。一体俺をどうしたいんだよ……」
「そんなの決まってるじゃないですか。結婚してあなたと家庭を築きたい、その為にまずはお付き合いからです。私は昨晩からそのつもりだったのですが、伝わっていませんでしたか?」
言い切ると、彼は言葉に詰まったように沈黙した。逃げるのを諦めたのか、抵抗が弱まる。
「意味、分かんねぇよ……」
ぼそりと彼はそう言って、ここじゃ目立って仕方ないから場所を変えて話そう、と促される。確かにそこはまだ人通りの多い大通りで、だがここでその腕を離してしまったらまた逃げられるのではないかと躊躇った。
「逃げないから、放せ」
「絶対ですよ、逃げたらまた追いかけますからね。私、意外としつこいですよ」
「そんなの、もう分かってる」
いいから放せ、と腕を振りほどかれた。宣言通り彼はもう逃げるそぶりは見せなかったが、その姿に覇気はなく、やはり昨日の今日で体調が悪いのではないかと心配になった。
母もしばらくはヒートが安定しないかもしれないと言っていたので用心に越した事はない。
「家に帰りましょう。私達はまだ会話が足りていないようです」
「話す事なんてねぇよ。昨日のはお前が俺のヒートにあてられただけの事故みたいなもんだ、さっさと忘れろ」
「何を言っているんですか? そんな訳ないでしょう。私は言ったはずです。あなたは私の『運命』です」
「安っぽい『運命』なんて言葉、俺は信じない。お前は俺のヒートにあてられた、それは紛れもない事実だ。αはΩのヒートに抗えない、だったらそれはお前の勝手な勘違いの可能性だってある」
「あなたは何故そんなに頑ななんですか?」
「逆に俺は、お前がなんでそんな楽天的なのか分かんねぇよ」
会話は相変わらずの平行線だ。こんな所でする話でもないと二人は歩き出したが、どうにも会話が噛みあわない。
『運命』だと言い張るナダールと、そんなものは信じないと言うグノーが噛み合うわけもなく、二人揃って溜息を吐く。
「そもそもお前将来的には親父の跡継いで騎士団長になるんだろ、俺みたいなの隣に置いてどうするつもりだよ。言っておくが、俺は俺である事をやめるつもりはさらさらないからな。女の格好なんて死んでもごめんだ」
「別に今のままで私はまったく構いませんよ。そもそも私が父の跡を継ぐなんて誰が決めたんですか? 騎士団長なんて世襲制ではありませんし、どちらかといえば騎士団員としては弟の方が優秀なので私なんか選ばれることはありませんよ」
「俺はメリア人だし、ランティスでは嫌われてる。この赤毛だって差別の対象で、一緒にいればお前まで差別されるようになるぞ」
「言いたい人には言わせておけばいい。確かに現在うちの国とメリアは仲が悪いですが、今後もずっとその関係が続くかなんて分かりませんよ。国王陛下はそういった差別問題にも取り組んでいらっしゃいますし、将来的にそんなものは無くなると私は信じています」
「どこまでもおめでたい考え方してるな。お前絶対戦地に行った事ないだろう?」
グノーの言葉にナダールは黙り込む。確かに自分は本格的な戦地には派遣された事がない。望んだこともないし、どうにも戦地に向かない性格だと判断されているようで、そんな話がでた事すらない。
「一度自分の目で見てみればいい、人と人が殺し合うのがどういう事なのか、人の憎しみがどうやって作られてくのか。今のままのお前じゃ俺はお前を信用できない」
「では一体私はどうすればいいんですか?」
「一度地獄を見てこいよ。地べた這いつくばって、それでも生きて俺といたいと思えるなら、その時また考えてやってもいい。俺とお前じゃ生きてる世界が違いすぎる。分かり合える気がしねぇんだよ」
そんな……と心の声が零れた。確かに自分はまだ彼の事を何も知らないし、親元から離れて生活もしたことがない甘ったれだが、それが拒まれる理由になるのがどうにも納得いかなかった。
自分が甘やかされて育ってきた事に自覚はあるが、かといって進んで苦難を望むのは如何なものかと思うのはそんなに悪いことだろうか?
平和に暮らせるならその方がいい、グノーにしたってここで暮らせばそういう生活をさせてあげられると思うのに、彼はそれをまったく望んでいないようで困惑する。
「俺はお前の物にはならない。そもそも番にもなれない俺なんか選ぶ方が間違ってんだよ」
「出会ったことが間違いだと、そう言いたいんですか?」
「その通りだ。お前にはもっとお前に似合いの相手がいるよ。俺なんか選ぶ必要はない」
どこまでも分かり合えない……絶望が心を支配する。『運命』というのはもっと甘く穏やかな関係だと思っていた。出会えば幸せが約束されたそういう関係なのだと、そう疑うこともなく信じていたのに……分かり合えない。
「アジェが満足したら俺達はここを出て行くし、お前はここで幸せに暮らせばいい。お前にはそれがお似合いだよ」
その言葉はどこか皮肉めいて心に刺さった。
「私は諦めません」
「好きにすればいい、でも俺はお前を絶対好きにはならない」
その言葉を最後に彼は口を閉ざした。自分も何を言っていいのか分からず言葉を飲み込む。すぐ隣を歩いているはずの彼が遠すぎて、何も話しかける事ができなかった。
彼の過去を知りたいと思う、彼を形作ってきたモノが一体どんな生活でどんな環境だったのか自分にはまったく窺い知ることもできず絶望した。
「お茶会ですか?」
「新しい友人を迎えて交流を深めていたところだよ。ナダールもどう?」
「いただけるのなら御相伴に預かるのもやぶさかではありませんが……」
そう言って家に上がり込み真っ先にグノーの元に駆け寄った。
「すみません、寝過ごしました。体調は大丈夫ですか?」
その自分の行動が予想外だったのか、彼はあからさまに狼狽えて大丈夫だとぶっきらぼうに呟いた。
「グノー、やっぱり調子悪いの? 大丈夫? 無理したらダメだよ」
「大丈夫。大丈夫だから、そんな顔するな」
彼はアジェの心配そうな表情に更に狼狽え、あわあわとしている。昨晩は完全に抱き潰した自覚のある自分も気が気ではないのに、彼はやはり大丈夫だから! と頑なに首を振った。
そんな自分達の様子をカイルはにやにやと人の悪い笑みで見ていて、あぁ、コレはバレているなと思いはしたが、そんな事はどうでもよかった。
「ヒートはもう大丈夫ですか?」
他に聞かれないように小声で耳許に囁くと、彼はばっ! とそこを押さえて、そういうことするな! と叱られた。
「薬も飲んだし、ちゃんと効いてる! お前が近寄る方がよけい体調に悪いから近寄るな!」
なんともつれない言葉だ。グノーはそっぽを向いて逃げていくが、それを追ってその手を掴んだら振り払われた。
「なんだよ! 触るな!」
「恋人の心配をするのは当然でしょう?」
「っな! ……って、いつ俺とお前が恋人になったってんだ!」
「昨晩ですよ。え? そう思ってるの私だけですか?」
「っつ……もう知らん!」
グノーはその場から逃げ出す。
何故だ? 何故逃げる必要がある? あぁ、みんなが居るからか? 確かにカイルなどからかう気満々の顔をしているが、別にそんな事どうでもよいと思うのだ。なんせ自分達は『運命』なのだから、誰に憚ることもない。
リングス薬局から逃げ出した彼を追う。アジェを置いていってしまうのはどうかと思ったが、今はそれ所ではない。自分はまだ熱に浮かされているのかもしれないと思いはしたが、どうにもその衝動を止める事はできなかった。
「待って! 待って下さい!!」
必死で追いかけようやく追いつきその腕を掴む。
「触るなって言ってる!!」
「だってこうでもしないと、あなた逃げるじゃないですか!」
「お前が追いかけて来るからだろ!」
「だったら私から逃げないで下さい」
お互い息を切らしてどこまでも堂々巡りな言い合いを続ける。これでは全く埒が明かない。
「お前は何がしたいんだ。一体俺をどうしたいんだよ……」
「そんなの決まってるじゃないですか。結婚してあなたと家庭を築きたい、その為にまずはお付き合いからです。私は昨晩からそのつもりだったのですが、伝わっていませんでしたか?」
言い切ると、彼は言葉に詰まったように沈黙した。逃げるのを諦めたのか、抵抗が弱まる。
「意味、分かんねぇよ……」
ぼそりと彼はそう言って、ここじゃ目立って仕方ないから場所を変えて話そう、と促される。確かにそこはまだ人通りの多い大通りで、だがここでその腕を離してしまったらまた逃げられるのではないかと躊躇った。
「逃げないから、放せ」
「絶対ですよ、逃げたらまた追いかけますからね。私、意外としつこいですよ」
「そんなの、もう分かってる」
いいから放せ、と腕を振りほどかれた。宣言通り彼はもう逃げるそぶりは見せなかったが、その姿に覇気はなく、やはり昨日の今日で体調が悪いのではないかと心配になった。
母もしばらくはヒートが安定しないかもしれないと言っていたので用心に越した事はない。
「家に帰りましょう。私達はまだ会話が足りていないようです」
「話す事なんてねぇよ。昨日のはお前が俺のヒートにあてられただけの事故みたいなもんだ、さっさと忘れろ」
「何を言っているんですか? そんな訳ないでしょう。私は言ったはずです。あなたは私の『運命』です」
「安っぽい『運命』なんて言葉、俺は信じない。お前は俺のヒートにあてられた、それは紛れもない事実だ。αはΩのヒートに抗えない、だったらそれはお前の勝手な勘違いの可能性だってある」
「あなたは何故そんなに頑ななんですか?」
「逆に俺は、お前がなんでそんな楽天的なのか分かんねぇよ」
会話は相変わらずの平行線だ。こんな所でする話でもないと二人は歩き出したが、どうにも会話が噛みあわない。
『運命』だと言い張るナダールと、そんなものは信じないと言うグノーが噛み合うわけもなく、二人揃って溜息を吐く。
「そもそもお前将来的には親父の跡継いで騎士団長になるんだろ、俺みたいなの隣に置いてどうするつもりだよ。言っておくが、俺は俺である事をやめるつもりはさらさらないからな。女の格好なんて死んでもごめんだ」
「別に今のままで私はまったく構いませんよ。そもそも私が父の跡を継ぐなんて誰が決めたんですか? 騎士団長なんて世襲制ではありませんし、どちらかといえば騎士団員としては弟の方が優秀なので私なんか選ばれることはありませんよ」
「俺はメリア人だし、ランティスでは嫌われてる。この赤毛だって差別の対象で、一緒にいればお前まで差別されるようになるぞ」
「言いたい人には言わせておけばいい。確かに現在うちの国とメリアは仲が悪いですが、今後もずっとその関係が続くかなんて分かりませんよ。国王陛下はそういった差別問題にも取り組んでいらっしゃいますし、将来的にそんなものは無くなると私は信じています」
「どこまでもおめでたい考え方してるな。お前絶対戦地に行った事ないだろう?」
グノーの言葉にナダールは黙り込む。確かに自分は本格的な戦地には派遣された事がない。望んだこともないし、どうにも戦地に向かない性格だと判断されているようで、そんな話がでた事すらない。
「一度自分の目で見てみればいい、人と人が殺し合うのがどういう事なのか、人の憎しみがどうやって作られてくのか。今のままのお前じゃ俺はお前を信用できない」
「では一体私はどうすればいいんですか?」
「一度地獄を見てこいよ。地べた這いつくばって、それでも生きて俺といたいと思えるなら、その時また考えてやってもいい。俺とお前じゃ生きてる世界が違いすぎる。分かり合える気がしねぇんだよ」
そんな……と心の声が零れた。確かに自分はまだ彼の事を何も知らないし、親元から離れて生活もしたことがない甘ったれだが、それが拒まれる理由になるのがどうにも納得いかなかった。
自分が甘やかされて育ってきた事に自覚はあるが、かといって進んで苦難を望むのは如何なものかと思うのはそんなに悪いことだろうか?
平和に暮らせるならその方がいい、グノーにしたってここで暮らせばそういう生活をさせてあげられると思うのに、彼はそれをまったく望んでいないようで困惑する。
「俺はお前の物にはならない。そもそも番にもなれない俺なんか選ぶ方が間違ってんだよ」
「出会ったことが間違いだと、そう言いたいんですか?」
「その通りだ。お前にはもっとお前に似合いの相手がいるよ。俺なんか選ぶ必要はない」
どこまでも分かり合えない……絶望が心を支配する。『運命』というのはもっと甘く穏やかな関係だと思っていた。出会えば幸せが約束されたそういう関係なのだと、そう疑うこともなく信じていたのに……分かり合えない。
「アジェが満足したら俺達はここを出て行くし、お前はここで幸せに暮らせばいい。お前にはそれがお似合いだよ」
その言葉はどこか皮肉めいて心に刺さった。
「私は諦めません」
「好きにすればいい、でも俺はお前を絶対好きにはならない」
その言葉を最後に彼は口を閉ざした。自分も何を言っていいのか分からず言葉を飲み込む。すぐ隣を歩いているはずの彼が遠すぎて、何も話しかける事ができなかった。
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