運命に花束を

矢の字

文字の大きさ
上 下
1 / 455
運命に花束を①

運命との出会い①

しおりを挟む


 どこかから微かな甘い薫りがする、どこから薫ってくるのかと首を捻り辺りを見回すと、一緒にいた同僚に不審げな顔を向けられた。そこは、街から街へと続く街道の一本道。首を捻った男は大柄な体躯で、身長は見上げる程に大きく威圧感がありそうなものだったが、彼の表情は柔和で「何かあったか?」と尋ねた同僚にまるで威圧感のない笑顔でへにゃりと笑った。

「いえ、何ということはないのですけど、何かいい匂いしませんか?」
 同僚はその言葉に首をかしげ、鼻をくんと鳴らす。
「なんの匂いも感じないがなぁ……」

 そんな事はないと思うのだ、確かにほんの微かな匂いなのだが、その薫りは自分の好きな匂いだった。

「腹が減りすぎてんじゃないか? 食い物の匂いでも嗅ぎ付けたか?」

 別の同僚に、そんな風にからかわれ更に首を捻った。確かに薫りは甘いのだが、食べ物の匂いではない。どちらかといえば薔薇の匂いたつような甘さなのだが、自分以外にその匂いは感じとれてはいないらしい。
 あぁ、これはもしかして……と首をふり、やはり気のせいみたいですと男は彼等に笑みを見せた。
 元来自分は鼻が利くのだ。それは普通に鼻が利くのも勿論だが、ある種特殊な人間の匂いを嗅ぎ分けてしまうという能力だった。恐らくそんな体質を持った自分自身も相手方には気付かれている、それはこういった特殊な人間を嗅ぎ分けるという能力と言ってもいいかもしれない。
 能力的には特に役に立つものではないし、相手がどんな人間なのかも分かりはしない、だが稀にいるのだそういう人が。



 彼の名はナダール・デルクマン。ここランティス王国の騎士団員で今は同僚と一緒に城壁外の近隣の街を周り、最近ここいらで頻発している事件の調査にあたっていた。
 彼の風貌は言ってしまえば大男だ。身長は190を超えている。だが、そんな大きな体躯にもかかわらず表情はとても穏やかでいつもニコニコしているのでまるで威圧感がない。がっちりはしているが横にはさして大きくないので、どちらかと言えばひょろりとした印象である。
 金髪碧眼のその容姿は騎士団員といういかにも肉体派といった職業にはあまり向いていないのではないかと思ってしまうくらいの優男ぶりで、かといって軽薄な感じはまるでなく、ある種独特な空気を纏った男だった。

 ナダールがその匂いを嗅ぎ分ける能力に気が付いたのは、幼い頃父母の匂いたつような薫りに周りの人間が何も気付いていないと気が付いた時だった。

「父さんと母さんからいつも凄くいい匂いがするのに、なんでみんな分からないの?」

 幼い頃にそう母に尋ねると、「それは神様からの贈り物よ」と母は言った。

「特別に何かが有るわけではないけれど、匂いのする人には気を付けて。嫌な匂いのする人には絶対近付いては駄目、だけど、自分の好きないい匂いのする人はきっと貴方とは相性がいいはずよ。そしてきっとその中に……」
 いたずらっ子のような瞳で母は笑みを零して「貴方の運命の相手もいるはずよ」と、彼女は幸せそうに微笑んだのだ。

 運命の相手……それが具体的に何を指すのか分からなかった、けれど母のその言葉は幼い自分の中に興奮を呼び起こさせた。
 その後自分はその言葉を信じて街中を探索したが、自分の運命の相手には出会えなかった。そもそもが両親ほどに薫り立つほどいい匂いの人間に出会えなかったのだ。こうやって薫る人というのは圧倒的に数が少ないのだと気付くのにそう時間はかからなった。
 幼い自分はがっかりしたが、運命はそう簡単に見付かるものじゃないよ、と父に笑われた。
 だったら両親はどうだったのかと尋ねたら、自分達は幼馴染みだったからなぁと苦笑され「ズルい!」と拗ねる自分に父は少し困った顔をしたが、それでも絶対お前にも見つかるよと笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

傾国の美青年

春山ひろ
BL
僕は、ガブリエル・ローミオ二世・グランフォルド、グランフォルド公爵の嫡男7歳です。オメガの母(元王子)とアルファで公爵の父との政略結婚で生まれました。周りは「運命の番」ではないからと、美貌の父上に姦しくオメガの令嬢令息がうるさいです。僕は両親が大好きなので守って見せます!なんちゃって中世風の異世界です。設定はゆるふわ、本文中にオメガバースの説明はありません。明るい母と美貌だけど感情表現が劣化した父を持つ息子の健気な奮闘記?です。他のサイトにも掲載しています。

もう一度、貴方に出会えたなら。今度こそ、共に生きてもらえませんか。

天海みつき
BL
 何気なく母が買ってきた、安物のペットボトルの紅茶。何故か湧き上がる嫌悪感に疑問を持ちつつもグラスに注がれる琥珀色の液体を眺め、安っぽい香りに違和感を覚えて、それでも抑えきれない好奇心に負けて口に含んで人工的な甘みを感じた瞬間。大量に流れ込んできた、人ひとり分の短くも壮絶な人生の記憶に押しつぶされて意識を失うなんて、思いもしなかった――。  自作「貴方の事を心から愛していました。ありがとう。」のIFストーリー、もしも二人が生まれ変わったらという設定。平和になった世界で、戸惑う僕と、それでも僕を求める彼の出会いから手を取り合うまでの穏やかなお話。

運命の番はいないと診断されたのに、なんですかこの状況は!?

わさび
BL
運命の番はいないはずだった。 なのに、なんでこんなことに...!?

さがしもの

猫谷 一禾
BL
策士な風紀副委員長✕意地っ張り親衛隊員 (山岡 央歌)✕(森 里葉) 〖この気持ちに気づくまで〗のスピンオフ作品です 読んでいなくても大丈夫です。 家庭の事情でお金持ちに引き取られることになった少年時代。今までの環境と異なり困惑する日々…… そんな中で出会った彼…… 切なさを目指して書きたいです。 予定ではR18要素は少ないです。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

アルファだけの世界に転生した僕、オメガは王子様の性欲処理のペットにされて

天災
BL
 アルファだけの世界に転生したオメガの僕。  王子様の性欲処理のペットに?

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

処理中です...