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番外編:その後のある幸せな家庭
翌朝
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翌朝、何処からか良い匂いが漂ってきて俺は目を覚ました。時間的には朝日が昇って間もない時間なのだろう、室内はまだ薄暗い。
俺が寝室を出てリビングへと向かうと、リビングに面した台所に人影が立っていて何やら作業をしている。良い匂いの発生源はここだったみたいだ。
「おはようございます、ミレニアさん。身体はもう大丈夫なんですか?」
「え……あぁ、おはよう。もうすっかり、というか、奥様にあそこまでの事をしていただいて、いつまでも寝込んでいる訳にはいきませんよ」
「無理は禁物ですよ」
「存外君は世話焼きだね、私はそんなに具合が悪そうに見えるかな?」
「今はそう見えないですけど、病み上がりでしょう? 何作ってるんです?」
俺がミレニアさんの手元を覗き込むと、それはかつてオーランドルフのお屋敷で食べさせてもらっていた朝食だ。俺、ミレニアさんのフレンチトースト大好きだ。
「こんな事くらいしか出来ませんが、昨日の鍋のお返しです。本当は奥様方にも何かお返ししたいのですけどね」
「ミレニアさんは料理上手だから、食べられるのめっちゃ嬉しいです」
「そう言ってもらえると私も嬉しいよ」
パンの焼ける香ばしい薫りとスープの煮える匂い、ミレニアさんが温かいお茶を出してくれたので、俺はそれを飲みながら家の外から聞こえてくる鳥の囀りに耳を傾けた。
穏やかだな……まだ時間が早いのでシズクは寝ているのだが、シズクが起きている時は常に賑やかなので、こんな穏やかな時間はホッとする。
「ねぇ、ミレニアさん。ミレニアさんはこれからどうしたいですか?」
「え……あぁ、いつまでもこの家に居座る訳にはいかないものな……」
「別にこんな狭い家でもいいなら居てくれて構いませんけど、ミレニアさんはどうしたいのかなぁ、って素朴な疑問です。別に追い出したい訳じゃないんで、そこは誤解しないでください」
「ふふ、君はただ飯ぐらいを家に囲い込むつもりか? そこは元気になったらさっさと出て行けと言う所だよ」
自嘲気味にミレニアさんは笑って「どうしようかな」と溜息を零す。
「仕事があるなら仕事がしたい。だけど私は怖いのだよ、何度も何度も放り出されて自分は役立たずだと突き付けられる、私はそれが怖くて仕方がない」
「ミレニアさんが役立たずとか、あり得なくないですか? こんなに万能の執事を捕まえて、誰がそんなこと言うんです?」
「そうだな、この仕事なら何処かよそでも雇ってもらえるかもしれないな」
しばしの沈黙、本当はあまり聞かれたくない事だろうけど俺は敢えて問うてみる。
「ミレニアさんは、もうバートラム様のお屋敷に帰るつもりはないんですか?」
「っ……ふ、ふふ、もう帰れないだろう。何日無断で職務放棄をしたと思っている。それに……私はあの屋敷に、バートラムと共に暮らすのが辛い」
「バートラム様が色んな人を連れ込んだりするから……?」
「……ふふ、馬鹿みたいだろう? 拒絶しているのは自分の方なのに、あいつの目が他に向かうのは嫌なんだ。私とあいつとでは釣り合いが取れないと分かっているのに、それでも期待して、そしてまた傷付く。自業自得だがもう疲れた。ライザックから聞いただろう、あいつに夜這いをかけられた話。だが、煽ったのは私の方であいつに一切の責任はない」
ミレニアさんはコンロの火を消し瞳を伏せた。
「やれるものならやってみろと、煽るだけ煽ってあいつに抱かれた。一度だけでいいと思って、散々抵抗してみせたがそれも形だけで、私は抱かれたくてあいつに抱かれたんだ」
「………………」
「もうそれだけでいいと、なかった事にするからお前も忘れろと言って私は屋敷で働き続けた。けれど、体調を崩して怖くなった、妊娠の可能性が頭を掠めたよ。それが私は怖くて怖くて、どうしようもなくなった!」
ミレニアさんが腹を抱えるようにして蹲る。
「ダメだと思った、それはダメだと。だけど、出来ているなら産みたいと思った。頭では分かっているんだ、私と同じ道を歩むであろう子供なんて産むべきじゃない、なのに、でも、どうしても……」
「それで逃げてきたんですね」
「そうだ、私は逃げ出した。結局は過労とストレスの体調不良、妊娠なんかではなくてホッとした、だが、それと同時に苦しくなった。もうあいつとはいられないと、私は気付いた」
ミレニアさんの瞳からは大粒の涙がボロボロと零れ落ちる。俺はそんなミレニアさんの傍らにしゃがみ込んで彼の背を撫でた。
「ミレニアさんは一人で抱え込み過ぎなんです、頼ってくれていいですよ。俺もライザックもミレニアさんにはお世話になりっぱなしなんで、少しはお世話もさせてください」
「私は、何も、していない」
「そうやって無意識にお世話しちゃうの、ミレニアさんの性分なんでしょうね。俺はミレニアさん好きですよ、あのお義母さんですらミレニアさんのことは大事に大事に想ってるんですから、ミレニアさんは皆に好かれてるんです。そこは自信持ってください」
「っふ……君は、本当に、おかしな子だ。ある日突然現れて、私達の生活を滅茶苦茶に引っ掻き回して、なのに今では皆、君の周りで笑ってる。君の存在を疎ましく思っていた私がまるで悪者みたいじゃないか」
あれ? やっぱり疎ましくは思ってたんだ? まぁ、最初はあたりきつかったもんなぁ。
「俺、鈍いみたいで、すみません」
「私は君が羨ましくて妬ましいよ」
そう言ってミレニアさんは俺に泣き笑いの笑みを見せてくれた。
俺が寝室を出てリビングへと向かうと、リビングに面した台所に人影が立っていて何やら作業をしている。良い匂いの発生源はここだったみたいだ。
「おはようございます、ミレニアさん。身体はもう大丈夫なんですか?」
「え……あぁ、おはよう。もうすっかり、というか、奥様にあそこまでの事をしていただいて、いつまでも寝込んでいる訳にはいきませんよ」
「無理は禁物ですよ」
「存外君は世話焼きだね、私はそんなに具合が悪そうに見えるかな?」
「今はそう見えないですけど、病み上がりでしょう? 何作ってるんです?」
俺がミレニアさんの手元を覗き込むと、それはかつてオーランドルフのお屋敷で食べさせてもらっていた朝食だ。俺、ミレニアさんのフレンチトースト大好きだ。
「こんな事くらいしか出来ませんが、昨日の鍋のお返しです。本当は奥様方にも何かお返ししたいのですけどね」
「ミレニアさんは料理上手だから、食べられるのめっちゃ嬉しいです」
「そう言ってもらえると私も嬉しいよ」
パンの焼ける香ばしい薫りとスープの煮える匂い、ミレニアさんが温かいお茶を出してくれたので、俺はそれを飲みながら家の外から聞こえてくる鳥の囀りに耳を傾けた。
穏やかだな……まだ時間が早いのでシズクは寝ているのだが、シズクが起きている時は常に賑やかなので、こんな穏やかな時間はホッとする。
「ねぇ、ミレニアさん。ミレニアさんはこれからどうしたいですか?」
「え……あぁ、いつまでもこの家に居座る訳にはいかないものな……」
「別にこんな狭い家でもいいなら居てくれて構いませんけど、ミレニアさんはどうしたいのかなぁ、って素朴な疑問です。別に追い出したい訳じゃないんで、そこは誤解しないでください」
「ふふ、君はただ飯ぐらいを家に囲い込むつもりか? そこは元気になったらさっさと出て行けと言う所だよ」
自嘲気味にミレニアさんは笑って「どうしようかな」と溜息を零す。
「仕事があるなら仕事がしたい。だけど私は怖いのだよ、何度も何度も放り出されて自分は役立たずだと突き付けられる、私はそれが怖くて仕方がない」
「ミレニアさんが役立たずとか、あり得なくないですか? こんなに万能の執事を捕まえて、誰がそんなこと言うんです?」
「そうだな、この仕事なら何処かよそでも雇ってもらえるかもしれないな」
しばしの沈黙、本当はあまり聞かれたくない事だろうけど俺は敢えて問うてみる。
「ミレニアさんは、もうバートラム様のお屋敷に帰るつもりはないんですか?」
「っ……ふ、ふふ、もう帰れないだろう。何日無断で職務放棄をしたと思っている。それに……私はあの屋敷に、バートラムと共に暮らすのが辛い」
「バートラム様が色んな人を連れ込んだりするから……?」
「……ふふ、馬鹿みたいだろう? 拒絶しているのは自分の方なのに、あいつの目が他に向かうのは嫌なんだ。私とあいつとでは釣り合いが取れないと分かっているのに、それでも期待して、そしてまた傷付く。自業自得だがもう疲れた。ライザックから聞いただろう、あいつに夜這いをかけられた話。だが、煽ったのは私の方であいつに一切の責任はない」
ミレニアさんはコンロの火を消し瞳を伏せた。
「やれるものならやってみろと、煽るだけ煽ってあいつに抱かれた。一度だけでいいと思って、散々抵抗してみせたがそれも形だけで、私は抱かれたくてあいつに抱かれたんだ」
「………………」
「もうそれだけでいいと、なかった事にするからお前も忘れろと言って私は屋敷で働き続けた。けれど、体調を崩して怖くなった、妊娠の可能性が頭を掠めたよ。それが私は怖くて怖くて、どうしようもなくなった!」
ミレニアさんが腹を抱えるようにして蹲る。
「ダメだと思った、それはダメだと。だけど、出来ているなら産みたいと思った。頭では分かっているんだ、私と同じ道を歩むであろう子供なんて産むべきじゃない、なのに、でも、どうしても……」
「それで逃げてきたんですね」
「そうだ、私は逃げ出した。結局は過労とストレスの体調不良、妊娠なんかではなくてホッとした、だが、それと同時に苦しくなった。もうあいつとはいられないと、私は気付いた」
ミレニアさんの瞳からは大粒の涙がボロボロと零れ落ちる。俺はそんなミレニアさんの傍らにしゃがみ込んで彼の背を撫でた。
「ミレニアさんは一人で抱え込み過ぎなんです、頼ってくれていいですよ。俺もライザックもミレニアさんにはお世話になりっぱなしなんで、少しはお世話もさせてください」
「私は、何も、していない」
「そうやって無意識にお世話しちゃうの、ミレニアさんの性分なんでしょうね。俺はミレニアさん好きですよ、あのお義母さんですらミレニアさんのことは大事に大事に想ってるんですから、ミレニアさんは皆に好かれてるんです。そこは自信持ってください」
「っふ……君は、本当に、おかしな子だ。ある日突然現れて、私達の生活を滅茶苦茶に引っ掻き回して、なのに今では皆、君の周りで笑ってる。君の存在を疎ましく思っていた私がまるで悪者みたいじゃないか」
あれ? やっぱり疎ましくは思ってたんだ? まぁ、最初はあたりきつかったもんなぁ。
「俺、鈍いみたいで、すみません」
「私は君が羨ましくて妬ましいよ」
そう言ってミレニアさんは俺に泣き笑いの笑みを見せてくれた。
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