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番外編:その後のある幸せな家庭

ロゼッタ

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 翌日俺とライザック、そしてシノックさんの三人はバートラム様の屋敷に向かっていた。シノックさんの仕事的に時間が取れない可能性もあるかと思いながら迎えに行ったら、ここクリスタにいる間は研究論文の執筆期間だから時間ならいくらでも作れるとあっさりついて来てくれた。
 そして昨夜のうちにハクア草とギルライは入手したそうで、お義父さんとお義母さんは我が家で鍋を作るのだと意気込んでいた。なんか二人とも楽しそう。
 ちなみにハクア草は見た目にほうれん草みたいな野菜で、謎が多すぎたギルライはどうやら肉だったみたい。なんの肉かは謎だけど獣人国の方にしか生息しない生き物らしい。
 ハクア草もギルライも人はあまり食べない食材らしいけど、獣人街には普通に売ってる食材なんだそう。勉強になるな。
 今日のシズクはお義父さん、お義母さんとお留守番。実はお義父さんには懐いているシズクだけど、お義母さんと一緒っていうのは初めてなんだよな。お義父さんは「大丈夫、大丈夫、任せて」と笑ってたけど、ちょっと……いや、だいぶ不安だよ。お義母さんが何かと言うよりシズクが暴れないか、という方向でな。
 お義母さんがシズクに危害を加える事は今となってはもうないって信じてるけど、万が一何かあった場合たぶんシズクの制御ができるの俺だけな気がするんだよな。だけどまぁ、大丈夫だって信じとく!

 バートラム様のお屋敷は勝手知ったる他人の家、ライザックはその家の扉を複雑な表情で叩く。そりゃそうだよな、生まれた時から自分が住んでいた家に客として訪問するなんてあまりある事じゃない。
 屋敷は俺達が暮らしていた頃とはずいぶん様変わりしていた。あの頃お屋敷には数人の使用人しかいなかった、だから屋敷の中は常にあまり賑やかではなかったのだが、招き入れられた屋敷の中は少しざわついている。
 扉の向こう側にいたのはほとんどが獣人で、少し不思議そうな表情でこちらを見やる。その獣人達の何人かはぴしっとしたスーツを着ていて、使用人という感じに見えない。どちらかというとその雰囲気は会社のオフィスに訪問したような感じで、俺もライザックも戸惑ってしまう。

「あの……こちら、バートラム・ベアード様のお屋敷、ですよね?」
「ああ、バートの友人か? だったら今はちょっと……」

 そう言って言葉を濁した獣人は屋敷の奥を見やる。

「何かあったんですか?」
「困った事に現在ストライキ中だ」
「ストライキ……」

 一体何があったというのか、その獣人は心底困った様相で頭を掻いた。

「昔から感情にムラのある奴だったが今まで仕事だけはちゃんとこなしていたんだがな、婚約者にフラれたのが余程堪えたらしくて、部屋から出てきやしない」

 どうやらその獣人はバートラム様の仕事仲間であったようで、困ったようにそう言った。
 それにしても婚約者ってミレニアさんの事だよな? 何故ミレニアさんがバートラム様をふった事になっているんだろうか? 先にミレニアさんに対して夜這いなんて卑劣な行為に及んだのはそっちだろ? 被害者面も甚だしくないか?

「ではロゼッタは……ロゼッタ・オーランドルフがこの屋敷に逗留していると聞いてきたのですが」
「ん? 君達はロゼッタ様ともお知り合いか、だったら案内しよう」

 そう言って案内されたのは俺達が暮らしていた頃から客室だった部屋、あの頃は空っぽだった部屋だけど、現在はちゃんと客室として機能しているみたいだ。
 案内された客室でロゼッタさんは満面の笑みで俺達を出迎えてくれた。

「ライザック、それにカズもよく来てくれたね。あれ? でもシズクちゃんは? それにそちらの方はどなたかな?」

 筋骨隆々なのは相変らずだけど、ロゼッタさんは相変らず華やかで見目麗しい。

「こちらはシノックさん、母の再婚相手ですよ」
「伯父様の? ライザックの父上と離婚したとは聞いていたけど急展開だね。それに何故そんな方と一緒にここへ?」

 ロゼッタさんは不思議そうに小首を傾げる。確かに状況だけ考えると意味が分からないよな。まだ再婚した訳でもないハロルド様お義母さんの婚約者をロゼッタさんに引き合わせる理由なんて俺達にはないのだから。
 俺達は招かれた客室で、これまであった出来事をロゼッタさんに説明していく。

「……というわけで単刀直入に聞く、ロゼッタ、君は現在バートラム殿とは一体どういう関係になっているんだ?」
「あは、本当に単刀直入だ。だけど、残念ながら私とバートラムは別にやましい関係なんかじゃないよ、本当にただの友人関係。まぁ、ここに逗留しているのに下心がない訳じゃないけれどバートラムには関係ない」
「? 下心?」
「んふ、実は私には現在ちょっといい感じになってる人がいるんだ」

 そう言ってロゼッタさんは綺麗に微笑む。

「これが結構な堅物で一向に私に手を出してこなくてね。まぁ、その辺はライザックで慣れているからへこたれたりはしないのだけど、ここに逗留する事で少しは妬いてくれないかなぁっていう、ちょっとした下心」
「え? それって、もしかして恋人ですか!?」
「んふふ、今は友達以上恋人未満って所かな」
「それはバートラム殿ではなく……?」
「関係ないってさっきも言ったよ」

 ロゼッタさんは楽しそうにけらけらと笑い続ける。そのお相手がバートラム様じゃないのにはほっとしたけど、どんな人なのかすごく気になる!

「で、話を戻すんだけど、ミレニアはもしかして私がここへ来たから屋敷を出て行ったのかな? 私がここへ到着した日から執事長が不在だとは聞いていたんだけど、それがミレニアだというのは私は初耳だよ。そもそも私はミレニアはバートラムの婚約者だと記憶している訳だけど、一体どうなっているのかな? 私は今もミレニアは君の家の執事をしているものとばかり思っていたし、バートラムも先日から部屋に籠りきりだ。もしそれが私のせいだと言うのなら、この事態は私の本意ではないのだけど?」

 どうやらロゼッタさんはこの屋敷に逗留しているものの、事情は全く知らされていない様子で小首を傾げている。そういえば俺も手紙にはそこまで詳しくミレニアさんの現在の状況を記した事はなかった。たぶんロゼッタさんのその言葉に嘘はなさそうで、俺とライザックは顔を見合わせる。

「では、君はこの一件にはまったく無関係という事か……」
「そのはずだよ。ただ、私はまさかミレニアがこの屋敷の執事をしているなんて思いもしなかったから、少しばかりミレニアには嫌な想いをさせたかもしれないけれど」
「と言うと?」
「ミレニアがバートラムの執事の仕事をしていたのだとしたら恐らくバートラムのスケジュール管理もしていたと思うのだけど、ここに逗留する少し前、結構強引にバートラムを観光に引っ張り回しちゃったんだよね。ミレニアには内緒のつもりだったんだけど、こうなってくるとミレニアには筒抜けだったって事だ」

 てへ♡ と、ロゼッタさんは悪気のない笑みを浮かべる。

「その時にミレニアとの関係について相談も受けていて、なかなか仲が進展しないってバートラムが愚痴るものだからもう少し強気でいってみたら? ってアドバイスしてたんだけど、もしかして裏目に出たかな?」

 えっと、それはもしかしてバートラム様は昼間はロゼッタさんと遊び回っていた揚げ句、帰宅後ロゼッタさんのアドバイス通りにミレニアさんに強引に迫っていたという事になったりしない? もしそうだとしたら傍目に遊び人バートラム様像の出来上がりな訳なんだけど……いや、でも、ミレニアさんはロゼッタさんとバートラム様が仲良くしていたのは演技だって分かっているはず。
 だけど、それはあの本邸での一連の催しの時の話で、その後の二人の関係がどう変化するかなんて誰にも分からない訳で、バートラム様がその辺のことちゃんとミレニアさんに説明していれば問題ない話ではあるのだろうけど、あの二人喧嘩するほど仲良いくせにきちんと腹を割って話し合ってる姿が想像できない。ってか、たぶんしてない。それはもう、あの痛々しいミレニアさんの姿を見れば一目瞭然だ。

「なんとなく事情が飲み込めてきました……」

 たぶん俺と同じ結論に達したのだろうライザックが大きく息を吐いた。
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