上 下
16 / 113
第一章:出会い編

見えない壁

しおりを挟む
「最近ご主人様の様子、ちょっとおかしいと思わない?」

 今日は広い庭の手入れをハインツと共にしていたのだが、俺の様子を窺うようにしてそんな事を問われても俺に返す言葉はない。

「俺、まだここに勤めて短いし、そんな事言われても分からないよ」
「本当に? カズは絶対何か知ってるだろ?」
「なんで? 旦那様との付き合いだってハインツの方が長いんだから、ハインツの方が旦那様に関しては詳しいに決まってるだろ? 俺は何も知らないよ」

 素知らぬ顔で草をむしる俺に、ハインツは微かに溜息を零し「ならいいけどさ」と作業に戻る。俺はほっとして目の前の草に集中する事にした。
 最近俺は少し変だ。自分の感情が制御できなくて時々やたらに泣けてくる時がある。情緒不安定とでも言えばいいのだろうか? この感情がどこから湧いてくるのかよく分からないのだけれど、ひとつだけ分かっている事がある。
 ライザックに抱かれた翌日、珍しく挨拶を返してくれたミレニアさんが俺の顔を見て眉を顰めた。

「あなた、またご主人様に抱かれましたね?」
「!? え……なんで?」
「獣人というのは鼻が利くのですよ、あなたからはべったりとご主人様の匂いがします」

 ミレニアさんは大きな溜息を吐いて「分かっていますよ、事情は一通り聞いていますのでね」と俺を見やり首を振る。

「けれどこれは歓迎できた事ではない、あなたはオーランドルフという家に相応しい人間ではないのですよ。人柄云々は抜きにして、駄目だと私は判断します。オーランドルフという家名を背負うという事はこの国では大変な事なのです、あなたはそれを理解していないでしょう?」

 突然そんな事を言われても俺にはよく分からないけれど、ひしひしと感じているのは明確な身分差だ。そんな事はもう俺にだって分かっている。お前はライザックに相応しい人間ではないのだと、改めて現実をつきつけられた。そんな事は馬鹿な俺でももう分かっているんだよ……
 あのワームに襲われた事で生じているらしい後遺症はその後発症はしていない。けれど、それを理由にライザックに抱かれる事にミレニアさんは当たり前だが良い顔をしない。最初の内から言われていた、オーランドルフの家名は重いのだ、ライザック自身は自嘲気味に笑っていたけれどそれがきっと現実なのだろう。

「そういえばカズ、街にすっごくよく当たるって評判の占い師がいるんだけど、知ってる?」
「占い師?」

 いつどういう時にワームの体液によるあの発作が起きるのかが分からない俺はどうしても消極的になる。外出先でもし万が一あんな症状が出てしまったらと思うと迂闊に遊びにも行けなくて、最近は完全なる引きこもりになっているせいか、そんな占い師の話など小耳にすら挟んでいなかった俺は首を傾げる。

「そう、特に未来予知さきよみが凄いらしくてさ、客が殺到してるって噂」
「へぇ……胡散くさ」
「あれ? カズはそういうの信じないタイプ?」
「逆にハインツは信じるのか? 占いだぞ? 根拠とか何もないんだぞ?」
「まぁ、そうなんだけど、ちょっと興味はそそられるよねぇ」

 この世界は俺の暮らしていた世界とそう大差のない世界だけれど、少しだけ文化は遅れている。電気はないので灯りはランプだし、自動車もないから移動手段は馬車だったり、そこまで大きな不便はないけれど、電気のある生活に慣れきっている現代っ子の俺には少しだけ不便ではある。
 そして、そんな世界では胡散臭い『占い』が娯楽になるのだろうけど、正直信用ならないな。

「ねぇ、今度少しだけ遊びに行ってみない?」
「そんなの一人で行ってこいよ」
「初めての場所って一人だと何となく不安じゃん! ねぇ、行こうよ! そうでなくても最近カズ部屋に籠りっぱなしだろ、そういうの良くないと思うよ?」

 ハインツに「行こう行こう」としつこく誘われ根負けする。まぁ確かに引きこもり過ぎていて気分が鬱々としていたのも事実だし、気分転換にはなるかもな……

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美しい側近は王の玩具

彩月野生
BL
長い金糸に青目、整った顔立ちの美しい側近レシアは、 秘密裏に奴隷を逃がしていた事が王にばれてしまった。敬愛する王レオボールによって身も心も追い詰められ、性拷問を受けて堕落していく。 (触手、乱交、凌辱注意。誤字脱字報告不要)

主神の祝福

かすがみずほ@11/15コミカライズ開始
BL
褐色の肌と琥珀色の瞳を持つ有能な兵士ヴィクトルは、王都を警備する神殿騎士団の一員だった。 神々に感謝を捧げる春祭りの日、美しい白髪の青年に出会ってから、彼の運命は一変し――。 ドSな触手男(一応、主神)に取り憑かれた強気な美青年の、悲喜こもごもの物語。 美麗な表紙は沢内サチヨ様に描いていただきました!! https://www.pixiv.net/users/131210 https://mobile.twitter.com/sachiyo_happy 誠に有難うございました♡♡ 本作は拙作「聖騎士の盾」シリーズの派生作品ですが、単品でも読めなくはないかと思います。 (「神々の祭日」で当て馬攻だったヴィクトルが受になっています) 脇カプの話が余りに長くなってしまったので申し訳ないのもあり、本編から独立しました。 冒頭に本編カプのラブシーンあり。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される

Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木) 読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!! 黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。 死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。 闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。 そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。 BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)… 連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。 拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。 Noah

見習い剣士の幸福な屈伏

彩月野生
BL
変態領主の怒りを買った見習い剣士は調教され、母乳が出るようになり毎日搾乳されてしまう。 領主の調教は激しく剣士は快楽に浸る。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

調教済み騎士団長さまのご帰還

ミツミチ
BL
敵国に囚われている間に、肉体の隅に至るまで躾けられた騎士団長を救出したあとの話です

処理中です...