榊原さんちの家庭の事情

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強気なΩは好きですか?①

困惑

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「榊原君の彼氏、相変わらず格好いいわねぇ」

 傍らでほぅと息を吐くのは同じクラスの女友達。目の前のグラウンドではサッカー部員が二組に分かれて練習試合をやっている。そして、そんな中で現在ボールを蹴ってゴール目指して走っているのが彼女曰くの僕の彼氏。篠木雄也先輩。

「言っとくけど篠木先輩はまだ彼氏じゃないから!」
「そんな事言ってても、もう公認カップルみたいなものでしょう?」

 ゴールにボールを蹴り込んで満面の笑みの篠木先輩が僕の存在に気が付いて大きく手を振る。もう! そういう事しないでよ! 観戦していた女の子達にガン見するように睨まれて居たたまれない僕は足早になる。

「彼氏、手振ってるわよ?」
「分かってる、やらないでって何度も言ってるのに!」

 篠木先輩はサッカー部のエースだ。当然女の子達にはモテモテで、ファンクラブまであるらしい。そんな彼が最近ぞっこんなのが新入生の僕、榊原樹な訳なんだけど、ぽっと出てきて篠木先輩の視線を独り占めにしている僕の事を気に入らない女子はやはりいる訳で、ああいう事されると睨まれるから嫌なんだよ。
 分かる、分かるよ! 可愛い子はいくらでもいる、なのになんでよりによって僕を選ぶのか? って……僕はいくら可愛くても男だしね、だけど仕方ないだろう? 先輩はαで僕はΩ、そこはもうピタリとピースが嵌るみたいに出会っちゃったんだから。
 僕って見た目も可愛らしいし、性別的にも女子に近いΩだから友達は男子より断然女子の方が多かったりする。だから分かるんだよ女子のやっかみが学校生活でどれ程面倒くさいかを。
 だけど先輩はそんな事全然気にかけてくれないんだからホント酷い。僕の高校生活はまだ始まったばかりなのに……

  練習試合終了のホイッスルの音と共に篠木先輩がこちらに駆けてくるのが目の端に映る。もう! 来なくていいのに、なんで来るの!? また睨まれるじゃん!
 
「樹! 今のゴール見ててくれた!?」
「それはまぁ……はい」

 俯きがちに僕が頷くと下から覗き込むように先輩に瞳を覗きこまれた。

「なんですか?」
「樹、元気ないなぁって思って」
「別に普通に元気ですよ」
「そうか? ちょっと前の樹なら『見てない! 先輩うざい!』って怒鳴りつける所だろ?」

 ちょ……確かにそうだけど、その反応で先輩はいいわけ? 僕が先輩のゴールを見てたの嬉しかったんじゃないの? それともそういう反応の方が嬉しいの!?
 そういえばこの人最初から僕が嫌がって駄目だししまくるの『樹のそういうとこ好き』とか言う人だった……
 なに? もしかして素直な僕はお呼びじゃないわけ?

「篠木! いつまで油を売ってる! ミーティングだ、さっさと来い!」

 キャプテンに怒鳴られて篠木先輩が「もうじき終わるから待ってて、一緒に帰ろう」なんて言って嬉しそうに駆けて行った。僕、返事してないし、一緒に帰る約束だってしてないのに!

「んふふ、じゃあお邪魔虫は早々に退散しようかしら」
「え! 待ってよ!」
「いいじゃないの、先輩が王子様みたいに家まで送ってくれるわよ。じゃあね、バイバイ」

 そう言って彼女は僕を置いて行ってしまう。Ωである僕は過保護に育てられていて登下校は極力一人でしない事って言われてるんだよね。どうしよう、四季兄ちゃんに連絡する? それとも……
 視線をグラウンドに戻すと、サッカー部員の人達が並んで監督に挨拶してる所だった。もうじき終わるっていうのは嘘ではなくて、僕は少しだけ先輩をその場で待つ事にした。
 でも、それにしても居心地が悪い。何故なら先程まで練習を観戦していた女の子たちがちらちらこちらを覗き見しているから。別に僕なにも悪い事してないのに……

 しばらくぽつんと一人で待ってたら、息を切らして先輩が駆けてくるのが遠くに見えた。先輩は体操服を脱いで制服を慌てて羽織ってきただけって感じの姿で、そんなに慌てなくてもいいのに……なんて僕はぼんやりとそんな先輩を見やる。
 だけど、先輩は僕の元に辿り着く前にフェンスに引っ付いていた女子に捕まり困惑顔。あぁ……先輩はモテる人だって聞いてはいたけど本当だったんだね。今までそこまで興味を持って先輩の事見てなかったから話半分に聞き流してたけど、実際目の当たりにするとちょっともやっとするな。
 別に僕はまだ先輩の恋人じゃないし、彼女たちに何を言う権利もないんだけど心の中は複雑だ。先輩の事なんて眼中になかったはずなのに、嫌だなぁ。
 変な人だし、怖い人だし、なのに妙に格好いい時もあってさ、なんで僕はこんなに先輩の事でもやっとしてなきゃいけないんだろう?
 僕はまだ先輩が好きな訳じゃないはずなのに、先輩の方が一方的に僕の事を好きなだけなはずなのに、あんな風に女の子達に囲まれている先輩の姿は見たくない。

 僕は瞳を逸らして踵を返す。だって別に一緒に帰る約束をしていた訳じゃない、待っててと言われたから待ってたけどあんな風に女の子達にモテモテだったら僕なんてお呼びじゃないだろ? どの子でも好きに付き合ったらいいじゃないか!
 そこまで考えて、胸の奥がつきんと痛む。なんだこれ? 気持ち悪い。自分の気持ちなのに自分の感情がよく分からない。
 泣きたいような気持ちで歩き続けたら「樹、待って!」と先輩が僕を追いかけてきた。

「待てって、樹! なんで行っちゃうんだよ!」
「………………」

 だってどう考えたって僕なんかお呼びじゃなかったじゃないか、たくさんの女の子達に囲まれて先輩はいい気分だったんじゃないの?
 僕はモテる方だから嫉妬されるのには慣れてるけど逆は経験ないんだよ。
 ってか、なに? 僕は先輩を取り囲んでた女の子達に嫉妬してるの? そんな事に気付いてしまったら、ますます自分の感情は大混乱だ。

「だらしない格好……」

 僕の腕を掴む先輩は制服を羽織ってはいるけどネクタイは首から下げたままで結んでないし、シャツだってズボンから出っぱなしでお世辞にもきちんとしているようには見えない。だけど、そんな姿にもドキドキしてしまう自分がよく分からない。

「あ……ごめん、慌てて出てきたから」
「それに汗臭い、シャワーくらい浴びてきたらいいのに」
「樹が待ってると思ったらそれ所じゃなくて……一応頭から水被ってきたし、タオルで汗は拭いて来たんだけどな」

 そう言って先輩は「ごめんごめん」と何度も謝ってくれるのだけど、なんでそこで素直に謝っちゃうのかな? この人『自分』が無いのかな? そんな風に無理して僕に合わせてもらっても全然嬉しくないんだけど。

「先輩って本当に良く分からない。なんでそんなに僕の事大好きなの? 僕には理解できないよ」
「言っただろ? 樹は俺の『運命』だから」
「だからそれが僕には分らないって言ってるのに……」

 この間観戦に行った試合の後、先輩の汗のにおいにドキドキしたんだ。あの日の彼は何故か特別キラキラして見えて、だけど今の先輩はそれほど魅力的には見えない。確かにちゃんときちんとすれば先輩は格好いいよ? だけど僕、まるで下僕みたいに僕に媚びへつらう先輩は好きじゃない。
 「少しずつ好きになってもらえればそれでいい」なんて先輩は笑うけどさ、僕はサッカーしてる先輩は好きなのかもだけど、普段の先輩はどうも好きになれないみたい。
 これはアレだ、アイドルはアイドルのままでいて欲しい心理だ。テレビの中のキラキラした俳優さんが私生活でだらしない格好でその辺転がってたら幻滅するだろ? その人の私生活と仕事は全然別だけど、ファンとしては見たくないってアレ。トイレにだって行かないんだから! とまでは言わないけど、それに近い心理なのかも。

「樹?」

 手早く身だしなみを整えた先輩がまた僕の顔を覗き込む。顔は好き。無駄にイケメンだと思う。

「僕、だらしない人は嫌い」
「うん、分かった。これから気を付けるな」

 そう言って先輩はまたにっこり笑うんだ。なんだろうな、調子が狂って仕方がないよ……
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