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58 ジリオの日記3

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 ――もうすぐ愛しいピジュが16歳をむかえる。彼女が着る『成人の義』のドレスも仕上がった。私の理想がつまった愛しいピジュのためのドレスだ。可愛いピジュは、真っ赤になって受け取ってくれた。

 愛しいピジュににあう、美しく幸せな領をつくりあげるため、セフィロース領の発展に力を注いできた。領民たちも幸せそうに笑っている。私のピジュにふさわしい領になったと実感するのに、9年もかかってしまったな。美しい銀の髪をなびかせて、市井を散策するピジュを、領民はファリアーナ神の化身と呼んでいる。
 私のピジュを皆の神と同一視しないでほしい。ピジュは私だけの女神なのだから。

 セフィロース領の発展とは逆行し、シシーリア聖皇国の国力は下降の一途をたどっている。
 聖者の結界に胡座をかき、国軍の強化を怠ったためだ。豊な備蓄がある軍事力のないシシーリア聖皇国を、周辺国が黙って見ているはずがない……国境付近はつねに小競りあいがおき、国同士の大規模戦闘がおこるのも時間の問題だろう。
 シシーリア聖皇国にもシャルナ王国のような、優秀な軍神があらわれてくれればいいのに……

 ピジュの『成人の義』を目前にして、父の名代で戦場へ行くことになった。冗談じゃない! 楽しみにしていた愛しいピジュの『成人の義』と『婚姻の署名』を交わさないうちは行きたくない! 粘ったが、父に却下された。
 戦闘が始まれば、軍事力の弱いシシーリア聖皇国はあっというまに負けるだろう。援軍を送ってもらう交換に、他国の王に献上される人物の名簿を父に見せられ、戦場行きを決めた。名簿にはピジュの名が載っていた。
 ピジュを献上するだって? 冗談じゃない! 宰相補佐として和平交渉をまとめてきてやる。交渉が決裂した場合は、血族魔法で、敵国の将を燃やしてこい……そう父に言われた。

 出陣の朝、愛しいピジュが私のもとへ駆けつけてくれた。私が送った婚礼衣装を着て! ああ、なんて美しいんだ。なんてにあうんだ。
 でも、せっかくの晴れ着をこんな、なんでもない日に着てしまうなんて……

 愛しいピジュは泣きながら「無事に帰ってきて……」と胸の飾りリボンをほどいた。白い胸元が目に焼きついて、はなれない。こんなときなのに股間が熱くなるのを感じて、顔が赤くなった。
 彼女は、ほどいたローズピンクのレースのリボンに口づけを落とし、私にさしだした。無事に戻って、私の手でリボンを結び、花嫁衣装を完成させなくてはダメだ……と懇願する。
 私の天使はなんて清らかな女神だろうか! 彼女を抱きたいと反応した、己の欲望が恨めしい。
 受け取ったリボンに口づけをし、髪に結ぶ。かならず戻るから待っていて。彼女にお別れの接吻をし、出陣した。


 愛するジリィへ
 毎日、ファリアーナ神にジリィの無事をお祈りして待っているわ。
 はやくジリィからいただいたドレスを着て、ジリィの花嫁になりたいの。明日のわたくしの『成人の義』のことより、ジリィと『婚姻の署名』を交わす日が待ち遠しくてたまりません。
 ――あなたのピジュより


 ――愛しいピジュは、『成人の義』で私の送ったドレスは着なかった。シシーリア大聖堂に集まった『成人』する人びとのなか、私の希望で学園にはかよわなかったピジュは、人びとの注目を浴びてしまったらしい……

 『ファリアーナ神がシシーリア大聖堂に来臨された。美しき深層の令嬢。女神の似姿を持つピアディ・エバンティス・ラズ侯爵令嬢』そう市井でも騒がれたと、彼女につけている護衛から報告があった。


 ――戦場にでて、そろそろ1ヶ月。和平交渉もうまくいった。帰国の日取りも決まった。もう少しで愛しいピジュのところへ帰れる。戻ったらすぐ『婚姻』を結ぼう。もう、待ちきれない……そう思っていた。

 彼女から、別れの手紙が届くまでは……


 ジリオーラ・エバンティス・セフィロース伯爵へ
 もうお会いすることはできません……婚約を解消しましょう……
 ――ピアディ・エバンティス・ラズ


 ――ラズ侯爵邸の自室に閉じこもっていた愛しいピジュのもとに、すぐ駆けつけた。ピジュに会わせろ! という私に、ラズ公爵はピジュの5つ下の妹に会うよう、すすめてくる。私が会いたいのはピジュだ! 妹は関係ない! 怒鳴ると、やっとピジュの部屋へ案内された。
 私を拒絶するかのように、かたく閉ざされていた扉を身体強化で打ち破った。

 美しかったピジュの変わり果てた姿がそこにあった……

 なにがあった? どういうことだ?
 ベッドのかげにかくれて泣いている愛しいピジュ……すっかり痩せて、青白い顔。彼女はガクガクふるえながら「こないで!」と叫んだ。
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