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38 シシーリア聖皇国セフィロース領

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 シノアの森を抜けた先に見えたのは、豊な実りの果樹園、延々と広がる田畑、のんびり放牧されている家畜、すべてがシャルナ王国で見た風景とは桁違いの規模で、シシーリア聖皇国の、のどかな風景に驚かされる。地方都市までも、シャルナの王都のように奇麗に整備されているようだった。
 門からのぞく、美しい街並の中央広場には噴水が配置され、その中央にシャルナ大神殿で見た、ゆるく波打つ長い髪を持つ美しい女神、ファリアーナ神の彫像が飾られている。街の子供たちが女神像の噴水で遊んでいた。
 シャルナ王国では神殿にしか飾られていなかった女神像……それが街中にも飾られていることが、信仰心がシャルナより強いのかも知れないと感じ、背中に緊張が走る。

「シシーリア聖皇国は、シャルナ王国より信仰心が強いのですか……?」
「ああ、女神像か? いや、この国がシャルナより、豊だというだけだ」

 アラン様は門番の横に立つ少年に、手紙と小銭をわたしながら答えてくれた。

「シシーリア聖皇国は、初めてですか? この国は1世代前の聖者様が来臨された国なので、近隣国より豊かも知れないですね。このセフィロース領はシシーリア聖皇国のなかでも発展している領です。――ご旅行楽しんでいってください」

 門番のほがらかな笑顔に、体が不自然にふるえないよう……両腕で抱きしめた。

 ――この国は、私がシャルナ王国にあたえてあげられなかった未来の姿なんだ……

「その手紙を伯爵邸へ。妻は長旅で疲れているようだ、いい宿屋は?」

 アラン様が、私を後ろからぎゅっと抱きしめ、少年に指示と門番に質問をなげかける。

「領主様のお客人でしたか。これは失礼を。中央通りの宿屋はすべて高級宿なので、どこもおすすめです。馬宿に近いところがご希望でしたら、少し小さな宿になりますが、三番街の『聖水の庵』がいいですよ。裏手がこの街共有の馬房になりますので」
「ありがとう。そこにしよう。返事は『聖水の庵』へ届けてくれるよう伝えてくれ」
「わかりました。おまかせください」

 少年は元気に走っていく。少年と同じ制服を着た子供たちが、そのようすをうらやましそうに見ていた。きっと彼らは、門に常駐しているメッセンジャーボーイ、配達員なのね。

「はは、嬉しそうだ。今、セフィロース領の伯爵邸には、領主様のご婚約者様が滞在されているので、ふるまいのお菓子めあてで、みんなお使いに行きたがるんですよ。――あいつは運がいい」

 門をくぐって入った中央広場は、門からのぞくより華麗な姿で驚く。石畳みは色の違う石で、地面に奇麗な花の模様を描いていた。噴水に鎮座する女神像もシャルナ大神殿で見たどの神像より優美で大きかった。
 濃い茶色の外壁に白い塗料で幾何学模様が描かれ、街の建物をいろどっている。すべてが同じ色あいの建物のため、整然として美しいが、なれていないと迷子になってしまいそう……

 アラン様は、左手で馬の手綱を持ち、右手で私の腰を抱き歩く。馬車道と歩道にきちんと整理された街並は、懐かしい世界の道路を思いださせた。信号はないものの、横断歩道らしき色わけもされていた。
 門番が書いてくれた地図を確認しながら、どんどん進むアラン様に問いかける。

「同じような建物で、迷いませんか? 私もう、ここがどこだか、わからなくって……手、離しちゃ嫌ですよ……離れたら、泣いちゃう」
「――ぐっ、んっ? ああ、大丈夫だ。この建物の模様をよく見てみろ。この枠の花柄が季節の花、つまり番地をあらわしている。枠のなかに書かれている模様は神聖文字で通りの名がしるされている」

 建物だけを見ると迷いそうだと思った街並の幾何学模様は、デザイン化された標識だったのですね!

「俺たちの行き先は三番街。3月の花は花弁が2つに別れた5枚の花びらを持つ小さな花の集合体だ。その模様を探せば、目的地はすぐだ」

 謎解きとか、オリエンテーリングみたい……と思いながら、うなずいた。神聖文字はわからないし、この世界の季節の花もわからない……おしゃれな標識だとは思うけれど、知らない自分にとっては不親切で迷いやすい街並には違いない。
 アラン様を離すまい! と、ぎゅっと彼の袖を握りしめた。
 アラン様は、ピクリと肩を揺らし天をあおぐ。「行くぞ」と、眉間にシワをよせ、厳しい顔でつぶやいた。雨でもふりだしそうなのかしら? 私は早足でついていった。

 『聖水の庵』は小さな2階建ての宿だった。通された部屋の窓から裏庭に面した馬宿の馬場が見える。足ならしで歩かせている馬の姿が見えた。アラン様の愛馬を預けた馬房は馬場の奥に建てられているようで、ここからは見えない。
 馬のいななきとか、匂いとか、宿泊客に感じさせないように、街全体が整理され、考えてつくられている印象がした。
 ――この街がジリオ様が治める、セフィロース伯爵領……

 宿の部屋は、寝室の横に大きめの浴槽が置いてある浴室がついていた。寝室にはシングルベッドが壁の左右に1つずつ設置され、中央に小型のテーブルが置かれている。
 ベッドは、アラン様には小さいように感じた。彼もふむっと、なにか考えこむような仕草をし、片側のベッドをひょいと持ちあげ、移動させる。2つのベッドを隙間なく並べてしまった。
 ガタンッ! ゴトン! と家具を移動させた音に、宿の主人が驚いて部屋の扉をたたく。

「お客様、なにか不都合でも? 今の音は?」
「ああ、すまん。ベッドを移動させた。出るときには、戻しておく」

 宿の主人の後ろから、ひょいと顔をのぞかせた女将さんが、ベッドと私を交互に見比べ「あら、気がつかなくて。食事もお部屋にお持ちしたほうがいいですね」と、ニンマリ笑う。
 ――なんか、変な誤解を受けているような……いやいや、ふたり旅をごまかすために、夫婦設定でいくことになっているんだから!
 ――これでいいのです!

 真っ赤になった私に「浴槽は湧かした湯とお水がでる小型ポンプ式です。お湯を抜くときは底の栓を抜けば、勝手に下水に流れる仕組みです。セフィロース領の小型浴槽は人気なんですよ!」と、説明しだす。

「奥様、ちょっとこちらへ。小型ポンプの使いかたを説明しておきますね」

 女将さんが、手招きして私を呼ぶ。

「ポンプは呼び水は必要ないタイプなので、ここをこうキコキコと上下させるだけ……ね、簡単でしょ」

 すっと顔をよせてきて。

「この宿はどなたかのご紹介ですか? ここは浴槽でも楽しみたいご夫婦に人気の宿なので、寝室とは違った楽しみかたができますよ。のぼせちゃうから、お湯の温度はあまり高くしないほうが……あら、あら、初々しいこと。長々と説明は野暮ですね」

 と、笑って出ていった。――もう! もう! もう! こういうところよ! この世界の性にたいする、あけすけな感じ。なれない! 私の顔は、自分でもわかる! もう、ゆでダコ状態だわ! 門番さん、恨む!

 赤い顔で戻ってきた私に、アラン様が慌てて駆けよってくる。ビシッ! と、手を前にだし、彼の接近を拒絶した。

「浴槽の使いかたを習ったの。ひとりでゆっくり入りたいから、きちゃダメ!」

 彼はビシリッとかたまった。

「きちゃダメって……俺は別に一緒に入るつもりでは……」

 カーッと耳まで赤くなるアラン様を放置して、浴室に籠る。

 ――お風呂あがりのタオルを体に巻いただけの状態で、途方にくれた。八つ当たりした罰かしら? 涙目になりながら浴室の扉のかげからアラン様を呼び、着替えを取ってもらうことになってしまった……恥ッ! 恥ッ!
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