上 下
33 / 71

32 疑惑の領主館

しおりを挟む
 朝一で届けられた謁見の申し込みは、領主館からの迎えの馬車が到着するという、怒濤のいきおいで成立した。リオは隊員の館へ置いて行く予定だったが、本人が「一緒に行く」と、俺のマントの端を掴んで離さない。
 可愛いおねだりに、逆らえるわけはなく――ガラナミア伯爵との謁見に同席できなかった場合を考えて、現隊長も護衛として同行してくれることになった。

「はぁ~、俺たちの元隊長が、リオにこんなに骨抜きにされているとは……」

 元部下の、冷たい視線に文句を言う。

「気安くリオの名前を呼ぶな!」
「ああ、やだ、やだ! 三十路越してる男の嫉妬なんて、見苦しいですよ」
「ふん、リオが俺に甘えるのが、うらやましいんだろ」

 図星だったのだろう、元部下は黙りこんだ。リオは可愛いものな、しかたがないことだ。無表情になった彼を見ながら、おまえの気持ちはわかるぞ!……と、うなずいてやる。彼の目が、可哀想な子を見る目に変わる――解せぬ。
 リオは馬車の窓から見える街並に夢中で、男ふたりの口論には、気づいていないようだった。

 領主館に到着すると、門前にガラナミア伯爵と伯爵夫人まで、出迎えに出てきていた。

「まぁ、リオ様! ロズベルト様、リオ様になんて格好させているのですか!」

 馬車から、抱き降ろしたリオを見たとたん、夫人が悲鳴をあげた。リオは、王都から着てきた外出用のワンピースドレスが埃まみれになっていたため、俺の麻の長袖シャツを着て、皮のコルセットでだぼつきを押さえている。少し胸が強調されすぎていることが不満だが、シャツの裾がコルセットの下からスカートみたいに広がり、可愛らしい。さらにズボンの裾を切って履いていた。――うん。凶悪なまでに、可愛い。

「ああ! 本当にもぅ~! これだから殿方は! リオ様に着替えを、なにか軽食も用意させますわね。こんなにお痩せになってしまって」

 俺から強引に離されそうになったリオは、俺の背中にぎゅっと、抱きつき、夫人からかくれる。

「リオ様?」
「伯爵夫人、無礼をお許しください。リオは、神殿で過酷な体験をし、心が幼子に戻っています。どうか、ご容赦を」
「――なんて、こと……」

 伯爵夫人は、リオの目線にあわせて膝を折る。

「リオ様、わたくしと一緒に、おいしいお菓子を選んでいただけませんか? あとでロズベルト様たちにもお出しする予定のものですから、とびきり美味しいものを選びたいのです」

 俺の後ろから顔を出したリオは、夫人をじっと見つめ、コクンとうなずいた。そのままさしだされた夫人の手を取り、にっこり微笑む。

「先生、一緒に選びましょ」

 リオにとって伯爵夫人は、行儀作法を教えてくれた先生なのだろう――リオが夫人に連れられて伯爵邸に入っていく。俺たちはガラナミア伯爵について同じ敷地内にある領主館へ向かった。

「それでセフィロース卿からの書簡の内容は? 『順応の義』は?」

 ガラナミア伯爵の執務室に通されるなり、質問の嵐だ。その顔色は悪く、心労の色が濃い。セフィロース卿からの書簡はラキアを素通りして、王都へ運ばれた。使者はラキアで馬を乗りかえ、そのまま国王陛下のもとへ走ったため、内容のわからないガラナミア伯爵は、さぞかし気を揉んでいたことだろう。

 セフィロース卿からの書簡――『聖者の手記』から導きだされた結論は、怪我の治療のため『順応の義』の前に治癒魔法にふれたことが、結果として『順応の義』の失敗につながる原因になったらしいこと。
 リオがファリアーナ神の信仰を受けいれれば『順応の義』の成功に繋がるだろうこと。しかし、その希望は、神殿内部の一部の者が、「聖女になれなかった役立たずの異邦者」と呼びリオを虐待し、リオの心を壊してしまっていたため難しいこと。
 神の代弁者である神殿関係者からの暴行は、リオにファリアーナ神への不信感をつのらせ、ファリアーナ神を拒絶するにいたったこと。
 聖女は失われたと判断した、国王陛下の決断を報告する。

 ガラナミア伯爵の顔色は、青をとおりこして、白くなっている。俺が爵位を返上し、リオだけの護衛騎士になり、一緒に市井にくだること陛下に許可していただいた件を話すと、悲鳴をあげた。

「ダメだ! ダメだ! シャルナの軍神が、ラキアからいなくなってしまうのはダメだ!」
「陛下の許可はおりています。それに、このラキアの守りは、私が心血注いで鍛えあげた西翼城壁部隊がいます。彼が新しい隊長です。どうぞ新生、西翼城壁部隊と正式な契約を交わしてください」
「ああ、そうだ! 西翼城壁部隊は、ロズベルトと一緒にでていかないのか? これからもラキアを守ってくれるのか?」

 伯爵が大慌ててで、執務室の書類棚のなかから『約定の証書』を引っぱりだし、ザッと目をとおすと署名した。

「約束していた『約定の証書』だ。正式な西翼城壁部隊の雇用条件を記載してある。これで部隊は、部隊だけでもラキアを出ていかないでほしい」

 西翼城壁部隊の騎士たちは、全員このラキア出身の平民だ。彼らがラキアを守ることは、市井に住む自分の家族を守るのと同義。俺だけが王都から派遣されてきた隊長で、部下のひとりもいなかったため、街の自警団をまとめあげ、西翼城壁部隊としたというのに……領主までも、俺つきの部隊と勘違いしていたのか? または平民の部隊に興味がなかったか……いずれにせよ、これでラキアに残る憂いのひとつは解決した。

 あとは、薬師ばぁの件。

「部隊所属の薬師を呼ばれたと聞きましたが?」
「あ、あの薬師は……その、薬師には聞きたいことがあって……」
「聖女様の治療の件ですか?」
「そう! そうなんだ! ただ、なにも知らないというから帰した……城内防衛部隊に送らせたんだ。問題などない」

 城内防衛部隊か……貴族の子弟中心の城内の警備隊。彼らは、平民出身の西翼城壁部隊を目の敵にしている。西翼城壁部隊つきの薬師に乱暴なことをしていないとよいが……

「リオ様が会いたがっておられるのです。送らせたという城内防衛部隊の騎士に話を聞いても?」
「か、かまわない。ただ、当時の騎士は休暇中だから、直接はなにも聞けないと思うぞ」

 怪しいな……でも、これ以上聞きだすのは無理か。ちらりと、現隊長に視線を投げる。彼はすくっと立ちあがり、ガラナミア伯爵に礼をとった。

「領主様、『約定の証書』感謝します。西翼城壁部隊はラキアのため、これからも誠心誠意つくす所存です」
「ああ、よろしく頼むよ」
「では、自分はこれで失礼いたします」

 彼は『約定の証書』を持ち、執務室をあとにした。さて、俺は伯爵の気をそらしとくか。

「報告も終わりましたので、リオ様と合流したいのですが?」
「ああ……そうだな。昼食を用意させるから、一緒にどうだ?」
「ありがたく、いただきます」

 了承した俺を嬉しそうに見つめ、ガラナミア伯爵は伯爵邸へ俺を誘う。その頭のなかは、シノアの魔獣がでたときに、俺の協力をどう得られるか? その打算でいっぱいだろう……

 このあと、伯爵夫人の手によって、若草色のドレスをまとい、薄化粧をほどこされたリオと合流した。その可憐な姿を褒めるよりも先に、リオの手から、甘い焼き菓子を次々口にほおりこまれることになる。

 「アランのために選んだの。食べて」と、微笑まれて、拒絶できる男はいないだろう――正直、味はさっぱり記憶に残っていない。ときどきリオの指を、ちゅるりっと舐めた、その甘美な感覚が舌に残っているだけだった。

 リオと合流したことで、昼食の席でガラナミア伯爵が願いでた『シノアの魔獣討伐への協力』は、うやむやに立ち消えた。

 ――その夜、薬師ばぁは、西翼城壁部隊の騎士の手によって助けだされ、隊員の館へ戻ってきた……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

【R18】国王陛下に婚活を命じられたら、宰相閣下の様子がおかしくなった

ほづみ
恋愛
国王から「平和になったので婚活しておいで」と言われた月の女神シアに仕える女神官ロイシュネリア。彼女の持つ未来を視る力は、処女喪失とともに失われる。先視の力をほかの人間に利用されることを恐れた国王からの命令だった。好きな人がいるけどその人には好かれていないし、命令だからしかたがないね、と婚活を始めるロイシュネリアと、彼女のことをひそかに想っていた宰相リフェウスとのあれこれ。両片思いがこじらせています。 あいかわらずゆるふわです。雰囲気重視。 細かいことは気にしないでください! 他サイトにも掲載しています。 注意 ヒロインが腕を切る描写が出てきます。苦手な方はご自衛をお願いします。

処理中です...