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21 逃げ惑う
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昼間は修練館の階段下収納に潜りこみ、布団にかくれて寝る。夜は暗闇にまぎれ、シャルナ大神殿の敷地をさまよい歩いた。
修練館に掃除にくる使用人たちは、おしゃべりで……神殿内のいろいろな噂話をつたえてくれた。
――『順応の義』を失敗した聖女になれなかった役立たずの異邦者――
――聖女は騎士を毎夜、寝所にひっぱりこんでいる――
――聖女をかたる異邦者は魔力を高めるのに必死だから、誰の相手でもする――そんな話に花を咲かせている……
アラン様もキャティも、あの日から私の前にあらわれない――もしかして、『順応の義』の失敗の責任をとらされて、私のところにこられない状態なのかも知れない。
私の今の状況を知らないのかも知れない……と、思う心と……アラン様にも、キャティにも見捨てられたんだ……と、思う心が交差する。
噂どおりに、私は『順応の義』に失敗している。噂どおりに、私は毎日アラン様に寝室で治療魔法を受けていた。噂どおりに、閨のためだけの修練館にいる――人に会うのが怖い。――噂どおりだと思われるのが怖い。
アラン様、キャティ……噂を否定してくれる、ふたりにしか会えない。ふたりに会えたら、なにかが変わるんじゃないか? そんな希望にすがりつく。
毎日届けられていたパンは、最近では掃除にはいる使用人に食べられてしまっていた。このまま食べるものが手にはいらなければ、ふたりに会う前に飢え死にしてしまう。
――夜の菜園から、トマトのような実をこっそりとって食べていたとき、庭師に見つかり殴られた。口のなかが切れて鉄の味がする。初めて自分に向けられた暴力に、本能的に怯えた。
殴られた拍子にベールがはずれる。
「最近菜園を荒らしているのは、おまえか! 修道女見習いか?」
庭師が太い腕で、ぐいっと髪をつかみ顔をあげさせられた。聖女だってばれる?! 恐怖で体がふるえる。
「へぇ~、これはずいぶん痩せっぽちな奴だ。孤児院からあがったばかりか?」
庭師は、ジロジロと私を見つめ、ひょいとスカートをめくりあげた。
「きゃあ!」――思わず悲鳴をあげた私に、ニヤニヤと意地の悪い笑顔をはりつけた男は語りかける。
「見習いの時分は、食事量が少なくって辛いだろう。俺が食べさせてやってもいい。……そのかわり、脱ぎな」
なにを言っているのか、わからない? ……と、とぼけられない。男の言葉が理解できないほど……純粋じゃ……ない。ここ数日で、嫌というほど見せられた男女の情事。怖い、嫌だ……お腹すいた……こんなところで……怖い……お腹すいた……死にたくない……お腹すいた……怖い……
ポロポロ涙がこぼれ落ちる。ふるえる手で、修道服の前ボタンに手をかけた。何度もボタンから指がはずれ、そのたび庭師の罵声が飛ぶ。肩からずるりっと脱げた服が滑り落ちた。あわてて胸元を押さえたので、服はそこでとまる。
「ほら、早くしろ! 盗みを働いた悪い子ですって、大司教猊下に突きだすぞ」
大司教猊下の言葉に体が跳ねる! 怖い、怖い、怖い――怒鳴らないで、殴らないで……
手をゆっくり下に降ろした。服が足元にストンと落ちる。下着姿で立ちつくす……
「おほぅ! 拾い物じゃねーか!」
下着はシンプルなワンピースドレスの修道服に着替えたとき、変えなかった。そのため、もとの世界ではベビードールと呼ばれるタイプの、華やかなもののままだ。
シミーズの胸元には刺繍がほどこされ、胸の下で結ばれたリボンが、丸い膨らみを強調する。白いストッキングはガーターベルトにとめられ、短い裾のなかに消えている。
裾とストッキングのわずかな隙間から覗く白い太腿は、小刻みにふるえていた。
庭師は土で汚れた指をストッキングのなかにツツッ……と、さしこみ太腿を撫でた。そのまま上へ指を這わせる。無骨な手の甲がシミーズの裾を少しずつ持ちあげる。短い丈は、腰部分を紐で結んだショーツの姿を簡単に見せはじめた。
――嫌だ、嫌だ、嫌だ……助けてアラン様……
ごくりっと、生唾を飲みこんで庭師の指がショーツの紐をつまんだ……
「……み、未成年です!」男の動きがピタリととまる。
「成人前です! な、なので、ここまでです!」
真っ赤な顔で、ブルブルふるえながら叫ぶ。とっさに叫んだことだけど、信じさせなくちゃ! 未成年に手をだせば、神の怒りにふれる。
「ファリアーナ神が見てらっしゃいます!」
「はぁ~わかったよ。ここまでだ。成人したら庭師小屋にやってきな。食わせてやる。もう盗みはするなよ、今度盗んだら司祭様に報告するからな」
食事が満足にとれなくなってから、痩せてしまった体は、血色が悪く青白い。お風呂にも入れていない体や髪は、パサつき汚れていた。――でも、今はそれで助かった。――助かったんだ!
足元に散らばった服をかき抱き、森林庭園へ駆けこんだ。いくつか見つけた、かくれられる木のうろにしゃがみこむ。
「――ゔっ……ゔ……ゔぁ……」服を噛みしめ、泣いた。大声で泣き叫びたい……でも、泣き声を誰かに気づかれるのは怖い。惨めだ……私は、なんでこの世界に落ちてきたんだろう……私がなにをしたっていうの……ファリアーナ神、私がそんなに嫌いなら、帰して……もとの世界に帰して……
修練館に掃除にくる使用人たちは、おしゃべりで……神殿内のいろいろな噂話をつたえてくれた。
――『順応の義』を失敗した聖女になれなかった役立たずの異邦者――
――聖女は騎士を毎夜、寝所にひっぱりこんでいる――
――聖女をかたる異邦者は魔力を高めるのに必死だから、誰の相手でもする――そんな話に花を咲かせている……
アラン様もキャティも、あの日から私の前にあらわれない――もしかして、『順応の義』の失敗の責任をとらされて、私のところにこられない状態なのかも知れない。
私の今の状況を知らないのかも知れない……と、思う心と……アラン様にも、キャティにも見捨てられたんだ……と、思う心が交差する。
噂どおりに、私は『順応の義』に失敗している。噂どおりに、私は毎日アラン様に寝室で治療魔法を受けていた。噂どおりに、閨のためだけの修練館にいる――人に会うのが怖い。――噂どおりだと思われるのが怖い。
アラン様、キャティ……噂を否定してくれる、ふたりにしか会えない。ふたりに会えたら、なにかが変わるんじゃないか? そんな希望にすがりつく。
毎日届けられていたパンは、最近では掃除にはいる使用人に食べられてしまっていた。このまま食べるものが手にはいらなければ、ふたりに会う前に飢え死にしてしまう。
――夜の菜園から、トマトのような実をこっそりとって食べていたとき、庭師に見つかり殴られた。口のなかが切れて鉄の味がする。初めて自分に向けられた暴力に、本能的に怯えた。
殴られた拍子にベールがはずれる。
「最近菜園を荒らしているのは、おまえか! 修道女見習いか?」
庭師が太い腕で、ぐいっと髪をつかみ顔をあげさせられた。聖女だってばれる?! 恐怖で体がふるえる。
「へぇ~、これはずいぶん痩せっぽちな奴だ。孤児院からあがったばかりか?」
庭師は、ジロジロと私を見つめ、ひょいとスカートをめくりあげた。
「きゃあ!」――思わず悲鳴をあげた私に、ニヤニヤと意地の悪い笑顔をはりつけた男は語りかける。
「見習いの時分は、食事量が少なくって辛いだろう。俺が食べさせてやってもいい。……そのかわり、脱ぎな」
なにを言っているのか、わからない? ……と、とぼけられない。男の言葉が理解できないほど……純粋じゃ……ない。ここ数日で、嫌というほど見せられた男女の情事。怖い、嫌だ……お腹すいた……こんなところで……怖い……お腹すいた……死にたくない……お腹すいた……怖い……
ポロポロ涙がこぼれ落ちる。ふるえる手で、修道服の前ボタンに手をかけた。何度もボタンから指がはずれ、そのたび庭師の罵声が飛ぶ。肩からずるりっと脱げた服が滑り落ちた。あわてて胸元を押さえたので、服はそこでとまる。
「ほら、早くしろ! 盗みを働いた悪い子ですって、大司教猊下に突きだすぞ」
大司教猊下の言葉に体が跳ねる! 怖い、怖い、怖い――怒鳴らないで、殴らないで……
手をゆっくり下に降ろした。服が足元にストンと落ちる。下着姿で立ちつくす……
「おほぅ! 拾い物じゃねーか!」
下着はシンプルなワンピースドレスの修道服に着替えたとき、変えなかった。そのため、もとの世界ではベビードールと呼ばれるタイプの、華やかなもののままだ。
シミーズの胸元には刺繍がほどこされ、胸の下で結ばれたリボンが、丸い膨らみを強調する。白いストッキングはガーターベルトにとめられ、短い裾のなかに消えている。
裾とストッキングのわずかな隙間から覗く白い太腿は、小刻みにふるえていた。
庭師は土で汚れた指をストッキングのなかにツツッ……と、さしこみ太腿を撫でた。そのまま上へ指を這わせる。無骨な手の甲がシミーズの裾を少しずつ持ちあげる。短い丈は、腰部分を紐で結んだショーツの姿を簡単に見せはじめた。
――嫌だ、嫌だ、嫌だ……助けてアラン様……
ごくりっと、生唾を飲みこんで庭師の指がショーツの紐をつまんだ……
「……み、未成年です!」男の動きがピタリととまる。
「成人前です! な、なので、ここまでです!」
真っ赤な顔で、ブルブルふるえながら叫ぶ。とっさに叫んだことだけど、信じさせなくちゃ! 未成年に手をだせば、神の怒りにふれる。
「ファリアーナ神が見てらっしゃいます!」
「はぁ~わかったよ。ここまでだ。成人したら庭師小屋にやってきな。食わせてやる。もう盗みはするなよ、今度盗んだら司祭様に報告するからな」
食事が満足にとれなくなってから、痩せてしまった体は、血色が悪く青白い。お風呂にも入れていない体や髪は、パサつき汚れていた。――でも、今はそれで助かった。――助かったんだ!
足元に散らばった服をかき抱き、森林庭園へ駆けこんだ。いくつか見つけた、かくれられる木のうろにしゃがみこむ。
「――ゔっ……ゔ……ゔぁ……」服を噛みしめ、泣いた。大声で泣き叫びたい……でも、泣き声を誰かに気づかれるのは怖い。惨めだ……私は、なんでこの世界に落ちてきたんだろう……私がなにをしたっていうの……ファリアーナ神、私がそんなに嫌いなら、帰して……もとの世界に帰して……
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