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20 淫乱な館――修練館――

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 森林庭園に朝日がさしこみ、少しずつ闇の世界から樹木を切りだしていく――日がさすたび、暗いほうへと逃げていたが、夜明けの光はすべてを照らしだし、逃げる場所は失われた。人が動きだす気配がまざりだす。

「――痛っ……」

 右手に無理をかけすぎたのか? 治療中の右手首が赤く腫れていた。
 ――そういえば、昨夜はアラン様の治療魔法を受けていない……あの建物に戻るのは、怖い……でも、もしかしたらアラン様がきているかも? キャティが迎えにきてくれているかも? 離宮に戻っても大丈夫になっているかも……

 寝不足の頭に、考えが上手くまとまらない……

 くぅぅ~……小さくお腹が鳴った。こんなときでもお腹はすくのね。木のかげにかくれながら、周辺のようすを探ってみる。迷路のような庭園の樹木が開けた先に、数人の下働きらしき使用人が歩いて行く姿が見えた。
 女性だけ……だけど、声をかけるのは……ちょっと怖い。ようすを見つつ、あとをつけてみた。彼女たちの行く先があの一軒家だとわかり、足が凍った。建物の裏手の木のかげに身をよせ、じっと息を殺してようすをうかがう。

 部屋の窓が次々開けられ、彼女たちの楽しそうな会話が聞こえてきた。

「あれ~? メイド長からこの部屋にパンと水を置いてこいって言われたんだけど……誰もいらっしゃらないわ。高貴な女性が、しばらくここに住むと聞いたのに」
「ええ、住む? この修練館に? どれだけ魔力を高めたいかたなのよ、それ」
「やっだ! ここにくる男は平民の下男だけよ~魔力を高められるわけないじゃない。魔力の高いお貴族様がこない、この場所に決めた理由っていったら……ふふ、ねぇ~」
「「身ばれせずに享楽にふけりたい、淫らな貴族の婦人か令嬢ね!」」

 愛と慈愛のファリアーナ神の加護がありますように! と、笑いあう彼女たちの声がひどく遠くから聞こえていた……

「こんな使用人のための修練館で、汗臭くて泥だらけな下男に抱かれたいって、高貴なかたの趣味って理解できないわぁ~」
「なに、言ってるの。あんただって修練館の常連じゃない」
「いやねぇ、私は2階しか使わないわよ! お気にいりの相手じゃなきゃ御免だわ」

 掃除を終わらせた彼女たちが去ると、周辺から人の気配が消えた。鳥の声が、かすかに聞こえる。修練館と呼ばれたこの一軒家――『順応の義』に参加した貴族がくる可能性がない場所。身をかくすには最適なのかも知れない。昼のあいだだけは……でも、夜は……無理だ。とても受けいれられない。
 用意された部屋は1階だった。昨夜の男たちと、今の彼女たちの会話から、1階は相手を決めずSEXする場所だと想像できる……出会い系の発展場。……と、いったところか?

 ――最悪。……この世界の貞操観念は低すぎる。魔力を高める方法が、体液の交換なのだから、自然と性事情の価値観はゆるくなるのだろう……どう考えても、私には受けいれることができない世界。
 『順応の義』が失敗したの、価値観と貞操観念の考えの違いってこともあるのかな……キャティは、なんでここを私の隠れ家に選んだの? 昼間だけ隠して、夜は迎えにくる予定……だった?

 ――メイド長から、高貴な女性がしばらくここに住むと聞いた――そう彼女たちは話していた。

 キャティがメイド長になったのは、最近のことだし――指示したのは以前のメイド長? それともキャティ? 心にチクンと刺さった不信感という名の針は、深く心臓に沈んでいく……

 人の気配がなくなって、日の光が真上近くになったころ、やっと重い腰をあげ修練館に入ってみた。昨日の部屋のテーブルの上に、籠に入ったパンとぬるくなった水差しを見つけ、そっと手に取り部屋を出る。
 館のなかは奇麗に掃除がされ、昨夜のことが夢のよう――慎重に各部屋をのぞいていった。

 階段下収納がリネン室になっていたので、そのなかに潜りこみ、洗いたての毛布にくるまり布団の隙間に入りこんだ。部屋から持ってきた、少し乾いてしまったパンを、もそもそ食べる。……ぽたり、ぽたりと、涙がこぼれた。

 ――アラン様、私はここよ。ここにいるわ……
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