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17 順応の義

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 『順応の義』の準備は、前日からはじまった。髪にも、顔にも、体にも……香油を塗りたくられたあと、ぐるぐると熱いタオルを巻かれ蒸され――自分は蒸し料理の具材だったのかも知れない――と、錯覚するほど、じっくりとメイドたちに手をかけられた。
 熱いお風呂、冷たいお風呂、マッサージ、軽食、お昼寝……徹底的に管理され、疲れきった私は、彼女たちのなすがまま着せ替え人形状態になっている。

 儀式にかける熱量が、半端ではないキャティの指揮で用意されたドレスは白。裾に向かってほどこされた金糸の刺繍が華やかな、後ろ側が少し長いエンパイアラインで、小柄な私にもよくにあっていた。
 包帯はとれたものの、長期間使えなかった手の筋肉は落ち、みょうに細くなってしまっている。そのため、手の甲まで覆うボレロも用意されていた。
 アップにまとめた髪には白いリボンが複雑に編みこまれ、薄く化粧をほどこされた自分を姿見で見たとき、別人か? ……と、詐欺レベルのメイドの腕前に驚いた。自分でいうのもなんですけれど、美人に見えます。

「どう……でしょうか?」
「…………」
「アラン様?」
「メイド長! これはダメだ! 頭から全身を覆えるものはないのか!」

 え? ダメだし……にあってないですか? 美人に化けれたと思っていたんだけどな……しゅんと、落ちこんでいる横で、アラン様とキャティがなにやら言い争いをしている。

「美しい聖女様を広くお披露目したいのに! 顔をかくすなんて……」

 ぶつぶつ文句を言いながら、キャティは私に薄いベールをかけた。しばし考えこみ、ベールの位置を調整しながら「あら? これはありかも」と、ニンマリ笑う。

「演出と思えば、最高です! 大司教猊下の前で、ロズベルト様が聖女様のベールをあげてくださいね」
「……わかっ「ええー! ベールをあげる?」」

 突然、叫んでしまった私を、アラン様とキャティが驚いたように見つめる。

「なにか問題でもあるのか?」
「――ええっと……あの……その……だって、神殿で神様と司祭様の前で、女性のベールを男性があげるのって……私の世界でもある……と、とある儀式のひとつで……」
「見慣れた儀式なら緊張することもないだろう」
「いや、あの……アラン様、ちょっとしゃがんで! お耳を貸して」

 しどろもどろになっている私にアラン様がしゃがみこみ、顔をよせる。両手の甲でベールをそっと押しあげ、口に手をそえながらアラン様の耳にひっそり囁いた。キャティに聞こえると恥ずかしいからね――内緒話です。

「……皆の前で接吻し将来を誓う、婚姻のときの儀式なの」

 ビシリッとアラン様が、かたまった。

「見慣れた儀式だからこそ、頭から離れないわ。よけい意識しちゃう――アラン様? アラン様ったら? もぅ~」

 アラン様って、ときどき思考停止するんだから~きっと頭脳派タイプじゃないのね。ぷりぷり怒りながらキャティに甘えてみる。

「キャティ~、ベールはやめない?」
「やめません! 異世界にある儀式だと聞いては、やめられるわけありません! 聖女様の世界とファリアーナ神の世界の融合! なんて感動的な演出なんでしょう!」

 ノリノリのキャティをとめるすべはありませんでした……





 大聖堂のなかは、おごそかな空気につつまれていた。離宮にあるファリアーナ神よりも大きな女神の彫像が祀られ、壁面にぐるりと歴代の聖者、聖女の降臨のようすが描かれている。天井画は彩雲からファリアーナ神が、世界を見守っている天界のようすが描かれているようだった。
 大聖堂のファリアーナ神像は、手に丸い水晶を持っていた。神像の手前に大司教猊下が立ち、左右の壁際に国王陛下、王妃陛下、王太子殿下をはじめシャルナ王国の貴族が整列している。そのなかにラキア領主ガラナミア伯爵と奥様の姿も見えた。
 シシーリア聖皇国の皇子殿下とジリオ様もいらっしゃる。伴侶を決めていないから、『順応の義』のあと、少しうるさくなりそうな予感……

 白い軍服を着たアラン様のエスコートで、しずしずと大司教猊下のもとに進み、アラン様と向きあう。膝を折り曲げるまえに、ふわぁ~っと、ベールをあげられた。
 ――ベールアップ……直立不動のままで、やられるとは思わなかった。
 ふせていた顔をあげ、アラン様を見つめると、アラン様は眩しいものを見るように眉をよせ、目を細めていた。私に一礼して後ろに控える動きも、なにか油の切れた甲冑を着ているような……ギギギッとした、ぎこちない動きだった。
 ――アラン様も緊張することあるんだ。なんか、反対にリラックスできたかも。

「唯一神ファリアーナ様の御名により、ここに来訪者様の『順応の義』をとりおこなう」

 大司教猊下の高らかな宣言。猊下の指示でふたりの司祭様が、ファリアーナ神像の手にある水晶を、金の台座に移動させる。

「シャルナ王国にファリアーナ神の愛し子をあたえたまえ。聖女来臨! さあ聖女様、水晶に両手を置いてファリアーナ神の御名をお呼びください」

 あっ、やっぱり少し緊張しているかも……ドキドキしながら、水晶の近くまで歩き――そっと両手を置いた。

「唯一神ファリアーナ様、わたくし佐藤理緒リオをお導きください」

 目を閉じ、宣言する。

 ――――――――――――――。ええーと、いつまでこうしていればいいのかな?

 まわりのようすを、そっとうかがう。大司教猊下が青い顔をして、私を見下ろしていた。不安になって、後ろを振り向く。
 大聖堂のなかは、呆然とした人びとの顔であふれていた――え? なに?
 アラン様が、ガッっと私の肩を抱き、厚い胸に私の頭を押しつけた。

「聖女様のお体はまだ癒えていない! 日を改めるよう進言する!」

 ジリオ様の声が静かな大聖堂に響きわたる。――どうやら私は『順応の義』を失敗してしまったらしい。
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