そして彼女は別世界へ旅立った

21 ヒロインの末路

　案内されたアディの部屋で、彼女は怒鳴り散らしていた。

「祝福の歌よ！　祝福の歌を歌って！　ほらはやく！　違う！　違う！　そんな歌詞じゃない！　つぎよ！　ああ、違うわ！　なんでなの？　もぅ～頭が痛いわ！　違うったら！」

　アディの剣幕と、傲慢な態度に使用人たちは涙目だ。

「アディ、リルの歌のことでちょっと……」
「あ！　アルト！　どう、リリラフィーラ様はちゃんと歌詞を思い出した!?」

　私はゆっくり首を横に振る。

「たぶんリルは、祝福の歌は思い出せないだろう……でも大丈夫、リルの歌を聞いた者はたくさんいるんだ」
「本当に？」
「ああ、リルはブィア鑑別所に来る者たちに、毎回歌を歌っていたそうだよ。きみの求める歌を聞いた者がいるかも知れないね」

　アディがぽろぽろと涙をこぼす……

「ああ……よかった。よかったわこれで◎※●×△※君に会える」

　アディの語る『乙女ゲーム』が本当のことだったのか？　アディが香水のように身にまとっていた、記憶を操作する液体のせいで、フィーリー男爵と考えた筋書きが本当のこととして刷りこまれてしまったのか？　どちらが彼女にとっての真実だったのか？　もうアディ自身にもわかっていないだろう。
　アディは、それほどまでに深く、濃く、薬物を体内に取りこんでしまっている。

「アディ、きみとは終わりにしたいと思っている。きみはこれからブィア鑑別所に住み、そこにやってくる庶民のなかからリルの歌を聞いた者を見つけなくてはいけないのだから」
「そうね。そうね。リリラフィーラ様が歌った歌を聞いた者が誰なのかわからないのだから、ブィア鑑別所に来た人に聞いていくのが確実よね」

　嬉しそうにアディはクルクルと回った。まるで舞踏会でダンスを楽しんでいるような姿に、胸が痛む。リルはもう踊れないのに……

「さぁ、これからブィア鑑別所に戻るけれど、きみはどうする？　一緒に来る？」
「もちろん行くわ！」

　嬉しそうに即答したアディを連れて、ブィア鑑別所へ戻ろう。リルが歌った歌を集めながら、きみはリルが体験したことを追体験するといい……ドロリ、ドロリとしたものが黒く心を染めていく。

　戦後できた帝国法では、罪人の人権も守られる。処刑はあるが、苦しまないように配慮される。一瞬で楽になるなんて許せない……だから、すべてを話す条件で、フィーリー男爵を解放することにした。私が王都へ戻れば、男爵邸にかくまわれていたブィア鑑別所の職員や衛兵たちはあの施設に戻るだろう……

　これから、ますます貧しくなっていく男爵領で、領民の不満を解消する方法がなにも思いつかなければ……ブィア鑑別所は取り壊されることなく存続しつづける。

　だからアディ、きみは自分の妄想の責任をとってくれ。

「歌を知る者はブィア鑑別所へ行くように。アディ・フィーリー男爵令嬢がブィア鑑別所で歌われた歌を聞きたがっている……と、告知を出しておくよ」
「本当！　ありがとうアルト！　リリラフィーラ様が下品な歌しか歌わないから、祝福の輪が見つからないかもと悲しくなっちゃったけれど、やっと希望が見えたわ」
「私もリルの祝福の歌が聞きたかった……」

　わかるわぁ～と言いながらアディがうなずく。私のリルから愛らしい歌詞を奪ったのは、きみの妄想のせいじゃないか……

「じゃあ、さようなら。今まで楽しかったわ」
「ああ、さようなら。元気ですごしてくれ」

　少しでも長く元気で……リルが受けた苦しみと絶望が、髪の1本1本、皮膚の隅々に染みこむまで、どうか元気で………………祝福の歌を永遠に探しつづけてくれ。