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11 歴史の闇ブィア鑑別所
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「ブィア鑑別所の職員が、全員辞職したとは、どういうことだ!」
リルを侯爵家へ戻す手はずを整えるよう、通達したところ「ブィア鑑別所の職員が決まるまで収容されている人物の解放、移動の手続きがとれない」と、返事が返ってきた。
謁見の間でひざまずいている伝令係を睨みつける。
「王族の命令書があるんだぞ! 冤罪の人物の解放がすぐできないのは、なぜだ!」
私は怒りのあまり伝令を殴り倒してしまわないように、注意しないといけなかった。かたくにぎりしめた拳が、ぶるぶる振える。自分が持ってきた信書の内容を知り、伝令係は顔色をなくし、居心地が悪そうに体を小さく丸めている。
ブィア鑑別所からの信書とは別に、リルの迎えとして派遣しているケイオスの書状も届けられた。そこからもリルと面会することもできない状況に、困惑する文面が読みとれる。
最初は、なにがあっても「罪をつぐなうまで鑑別所から出ることはできない」と返事がきた。冤罪だと伝えると「裁判で冤罪と認められたら解放する」と言ってきた。裁判など開いていては、時間がかかりすぎる……
最終手段として、判決の決定権を持つ王族、私の命令書を発行し、リルの解放を要請した。それに対しての返答が職員の辞職だ……
のらり、くらりとリルの解放を先延ばしするブィア鑑別所の対応に不信感がつのる。
「私が直接、ブィア鑑別所へ出向きリルを解放する許可をください!」
伝令係をさがらせ、玉座の父上に願いでた。リルを解放するためには、もうそれしか方法がない……そんな気がしていた。
「ダメだ! あのような場所、王太子が行くべきところではない」
「父上?」
父上の態度がなにか変だ? 王太子が行くべきところではない……とは、どういうことだ?
――少しでもリリラフィーラにお心が残っているのなら、修道院へ送っていただきたかった……
――どうか、リル姉様の心が傷つきすぎて死んでしまわないうちに……
バリィ侯爵の言葉が……ライノルトから届いた手紙の一文が……嫌な予感に変わっていく。
「……父上、ブィア鑑別所は罪をつぐなうための再教育と、労働奉仕をさせる場所なのではないのですか?」
「その認識で間違いない」
「ではなぜ、『あのような場所』などという言葉を使われるのか?」
深いため息をついた父上が、じっと私を見つめた。
「……いい、だろう。行くことを許可する。その目でしっかり、リリラフィーラ嬢の現状を見極めてくるがよい」
疲れたように、父上が玉座にもたれかかる。
「ブィア鑑別所は戦時中にできた帝国の恥部だ。私の代であそこを閉鎖し、歴史の闇に葬ってしまいたかった。アルトヴァルツがリリラフィーラ嬢をあそこへ送ってしまうとは、考えもおよばなかった」
「まさか、リルに命の危険が?」
「それはない。大陸戦争は終わった過去の話。拷問のような再教育のやりかたは、ずいぶん前に禁止されている」
父上の口から出た『拷問』の言葉に、背筋に冷たい汗が流れる。
「私には、教えられなかった歴史があると?」
ついっと顔をあげた父上が、首を横に振る。
「この椅子にお前が座るときに知っていればよいこと、伝えるべき時は今ではなかったというだけだ」
「リルは……知っていたのでしょうか……?」
泣き叫び嫌がっていたリル……
――アートどうか、わたくしをそんな恐ろしいところへやらないで!……
私を幼いころの愛称で呼ぶな……と、リルに伝えたのはいつだったか? 特別な感じがして、アディにだけ愛称呼びをしてほしくなった。愚かな私はリルに許していた愛称を禁止したのだ。
リルは寂しそうにしながらも『殿下』と、私の呼びかたを改めていた。そんな理性的な行動をとっていた彼女が、思わず『アート』と、叫んだのだ。
「知っていた。王妃教育ですべて話したと聞いている」
「……そう……ですか……」
リルは拷問の歴史が残る場所に行くのだと、知っていたのか……怖かっただろうな……いや、今も怖がっているかも知れない。はやく迎えに行ってあげたい。
「しかし、リリラフィーラ嬢には、もう心は残していないものと思っておったぞ。断罪し婚約破棄してなお、みずから迎えに行こうと考えるとは。だがな、これ以上騒ぎを大きくするようなら、お前を王太子の座からおろすぞ、心せよ」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。リルに仕掛けられた4大伯爵家の罠を見破ることもできず、私の力になってくれるはずだったバリィ侯爵家をも衰退させてしまった。私の目は完全に雲っておりました」
深々と頭をさげ、父上へ、帝国の王へ謝罪する。
「これからは4大伯爵家がお前の力となる。4家あわせてもバリィ侯爵家より、権力も財力も劣る家門だが、帝国で一番富みと権力を握っているのが王家になったことは喜ばしいことだ。目障りだった侯爵家の力を削いだ点は褒めてやる」
バリィ侯爵家は、王都の邸宅を引き払い領地へ一族で引きこもってしまった。王領との取引は細々とつづいていたが、国政の表舞台に帰ってくるのは難しいだろう……バリィ公爵領からあがっていた税収の大部分が消え、帝国全土から活気も失われた。
リルの冤罪が……私の軽率な行動が……帝国の大貴族、唯一の侯爵家を没落させてしまった。
現在、世界情勢は各国の均衡が取れている。他国との結びつきより、自国の国力強化が課題とされていた。そのため契約にも見える侯爵家令嬢、リリラフィーラ・バリィとの婚約は、すぐ結ばれた。
国力を高める最善の相手でもあった。4大伯爵家も認めていた婚約だった。バリィ侯爵家を没落させて、国力を落とす必要がどこにあったのだろう? 少なくともアカデミー入学前までは、4大伯爵家は正妃の座は望んでおらず、側妃選びに熱心だった。
「鑑別所は他の領にも存在している。なぜブィア鑑別所を選んだのだ?」
父上の言葉に、考えを中断して顔をあげた……なぜだっただろうか? ブィア鑑別所しかない! そう、たしかに強く思った。
「……牢屋などには入れないで……と、アディが望んだことは覚えています。たしかその流れのまま、彼女がブィア鑑別所が……いい、と……」
「……そうか……あそこはフィーリー男爵領にあるからな……ブィア鑑別所でさえなければな……」
頭がガンガンと痛みだす。リルを『悪役令嬢』というものにするだけでなく、ブィア鑑別所行きも、アディに仕組まれたことだったのか?
リルを侯爵家へ戻す手はずを整えるよう、通達したところ「ブィア鑑別所の職員が決まるまで収容されている人物の解放、移動の手続きがとれない」と、返事が返ってきた。
謁見の間でひざまずいている伝令係を睨みつける。
「王族の命令書があるんだぞ! 冤罪の人物の解放がすぐできないのは、なぜだ!」
私は怒りのあまり伝令を殴り倒してしまわないように、注意しないといけなかった。かたくにぎりしめた拳が、ぶるぶる振える。自分が持ってきた信書の内容を知り、伝令係は顔色をなくし、居心地が悪そうに体を小さく丸めている。
ブィア鑑別所からの信書とは別に、リルの迎えとして派遣しているケイオスの書状も届けられた。そこからもリルと面会することもできない状況に、困惑する文面が読みとれる。
最初は、なにがあっても「罪をつぐなうまで鑑別所から出ることはできない」と返事がきた。冤罪だと伝えると「裁判で冤罪と認められたら解放する」と言ってきた。裁判など開いていては、時間がかかりすぎる……
最終手段として、判決の決定権を持つ王族、私の命令書を発行し、リルの解放を要請した。それに対しての返答が職員の辞職だ……
のらり、くらりとリルの解放を先延ばしするブィア鑑別所の対応に不信感がつのる。
「私が直接、ブィア鑑別所へ出向きリルを解放する許可をください!」
伝令係をさがらせ、玉座の父上に願いでた。リルを解放するためには、もうそれしか方法がない……そんな気がしていた。
「ダメだ! あのような場所、王太子が行くべきところではない」
「父上?」
父上の態度がなにか変だ? 王太子が行くべきところではない……とは、どういうことだ?
――少しでもリリラフィーラにお心が残っているのなら、修道院へ送っていただきたかった……
――どうか、リル姉様の心が傷つきすぎて死んでしまわないうちに……
バリィ侯爵の言葉が……ライノルトから届いた手紙の一文が……嫌な予感に変わっていく。
「……父上、ブィア鑑別所は罪をつぐなうための再教育と、労働奉仕をさせる場所なのではないのですか?」
「その認識で間違いない」
「ではなぜ、『あのような場所』などという言葉を使われるのか?」
深いため息をついた父上が、じっと私を見つめた。
「……いい、だろう。行くことを許可する。その目でしっかり、リリラフィーラ嬢の現状を見極めてくるがよい」
疲れたように、父上が玉座にもたれかかる。
「ブィア鑑別所は戦時中にできた帝国の恥部だ。私の代であそこを閉鎖し、歴史の闇に葬ってしまいたかった。アルトヴァルツがリリラフィーラ嬢をあそこへ送ってしまうとは、考えもおよばなかった」
「まさか、リルに命の危険が?」
「それはない。大陸戦争は終わった過去の話。拷問のような再教育のやりかたは、ずいぶん前に禁止されている」
父上の口から出た『拷問』の言葉に、背筋に冷たい汗が流れる。
「私には、教えられなかった歴史があると?」
ついっと顔をあげた父上が、首を横に振る。
「この椅子にお前が座るときに知っていればよいこと、伝えるべき時は今ではなかったというだけだ」
「リルは……知っていたのでしょうか……?」
泣き叫び嫌がっていたリル……
――アートどうか、わたくしをそんな恐ろしいところへやらないで!……
私を幼いころの愛称で呼ぶな……と、リルに伝えたのはいつだったか? 特別な感じがして、アディにだけ愛称呼びをしてほしくなった。愚かな私はリルに許していた愛称を禁止したのだ。
リルは寂しそうにしながらも『殿下』と、私の呼びかたを改めていた。そんな理性的な行動をとっていた彼女が、思わず『アート』と、叫んだのだ。
「知っていた。王妃教育ですべて話したと聞いている」
「……そう……ですか……」
リルは拷問の歴史が残る場所に行くのだと、知っていたのか……怖かっただろうな……いや、今も怖がっているかも知れない。はやく迎えに行ってあげたい。
「しかし、リリラフィーラ嬢には、もう心は残していないものと思っておったぞ。断罪し婚約破棄してなお、みずから迎えに行こうと考えるとは。だがな、これ以上騒ぎを大きくするようなら、お前を王太子の座からおろすぞ、心せよ」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。リルに仕掛けられた4大伯爵家の罠を見破ることもできず、私の力になってくれるはずだったバリィ侯爵家をも衰退させてしまった。私の目は完全に雲っておりました」
深々と頭をさげ、父上へ、帝国の王へ謝罪する。
「これからは4大伯爵家がお前の力となる。4家あわせてもバリィ侯爵家より、権力も財力も劣る家門だが、帝国で一番富みと権力を握っているのが王家になったことは喜ばしいことだ。目障りだった侯爵家の力を削いだ点は褒めてやる」
バリィ侯爵家は、王都の邸宅を引き払い領地へ一族で引きこもってしまった。王領との取引は細々とつづいていたが、国政の表舞台に帰ってくるのは難しいだろう……バリィ公爵領からあがっていた税収の大部分が消え、帝国全土から活気も失われた。
リルの冤罪が……私の軽率な行動が……帝国の大貴族、唯一の侯爵家を没落させてしまった。
現在、世界情勢は各国の均衡が取れている。他国との結びつきより、自国の国力強化が課題とされていた。そのため契約にも見える侯爵家令嬢、リリラフィーラ・バリィとの婚約は、すぐ結ばれた。
国力を高める最善の相手でもあった。4大伯爵家も認めていた婚約だった。バリィ侯爵家を没落させて、国力を落とす必要がどこにあったのだろう? 少なくともアカデミー入学前までは、4大伯爵家は正妃の座は望んでおらず、側妃選びに熱心だった。
「鑑別所は他の領にも存在している。なぜブィア鑑別所を選んだのだ?」
父上の言葉に、考えを中断して顔をあげた……なぜだっただろうか? ブィア鑑別所しかない! そう、たしかに強く思った。
「……牢屋などには入れないで……と、アディが望んだことは覚えています。たしかその流れのまま、彼女がブィア鑑別所が……いい、と……」
「……そうか……あそこはフィーリー男爵領にあるからな……ブィア鑑別所でさえなければな……」
頭がガンガンと痛みだす。リルを『悪役令嬢』というものにするだけでなく、ブィア鑑別所行きも、アディに仕組まれたことだったのか?
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