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04 望んだ婚約者と愛妾

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「ふんっ。殿下は残念な記憶の持ち主のようですな。リリラフィーラの歌を気にいったと、ずいぶん駄々をこねられた私の苦労をお忘れとは!」

 バリィ侯爵の軽蔑したような視線が突き刺さる。

 ――ああ、そうだった。なぜ忘れていた? リルの歌を気にいり、私が望んだ婚約だった……政略で結ばれた婚約などではなかった……どうして私は、政略などと思いこんでいた?

「王族も貴族も家同士の結びつき。政略結婚、そんなものに縛られていてかわいそう。好きな人と添いとげられないのは、辛いことだわ。アルト様も苦しかったら私に弱音を吐いてもいいのよ」

 ことあるごとに、そう言っていたアディの庶民のような自由恋愛の思想に憧れを持っていた。出会ったときから……アディの言葉は、ストンッと枠にはまったように、私の意識や行動を縛る。
 愛妾の言葉に踊らされる……ダメな国王の……浮気男……未来の自分の姿が、チラリと脳裏をよぎった。

「リリラフィーラは廃嫡します」
「なに? 廃嫡されるような罪では……」

 アディをいじめたことは腹立たしいが、しかしリルは帝国唯一の侯爵令嬢だ。男爵令嬢のアディが、なにを訴えたとしても、本来なら裁かれることはない。王族の私が介入したからこその断罪だった。

「リルが傲慢な態度を改め、労働奉仕で罪をつぐなえば許される罰だ! 罪人として牢屋に入れられたわけではない。罪を認め反省さえすれば、もとにもどれる」
「もとになど、もどれるわけがないではありませんか! リリラフィーラを裁いた殿下が、そのような甘いお考えだったとは! 私は侯爵領を守らなければいけない。もうお会いすることもないでしょう」

 なんたる傲慢な態度! 生徒代表運営委員によせられたリルがおこした騒動の数々。あの生徒からの大量の訴えの原因をつくったのは、間違いなく侯爵のそだてかたが悪かったからに違いない。
 バリィ侯爵が出ていった執務室の扉を、ギリギリと歯ぎしりしながら睨んだ。

 『高位貴族によるいじめ』と、正式発表されたにもかかわらず、婚約破棄と罪状の発表後、バリィ侯爵家は目に見えて衰退していった。市井ではリルが『ならず者を雇い私の命を狙ったのは、バリィ侯爵の指示だったらしい』などと、根も葉もない噂がとびかっている。
 侯爵家ゆかりの商店での不買運動などもあるらしい。

 そしてアカデミーからリルの1つ下の弟、ライノルト・バリィ侯爵令息が、隣国に留学することを理由に姿を消した。卒業すれば私の側近として、ケイオスとともに私をささえてくれるはずの男だった。私が国王になったあかつきには、ケイオスかライノルトのどちらかが宰相になるだろう……とも、言われていた。
 生徒代表運営委員でも、アディと一緒に姉の騒動の対処に追われていた彼が、私にひとことの断りもなく隣国に留学するとは……なにかが狂いはじめているような……不安が薄布のようにまとわりついて、うまく呼吸ができない……そんな息苦しさを感じる。

 一致団結してリルの問題に立ち向かっていた、私の優秀な側近たちの姿は、今はもう幻だ。
 4大伯爵家、それぞれの家門から選ばれた新たな婚約者候補の後見となり、足の引っぱりあいを繰り返している。

「結婚式はいつするの?」

 アカデミー卒業後、王宮の離宮に移り住んだアディの言動も、私の悩みのひとつとなっていた。愛妾になることを了承したはずなのに、彼女は愛妾の立場を理解していないのか? 妃になることを望みだしたのか?

「結婚式はこれから決まる、新たな私の婚約者とあげる。アディは私の愛妾になったじゃないか。愛妾とは、式はあげないものだよ」
「え? アルト、私は盛大な結婚式をしなくてはいけないの。ヒロインのハッピーエンドは愛される花嫁になることなのだから……」
「ヒロイン? ハッピーエンド? また聞きなれない単語がとびだしたね」

 くすくす笑う私とは反対に、アディの顔色はどんどん青白くなっていった。

「結婚式は無理だけれど、愛しているよ」
「そんなんじゃダメよ! だって、帰れない!」
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