上 下
7 / 12

俺にくれ

しおりを挟む
スッキリとした気分で会社を後にした美保は近くの公園のベンチに座って大きく深呼吸をした。

死神のおかげで湿ったれていた気分もいつの間にか消えている。
「ありがとうね、笑わせてくれて」

隣に座る死神へお礼を言う日が来るなんて思ってもいなかった。
「面白かったのはあいつのパンツだな」

死神は裕之のパンツ姿を何度も大鎌に映し出して眺めている。
「その映像は永久保存ものだね」

「もちろん。後世大切にする」
と、大真面目に頷くものだからまた笑ってしまった。

「でもどうしようかな。復讐も終わっちゃったし、あと2日なにをすればいいんだろう」
恋愛も、それに関する復讐も終わった。


心の中はスッキリと晴れ渡り、今こそ連れて行ってもらってもいい気分だ。
きっと後悔はしない。

「それなら。明日と明後日は俺にくれないか」
不意に言われて美保は死神を見つめた。

その表情は真剣そのものだから、きっと本気で言っているんだろう。
「いいよ。私がこんなに清々しい気持ちになれたのは死神のおかげだもんね」

残り二日間を死神にあげたって、悔いはない。
「よし、そうと決まったら今から行動だ」

「え、今から?」

残り2日といじゃなかったのかとツッコミたくなるけれど、この際細かなことは気にしないことにした。

死神のやりたいようにやらせてあげよう。
「さぁ、行くぞ」

立ち上がった死神が手を差し出してくる。
美保はそれを握りしめて立ち上がった。

これからどこへ行くのかな。
そういう質問もなしにして、とにかく楽しもう。


☆☆☆

会社を早退した美保が死神に連れてこられたのは夜の観覧車だった。
有名な観光地で近くには海もある。

観覧車に揺らながら美保はまばたきをして前の席に座る死神を見つめた。
「おぉ、これが夜の観覧車か」

死神は窓にへばりつくようにして夜景を眺めていて、その姿はまるで子供そのものだ。
「もしかして、これに乗ってみたかったの?」

「あぁ。死神は死なないがターゲットと共にいないといけないから、自由に動くことができないんだ」
その説明になんとなく納得してしまう。

興味があること、やってみたことはあっても自分で動くことはできずにいた。
だけど観覧車などの情報だけは入ってきていたんだろう。


死神に提案されてここまで来たけれどもちろん交通料金や観覧車にかかる料金は一人分。
それにあと2日で死んでしまう美保にとってお金なんて固執する必要のないものだった。

更に地味で目立たない美保には友人と遊ぶ習慣も派手な買い物をする趣味もなく、お金だけは有り余っていた。

死神に提案されなければ数日間豪遊するということを考え付きもしなかっただろう。
「夜景、確かにキレイだね」

前の席で子供みたいに観覧車の窓から景色を見下ろす死神へ向けてつぶやく。

ゴンドラはほとんど頂上まで来ていて、そこから街を見下ろすとどれもがとても小さくてどうでもいいようなことに感じられる。

自分が経験しているこの不思議な出来事もきっと、他の人からしたら取るに足らないことなんだろう。
「あぁ、キレイだな」

死神はジッと夜景から視線を離さずにそう答えたのだった。


☆☆☆

大きな観覧車で夜景が見たい。
そう提案した死神が次に美保を誘ったのは夜の遊覧船だった。

ただの遊覧船ではなく、船の上でご飯を食べることができるらしい。

テレビや雑誌で見たことがあるくらいで、実際に乗船してみるのは美保にとっても初めての経験で、さすがに少しだけ緊張した。

「1人ですか?」
切符売り場のお兄さんにそう聞かれて美保はおずおずと頷く。

本当はふたりいるけれどひとりだと伝えることにまだ少し抵抗があった。
なんだか悪いことをしているような気分になる。

一人分のお金を支払って遊覧船を待っている人たちの列にならぶ。
「料理、私だけ食べていいのかな」

美保には死神の姿が見えているので、目の前でひとりだけ食事をするのもなんだか居心地が悪い気がする。

だけど死神はそんなこと気にしている様子は全くなくて、自分たちの乗船する番を今か今かと待っていたのだった。


☆☆☆

港の内側をゆらゆらと漂う遊覧船の中には大きなテーブル席がいくつもあって、美保はふたり用の席へ通された。

席といっても椅子はなくて、座敷のようになっている。
人が歩くたびに船がゆらゆらと揺れて、まるでアトラクションに乗っているような気分になってくる。

それから運ばれてきた料理は刺し身や焼き魚など、海鮮ものがメーンになっていた。
「うわぁ。美味しそう」

ここの港で取れた新鮮な魚を口に運ぶとほっぺたが落ちてしまいそうになる。
しっかりと油の乗った魚はどれも美味しくて口の中でトロけて行った。

「うん。確かにうまいな」
見ると美保の横で死神がモグモグと口を動かしている。


え、食べてるの!?
と思ったが右手を伸ばして刺し身を掴むと、そのまま口に入れてしまった。

美保が思わず声を上げてしまいそうになるのを見て死神が「しー」と、人差し指を口の前で立てた。

「他の人から見たら刺し身が勝手に空中に浮いて途中で消えているように見える。声をあげて注目されない方がいい」

なるほどと、妙に納得してしまった。
でも、こうして食べることもできるんだ。

「今まで食事はどうしてたの?」
死神と出会ってから、美保の前で食事をしている姿を見たことがなかった。

もしかしてひとりでいるときになにか食べていたんだろうか。
「俺は食事は必要としない。今回は興味があったからだ」

そう言ってまた刺し身を口に運んでモグモグやっている。


その様子を見ていると昼間の出来事なんかもどうでもよくなってくる。
一美と裕之にやられたこともそれに対する復讐も、ほんとうにちっぽけなものだった。

「これを下りたらあのホテルに泊まろう」
不意に死神が指差したのはここらへんでは一番高級だと言われているホテルだ。

あんなホテル一生縁がないと思っていた。
だけどここまで来たんだ。

行ってやろうじゃん。
美保は「もちろん。いいよ」と、頷いたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

JC💋フェラ

山葵あいす
恋愛
森野 稚菜(もりの わかな)は、中学2年生になる14歳の女の子だ。家では姉夫婦が一緒に暮らしており、稚菜に甘い義兄の真雄(まさお)は、いつも彼女におねだりされるままお小遣いを渡していたのだが……

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

処理中です...