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俺にくれ
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スッキリとした気分で会社を後にした美保は近くの公園のベンチに座って大きく深呼吸をした。
死神のおかげで湿ったれていた気分もいつの間にか消えている。
「ありがとうね、笑わせてくれて」
隣に座る死神へお礼を言う日が来るなんて思ってもいなかった。
「面白かったのはあいつのパンツだな」
死神は裕之のパンツ姿を何度も大鎌に映し出して眺めている。
「その映像は永久保存ものだね」
「もちろん。後世大切にする」
と、大真面目に頷くものだからまた笑ってしまった。
「でもどうしようかな。復讐も終わっちゃったし、あと2日なにをすればいいんだろう」
恋愛も、それに関する復讐も終わった。
心の中はスッキリと晴れ渡り、今こそ連れて行ってもらってもいい気分だ。
きっと後悔はしない。
「それなら。明日と明後日は俺にくれないか」
不意に言われて美保は死神を見つめた。
その表情は真剣そのものだから、きっと本気で言っているんだろう。
「いいよ。私がこんなに清々しい気持ちになれたのは死神のおかげだもんね」
残り二日間を死神にあげたって、悔いはない。
「よし、そうと決まったら今から行動だ」
「え、今から?」
残り2日といじゃなかったのかとツッコミたくなるけれど、この際細かなことは気にしないことにした。
死神のやりたいようにやらせてあげよう。
「さぁ、行くぞ」
立ち上がった死神が手を差し出してくる。
美保はそれを握りしめて立ち上がった。
これからどこへ行くのかな。
そういう質問もなしにして、とにかく楽しもう。
☆☆☆
会社を早退した美保が死神に連れてこられたのは夜の観覧車だった。
有名な観光地で近くには海もある。
観覧車に揺らながら美保はまばたきをして前の席に座る死神を見つめた。
「おぉ、これが夜の観覧車か」
死神は窓にへばりつくようにして夜景を眺めていて、その姿はまるで子供そのものだ。
「もしかして、これに乗ってみたかったの?」
「あぁ。死神は死なないがターゲットと共にいないといけないから、自由に動くことができないんだ」
その説明になんとなく納得してしまう。
興味があること、やってみたことはあっても自分で動くことはできずにいた。
だけど観覧車などの情報だけは入ってきていたんだろう。
死神に提案されてここまで来たけれどもちろん交通料金や観覧車にかかる料金は一人分。
それにあと2日で死んでしまう美保にとってお金なんて固執する必要のないものだった。
更に地味で目立たない美保には友人と遊ぶ習慣も派手な買い物をする趣味もなく、お金だけは有り余っていた。
死神に提案されなければ数日間豪遊するということを考え付きもしなかっただろう。
「夜景、確かにキレイだね」
前の席で子供みたいに観覧車の窓から景色を見下ろす死神へ向けてつぶやく。
ゴンドラはほとんど頂上まで来ていて、そこから街を見下ろすとどれもがとても小さくてどうでもいいようなことに感じられる。
自分が経験しているこの不思議な出来事もきっと、他の人からしたら取るに足らないことなんだろう。
「あぁ、キレイだな」
死神はジッと夜景から視線を離さずにそう答えたのだった。
☆☆☆
大きな観覧車で夜景が見たい。
そう提案した死神が次に美保を誘ったのは夜の遊覧船だった。
ただの遊覧船ではなく、船の上でご飯を食べることができるらしい。
テレビや雑誌で見たことがあるくらいで、実際に乗船してみるのは美保にとっても初めての経験で、さすがに少しだけ緊張した。
「1人ですか?」
切符売り場のお兄さんにそう聞かれて美保はおずおずと頷く。
本当はふたりいるけれどひとりだと伝えることにまだ少し抵抗があった。
なんだか悪いことをしているような気分になる。
一人分のお金を支払って遊覧船を待っている人たちの列にならぶ。
「料理、私だけ食べていいのかな」
美保には死神の姿が見えているので、目の前でひとりだけ食事をするのもなんだか居心地が悪い気がする。
だけど死神はそんなこと気にしている様子は全くなくて、自分たちの乗船する番を今か今かと待っていたのだった。
☆☆☆
港の内側をゆらゆらと漂う遊覧船の中には大きなテーブル席がいくつもあって、美保はふたり用の席へ通された。
席といっても椅子はなくて、座敷のようになっている。
人が歩くたびに船がゆらゆらと揺れて、まるでアトラクションに乗っているような気分になってくる。
それから運ばれてきた料理は刺し身や焼き魚など、海鮮ものがメーンになっていた。
「うわぁ。美味しそう」
ここの港で取れた新鮮な魚を口に運ぶとほっぺたが落ちてしまいそうになる。
しっかりと油の乗った魚はどれも美味しくて口の中でトロけて行った。
「うん。確かにうまいな」
見ると美保の横で死神がモグモグと口を動かしている。
え、食べてるの!?
と思ったが右手を伸ばして刺し身を掴むと、そのまま口に入れてしまった。
美保が思わず声を上げてしまいそうになるのを見て死神が「しー」と、人差し指を口の前で立てた。
「他の人から見たら刺し身が勝手に空中に浮いて途中で消えているように見える。声をあげて注目されない方がいい」
なるほどと、妙に納得してしまった。
でも、こうして食べることもできるんだ。
「今まで食事はどうしてたの?」
死神と出会ってから、美保の前で食事をしている姿を見たことがなかった。
もしかしてひとりでいるときになにか食べていたんだろうか。
「俺は食事は必要としない。今回は興味があったからだ」
そう言ってまた刺し身を口に運んでモグモグやっている。
その様子を見ていると昼間の出来事なんかもどうでもよくなってくる。
一美と裕之にやられたこともそれに対する復讐も、ほんとうにちっぽけなものだった。
「これを下りたらあのホテルに泊まろう」
不意に死神が指差したのはここらへんでは一番高級だと言われているホテルだ。
あんなホテル一生縁がないと思っていた。
だけどここまで来たんだ。
行ってやろうじゃん。
美保は「もちろん。いいよ」と、頷いたのだった。
死神のおかげで湿ったれていた気分もいつの間にか消えている。
「ありがとうね、笑わせてくれて」
隣に座る死神へお礼を言う日が来るなんて思ってもいなかった。
「面白かったのはあいつのパンツだな」
死神は裕之のパンツ姿を何度も大鎌に映し出して眺めている。
「その映像は永久保存ものだね」
「もちろん。後世大切にする」
と、大真面目に頷くものだからまた笑ってしまった。
「でもどうしようかな。復讐も終わっちゃったし、あと2日なにをすればいいんだろう」
恋愛も、それに関する復讐も終わった。
心の中はスッキリと晴れ渡り、今こそ連れて行ってもらってもいい気分だ。
きっと後悔はしない。
「それなら。明日と明後日は俺にくれないか」
不意に言われて美保は死神を見つめた。
その表情は真剣そのものだから、きっと本気で言っているんだろう。
「いいよ。私がこんなに清々しい気持ちになれたのは死神のおかげだもんね」
残り二日間を死神にあげたって、悔いはない。
「よし、そうと決まったら今から行動だ」
「え、今から?」
残り2日といじゃなかったのかとツッコミたくなるけれど、この際細かなことは気にしないことにした。
死神のやりたいようにやらせてあげよう。
「さぁ、行くぞ」
立ち上がった死神が手を差し出してくる。
美保はそれを握りしめて立ち上がった。
これからどこへ行くのかな。
そういう質問もなしにして、とにかく楽しもう。
☆☆☆
会社を早退した美保が死神に連れてこられたのは夜の観覧車だった。
有名な観光地で近くには海もある。
観覧車に揺らながら美保はまばたきをして前の席に座る死神を見つめた。
「おぉ、これが夜の観覧車か」
死神は窓にへばりつくようにして夜景を眺めていて、その姿はまるで子供そのものだ。
「もしかして、これに乗ってみたかったの?」
「あぁ。死神は死なないがターゲットと共にいないといけないから、自由に動くことができないんだ」
その説明になんとなく納得してしまう。
興味があること、やってみたことはあっても自分で動くことはできずにいた。
だけど観覧車などの情報だけは入ってきていたんだろう。
死神に提案されてここまで来たけれどもちろん交通料金や観覧車にかかる料金は一人分。
それにあと2日で死んでしまう美保にとってお金なんて固執する必要のないものだった。
更に地味で目立たない美保には友人と遊ぶ習慣も派手な買い物をする趣味もなく、お金だけは有り余っていた。
死神に提案されなければ数日間豪遊するということを考え付きもしなかっただろう。
「夜景、確かにキレイだね」
前の席で子供みたいに観覧車の窓から景色を見下ろす死神へ向けてつぶやく。
ゴンドラはほとんど頂上まで来ていて、そこから街を見下ろすとどれもがとても小さくてどうでもいいようなことに感じられる。
自分が経験しているこの不思議な出来事もきっと、他の人からしたら取るに足らないことなんだろう。
「あぁ、キレイだな」
死神はジッと夜景から視線を離さずにそう答えたのだった。
☆☆☆
大きな観覧車で夜景が見たい。
そう提案した死神が次に美保を誘ったのは夜の遊覧船だった。
ただの遊覧船ではなく、船の上でご飯を食べることができるらしい。
テレビや雑誌で見たことがあるくらいで、実際に乗船してみるのは美保にとっても初めての経験で、さすがに少しだけ緊張した。
「1人ですか?」
切符売り場のお兄さんにそう聞かれて美保はおずおずと頷く。
本当はふたりいるけれどひとりだと伝えることにまだ少し抵抗があった。
なんだか悪いことをしているような気分になる。
一人分のお金を支払って遊覧船を待っている人たちの列にならぶ。
「料理、私だけ食べていいのかな」
美保には死神の姿が見えているので、目の前でひとりだけ食事をするのもなんだか居心地が悪い気がする。
だけど死神はそんなこと気にしている様子は全くなくて、自分たちの乗船する番を今か今かと待っていたのだった。
☆☆☆
港の内側をゆらゆらと漂う遊覧船の中には大きなテーブル席がいくつもあって、美保はふたり用の席へ通された。
席といっても椅子はなくて、座敷のようになっている。
人が歩くたびに船がゆらゆらと揺れて、まるでアトラクションに乗っているような気分になってくる。
それから運ばれてきた料理は刺し身や焼き魚など、海鮮ものがメーンになっていた。
「うわぁ。美味しそう」
ここの港で取れた新鮮な魚を口に運ぶとほっぺたが落ちてしまいそうになる。
しっかりと油の乗った魚はどれも美味しくて口の中でトロけて行った。
「うん。確かにうまいな」
見ると美保の横で死神がモグモグと口を動かしている。
え、食べてるの!?
と思ったが右手を伸ばして刺し身を掴むと、そのまま口に入れてしまった。
美保が思わず声を上げてしまいそうになるのを見て死神が「しー」と、人差し指を口の前で立てた。
「他の人から見たら刺し身が勝手に空中に浮いて途中で消えているように見える。声をあげて注目されない方がいい」
なるほどと、妙に納得してしまった。
でも、こうして食べることもできるんだ。
「今まで食事はどうしてたの?」
死神と出会ってから、美保の前で食事をしている姿を見たことがなかった。
もしかしてひとりでいるときになにか食べていたんだろうか。
「俺は食事は必要としない。今回は興味があったからだ」
そう言ってまた刺し身を口に運んでモグモグやっている。
その様子を見ていると昼間の出来事なんかもどうでもよくなってくる。
一美と裕之にやられたこともそれに対する復讐も、ほんとうにちっぽけなものだった。
「これを下りたらあのホテルに泊まろう」
不意に死神が指差したのはここらへんでは一番高級だと言われているホテルだ。
あんなホテル一生縁がないと思っていた。
だけどここまで来たんだ。
行ってやろうじゃん。
美保は「もちろん。いいよ」と、頷いたのだった。
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