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返事が来る
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翌日は友梨奈からの連絡はこなかったが、遊びに行くような気にもなれず、絵里香は1日中家でゴロゴロしていた。
「なにもすることがないなら遊びに行けばいいのに」
リビングでテレビを見ているとお母さんにそんな小言を言われたけれど、反論する気にもなれなかった。
「ちょっと絵里香、聞いてるの?」
「え?」
ふと我に返ってみると、テレビは政治ニュースに切り替わっていた。
絵里香が普段見ない番組だ。
「さっきからぼーっとしてどうしたの? もしかして体調でも悪い?」
心配そうに絵里香の額に当ててくるてはヒヤリと冷たくて心地いい。
「なんでもないから、大丈夫だよ」
絵里香は心配かけたくなくて無理に微笑んだ。
心の中にはずっと友梨奈の存在が気にかかっていて、とても笑えるような状態ではなかったけれど。
「本当に? なにもないなら、それでいいけれど」
娘の異変を感じ取ったお母さんが、首を傾げながら呟いたのだった。
☆☆☆
学校のない休日はすぐに終わって、また一週間が始まった。
もうすぐ6月に入って雨が多くなる季節になる。
空は黒く重たい雲が増えてくるだろう。
絵里香の気持ちは一足先にそんな重たい雨雲のような気持ちだった。
「早希、おはよう」
教室へ入って早希の顔を見るとホッと息を吐き出す。
「今日は友梨奈からなにも言われてない?」
「うん。今日はまだ。昨日もなにもなかったよ」
「そっか」
毎日耐えずに連絡してくるわけじゃないので、ひとまずは休息期間といったところか。
それでも絵里香と早希の間に会話は少なかった。
ふたりの脳裏には常に友梨奈という少女がいて、その恐怖に怯えていなければいけない。
そしてその日の昼休憩時間、ついに友梨奈から連絡があった。
《友梨奈さま:猪崎先生の靴を隠せ》
その命令に早希が絶句する。
「猪崎先生って、今年入ってきたばかりの先生だよね?」
「うん」
絵里香の質問に早希は小さく返事をした。
猪崎先生は気弱そうな男性教師で、理科を担当している。
授業はわかりやすく、生徒たちにも馴染んできたところだった。
それなのに靴を隠すようなことをしたら、学校に来づらくなるかもしれない。
「これって先生イジメをしろってこと?」
「そ、そこまでのことは書いてないよ」
早希がブンブンと左右に首を振って否定する。
だけど、やることはイジメと同じことだ。
それに、猪崎先生への命令がこれだけで終わるともわからない。
どうすればいいのだろうかと考え込んでいると、教室のドアが叩かれた。
視線を向けてみると、そこには笑顔の詩乃と直斗のふたりが立っている。
いつの間に来たんだろう。
「ふたりがいる。どうする?」
絵里香が早希の耳に顔を寄せてささやく。
「と、とにかく行くしかないよ」
やりたくないことでもやらないといけない。
早希は拳を握りしめて立ち上がったのだった。
☆☆☆
教室を出て歩き始めると後ろを詩乃と直斗のふたりがついてきた。
一定の距離を開けて、決して声はかけてこない。
だけどしっかりと監視されていることがわかる距離感だ。
「あのふたりは友梨奈の洗脳されてる。この前のあれ、どう考えてもおかしいよ」
チョコレートをもらって感動の涙を流していた光景を思い出して絵里香は呟いた。
何日間もなにも食べていなくて、ひさしぶりにチョコレートを食べたのなら涙も出るかもしれない。
だけどそうじゃなかった。
詩乃も直斗も、友梨奈からもらったチョコレートを食べることもせず、ただただ感動していた。
「わかってる」
早希は前を向いて歩きながら答えた。
そのまま職員用の下駄箱へやってくる。
ここも生徒用の下駄箱と同じで蓋付きのものが並んでいる。
下駄箱の蓋には先生の名前が書かれていて、その中ですぐに猪崎という名字を見つけることができた。
昼休憩中の今はみんな教室で給食を食べているから、廊下に出てきている生徒の数は少ない。
友梨奈はそのタミングで命令を送りつけているのだろう。
早希が右手を伸ばして猪崎の下駄箱を開けた。
中にはまだ真新しく見える茶色の革靴が入っている。
サイズはとても大きくて早希が手に持つとずっしりと重たく感じられた。
「先生は毎日これをはいて学校に来てるんだよね。きっと、1日の授業のこととか、生徒のこととか、考えながら」
早希がジッと革靴を見つめて言った。
絵里香も猪崎先生の顔を思い出していた。
気弱そうだけど笑ったら少年みたいで可愛らしい。
わかりやすい授業のため、生徒たちからも信頼を集め初めているころだ。
きっと、先生にとっても今が一番大切な時期。
そう思うと胸がチクリと痛む。
こんなことしたくない。
しちゃダメだと、心の中の自分がストップをかけてくる。
早希の手も微かに震えている。
「ここならきっと、見つけやすいから」
早希が手を伸ばしてロッカーの上に靴を置いた。
そこならたしかに見つけやすいだろう。
先生も、ちょっとしたいたずらだと感じて深く傷つくことはないかもしれない。
でも……。
絵里香は監視役の詩乃と直斗に視線を向けた。
ふたりはなにやらおしゃべりをしていて、こちらを見ていない。
これはチャンスだ!
絵里香と早希はそのすき職員用下駄箱から逃げ出したのだった。
☆☆☆
下駄箱から遠ざかったふたりは多目的トイレに駆け込んでいた。
ここなら詩乃も直斗も追いかけてこないだろう。
ドアの鍵をかけてホッと胸をなでおろす。
「私、最低なことしちゃった……」
早希が両手で顔を覆う。
「仕方ないことだったんだよ。友梨奈からの命令を無視したらどうなるか、わかってるでしょう?」
「でも……」
自分の病気を戻されるだけならまだしも、他の病気を移動させられてしまうかもしれない。
それが直斗の持っていた病気だったらどうなる?
早希はずっと入院したままで、もう二度と学校には戻って来れないかもしれないんだ。
絶対にそんなことにはさせたくなかった。
「私、学校に来る度に万引きしたり、先生の靴を隠したりしなきゃいけないのかな。こんなことするくらいなら、学校なんてこなくていいよ!」
「早希……」
顔を覆った指の隙間から涙がこぼれだす。
早希は何度も子供みたいにしゃくりあげて泣いた。
どうすることもできない。
早希に寄り添っていることしかできない。
そんな自分が不甲斐なかった。
早希の背中をさすって泣き止むのを待っていたとき、早希のスマホが震えた。
それに気がついた瞬間、早希が手から顔を上げて絵里香を見つめた。
「とにかく、確認してみなきゃ」
また友梨奈からのメッセージかもしれない。
そんな恐怖心が湧き上がる中、早希がスカートからスマホを取り出した。
「ダメ。見れない」
早希が絵里香にスマホを押し付けるようにして目をそらす。
絵里香が変わりにスマホ画面を確認した。
そこには以外な人物からの返信が来ていた。
「早希! これ、前に私達から連絡を取った人からの返事だよ!」
「え?」
「ほら、SNSの書き込みに連絡したじゃん!」
絵里香の言葉に早希が思い出したように何度も頷く。
唯一、屋上の女子生徒について悪魔だと書き込んでいた、あの相手だ。
ダイレクトメールを送ってみても返事がなかったから、すっかり忘れていた!
さっそく内容を確認してみると《友梨奈のせいで学校に行けなくなった女子生徒がいる》と、短く書かれていた。
「この人の知り合いが友梨奈の被害者なんだ!」
早希がスマホを握りしめる手に力を込める。
やっぱり被害者は自分たちだけではなかったんだ。
そう思うと途端に心強さを感じられる。
早希と絵里香は放課後相手を会う約束を取り付けた。
この人からなにか情報を聞き出すことができれば、今の状態から抜け出すこともできるかもしれない。
☆☆☆
連絡を取り合った感覚でいうと自分たちよりも少し年上な気がしていたが、待ち合わせ場所の公園にいたのは絵里香たちと同年代の少女だった。
私服姿の少女の顔は青ざめていて、心配になるくらいに細い。
「はじめまして。連絡をした高野早希です」
「早希の友達の永山絵里香です」
少女はふたりの自己紹介に黙って頷いた。
後ろにある木製のベンチに座ると「私は花蓮。名前と見た目が全然違うから笑っちゃうでしょう?」
花蓮と名乗った少女は笑う。
だけど絵里香も早希も笑わなかった。
ふたりは花蓮を真ん中にしてベンチに座った。
「連絡返してくれてありがとう。同い年くらいでいいんだよね?」
「うん。私も中学2年生だよ。今は学校に行ってないけど」
絵里香からの質問に花蓮はまた自虐的な笑みを浮かべて答えた。
もしやと思っていた質問を、早希が続ける。
「学校に来てないって、もしかして病気?」
見るからに病的な外見をしているから、そうなのかもしれないと感じていたのだ。
花蓮は頷いて「見ての通り」と、答えた。
「それじゃあメッセージで行ってた学校に来れなくなった子っていうのは?」
「それも、私のこと」
ということは、花蓮本人が友梨奈の被害者ということになる。
花蓮は1度病気を治してもらって、だけどまた病気を戻されたんだろう。
そして学校にはこられなくなった。
「私、元々ラダが弱かったの。季節の変わり目には必ず風邪をひくし、流行っている病気にはことごとくかかるし。そんなんだから1年生の終わり頃に大きな病気にかかっちゃったんだよね」
花蓮は空を見上げて話し始めた。
最初はただの風邪だったけれどなかなか治らなくて、そのまま肺炎になってしまった。
最初は数日間の入院で治る予定がうまくいかず、治療は長引いていったという。
「それ、私と同じ……」
早希が眉を寄せて呟いた。
つい忘れてしまいそうに鳴るけえれど、早希の病気も風邪をこじらせての肺炎だった。
「友梨奈と出会ったのは?」
絵里香が先を促す。
「ただの偶然。私は屋上の女子生徒の噂なんて知らなかった。ただ、1度退院できたときに屋上の空気を吸いに行っただけ」
そこで友梨奈に出会ったらしい。
そこには友梨奈以外にも詩乃と直斗がいて、顔色の悪い花蓮に彼らの方から近づいて行った。
「それで言われたんだよね。病気を治してあげるって。そんなことできるわけ無いと思ってたから『じゃあ、やってみて』って、言っちゃったんだ」
誰だって手を握るだけで病気が治るなんて信じない。
だからきっと、軽い気持ちだったんだろう。
「そうしたら本当に楽になって、お医者さんに行って診てもらっても治ってるって言われて、次の日から毎日学校へ行くことができるようになった」
そして待っていたのは友梨奈からの命令だった。
「最初はジュース買ってこいとか、その程度だったんだよ? それがいつの間にか誰かをイジメろとか、物を隠せとかに変わってきて、どんどん自分の心がすさんでいった。こんなことをして健康を手に入れるなんて馬鹿げてる。そう思って友梨奈に抗議したの。そうしたら、また病気を戻されて、今はこんな感じ」
花蓮は自分の痩せた体を見下ろして、また笑ってみせた。
笑うことで自分のことを受け入れていっているように見えた。
「学校には来れないの?」
絵里香からの質問に花蓮は肩をすくめた。
「病気は良くなったんだけどね、学校に行くと友梨奈がいるでしょう? だから行けない」
友梨奈に会うとまたなにかがあるかもしれない。
もしかしたら、病気が辛くて自分から友梨奈を頼ってしまうかもしれない。
だから行くことができないのだと、花蓮は言った。
「だけど勉強はしてるから、高校には行くつもり。どこか、遠くの高校だけどね」
「そうなんだ……」
絵里香がなにも言えずにいると、早希が身を乗り出した。
「友梨奈には感謝してる?」
その質問に花蓮はハッキリと左右に首を振った。
「一時は感謝してた。友梨奈は神様なんじゃないかとも思った。だけど違う。あいつは悪魔だよ。人の弱みにつけ込む悪魔。その悪魔に魅入られたのが詩乃と直斗だと思う」
とにかく友梨奈からはできるだけ早く離れたほうがいい。
そうしないと自分まで友梨奈に取り込まれてしまって、詩乃たちのようになる。
花蓮は最後にそう忠告したのだった。
「なにもすることがないなら遊びに行けばいいのに」
リビングでテレビを見ているとお母さんにそんな小言を言われたけれど、反論する気にもなれなかった。
「ちょっと絵里香、聞いてるの?」
「え?」
ふと我に返ってみると、テレビは政治ニュースに切り替わっていた。
絵里香が普段見ない番組だ。
「さっきからぼーっとしてどうしたの? もしかして体調でも悪い?」
心配そうに絵里香の額に当ててくるてはヒヤリと冷たくて心地いい。
「なんでもないから、大丈夫だよ」
絵里香は心配かけたくなくて無理に微笑んだ。
心の中にはずっと友梨奈の存在が気にかかっていて、とても笑えるような状態ではなかったけれど。
「本当に? なにもないなら、それでいいけれど」
娘の異変を感じ取ったお母さんが、首を傾げながら呟いたのだった。
☆☆☆
学校のない休日はすぐに終わって、また一週間が始まった。
もうすぐ6月に入って雨が多くなる季節になる。
空は黒く重たい雲が増えてくるだろう。
絵里香の気持ちは一足先にそんな重たい雨雲のような気持ちだった。
「早希、おはよう」
教室へ入って早希の顔を見るとホッと息を吐き出す。
「今日は友梨奈からなにも言われてない?」
「うん。今日はまだ。昨日もなにもなかったよ」
「そっか」
毎日耐えずに連絡してくるわけじゃないので、ひとまずは休息期間といったところか。
それでも絵里香と早希の間に会話は少なかった。
ふたりの脳裏には常に友梨奈という少女がいて、その恐怖に怯えていなければいけない。
そしてその日の昼休憩時間、ついに友梨奈から連絡があった。
《友梨奈さま:猪崎先生の靴を隠せ》
その命令に早希が絶句する。
「猪崎先生って、今年入ってきたばかりの先生だよね?」
「うん」
絵里香の質問に早希は小さく返事をした。
猪崎先生は気弱そうな男性教師で、理科を担当している。
授業はわかりやすく、生徒たちにも馴染んできたところだった。
それなのに靴を隠すようなことをしたら、学校に来づらくなるかもしれない。
「これって先生イジメをしろってこと?」
「そ、そこまでのことは書いてないよ」
早希がブンブンと左右に首を振って否定する。
だけど、やることはイジメと同じことだ。
それに、猪崎先生への命令がこれだけで終わるともわからない。
どうすればいいのだろうかと考え込んでいると、教室のドアが叩かれた。
視線を向けてみると、そこには笑顔の詩乃と直斗のふたりが立っている。
いつの間に来たんだろう。
「ふたりがいる。どうする?」
絵里香が早希の耳に顔を寄せてささやく。
「と、とにかく行くしかないよ」
やりたくないことでもやらないといけない。
早希は拳を握りしめて立ち上がったのだった。
☆☆☆
教室を出て歩き始めると後ろを詩乃と直斗のふたりがついてきた。
一定の距離を開けて、決して声はかけてこない。
だけどしっかりと監視されていることがわかる距離感だ。
「あのふたりは友梨奈の洗脳されてる。この前のあれ、どう考えてもおかしいよ」
チョコレートをもらって感動の涙を流していた光景を思い出して絵里香は呟いた。
何日間もなにも食べていなくて、ひさしぶりにチョコレートを食べたのなら涙も出るかもしれない。
だけどそうじゃなかった。
詩乃も直斗も、友梨奈からもらったチョコレートを食べることもせず、ただただ感動していた。
「わかってる」
早希は前を向いて歩きながら答えた。
そのまま職員用の下駄箱へやってくる。
ここも生徒用の下駄箱と同じで蓋付きのものが並んでいる。
下駄箱の蓋には先生の名前が書かれていて、その中ですぐに猪崎という名字を見つけることができた。
昼休憩中の今はみんな教室で給食を食べているから、廊下に出てきている生徒の数は少ない。
友梨奈はそのタミングで命令を送りつけているのだろう。
早希が右手を伸ばして猪崎の下駄箱を開けた。
中にはまだ真新しく見える茶色の革靴が入っている。
サイズはとても大きくて早希が手に持つとずっしりと重たく感じられた。
「先生は毎日これをはいて学校に来てるんだよね。きっと、1日の授業のこととか、生徒のこととか、考えながら」
早希がジッと革靴を見つめて言った。
絵里香も猪崎先生の顔を思い出していた。
気弱そうだけど笑ったら少年みたいで可愛らしい。
わかりやすい授業のため、生徒たちからも信頼を集め初めているころだ。
きっと、先生にとっても今が一番大切な時期。
そう思うと胸がチクリと痛む。
こんなことしたくない。
しちゃダメだと、心の中の自分がストップをかけてくる。
早希の手も微かに震えている。
「ここならきっと、見つけやすいから」
早希が手を伸ばしてロッカーの上に靴を置いた。
そこならたしかに見つけやすいだろう。
先生も、ちょっとしたいたずらだと感じて深く傷つくことはないかもしれない。
でも……。
絵里香は監視役の詩乃と直斗に視線を向けた。
ふたりはなにやらおしゃべりをしていて、こちらを見ていない。
これはチャンスだ!
絵里香と早希はそのすき職員用下駄箱から逃げ出したのだった。
☆☆☆
下駄箱から遠ざかったふたりは多目的トイレに駆け込んでいた。
ここなら詩乃も直斗も追いかけてこないだろう。
ドアの鍵をかけてホッと胸をなでおろす。
「私、最低なことしちゃった……」
早希が両手で顔を覆う。
「仕方ないことだったんだよ。友梨奈からの命令を無視したらどうなるか、わかってるでしょう?」
「でも……」
自分の病気を戻されるだけならまだしも、他の病気を移動させられてしまうかもしれない。
それが直斗の持っていた病気だったらどうなる?
早希はずっと入院したままで、もう二度と学校には戻って来れないかもしれないんだ。
絶対にそんなことにはさせたくなかった。
「私、学校に来る度に万引きしたり、先生の靴を隠したりしなきゃいけないのかな。こんなことするくらいなら、学校なんてこなくていいよ!」
「早希……」
顔を覆った指の隙間から涙がこぼれだす。
早希は何度も子供みたいにしゃくりあげて泣いた。
どうすることもできない。
早希に寄り添っていることしかできない。
そんな自分が不甲斐なかった。
早希の背中をさすって泣き止むのを待っていたとき、早希のスマホが震えた。
それに気がついた瞬間、早希が手から顔を上げて絵里香を見つめた。
「とにかく、確認してみなきゃ」
また友梨奈からのメッセージかもしれない。
そんな恐怖心が湧き上がる中、早希がスカートからスマホを取り出した。
「ダメ。見れない」
早希が絵里香にスマホを押し付けるようにして目をそらす。
絵里香が変わりにスマホ画面を確認した。
そこには以外な人物からの返信が来ていた。
「早希! これ、前に私達から連絡を取った人からの返事だよ!」
「え?」
「ほら、SNSの書き込みに連絡したじゃん!」
絵里香の言葉に早希が思い出したように何度も頷く。
唯一、屋上の女子生徒について悪魔だと書き込んでいた、あの相手だ。
ダイレクトメールを送ってみても返事がなかったから、すっかり忘れていた!
さっそく内容を確認してみると《友梨奈のせいで学校に行けなくなった女子生徒がいる》と、短く書かれていた。
「この人の知り合いが友梨奈の被害者なんだ!」
早希がスマホを握りしめる手に力を込める。
やっぱり被害者は自分たちだけではなかったんだ。
そう思うと途端に心強さを感じられる。
早希と絵里香は放課後相手を会う約束を取り付けた。
この人からなにか情報を聞き出すことができれば、今の状態から抜け出すこともできるかもしれない。
☆☆☆
連絡を取り合った感覚でいうと自分たちよりも少し年上な気がしていたが、待ち合わせ場所の公園にいたのは絵里香たちと同年代の少女だった。
私服姿の少女の顔は青ざめていて、心配になるくらいに細い。
「はじめまして。連絡をした高野早希です」
「早希の友達の永山絵里香です」
少女はふたりの自己紹介に黙って頷いた。
後ろにある木製のベンチに座ると「私は花蓮。名前と見た目が全然違うから笑っちゃうでしょう?」
花蓮と名乗った少女は笑う。
だけど絵里香も早希も笑わなかった。
ふたりは花蓮を真ん中にしてベンチに座った。
「連絡返してくれてありがとう。同い年くらいでいいんだよね?」
「うん。私も中学2年生だよ。今は学校に行ってないけど」
絵里香からの質問に花蓮はまた自虐的な笑みを浮かべて答えた。
もしやと思っていた質問を、早希が続ける。
「学校に来てないって、もしかして病気?」
見るからに病的な外見をしているから、そうなのかもしれないと感じていたのだ。
花蓮は頷いて「見ての通り」と、答えた。
「それじゃあメッセージで行ってた学校に来れなくなった子っていうのは?」
「それも、私のこと」
ということは、花蓮本人が友梨奈の被害者ということになる。
花蓮は1度病気を治してもらって、だけどまた病気を戻されたんだろう。
そして学校にはこられなくなった。
「私、元々ラダが弱かったの。季節の変わり目には必ず風邪をひくし、流行っている病気にはことごとくかかるし。そんなんだから1年生の終わり頃に大きな病気にかかっちゃったんだよね」
花蓮は空を見上げて話し始めた。
最初はただの風邪だったけれどなかなか治らなくて、そのまま肺炎になってしまった。
最初は数日間の入院で治る予定がうまくいかず、治療は長引いていったという。
「それ、私と同じ……」
早希が眉を寄せて呟いた。
つい忘れてしまいそうに鳴るけえれど、早希の病気も風邪をこじらせての肺炎だった。
「友梨奈と出会ったのは?」
絵里香が先を促す。
「ただの偶然。私は屋上の女子生徒の噂なんて知らなかった。ただ、1度退院できたときに屋上の空気を吸いに行っただけ」
そこで友梨奈に出会ったらしい。
そこには友梨奈以外にも詩乃と直斗がいて、顔色の悪い花蓮に彼らの方から近づいて行った。
「それで言われたんだよね。病気を治してあげるって。そんなことできるわけ無いと思ってたから『じゃあ、やってみて』って、言っちゃったんだ」
誰だって手を握るだけで病気が治るなんて信じない。
だからきっと、軽い気持ちだったんだろう。
「そうしたら本当に楽になって、お医者さんに行って診てもらっても治ってるって言われて、次の日から毎日学校へ行くことができるようになった」
そして待っていたのは友梨奈からの命令だった。
「最初はジュース買ってこいとか、その程度だったんだよ? それがいつの間にか誰かをイジメろとか、物を隠せとかに変わってきて、どんどん自分の心がすさんでいった。こんなことをして健康を手に入れるなんて馬鹿げてる。そう思って友梨奈に抗議したの。そうしたら、また病気を戻されて、今はこんな感じ」
花蓮は自分の痩せた体を見下ろして、また笑ってみせた。
笑うことで自分のことを受け入れていっているように見えた。
「学校には来れないの?」
絵里香からの質問に花蓮は肩をすくめた。
「病気は良くなったんだけどね、学校に行くと友梨奈がいるでしょう? だから行けない」
友梨奈に会うとまたなにかがあるかもしれない。
もしかしたら、病気が辛くて自分から友梨奈を頼ってしまうかもしれない。
だから行くことができないのだと、花蓮は言った。
「だけど勉強はしてるから、高校には行くつもり。どこか、遠くの高校だけどね」
「そうなんだ……」
絵里香がなにも言えずにいると、早希が身を乗り出した。
「友梨奈には感謝してる?」
その質問に花蓮はハッキリと左右に首を振った。
「一時は感謝してた。友梨奈は神様なんじゃないかとも思った。だけど違う。あいつは悪魔だよ。人の弱みにつけ込む悪魔。その悪魔に魅入られたのが詩乃と直斗だと思う」
とにかく友梨奈からはできるだけ早く離れたほうがいい。
そうしないと自分まで友梨奈に取り込まれてしまって、詩乃たちのようになる。
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