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懐かしのヴィルヘルム
見習い料理人、国王と再開する
しおりを挟む「それではサキガケさん、また夜に……」
ヘルロット城内。
その玄関、エントランスホール。
高い天井からは、五つの巨大なシャンデリア。
光沢のある大理石のような床。
その上には、真紅の長い絨毯が、階段や廊下など、城中に張り巡らされていた。
声を発したのはガレイト。
その隣にはブリギットがいて、二人の前にはサキガケが立っている。
ちなみに、この場にイルザードとカミールの姿はない。
というのも、五人は朝食を摂った後、二班に分かれて行動していたからである。
まずはヴィルヘルム・ナイツ、その大本営へ行くイルザードの班。
そして、帝都ニーベルンブルクの中心地、ヘルロット城へ行くガレイトの班。
ガレイト班はイルザード班と別れた後、特に何事もなく、ここまで来ていた。
「ままま、任せてほしいでござる……!」
ガレイトの言葉を受け、サキガケがそれに答えるが──
「いいい、いっちょ、やってやるでござる……!」
その目線はバチャバチャと、上下左右に激しく泳いでいた。
ヘルロット城までの道中。
ガレイトたちは人目の付かない裏道を選び、ここまで来ていたのだが、ただ一人。
サキガケだけは、まるで、はじめてテーマパークに来た老人のようなリアクションをとっていた。
その症状は、城に着いてからもさらに悪化しており、現在に至る。
「いや、べつにやらなくてもいいのですが……」
「ハハハ! なにをご冗談を!」
サキガケは両手を腰に当てると、大きく上半身を後ろへと反らした。
「冗談? ……えーっと……急に、一体どうしたんだ……」
くい、くい。
ブリギットがガレイトの服の裾を引っ張る。
ガレイトは姿勢を低くすると、ブリギットの口元へ耳を近づけた。
「……どうかしましたか、ブリギットさん?」
「あの、ガレイトさん、これはほら……サキガケさんが出発する前に言ってた、都会が苦手とかいう……あの……」
「……ああ、なるほど。そういえば──」
ガレイトはゆっくりと立ち上がると、近くにいた兵士を見る。
兵士はガレイトの視線に気が付くと、すぐさま、駆け足でやって来た。
「はァい! お呼びでしょうか!」
城内に響き渡るほどの大声。大仰な敬礼。
いままで、チラチラとガレイトたちを見ていたホール内の兵士、貴族が一斉に視線を向ける。
「こちらの方を会議室までお連れしろ」
ガレイトは、カチコチに固まっているサキガケを指さす。
兵士はサキガケの顔を見ることなく──
「サー! イエッサー! 我が命にかけて、必ずや、こちらのご婦人を会議室までお届けいたします!!」
と、大声で答えた。
「あ、ああ……ちなみに俺はもう、誰の上司でもないから、その挨拶は──」
「さあ! こちらであります!!」
ガレイトの言葉など聞こえていないのか、兵士はその場でくるりと回る。
サキガケもそれにつられるように、カチコチと回る。
兵士は行軍のような足取りで。
サキガケは油の切れたロボットのような足取りで。
二人はそのまま、城の奥へと消えていった。
「だ、大丈夫かな……」
「おそらくは……」
心配そうな視線でサキガケを見送る二人。
そして──
ざわざわざわ……。
兵士の大声を皮切りに、その場にいた全員が口々に囁く。
「見間違いかと思ったが……」
「ああ、あの格好は間違いなく……」
「帰ってきてらしたのですね……」
「サインもらってこようかな……」
「いまさら帰ってきて何を……」
ガレイトに尊敬のまなざしを送る者。物珍しそうに見る者。呆れる者。疎む者。
その反応は様々であった。
「が、ガレイトさん……」
ブリギットが心配するように、ガレイトの裾を引っ張る。
「……すこし、騒がしくなってきたようですね。俺たちは俺たちで、早く目的を果たしましょう」
◇
ヘルロット城、謁見の間。
その玉座にて、国王フリードリヒが背を丸め、前のめりに座っている。
そんな彼の眼下には、首を垂れ、跪いているガレイト。
そして、ガレイトの真似をするようにして、跪いているブリギットの姿があった。
「お。来たね、ガレイト」
「はい。急な願いにもかかわらず、このような謁見の場を──」
「あー、前置きはいいよ。それに跪くのもよくない。なんだか私が偉そうみたいだしね」
「いえ、御前ですので……」
「御前? ……うーん、そう? ……なら、せめてそちらのお嬢さんは楽にしてよ」
「え? わ、私……で……ございまするか?」
ブリギットがキョロキョロと辺りを見回し、自分を指さす。
「あはは。慣れない丁寧口調も大丈夫だから。それに、昨日も会ったしね」
「き、昨日って……す、すみません……! 私、あんまり覚えてなくて……!」
「うん。馬車の中でぐっすりだったね」
「すみません……! すみません……!」
ぺこぺこと何度も頭を下げるブリギット。
「いいよいいよ。だから……私のことは気さくに、フリードリヒくんって呼んでくれればいいからね」
「え? ……えええええええええええええええええ!?」
「王……お戯れは……」
ガレイトが顔を下げたまま、諫めるように言う。
「ん。ごめんね。ちょっとはしゃいじゃったみたいだ。えっと……たしか、ブリギットさんだったよね」
「あ、はい。ブリギット、言います、私……」
「うんうん。いい名前だね」
「あ、ありがとうございま……す……?」
「──さて、ガレイト。昨日の今日でここまで来てくれたってことは……きちんと持ってきたんだよね?」
「はい。ここに」
ガレイトはそう言うと、茶色いカバーの本を懐から取り出した。
パンパン。
フリードリヒが手を叩き、傍に控えていた侍女が頭を下げる。
しかし──
ひょい。
ガレイトの隣にいたブリギットがその本を受け取る。
ブリギットはそのまま小走りでフリードリヒの所まで行くと、丁寧にそれを渡した。
フリードリヒ以外。
その場にいた者は皆、目を丸くして一部始終を見ていた。
何事もなかったように、ガレイトの隣まで戻ってくるブリギット。
やがて、その場の空気の変化に気づく。
「……え? な、なに?」
「──うん」
フリードリヒはその本を見ると、これ見よがしにひらひらと動かして続けた。
「いや……まあ、いいや。ありがとね、ブリギットさん」
「は、はい……」
礼を言われるブリギットに、ガレイトが小声で囁く。
「あの、ブリギットさん、大変、言いにくいのですが、あなたが動く必要は……」
「……え? そ、そうなんですか……? てっきりそのために私を……!」
顔から湯気が出そうなほど、ブリギットの顔が赤くなる。
「いや、いいんだよ、ブリギットさん。とにかくありがとう」
再度礼を言うフリードリヒは、そんなブリギットを尻目に、本をパラパラとめくる。
時間にしておよそ、一分弱。
やがて読み終わったのか、フリードリヒはパタンと本を閉じた。
「──うん。気持ちの籠った、ガレイトらしい良い絵日記だったよ」
「は」
「……でも、なんていうか……私が言うのもなんだけどさ……」
フリードリヒは言いづらそうに、口元に手をあてる。
「本当に絵日記にして持ってくるとは思ってなかったかな」
「……え」
「ごめんね。時間的に寝ずに書いたんでしょ、これ?」
「は、はい……」
「うーん……ガレイトにはこういう冗談は伝わらないのか……」
小さく、誰にも聞こえない声で呟くフリードリヒ。
「ま、とりあえず、おおまかな現状は把握できたよ」
「ありがとうございます」
「うん、こちらこそありがとう……なんて、言ってる場合でもないか。──そうだね。単刀直入に言おう。『現在、帝国内にいる波浪輪悪の人たちが、なぜガレイトの情報を握っていて、あまつさえ、その情報共有を帝国は見逃しているか』……だね」
「はい」
「あいにくだが、私はそれについては何も知らない」
「え……それは、どういう……?」
「……いや、言い方がわるかったな。波浪輪悪に君の情報が流れているのは知ってる。そして、君の情報が組織内部で共有されているのも知っている。でも、なぜかはわからないんだ」
「……ということは──」
「ごめんね。力になれなくって」
「い、いえ、そのようなことは……」
「……でも、その答えを知っている人。皇帝の居場所ならわかる。今から教えるから、今度はそこに向かってみてよ」
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