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懐かしのヴィルヘルム
元最強騎士と元従業員
しおりを挟む「おじいちゃんが……私と同じような答えを出したの……?」
「そうだ。さっきブリギットさんが言っていた、揚げるや煮るといった調理法も、ひと工夫すれば全然、料理として提供できるものなんだが……前に、ダグザさんがセブンスカジキを調理するにあたって、選んだ調理法こそがセブンスカジキのムニエルだったんだよ」
「そ、そうなんですね……」
「祖父と孫。感性も思考も似ているのだろう。今、俺は、たしかに君とダグザさんに繋がりを感じた。──そうなってくると、この出会いも不思議な縁を感じる」
ティムは感慨深げに、独り言のように言うと、改めてブリギットの目を見た。
「……さっきまで半信半疑だったが、これでやっと君がブリギットさんだと確信できた。本当はブリギットさんの名を騙る不届き者だと思って、適当に二言三言話して、あしらおうと思っていたんだが……」
「あの、それは、どういう……?」
「すまない。まずは、色々と嘘をついてしまった事を詫びさせてくれ」
「嘘?」
「ああ、そうだ。俺はあんたたちに嘘をついていた」
「……ということ、もしや、さきほどのセブンスカジキの講釈はすべて……?」
「いや、あれは本当だ。実際に特殊調理食材だし、間違えて食ってしまったら洒落にならんからな」
「だったら──」
「……嘘なのは、俺が修業時代でお世話になっていた店の事だ」
「修業時代のお店……?」
ピンと来ていないのか、ブリギットは首を傾げた。
「あー……わかってる。皆まで言うな。俺がぐだぐだと自分語りしたあの辺りだ。あんたらはさっき寝てたからな。もうひとりのネーチャンもどっか行っちまったし、覚えてないんだろうなとは思ってたよ……それ以外は本当だったんだが……」
腰に手を当て、ずぅぅん、と項垂れるティム。
「──まぁ、それはいいさ。んで、そこの店の名前だが、オステリカ・オスタリカ・フランチェスカ。……あんたらもよく知ってる店だろ?」
ティムの話を聞いたガレイトとブリギットは、目を丸くさせて驚いた。
「ということは、つまりティムさんは──」
「従業員さん!?」
「元、だがな。何年間か、俺はあそこで修業させてもらっていた。そして、未だに俺はあの店で働けたことを誇りに思っている」
唇を震わせ、鼻息を荒げ、ティムが興奮するように話すと、ブリギットは萎縮するように、俯いてしまった。
「す、すみません、ティムさん。私……その……」
「いいんだ、気にしないでくれ。俺が働いていた時は、君はまだ生まれていなかったからな。知らないのも無理はない」
「そう、だったんですか……」
「ああ。そして、君が生まれるよりも前に、俺は仕事場を陸から海へと移したんでな。そしてそれから数年後、偶然、たまたま、俺が働いていた船にダグザさんが乗り合わせたんだよ」
「ということは、そこから、おじいちゃんはぶらぶらと……」
「『ぶらぶら』はちょっと違うかもしれんが……、そうだな。『レストランも完全に引継ぎが終わったから、あとは孫娘に押し付けて、儂は世界を回る』て言ってたな」
「……え? な、なにがですか……?」
ティムの話を聞いていたブリギットが、すぐに訊き返す。
「ど、どういう……? えっと、引継ぎが……え?」
「な、なんだ? 俺、変なこと言ったか?」
「うん。……あ、ううん、私の聞き間違いかもしれないんですけど……」
「いや、でも、いまのオステリカ・オスタリカ・フランチェスカの支配人って、ブリギットさんなんだろ?」
「ぴぃええええええええええええええええええええええええええ!?」
ブリギットが船中に響き渡るような大声をあげ、ガレイトはその声に驚いた。
「わ、わた……私が、支配人?」
「な、なんだ。もしかして、知らなかったのか?」
「し、知りません……全然! おじいちゃんは、その、ただ、散歩に行ってくるって、それっきり帰って来なくって……」
その話を傍で聞いていたガレイトが、おそるおそる口を挟む。
「……あの、ブリギットさん、知らなかったんですか?」
「ぎぃええええええええええええええええええ!?」
二度目の絶叫。
ブリギットは腰が抜けてしまったのか、厨房の床にぺたんとへたり込んでしまった。
「ななな、なんで、ガレイトさんも知ってるの……?」
「い、いえ……前に一度、ダグザさんからブリギットさんに店を押し付けた、と聞いていたので」
「そ、そんなの聞いてない……」
「えー……っと……」
「そんなの聞いてないです!」
「は、はい……言ってなかったかも……しれません……」
「なんで言ってくれなかったの……」
「いえ、その……」
「モニモニも、おじいちゃんの帰りを待ってるって言ったのに……」
「す、すみません。オーナーとしてのダグザさんの帰りを待っているのではなく、ただダグザさんの帰りを待っているものだと……」
「えぇー……」
ブリギットが、魂の抜けた人形のように口をぽかんと開け、部屋の隅を見つめる。
「──なにやら、ダグザさんとブリギットさんの間ですれ違いがあったようだな……」
「す、すれ違いどころじゃ……でも、まさか、おじいちゃんがお店を辞めてたなんて……」
「まあ、あの人の料理の腕は凄いが、適当なところがあるからな……」
「適当過ぎますよぉ……」
「でも、ブリギットさんはダグザさんがいなくても、きっちりと仕事をしてたじゃないですか」
ガレイトが励ますように言うと、ブリギットの表情もぱっと華やいだ。
「ほ、ほんとですか? 私、きちんと出来てました……?」
「ええ。厨房で働くブリギットさんは、とても立派でしたよ!」
「そ、そうかなぁ……えへ、えへへへへへへへへ……」
ガレイトに褒められて、照れくさそうに、くねくねと、まるでミミズのように体をくねらせるブリギット。
「ところでティムさん、ダグザさんは他に何か仰っていましたか?」
「他に?」
「はい。ブリギットさんの事とか、お店の事とか、他になんでも……」
「そうだなぁ……『もし外で会うようなことがあったら、よくしてやってくれ』とも言ってたな」
「なるほど」
「まあ、それについては『たぶんないとは思うが──』て前置きしてたけどな」
「え? ど、どういう意味ですか……?」
ブリギットがティムに尋ねる。
「ああ、それだよ。結局俺が最後まで、ブリギットさんを疑ってた理由は」
「え? え?」
「ダグザさんからは、ブリギットさんは料理のセンスはいいけど、重度の引きこもりだって聞いてたからな」
「ひ、ひきこ……!?」
「だから、現にブリギットさんがこうやって、旅に出ているなんて夢にも思わなくてよ。──悪かった。恩人の大事な孫娘なのに、ぞんざいな態度をとっちまって」
「ああ、俺もダグザさんから聞きました。ブリギットさんには色々と問題がある……と」
「な、なんでそんなこと言ってるの……おじいちゃん……」
「ただまあ、その様子だと、どうやらいい出会いに恵まれたみたいだがな」
ティムがガレイトを一瞥して言うと、ブリギットは恥ずかしそうに、小さく頷いてみせた。
「──よし。なら、早速料理してみるか」
「え、こ、ここでするんですか……?」
ブリギットが遠慮がちに尋ねると、ティムは自信満々な様子で口を開いた。
「『一流の料理人は、どんな時でも、どんな所でも、美味い料理を作れる』……ダグザさんが常々言っていたことだ」
ガレイトが、ティムの言葉をメモしようとすると、今度はブリギットが口を開いた。
「……でもおじいちゃん、『調理場はなるべく清潔に保て』て、言ってたような……」
ティムとブリギット。
ガレイトは交互に両者の顔を見た。
「……うん、まあ、片付けるか」
ティムは特に何も言い返すことはなく、そのまま大人しく、厨房を片付け始めた。
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