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アルバイターガレイト
元最強騎士と窮地の吸血鬼
しおりを挟むサキガケが音もなく立ち去った後──その場に残っていたガレイトとイルザードは、残った竜の骨を拾い集め、グラトニーはその周りを何やら喚き散らしながら回っていた。
「──くどい。私はどのみち、ガレイトさんの料理を食べたら本国へと帰るのだ。おまえのお守などやっている暇はない」
「そんな、ひどい!」
「ひどくない」
「妾、またバラバラにされて、封印されちゃうかもしれないんじゃよ?」
「さっきガレイトさんから説明があったが、おまえは伝説の吸血鬼なのだろ? なら、自分の身は自分で守ればいいだろう」
「いや、ムリじゃろ」
「なんで」
「さっきのサキガケとかいうバカ、普通に強かったし。変態が守ってくれなかったら、普通に首飛んどったかもしれんし」
「ならなぜ挑発するようなことを言ったんだ。私たちがおまえの眷属などと……」
「そ、それはノリで……」
「ノリはだめだろう」
「おまえが言うな」
話を聞いていたガレイトが、骨を拾いながら言う。
「でも、妾の方便も、あのバカには有効だったわけじゃし」
「……まあ、咄嗟にしては、よく口が回っていたな」
「ふっふっふ。年季の違いってやつかの」
「なら、その年季の違いとやらで、この難局も乗り切ってくれ」
「ちょいちょいちょい! 冷たいの、おぬし! ……つか、なんでパパは何もしてくれなかったんじゃ。部下の変態が反応出来たんじゃから、パパはもっと早く対処できたであろう?」
「ご自身で対応できるかな……と」
「できるか!!」
「……ですが、やろうと思えばやれなくはなかったのでは?」
いったん集めた骨を、縄で縛りながらガレイトが言う。
「うぐ……っ!?」
ガレイトの言葉を受け、グラトニーの目が忙しく動く。
「……どういうことですか、ガレイトさん」
「イルザード、おまえは、今のグラトニーさんをどう見る?」
「どうって……ただの幼女にしか……」
「まだ注意力が足らんようだな。……いいか、今のグラトニーさんは力を失った搾り滓──ではなく、瀕死の猛獣なのだ」
「つまり、本当に危なくなったら、力を振り絞れる余力はある……と?」
「そういうことだ。……そうでしょう? グラトニーさん」
「……さすがはパパ。めざといの」
「自覚があるということは、もしかして、私たちを騙そうとしたのか!?」
「待った待った! いいから聞け! たしかに、妾が戦おうと思えば、戦えなくはない。……じゃが、それだと、今度は本当にパパの言った通り、ただの搾り滓になりかねんのだ」
「どういうことだ」
「この力は、謂わば保険じゃ。いざという時に使用する最終手段」
「なら、惜しみなく使えばいいだろう」
「いや、一回キリなんじゃから、そりゃ惜しむじゃろ」
「戦場での力の出し惜しみは自殺行為だぞ」
「いや、妾は不死身じゃ。……だからこそ、ためらっておるんじゃ」
「どういうことだ?」
「魔力を受け入れ、育むには、その土台が必要なのじゃ。つまり、この魔力を失えば、吸血鬼としての権能も失うかもしれない」
「つまり、本当にただの幼女になりかねない、と?」
「そうじゃ。……いや、実際にどうなるかはわからんが、そうなるかもしれん」
「曖昧だな」
「なったことないんじゃから、わかるはずもあるまい」
「だから、私たちに守ってもらおうと」
「そういうことじゃな」
「……ふん、あまえた吸血鬼め」
イルザードがため息交じりに言葉を吐く。
「なんとでも言え。妾はもう、全身を切り刻まれるとか勘弁なんじゃ。おまえら知らんじゃろうけど、あれ、マジで死ぬほど痛いんじゃぞ!?」
「だろうな」
「いや、『だろうな』って、そんな他人事みたいに……パパもパパじゃ! このままじゃと一生妾の体が元に戻らんぞ? それでええんかい!」
「ですが、俺からすると、サキガケさんがグラトニーさんを封印してくれたほうが、助かるのではないですかね……?」
淡々と、いつものようにグラトニーに言ってみせるガレイト。
それを聞いたグラトニーの額からダラダラと、滝のような汗が滴り落ちる。
「な、なんじゃ。おぬし。ここまで一緒にやって来て、情はないのか?」
「情……ですか?」
「お、鬼じゃ! ここに鬼がおるぞ!」
「──冗談です」
作業を終えたのか、ガレイトは大量の骨を束にして縛ると、それを背負いながら言った。
イルザードもそれに倣い、大量の骨の束を軽々と背負う。
「は、ははは……じょ、冗談じゃったか……な、なーんじゃ……はは、は……」
グラトニーが、顔面をひきつらせながら笑う。
「とはいえ、俺がグラトニーさんと出会った頃と比べ、事情が変わったのも事実です。あの時は、サキガケさんという不確定要素はなかった。……ここは、やはりモニカさんに訊きましょうか」
「あ、あの小娘に……?」
「はい。いまの俺は、オステリカ・オスタリカ・フランチェスカの従業員ですから。レストランを守るためなら、どのような手段でも取らせていただきます。もし、そのことで何かしら、レストランに害が出るとモニカさんが判断したら、その時は最悪、グラトニーさんを──」
「わ、妾を……?」
「どうにかさせていただきます」
──ゴクリ。
グラトニーが全く瞬きせずに、生唾を飲み込む。
「ガレイトさん、軍人時代のクセが出てますよ」
イルザードが諫めるように言うと、ガレイトはふっと微笑んで見せた。
「冗談です」
「……な、なにが? どこが? どっから、どこまでが冗談?」
「さて、目的の物も手に入れましたし、帰りましょうか、グラトニーさん」
「う、うん……」
◇
「──いいんじゃない?」
オステリカ・オスタリカ・フランチェスカのホール内。
テーブルいっぱいの大量の野草の下処理をしながら、モニカが言った。
「いいということは、つまり、妾はこのまま。ここに所属していいということか?」
「うん。べつに、凶暴な魔物を国内外問わず、誰彼構わず呼んでくる体質……とか、そういうのじゃないんでしょ?」
「違うが…」
「なら、いいんじゃない?」
「いや、妾が言うのもなんじゃが……軽いの」
「それに、話を聞く限りだと、その……サキガケさんだっけ?」
「はい」
ガレイトが、ブリギットに野草の下処理を教えてもらいながら答える。
「聞いてる限りだと、その人も普通に話通じそうな人だし、『封印なら外でやって』って、言ったら普通に聞いてくれるかも」
「いや、おぬしもか!」
「冗談冗談。……とにかく、グラトニーちゃんももう、結構な期間ここにいるし、『はい、そうですか。じゃあさようなら』って言って追い出すわけにもいかないでしょ」
「む、娘ぇ……! おぬしというやつは……! なんていい人間なんじゃ……!」
「それに、強いって言っても、イルザードさんが問題なく倒せたんでしょ?」
モニカがそう言ってイルザードを見ると、イルザードはすこしだけ首を傾げてみせた。
「問題なく──というよりも、要はサキガケが吸血鬼を狙っているところを、私が横やりを入れたに過ぎないからな。真っ向勝負となると、ヤツも底を見せていないから、どうなるかわからん。無論、ガレイトさんとは比べるまでもないが……」
「あれ? そうなんだ?」
「ああ。ただ確かなのは、この前の……えーっと……タロー、ジロー、サブロー……だっけか?」
「ガガ、ザザ、ボボだ」
ガレイトがすかさず修正する。
「ポポポロミオでしたか?」
「ガザボトリオだ」
「そう、それよりも全然強いな」
「え? でもたしか……ガザボトリオって結構強いんじゃなかったっけ? あたしなんかでも結構名前聞くしね」
「──それはおそらく、ガレイトさんが道すがら討伐したものを、自分たちの手柄にしてきたんだと思う」
レストランの入り口が開き、そこからモーセが現れる。
「モーセ? あんた、どうしてここに?」
モーセは黙ってモニカの隣に座ると、慣れた手つきで野草の下処理を手伝った。
「野暮用ついでに、ヴィルヘルム・ナイツのイルザードさんが来てるって聞いて、それを見にね」
「私……? モニカ殿、そちらの女性は……?」
イルザードがモニカに尋ねる。
「このふてぶてしい感じの女はモーセ。ギルドの受付をやってるよ」
「ふてぶてしいは余計だけど……こんにちは、イルザードさん」
モーセが手を止めると、イルザードに軽く会釈した。
「ああ……こちらこそ、はじめまして」
「じつは私たち、〝はじめまして〟ではないのですけどね……」
「そうなのか?」
「ええ。まあ、その話は置いておいて──さっきのガザボトリオの件を簡単に説明すると」
「あ、そうだ。どういうこと? ガレイトさんが討伐してたって」
モニカが手を止めてモーセに尋ねる。
「彼らが有名になった……なれた要因って、危険指定魔物を多数討伐してたからなの」
「危険指定魔物……私も、軍人時代に何度か見たことはあるが──」
「おまえは今も軍人だろう」
「……あれは到底、ゴルバチョフ三姉妹の手に余るものだぞ?」
「ガザボトリオ、な」
ガレイトが強めの口調で修正する。
「……俺自身、『あの三人についてよく知っているか』と聞かれれば、あまり多くは知りませんが……こと、戦闘能力に関して申し上げるのなら、そこまで高くはなかったと思います」
「そう。今にして思えば単純な話なのですが……結成して間もない、なんの実績もない無名パーティが、ここまで持て囃された理由。……ガレイトさん」
「はい」
「なにか思い当たる節はありませんか?」
「俺ですか? う~む……」
ガレイトは腕組みをすると、難しい顔を浮かべながらうんうんと唸り始めた。
「やはり、自覚しておられませんでしたか……」
「あのさ、モーセ。そういうまどろっこしいのはいいから、さっさと答え言いなって。悪い癖だよ、あんた」
「あんたは堪え性がなさすぎるのよ。……まあいいわ。あの三人が有名になった理由だけど、簡単に言うと、ガレイトさんのお零れに預かっていただけなのよ」
「俺のお零れ……ですか?」
「はい。ガレイトさん、すこし尋ねたいのですが……ガザボトリオの依頼に同行中、何度か珍しい魔物と何度か遭遇しましたよね?」
「珍しい魔物ですか?」
「……指定危険魔物C級、空飛ぶ鰐」
「ふらい……ああ、あの羽の生えた大きなワニですね」
「はい。指定危険魔物B級、機関銃豚」
「食べた果物の殻や種を圧縮して、鼻からばら撒いてくる豚……ですよね?」
「はい。まだまだありますが……それで、ガレイトさんは、その魔物たちをどうしました?」
「調理して、食べましたけど……」
その場にいた全員が、ガレイトを見る。
「え? なにか、ダメでしたか?」
「……つまり、そういうこと。さっき上げた魔物の名前は全部、ガザボトリオが討伐したことになってるの」
「じゃあ、えっと、つまり……ガザボトリオが有名になったのって、ガレイトさんが食料目当てに危険指定魔物を狩ってたからって事?」
モニカが声を上げる。
「そういうこと」
「……なるほどね。でも本人たちは変に思わなかったのかな?」
「思うわけないでしょ。あの人たちと話したことある? 全然人の話聞かないうえに、思い込みが激しいし……」
「そういえば……」
ガレイトが思い出したように口を開く。
「あの三人、常々、口癖のように『俺たちには強い守り神……背後霊が憑いているんだ。だからツイてんだ』とは言っていましたね」
「……いまのガレイトさんのお話で合点がいきました。おそらく、それで自分たちを無理やり納得していたのでしょうね」
呆れたように言うモーセ。
「だから、ガレイトさんを追放してから、すっかり化けの皮が剝がれちゃってね。結果、ガザボトリオ弱小に降格……というより、元の鞘に収まったって感じ。だから、今回のレンチン氏の事で、挽回しようとしてたんじゃない?」
モーセの言葉を聞いたモニカが、ピクリと反応する。
「……もしかして、モーセ。あんたそのことであたしらを……?」
「へ? ……ああ、ちがうちがう。まあ、レンチン氏をボコボコにしたのは十中八九モニカたちなんでしょうけど」
「やっぱり、それでまたガレイトさんを揺する気だね?」
「え!?」
驚いたような顔でモーセを見るガレイト。
「いやいや、そこまでしないわよ! あたしを何だと思ってるの!?」
「守銭奴。銭ゲバ」
「ちょっとちょっと? 普通に傷つくんですけど?」
「じゃあなんで来たのさ? まさか、ただガザボトリオの話ついでに、野草の手伝いに来たわけじゃないんでしょ?」
「そりゃそうよ。そんなに暇じゃないし、きちんと野暮用があるんだから」
「ああ、そんなこと言ってたね」
「……じつはここ最近、波浪輪悪、極東支部所属の人の目撃情報が相次いでるのよ」
「極東支部……それあんたたちの管轄じゃない? あたしたちには関係が──」
「その人の名前はサキガケ……昔から続いてるかなり有名な、魔物殺しよ」
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